ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第四話 オストマルクウィッチ隊2

 芳佳は、オストマルク領クロアチアの中心都市ザグレブに来ていて、オストマルクウィッチ隊を視察している。次はチェコ隊だ。チェコ隊の隊長のカテリナ・エモンシュ大尉とは、かつてオデッサの巣を強襲した時に一緒に戦った仲なので、気が楽だ。

「カテリナちゃん、久しぶりだね。」

「はい、本当に。」

「ずっとオラーシャ戦線で戦っていたの?」

「はい、でも、他の隊員たちはブリタニア空軍と一緒に戦っていたんですよ。」

 そして、エモンシュ大尉は、隊員に挨拶を促す。

 

 一人目が敬礼して名乗る。

「I, patří do Čeština čety, je Františka Peřinová poručík.」

「うっ。」

 またしても何を言っているのかわからない。しかも、先ほどのハンガリー隊の人たちとは明らかに違った言葉を話している。困惑する芳佳の様子を見て、エモンシュ大尉は困ったような表情を浮かべると、ちょっと咎めるような調子で言う。

「ペジノヴァー中尉、司令官にはブリタニア語で話して。」

 そして申し訳なさそうに芳佳に言う。

「あの、この子たちはブリタニア空軍と一緒に戦っていたから、ブリタニア語を話せるんです。でも、チェコ人って、反骨精神があるというか、狷介な性格というか、ちょっと面倒くさいんです。チェコは工業化が進んでいて比較的豊かだったこともあって、カールスラント人の下風に立ちたくないって気分があって、ネウロイに征服された時は、ガリアを経てブリタニアに避難してブリタニア空軍に入った人が多いんです。それに、オストマルク軍では点呼を受けるときなんかは、「服務語」にあたるのでカールスラント語で「Hier!」って答えるのが決まりなんですけれど、チェコ人はあえてチェコ語で「zde!」って答えたりして、要するにチェコ語も認めろってことなんですけど。」

 

 エモンシュ大尉が説明すると、さすがにまずいと思ったのか、最初に名乗った隊員が改めてブリタニア語で話す。

「失礼しました、ミヤフジョヴァ司令官。チェコ隊所属、フランチシュカ・ペジノヴァー中尉です。」

「え? ミヤフジョヴァって、わたしミヤフジだよ。」

 エモンシュ大尉が苦笑しながら説明する。

「ええと、チェコでは、女性の姓には-ova(オヴァ)を付けるのが決まりなんです。だから宮藤さんにも-ovaを付けてミヤフジョヴァです。」

「えっ? 何で? 名前が変わるの? 女性だけ? 外国人でも?」

「ええ、外国人でも関係ありません。女性は全部-ovaを付けます。」

「じゃあ、カテリナちゃんはどうなの?」

「わたしも、チェコではエモンショヴァです。わたしの家は、元々はブリタニア語圏の姓でエモンズって言うんですけれど、チェコに来てからチェコ読みのエモンシュになって、国外ではそのままエモンシュですけれど、国内ではエモンショヴァって言うんです。」

 そういう習慣のない扶桑出身の芳佳にしてみれば訳が分からない。ただ、一つはっきりしたことは、民族が違うということは、今まで思っていた以上に違いがあるということだ。501部隊にいたときは、沢山の国の人たちがいてもそれほど意識しなかったのだけれど。

 

 続いて、もう一人の隊員が名乗る。

「同じくチェコ隊所属の、ヨゼフィーナ・ステフリコヴァ曹長です。私は、ブリタニア空軍に所属して、オラーシャ戦線に派遣されていました。」

「うん、よろしくね。」

 答えながら芳佳は、やっぱり-ovaが付いているんだと、そっちの方に気を取られている。いずれにしても、エモンシュ大尉も隊をまとめるのに苦労しそうだと思う。

 

 次はスロバキア隊だ。ここは人数が少なく、二人しかいない。

「スロバキア隊の隊長の、ヤナ・ゲルトホフェロヴァー中尉です。」

「I, patrí do slovenského zboru, je Idania Kováriková seržant.」

「ええと、何て言っているの?」

「イダニア・コヴァーリコヴァ曹長です。」

「スロバキアの人は、ブリタニア語は話さないの?」

「はい、スロバキア隊はカールスラント軍と一緒に戦っていましたから。」

「ふうん、でも言葉の感じはチェコの人たちに似ているね。」

「はい、チェコ人とスロバキア人は元々は一緒の民族で、言葉もほとんど同じなんです。」

 なるほど、チェコと一緒で、姓に-ovaが付いている。

「でも、わたしたちは昔からハンガリーの配下みたいな感じで、だからハンガリー隊と一緒にカールスラントに避難して、カールスラント軍と一緒に戦っていました。チェコの人たちみたいに、わざわざブリタニアまで行こうとは思わなかったんです。」

「ああそうなんだね。」

 民族的に近くても、性格や行動は異なっているというわけだ。本当に、民族ごとにそれぞれだ。こんなに民族ごとに性格が違っていて、よく一つの国にまとまっているものだと思う。

 

 次はポーランド隊だ。

「ポーランド隊隊長のミロスワヴァ・ミュムラー少佐です。」

「ポーランド隊のゾフィア・フェリク少尉です。」

「同じくポーランド隊のボレスワバ・ヴラスノヴォルスカ曹長です。」

「あれ、みんなブリタニア語を話すんだ。」

 芳佳の疑問にミュムラー少佐が答える。

「ポーランド人は、オストマルクの他、カールスラントとオラーシャに別れて住んでいたんです。それで、ネウロイの攻撃から避難するとき、ポーランド人同士で集まって、ガリアを経由してブリタニアに避難したんです。それで、ブリタニア空軍に志願して、ブリタニア空軍のポーランド人部隊を編成して戦って来たんです。その中から、オストマルク出身の人たちが抜けて来たのがわたしたちです。だから、全員ブリタニア語には不自由しません。逆に、カールスラント語が良くわからないんですけれど。」

「じゃあ、他の部隊との連携は困らないね。」

「いえ、オストマルク軍では命令がカールスラント語で出るので、実はちょっと困っています。」

「ああ、なるほどね。でも、オストマルク軍の人たちは、カールスラント語はできなくても、指揮語と服務語だけは覚えるんじゃないの?」

 ミュムラー少佐はかなり困った顔をして答える。

「ええ、本来はそうなんですけれど・・・。」

「けれど?」

「オストマルクが陥落したのは1939年で、それから12年経っています。一番年下のヴラスノヴォルスカ曹長は当時2歳です。当然オストマルク軍の事は知りません。というか、誰もオストマルク軍に所属した経験のある人なんていないんです。だから、指揮語も服務語も、誰も知らないんです。」

 言われて見ればそうだ。この12年間、オストマルク軍というものは実質存在していなかったのだ。ずっと途切れることのなかった扶桑海軍にいると、感覚的にその意味するところがわからなかった。しかしことは深刻だ。これでは、組織の末端まで命令を行き渡らせることも、末端から情報を収集することもできず、一個の組織として機能しないではないか。

 

 オストマルク軍がかなり深刻な問題を抱えていることに気付き、暗澹としながら次のセルビア隊に向かう。

「セルビア隊隊長の、テオドラ・ゴギッチ大尉です。」

「Ја, припадам Србији корпусу, то је Милица Семиз наредник.」

 また出た。しかも、これまで聞いたどの人たちの言葉とも違いそうだ。

「ええと、何て言ったのかな?」

 ゴギッチ大尉が説明する。

「はい、ミリツァ・セミズ軍曹です。」

「うん、セルビア隊は二人?」

「はい、セルビア隊はネウロイの侵攻を受けた時にギリシャへ退避して、ギリシャの支援を受けながら戦っていたんですけれど、補給が限られていたので、余り大勢のウィッチを養成できなかったんです。装備も、当初は国産のIK-3というユニットを使っていたんですけれど、消耗した後はもっぱらブリタニア供与のハリケーンを使っています。」

「ハリケーン?」

 後ろから、参謀長の鈴内大佐が耳打ちする。

「ブリタニアの、大戦初期の主力ユニットです。」

「大戦初期って、10年も前のユニット?」

「それよりは改良されていますが、基本設計はそうです。」

 国を失った人たちはそんな不便を甘受して戦わなければならなかったのかと思うと、その苦労が胸に迫ってくる。それでもユニットがあるだけましなのかもしれない。

 

 最後はクロアチア隊だ。

「クロアチア隊隊長のヴァーニャ・ジャール少佐です。」

「I, spadaju u Hrvatskoj momčadi, to je Ana Galić drugi poručnik.」

「I, spadaju u Hrvatskoj momčadi, to je Mirjana Dukovac narednik.」

 毎度のことで、芳佳も慣れてきた。

「ええと、何て言ってるのかな?」

「はい、アナ・ガリッチ少尉とミリャナ・ドゥコヴァツ曹長です。」

「クロアチア隊は3人?」

「はい、人数は少ないのですが、クロアチア人ウィッチの中から撃墜数が1位と2位のエースを連れてきました。」

「他にもいるの?」

「はい、クロアチアのウィッチはクロアチア航空兵団を編成して、カールスラント空軍の配下で、オラーシャ戦線で戦っています。もし、もっと人数が必要なら呼び寄せます。自分たちにとっては、オラーシャ戦線よりクロアチア防衛の方が大切ですから。」

「うん、まあ、他の部隊もいるから防衛には十分でしょう。オストマルク奪還にはもう少しいた方がいいかな。」

 

 ここでジャール少佐は少し複雑な表情をして、何かを言い淀んでいる様子だったが、意を決したように口を開く。

「自分たちは、これ以上の奪還作戦には、余り参加したくありません。」

「え? どうして?」

「クロアチアはもう解放されていますから、この上無理な戦いを仕掛けることはないと思っています。クロアチアを守れる体制を整備すれば十分です。」

「え、でもクロアチアを解放するのには他の国の人たちに手伝ってもらったんだよね。今度は、他の国の人たちを手伝う番じゃないの?」

「それはそうですが、これまで自分たちはカールスラントやオラーシャの戦いを支援してきました。もう十分働いたと思います。」

「うーん、でもオストマルク軍に所属しているんだから、上からの命令があれば参加しないわけには行かないよね。」

「ですから、クロアチアは独立するといいと思います。その上で、クロアチアとして支援するのならいいですが、他の民族の人たちに命令されて戦いたくありません。」

 気持ちはわからないでもないが、オストマルクの各民族がこんなことを言いだしたら、軍はばらばらになって、とてもネウロイに勝つことはできなくなる。だが、はっきり言わなかっただけで、他の各部隊の人たちにも同じような気持ちがあるのかもしれない。だとしたら問題なので、ここはオストマルクの首脳部の人たちに、しっかりと各隊をまとめてもらわなければならいないと思う。

 

 オストマルクウィッチ隊を一通り見て回ったが、どうも色々と問題を抱えているようだ。再編成したばかりなので、ひょっとして新人ばかりだったらとも思ったが、実戦経験豊富な人たちが集まっているようで、そういう意味では戦力として期待できそうだ。しかし、人数はいても各隊ばらばらな印象は否めず、総合戦力については疑問符が付く。しかし、芳佳自身が直接各隊を指揮するわけではないので、そこはチェルマク少将やグラッサー中佐に上手くやってもらうしかないだろう。まあ、オストマルクは昔から多民族国家なのだから、そこは慣れていて上手くやってくれるのではないかと、そんなことを思いながら芳佳は帰途に着いた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマルク

カテリナ・エモンシュ(Katerina Emmons)
オストマルク空軍大尉(1933年11月17日生18歳)
チェコ隊隊長
射撃の名手。11歳(1945年)からウィッチとして飛んでおり、年齢以上に経験豊富。1939年のオストマルク陥落以来10年を超える国外生活を余儀なくされており、祖国奪還のために戦い続けている。オデッサのネウロイを攻撃した際に芳佳とともに戦っており、芳佳とは旧知の仲。

フランチシュカ・ペジノヴァー(Františka Peřinová)
オストマルク空軍中尉(1932年4月8日生19歳)
チェコ隊
チェコ人はオストマルクの中では独立心が強いため、カールスラントに避難せず、ガリアを経由してブリタニアに避難した人が多い。ペジノヴァーもブリタニアに避難して、ブリタニア空軍に志願してウィッチになった。ガリア戦線で戦果を挙げてエースになった後は、ブリタニア防衛に働いてきた。

ヨゼフィーナ・ステヒリコヴァ(Jozefína Stehliková)
オストマルク空軍曹長(1936年3月26日生15歳)
チェコ隊
避難先のブリタニア空軍に志願してウィッチになる。ブリタニア空軍からオラーシャ戦線に派遣されて戦っていたところで、オストマルク空軍再建に参加する。

ヤナ・ゲルトホフェロヴァー(Jana Gerthoferová)
オストマルク空軍中尉(1934年5月27日生17歳)
スロバキア隊隊長
カールスラント空軍のハンガリー人部隊の配下で、スロバキア人部隊を指揮してオラーシャ戦線で戦う。

イダニア・コヴァーリコヴァー(Idania Kováriková)
オストマルク空軍曹長(1937年3月29日生14歳)
スロバキア隊
まだ若手だが、体力に優れているため、オラーシャ戦線で頻繁な出撃をこなして戦果を重ねる。

ミロスワヴァ・ミュムラー(Mirosława Mümler)
オストマルク空軍少佐(1934年12月10日生17歳)
ポーランド隊隊長
オストマルク領ガリツィアのリヴィウ出身。ガリアを経てブリタニアに避難し、ブリタニア空軍に志願、第302ポーランド戦闘機中隊の隊長を務めた。ブリタニア空軍のポーランド人部隊では比較的少ないオストマルク出身。

ゾフィア・フェリク(Zofia Ferić)
オストマルク空軍少尉(1936年6月17日生15歳)
ポーランド隊
オストマルク領ボスニアのトラブニクの出身。3歳の時ネウロイの侵攻を受け父が死亡、ポーランド人の母に連れられてブリタニアに避難、以後ポーランド人コミュニティでポーランド人として育つ。魔法力発現とともにブリタニア空軍に志願、ブリタニア空軍の中のポーランド人部隊である第303ポーランド戦闘機中隊で活躍する。

ボレスワバ・ヴラスノヴォルスカ(Bolesława Własnowolska)
オストマルク空軍曹長(1937年11月29日生14歳)
ポーランド隊
オストマルク領クラクフの出身。初陣で撃墜されたほか、数度の墜落を経験しているが、それにめげずに積極的に戦い続け、共同撃墜1機を含む6機撃墜の若きエース。

テオドラ・ゴギッチ(Teodora Gogić)
オストマルク空軍大尉(1933年生18歳)
セルビア隊隊長
避難先のギリシャで志願してウィッチになり、戦力や資材の不足に悩まされながら、ギリシャ防衛に働いてきた。オストマルク軍首脳部がセルビアの奪還に熱心ではないのが不満。

ミリツァ・セミズ(Milica Semiz)
オストマルク空軍軍曹(1936年生15歳)
セルビア隊
機材には恵まれない中でも、積極果敢な戦闘を持ち味として戦果を重ねている。後方警備等の任務が多かったのでまだ戦果は限定的だが、豊かな可能性を秘めている。

ヴァーニャ・ジャール(Vanja Džal)
オストマルク空軍少佐 (1932年4月9日生19歳)
クロアチア隊隊長
カールスラント軍指揮下で、クロアチア人ウィッチ隊を率いてオラーシャ戦線で戦いを重ねてきた。カールスラント軍から支給されるユニットが使い古しの旧型ばかりだったため、上層部に掛け合って新型ユニットを獲得したことも。クロアチアが解放されると、腕利きを引き抜いてクロアチア防衛隊を組織し、オストマルク軍再建に伴いオストマルク軍ウィッチ隊に参加した。

アナ・ガリッチ(Ana Galić)
オストマルク空軍少尉 (1935年11月29日生16歳)
クロアチア隊
魔法力を発現するとすぐに志願してウィッチになり、オラーシャ戦線に派遣された。前線にあって出撃を繰り返して戦果を重ねた結果、軍曹から叩き上げで少尉まで昇進した。指揮官として働くことを期待されているが、本人にその気はない様子。

ミリャナ・ドゥコヴァツ(Mirjana Dukovac)
オストマルク空軍曹長 (1937年9月23日生14歳)
クロアチア隊
カールスラントで訓練を受けてウィッチになり、クロアチア人ウィッチ隊に参加。前線に出るとめきめきと頭角を現し、まだ若手だがクロアチア人ウィッチ隊のトップエースとなっている。


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