ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

40 / 54
第四十話 夜の帳に包まれて

 闇を切り裂いてビームが飛んだ。リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は体を捻ってかわすと、ビームを撃ってきたネウロイめがけて機銃を撃ちこむ。ネウロイは素早く反転すると、闇の中に姿を消す。

「動きの素早いネウロイね。でも闇の中に隠れられると思ったら大間違いよ。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の頭の両脇の魔導針が光りを増して、周囲を探査する。夜間戦闘ではこの力が使えるかどうかで大違いだ。闇に潜むネウロイを捉えたリッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、さっと機銃をネウロイに向けると銃撃する。

「当たった、・・・でもまた逃げた・・・。」

 確かな手ごたえは感じたから、何発かは当たったと思うが、ネウロイの損傷の程度は不明だ。いずれにせよ、素早く逃げたことからそう大きな損傷は与えられていない。

 

「逃がさないわよ。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐はぐっと加速してネウロイを追う。前方には片雲が漂っていて、ネウロイはその陰に潜んでいる。しかし、雲の影に隠れたつもりでも、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐にかかれば隠れていないのと同じだ。ネウロイに向かって突進しながら、雲越しに機銃弾を撃ちこむ。命中した機銃弾が炸裂すると、雲がぼんやり光る。

 

 突然、雲の中からネウロイが飛び出して来た。飛び出したネウロイは、ビームを放ちながら真直ぐに向かって来る。お互いに高速で相手に向かっているので、あっという間に距離が詰まってくる。至近距離でビームが空気を切り裂く音が耳に響く。退避している時間はないので、撃ち合いながらすれ違うしかない。ネウロイのビームがびゅんびゅんかすめる。ネウロイに機銃弾ががんがん当たる。がんっと右足に衝撃を受けた。

「被弾した!」

 たちまちバランスが崩れて姿勢が乱れる。さっと左足を開いて体を右へ滑らせる。左脇すぐをビームが抜けた。そうする間も銃撃はネウロイを捉えて離さない。ネウロイの装甲が砕けてコアが出た。次の瞬間、ネウロイはパッと砕けて雲散した。

 

「ふう。」

 ちょっと危ない所だった。いきなりネウロイが反転して来て、接近し過ぎた。ネウロイは銃撃するたび逃げたので、あそこで突っ込んでくるとは思わなかった。ひとつ深呼吸をしてから、基地に報告を送る。

「リッペ=ヴァイセンフェルトです。ネウロイを撃墜しました。帰還します。」

 念のため一通り周囲を探査し、他にネウロイがいないことを確認すると帰還の途に就く。右のストライカーユニットは、煙を噴き上げながら軋むような嫌な音を立ている。まあ、だましだまし、基地まで帰ることはできるだろうが、明日からの夜間迎撃任務はどうしようか。

 

 翌朝、いつもならもう寝ている時間だが、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は朝の打合せに顔を出していた。

「昨夜の戦闘で、わたしのユニットは損傷してしまったので、修理ができるまで出撃できません。そこで今夜からの夜間待機を誰かにお願いしたいんだけど・・・。」

 集まった隊長たちは、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の話にうつむきがちになる。皆夜間戦闘に自信がないのだ。

「ええと、そんなに度々夜間にネウロイが出現するわけじゃないから、待機しているだけで終わることの方が多いのよ。春になって少し増えてきてはいるけれど・・・。」

 増えてきていると言われると、ますます心配だ。何分、魔導針を使える人はリッペ=ヴァイセンフェルト少佐の他にはいないので、もしもネウロイが出現したら、明るい月夜でもない限り、ちょっとまともに戦えそうもない。

 

「ええと、リッペ=ヴァイセンフェルトさん、他のユニットは使えないの?」

 芳佳が尋ねるが、残念ながらそうはいかない。

「はい、夜戦用にはJu88とかBf110といった出力が大きくて飛行時間の長いユニットを使うので、他のみんなが使っているユニットではちょっと・・・。予備のユニットもありませんし。」

 それはそうだろうと思う。扶桑でも、夜間戦闘用には海軍の月光とか、陸軍の屠龍とか、似たようなタイプのユニットを使うのがもっぱらだ。まあ、似たような装備はしていても、扶桑では魔導針を使える人はほとんどいないので、夜間戦闘のレベルは欧州には及ばないのだが。

 

 みんなが黙っているのにしびれを切らしたように、千早大尉がさっと手を挙げる。

「わたしがやります。」

 意外そうな表情で芳佳が尋ねる。

「あれ、多香子ちゃんって夜間戦闘ってやったことあったっけ?」

「いえ、ありません。夜間飛行の訓練位はやっていますけれど。でもわたし、固有魔法で三次元空間把握の魔法を使えますから、暗闇の中でもネウロイの所在を把握することができると思うんです。」

 おお、と微かなどよめきが広がる。魔導針を使った広域探査の魔法に比べれば、探査できる範囲は限られるが、電探による誘導もあるのだから十分戦えるだろう。リッペ=ヴァイセンフェルト少佐が少しほっとしたような表情で頭を下げる。

「じゃあ、千早大尉にお願いします。」

「はい、お任せください。」

 そう答えながらも、千早大尉はちょっと不安そうだ。一方のリッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、肩の荷が下りたら一気に眠気が襲ってきたようで、眼をしょぼしょぼさせながらあくびをかみ殺している。

「じゃあ、多香子ちゃんは夜に備えて寝てね。それじゃあ解散。」

 芳佳が締めて、少し長くなった定例の打合せは散会となる。

 

 寝ろと言われても、千早大尉はさすがにすぐ寝るわけには行かず、大村航空隊のメンバーを集める。

「・・・、そういうわけで、わたしは今夜から夜間待機に入るから、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐のユニットの修理が終わるまで、大村航空隊の指揮は明希ちゃんがやってね。」

 指名された赤松大尉は、訓練生時代から千早大尉とは一緒の仲だから気心は知れているし、隊のメンバーとも長い付き合いなので指揮を執ることは問題ない。ただ、千早大尉の事が心配だ。

「うん、それは構わないけど、でも多香子ちゃんは夜戦なんて大丈夫?」

「うーん、正直自信はないよ。見えるのと戦えるのは別だからね。魔法を発動して周囲を探査しながら、同時に戦闘をするなんて本当にできるのやら・・・。」

「ええ? それで戦えるの?」

「魔法で周囲を探査するときはある程度集中する必要があるから、その状態で空戦機動とかできる自信はないし、まして狙って銃撃するとか、ちょっと無理っぽいな。まあ、夜間にネウロイが出現することは少ないから、待機しているだけでいいんじゃないかな。保険よ、ほけん。」

 千早大尉はつい勢いで手を挙げてしまったが、引き受けた以上は無理っぽいと思っていてもやるしかない。でもそれでは、もしもネウロイが出現したら、危険過ぎないか。

「ねえ、やっぱり探照灯で照射してもらって迎撃した方がいいんじゃないの?」

「うーん、でもそれって基地の上空まで引き込むってことだよね。そうなると地上部隊が無傷では済まないから、ちょっとまずいと思うんだよね。」

 

 漂う不安感にみんな黙ってしまったところで、玲子がおずおずと手を挙げる。

「あのう、わたし夜目が利くんですけれど、役に立ちませんか?」

 千早大尉が目を見開く。

「えっ? 玲子ちゃんって暗くても見えるの?」

「はい、わたし使い魔が猫なんで、暗くても見えるんです。新月の夜に、落とした小銭を拾える位には。」

「うん、それは絶対役に立つよ。じゃあ、一緒に寝よう。」

 すぐにも手を引いて寝室に行く勢いの千早大尉にたじたじとなりながら、でも自分で言い出しておいて何だが、玲子にも不安がある。

「でも、わたし夜間飛行って一度もやったことありません。それに、いくら夜目が利くって言っても、そんなに遠くまで見えませんよ。」

「うん、遠くを見るんだったら双眼鏡を持って行けばいいし、遠くはわたしが魔法で探査すればいいじゃない。近くまで誘導してあげるよ。それに、飛び立つときは手を引いてあげるから。飛んじゃえば夜でもそんなに変わらないよ。」

 ベテランの千早大尉にそうまで言われれば、不安があってもそれ以上重ねて言うわけにも行かない。二人は夜に備えて、厚いカーテンで遮光した部屋で寝に着くことになる。

 

 夜になって起き出して来た千早大尉と玲子は、急に昼間寝ることになってもやっぱりあまり良く眠れなかったので、何となく目をしょぼつかせている。しかしここからは待機任務だ。冷たい水で顔を洗って、無理やり目をはっきりさせると待機室に入る。待機室は、もしも出撃することになった時のために、目を慣らしておくよう明かりを落として薄暗くしてある。薄暗い室内で椅子に深く腰掛けていると、すぐに瞼が重くなってくる。

「千早さん、何だか体が椅子に吸い込まれて行くような感じがします。」

「うん、急な昼夜逆転だから、体がついて行けないのは仕方がないよね。でも眠っちゃ駄目だよ。」

「はい、でも眠いのに寝ないでいるのって結構きついですね。」

 そう言いながら、玲子の瞼がすっと降りてくる。玲子ははっとして立ち上がると、にわかに体操を始めた。千早大尉はおかしくてくすくす笑う。

「玲子ちゃん、気持ちはわかるけど、一晩中体操しているつもり?」

「うう、それはそうなんですけど、やっぱり深く腰掛けていると彼岸の世界に連れて行かれそうです。」

「うん、そうだねぇ・・・、コーヒーでも淹れようか。」

 そう言っ千早大尉は立ち上がる。千早大尉だって眠いのに変わりはない。何かしていないと眠ってしまいそうだ。

 

「でもなぁ、こんなに頑張って起きていても、一晩中何事もないことの方が多いんだよね。」

 そうは言っても、ネウロイが出現しないに越したことはないから、気持ちは複雑だ。ところが、突然電話が鳴る。

「はい、夜間待機室。」

「ネウロイが出現しました。ケストヘイに向かう模様です。」

 一遍で目が覚めた。まさか本当に出現するとは思わなかった。直ちに出撃だ。

「玲子ちゃん、出撃!」

「はいっ!」

 あれほど不安を感じていた夜間出撃だが、眠気との戦いに苦しんできた今は、むしろネウロイの出現が嬉しい。

 

「発進。」

 千早大尉は、玲子の手をつかむと滑走に入る。滑走路には点々と誘導灯が灯されており、暗闇の中にずっと先まで光の線を伸ばしている。

「きれい・・・。」

 思わずつぶやく玲子だったが、見とれている暇はない。

「離陸するよ。」

 玲子は千早大尉に手を引かれながら、暗闇の空に向かって舞い上がる。低く垂れ込めた雲に月の光は遮られて、空はどこまでも闇が広がっている。闇に向かって進んで行くと、何だか自分が闇の中に吸い込まれて、周囲の空間と同化してしまうような気がする。自分が闇に溶けてなくなってしまうような気がして、思わずぶるっと震える。千早大尉とつないだ手のぬくもりだけが自分の存在を確かなものとしているように感じて、つないだ手に力が入る。

「夜間飛行では姿勢を失いやすいから、水平儀や傾斜計に注意して。」

「はい。」

 計器を見ると、塗られた夜光塗料がぼんやりと光を放っていて何だか頼りない。それでも、暗闇の中ではロールを一発打っただけで天地が分からなくなってしまいそうだから、こんな計器だけが頼りだ。

 

 ぽっと雲の上に出た。びっくりするほどの光りが降り注いでる。まだそこここに断雲があるし、月は半分欠けているが、それでもここまでの暗闇からすると、眩しい位の光に感じられる。あるいは、玲子は夜目が利くからそう感じるのかもしれない。しかし、見とれている暇はない。

「ネウロイ発見。前方右寄りの雲の陰。行って。」

 はっとして指示された方向を見る。暗黒の空にうっすらと白い雲の塊が見える。その向こうにいるというネウロイはもちろん見えない。玲子は魔導エンジンを吹かして、雲に向かって加速する。

「ネウロイは雲の向こう側、およそ1500。少し雲から離れて回り込んで。」

 指示されるままに雲を迂回する。まだネウロイは見えない。と、雲を突き抜けてビームが飛んできた。見慣れたビームだが、闇の中で見ると恐ろしいほど明るく、太く見える。雲の陰からネウロイが見えた。暗闇に浮かぶ漆黒のネウロイは、一瞬目を離しただけで見失いそうだ。ネウロイが赤く光ると、またビームが飛んで来る。ビームをまともに見ると目が眩んでしまいそうなので、玲子は目を細めてビームをやり過ごす。

「注意して、ネウロイは玲子ちゃんの方に向きを変えたよ。」

 教えられなければ気付かないようなネウロイの動きの変化だ。しかし、よく見れば接近する速度が急に速くなったことがわかる。玲子は機銃を構えてネウロイを狙う。またビームが来た。急激な機動を取ると空間識を失いそうだから、僅かに横滑りさせてビームをかわす。ネウロイは十分近くなって、くっきりと見えていて、もう見失うこともない。満を持して引き鉄を引く。銃口の発火炎で目が眩む。それでも、機銃弾がネウロイに命中し、飛び散った破片が月の光を反射して淡く光るのが見える。ネウロイが赤い光を放つ。またビーム? いや、コアだ。露出したコアに機銃弾が命中すると、赤い光が細かくなって散り、それがすうっと光を失うとネウロイが砕け散る。

「撃墜しました。」

 玲子の弾むような報告に、千早大尉の応答する声も明るく嬉しそうだ。

「うん、こっちでも確認したよ。お見事。」

 千早大尉の誘導で接敵して攻撃するこの戦法は、夜間戦闘には十分有効だ。他のウィッチたちにはちょっと難しい夜間迎撃ができることが分かって、玲子は心が躍る。まだ経験が少ない分、全般的には他の人たちに及ばないが、自分は自分の特性を生かした働きをすればいいのだ。玲子はウィッチとしてやっていく自信が、ちょっとだけ芽生えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。