ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
シャーメッレーク基地にサイレンが鳴り響く。敵襲だ。待機要員が指揮所に集合する。
「電探情報によれば、ウィーンの巣からネウロイが出現し、南下しているとのことだ。現在哨戒中のセルビア隊が確認に向かっているが、確認を待たずにポーランド隊は出撃し、敵ネウロイを撃滅せよ。」
グラッサー中佐の命令に、ポーランド隊隊長のミュムラー少佐は姿勢を正す。
「了解しました。ポーランド隊出撃します。」
ポーランド隊は直ちに出撃して行く。見送る芳佳がグラッサー中佐に話しかける。
「このごろネウロイの出現が多くなってきたね。」
「はい、やはり春になってネウロイの活動が活発化したものと思います。」
「そうだね、まあ、小型ネウロイの少数機がほとんどなんで、そんなに困ってないけどね。」
「そうですね、でもいつ大群が出たり、大型が出たりするかわかりませんから、警戒は怠れません。」
「そうだね、でもみんな回復してよかったね。」
「はい、戦力が低下しているうちに大攻勢がなくて助かりました。」
春になってネウロイの活動は活発化してきたが、魔法医の治療が功を奏して、ブダペスト攻略の際に負傷したウィッチたちは、既に回復し、戦列に復帰している。復帰する前にネウロイの活動が活発化していたら、迎撃するウィッチのローテーションが苦しくなったところだった。そういう意味では、芳佳が予め魔法医を手配しておいた効果は大きい。
「ところでね、オストマルク国境を挟んで対峙していた時って、やっぱりこれくらいの頻度でネウロイが出現していたのかな?」
今の出現ペースは週に数度に及ぶ。1週間に1回程度だったガリアの巣とは大分違う。オストマルクにあった4か所の巣から毎週数回ずつ出現していたら、防衛するのはかなり大変だったろうと思う。しかし、そうでもなかったようだ。
「いえ、当時は週に1回程度で、それも偵察型が1機で来るのが大半でした。だから、見落として侵入でもされない限り、防衛はそれほど難しくはありませんでした。」
「あっ、そうだったんだ。じゃあ今の状況は、過去に例がない出現頻度なんだね。」
「はい、そうです。やはり人類側が攻め込んでいるから、ネウロイの反撃も強くなっているんじゃあないでしょうか。」
「そうだね。」
ネウロイは、普段はおとなしくしていて、近付くと猛然と攻撃してくるということがある。だから、攻め込んで行けば反撃が激しくなるのは仕方のない所だ。今はそれでもまだ距離があるが、更に近付いたとき、どれほどの反撃があるのだろうか。
侵攻してきたネウロイに、まず哨戒に出ていたセルビア隊が触接し、隊長のテオドラ・ゴギッチ大尉が本部に通報する。
「セルビア隊のゴギッチです。ネウロイは中型が1機、初めて見る形で、棒状です。そう、太い鉛筆みたいな感じです。」
ゴギッチ大尉の報告に、グラッサー中佐から指示が来る。
「ポーランド隊がそっちに向かっているから、共同して撃墜してくれ。ポーランド隊が着くまでに、軽く当たりを見てくれ。」
「了解しました。」
ゴギッチ大尉は、僚機のセミズ軍曹に本部からの指示を伝える。
『ミリツァ、ポーランド隊が応援に来るけど、それまでに軽く当ててみて、様子を見るようにだって。』
『うん、了解。』
『初めて見るタイプだから注意してね。』
『うん。』
ゴギッチ大尉はセミズ軍曹と共に、ネウロイの斜め前方から降下する。接近して銃撃を加えようとすると、それより早くネウロイは先端からビームを放って来る。ビームの狙いはかなり正確だ。ゴギッチ大尉はシールドを広げてビームを受け止める。結構重い衝撃を感じた。
『お返しだよ。』
ゴギッチ大尉は銃撃を返す。機銃弾が命中した箇所が削れて白く跡が残るが、装甲を撃ち抜くことはできていないようだ。結構装甲は硬いようだ。さっと反転して距離を取る。
「本部、ネウロイは先端からビームを放って来ます。ビームの数はそれほど多くありませんが、結構強いビームで狙いは正確です。装甲は結構硬いです。もう一度攻撃してみます。」
「わかった。注意してやれ。」
「了解。」
本部に報告すると、今度は斜め後方から攻撃に向かう。先端にしかビーム発射部位がないようで、後方から接近するとビームを撃って来ない。これは、案外簡単に撃墜できるかもしれない。そう思った時、ネウロイは野太い音を立てながら尾部から噴射して、ぐっと加速する。
『テオドラ! ネウロイが逃げるよ。』
『うん、追うよ。』
ゴギッチ大尉とセミズ軍曹は逃がすまいと加速する。そして追いかけながら、少し距離はあるが銃撃する。損傷させれば速度が落ちるかもしれないし、回避すれば距離が詰められるかもしれない。しかし、そんな思惑を嘲笑うかのように、ネウロイはさらに加速する。
『速い!』
ゴギッチ大尉は力を振り絞って追いかけるが、ユニットの性能の限界でどうにも追い付けない。セルビア隊が装備しているのは、ブリタニア供与のハリケーンで、速いユニットではない。
「ゴギッチです。ネウロイは高速型です。急激に加速して、わたしたちでは追い付けません。」
悔しいがユニットの性能の限界ではどうにもならない。
「追い付けないだと?」
グラッサー中佐の表情が強張る。
「ネウロイが向かっているのはどの方面だ。」
「このまま進んで行くとマリボルに向かいます。」
「まずいな・・・。」
マリボルはセルビア隊とクロアチア隊を配置して、エステルライヒ方面の哨戒基地にしているが、エステルライヒ侵攻に向けて地上部隊や装備、資材の集積を進めている所だ。襲撃されて大きな損害を出せば、エステルライヒ侵攻作戦に支障が出る恐れがある。しかし、そこまで心配しなくてもとチェルマク少将が言う。
「そんなに心配しなくても大丈夫じゃないかしら。セルビア隊のユニットはハリケーンだけど、ポーランド隊はスピットファイアを装備しているから、追い付けるんじゃないかな?」
ハリケーンの最高速度は540キロだが、スピットファイアは600キロ以上出る。ポーランド隊はブリタニア本国にいたから、より新しいユニットを装備しているのだ。
「そうですか。」
グラッサー中佐は少しほっとする。
しかし、ネウロイの速度がスピットファイア以上だったらどうするのか。そんな心配が頭をもたげた所へ、エステルライヒ隊のシャル大尉が声を掛ける。
「ヘートヴィヒ、わたしが行こうか?」
エステルライヒ隊の装備するBf109Gの最高速度は620キロだ。ポーランド隊のスピットファイアより多少速いが大した差でもない。
「Bf109の方が多少速いかもしれないが、ポーランド隊は先行しているんだから追い付けないんじゃないか?」
グラッサー中佐の疑問に、シャル大尉はにっこり笑って答える。
「ううん、Bf109じゃなくて、こんなこともあろうかとMe262を持って来てるんだ。」
「Me262!」
「うん、わたしカールスラント軍でMe262装備の部隊に参加してたから、こっちにくるときに特別にユニットを貰って来たんだよ。」
Me262はカールスラントが誇るジェットストライカーで、最高速度は870キロと圧倒的に速い。確かにそれならネウロイがいくら速くても大丈夫だろう。
「わかった、フレンツヒェン、行ってくれ。」
ところが、そこに芳佳が待ったをかける。
「ちょっと待って、Me262ってジェットストライカーだよね。危ないんじゃない?」
グラッサー中佐は少しきょとんとして芳佳を見返していたが、間もなく芳佳が何を心配しているのか気付く。
「ああ、昔あったバルクホルン中佐の事故の事ですか? 確かにあの頃はまだジェットストライカーは開発中で、不具合もありましたけど、あれから何年経ったと思っているんですか?」
「ええと、もう危険はないってこと?」
「もちろんです。改良が進んで、すっかり安定しています。何の問題もありません。」
「うん、じゃあ、いいや。」
芳佳にとっては、目の前でバルクホルンが墜落した事故は強烈な印象として残っている。でもそれは501の頃のことで、もう7年も経っているのだ。最早不具合に起因する事故を心配する必要はない。
「発進!」
轟音を立てて、ジェットストライカーを装備したシャル大尉が滑走路を滑るように走って行く。程なく地上を離れると、緩やかに上昇して行く。加速はそれほどでもない。改良は進んだが、急激なスロットル操作を行うとフレームアウトが起きてエンジン停止に陥る特性は変わっていないので、急な加速は禁物なのだ。しかし、ひとたび速度が乗れば、その速さは圧倒的だ。周囲の景色がびゅんびゅんと後ろに飛んで行く。そこへ、ポーランド隊からの通信が聞こえてくる。
「ミュムラーです。だめです、追い付けません。全速で追撃していますが少しずつ離されています。」
どうやらこのネウロイは600キロ以上出るらしい。ジェットストライカーを持ってきておいて本当に良かった。しかしぐずぐずしているとすぐにマリボルに行かれてしまう。シャル大尉は思い切り加速して、轟々と吹き抜ける風を斬り裂いて、ネウロイを追う。
「見えた。」
ネウロイが右手の方から矢のように進んで来ている。なるほど、報告の通り棒のような単純な形をしている。尾部から排気炎を噴き出しながら、一直線に進んでいる。右手遠く、ポーランド隊の3人が追いかけているのが見えるが、もうずいぶん引き離されている。ここはやはり自分がやるしかない。
「攻撃します。」
小さく通信を送ると、シャル大尉は機関砲を構える。MK108、30ミリ機関砲だ。重量級の機関砲だが、Me262は搭載量が大きいので、こんな大口径機関砲も装備できる。丁度、真横からネウロイに迫るような位置関係だ。
「ちょっと狙いにくいな。」
双方とも高速で飛んでいるので、射撃できるタイミングはほとんど一瞬しかない。ネウロイが急速に接近してくる。
「今だ!」
機関砲が独特の唸りを上げて、機関砲弾がどっと飛び出して行く。機関砲弾はネウロイを捉え、装甲を一撃で貫くと内部で炸裂する。ネウロイの細長い胴体がぽっきりと折れた。折れた胴体に、さらに機関砲弾が突き刺さる。その結果を確認している暇もなく、あっという間にネウロイと交差した。急な旋回ができないのがもどかしい。ゆっくり旋回しながら、思い切り首をひねって後ろを振り返る。きらきら輝く破片が広がっているのが目に映った。
「シャルです、ネウロイの破壊を確認しました。」
報告しながら何となく誇らしい気持ちが湧いてくる。何でもやってみるものだ。カールスラント軍に所属していた時に、思い切ってジェットストライカー部隊に飛び込んだ経験が、今になってこんな形で役に立っている。レシプロタイプとの違いを嫌って、ジェットストライカー部隊に入らなかった人は多かったけれど、経験の幅を広げて、できることを増やしておくのは良いことだ。強制的にでも、若い子たちにもジェットストライカーを経験させようかな、などと思うシャル大尉だった。