ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
ばーんと大きな音を立てて芳佳の執務室の扉が開け放たれた。
「いよぉ、宮藤、久しぶりだなぁ。」
芳佳はいきなりの闖入者の無礼を咎めるでもなく、がたっと音を立てて立ち上がる。
「シャーリーさん!」
突然やってきたのはリベリオン空軍のシャーロット・イェーガー中佐だ。もちろん、芳佳とは501部隊以来の馴染だ。シャーリーは階級や役職など全く意に介さない様子で、つかつかと芳佳に歩み寄る。執務室にいた副官以下の面々は、司令官に対する無礼を咎めたものかと思うが、下手なことをして司令官の不興を買ってもいけないので、困惑して固まっている。そんな周囲の様子は見えていないのか、シャーリーは芳佳の頭を抱えて胸元に抱き寄せ、頭をぐりぐりする。
「宮藤は変わらないなぁ。」
にこにこしながらそんなことを言うが、芳佳の服装は501の頃のセーラー服から士官服に変わり、階級章はきらきらしている。もっとも、背が伸びたわけでもなく、相変わらずの童顔で、そういう所は変わっていないのも確かだ。シャーリーのふくよかな胸元に顔を埋めた芳佳は、昔の癖が蘇ってきたようで、いつの間にやら手がシャーリーの胸元に伸びて、これはこれで芳佳は幸せそうだ。
そんな再会から気を取り直して芳佳は尋ねる。
「シャーリーさん、今はどうしているんですか?」
「うん? わたしかい? わたしはシールドが衰えてからは新型ユニットのテストパイロットをやっているんだ。」
なるほどいかにもシャーリーらしい。多分今でも新型ユニットで速度記録に挑んでいるのだろう。
「それで、今日はどうしたんですか? わざわざ前線に来たってことは、ただ遊びに来たわけじゃないですよね?」
「うん、実は今テスト中の新型ユニットの実用試験をやる必要があるんだけれど、どうせなら最前線の厳しい環境で運用テストをやって、実用に耐えることを確認しようと思ってね。」
「だからってこんな毎日のように戦闘のある所まで来なくってもいいんじゃないんですか?」
「ああ、オストマルク戦線は宮藤が司令官だって聞いてね、それだったら融通を効かせてくれるんじゃないかと思ったんだ。」
なるほど、シャーリーは勝手にストライカーユニットを改造するなどして、厄介払いの様に501に送られてきたとも聞く。自由にのびのびやりたい性分だから、多少の事には目をつぶってもらえる基地が良いことだろう。もちろん芳佳としてはシャーリーのやることに一々目くじらを立てる気はさらさらない。
「わかりました。何でも好きにやってくれていいですよ。」
シャーリーは我が意を得たりとばかりににっこり笑う。
「宮藤だったらそう言ってくれると思ったんだ。じゃあ、しばらく厄介になるよ。」
「はい、何か必要なことがあったら遠慮なく言ってくださいね。」
そう言いながら、まあシャーリーなら遠慮など無縁だろうとも思う。遠慮したくないから芳佳の基地に来たとも言える。
「でも・・・」
「うん? 何だい?」
「最前線だし、危険なことはしないでくださいね。」
「あっはっは、宮藤もそんな気遣いをするようになったんだね。」
そりゃあそうだと思いつつ、501の頃は馬鹿なことをいろいろやっていたなと思い出し、自然に顔が赤くなる。今の部下たちの前で昔の話をされるのは、ちょっと恥ずかしいと思う。
元々自由なたちの所へ、好きにやって良いと司令官のお墨付きをもらったのだから、シャーリーは早速全開で動き出す。到着翌日には早くも芳佳の執務室に来て芳佳を誘う。
「宮藤、これからテスト飛行をやるんだけど、見に来ないか?」
芳佳ももちろんこのノリは嫌いではない。打てば響くように答える。
「はい、見に行きます。」
ちょうど打合せに来ていた参謀長の鈴内大佐は渋い顔だ。折角この頃司令官らしく落ち着いて職務に励むようになってきていたのに、これでは元の木阿弥ではないか。そうは思うが、シャーリーも伝説の501部隊の一員なのだから、あまり失礼なことはできないし、そんなことをしたら芳佳が怒るだろう。ひょっとするとリベリオンで持て余して、体の良い厄介払いで前線に送り込んできたのかもしれないと、邪推してしまう。
滑走路に行くと、まだテスト機だからか、銀色にピカピカ光った機体が発進ユニットにセットしてある。芳佳は興味津々といった面持ちで覗き込む。
「シャーリーさん、これが新型ユニットですか?」
「ああ、リベリオンで新開発したF-86だよ。」
「ひょっとしてジェットストライカーですか?」
「そうだよ。カールスラントのジェットストライカーの技術を導入して、リベリオンでさらに進化させたんだ。」
なるほど、速度を追い求めるシャーリーが好きそうなユニットだ。
「最高速度はどの位出るんですか?」
「うん、これまでのテストで水平飛行で1,100キロ出ることを確認しているよ。」
「1,100キロ! すごいですね!」
「うん、全速で降下すればもっと出て、普通のウィッチが乗っても音速を越えられるんだ。だから実用化のために、前線の環境でもその性能が継続的に発揮できるかテストするんだよ。それにね・・・。」
そこでちょっと止めて悪戯っぽく笑う。
「わたしが乗ったらどこまで出せるか、限界に挑戦するんだよ。」
「ああ、なるほど。」
非公式にだが、レシプロユニットで音速を突破したことがあるシャーリーの事だ、一体どこまで出せるのか、見当もつかない。ただ、ちょっと心配がある。
「ユニットの限界速度はどの位なんですか?」
「そんなの関係ないよ。限界に挑戦するんだ。」
ああ、やっぱりだ。レシプロユニットで音速を突破した時は、ユニットが壊れて真っ逆さまに海に落ちた。今回も壊れるまでやる気に違いない。そんなことをしたら止められたり、叱られたりするのは間違いないから、そうされないように関係者が誰もいない最前線まで来たのに違いない。やっぱり心配だ。
「じゃあ行くよ。」
シャーリーは魔法力を解放してユニットを起動させる。すると、ジェットストライカー特有の高音成分を多量に含んだ轟音とともに、小さな呪符を伴った強烈な噴射が始まる。当然普通の会話はできないが、ウィッチ同士はインカムがあるので問題ない。シャーリーが発進準備を整えると機銃を持つ。
「あれ、シャーリーさん、テスト飛行なのに機銃を持って行くんですか?」
「ああ、実用テストだからね。じゃあ、行って来るよ。」
シャーリーは芳佳に向けて軽くウィンクしてみせると、一気に発進する。
速い。見る見る加速して行く。リベリオンでの改良の成果なのだろう、Me262より出足がはるかに良い。あっという間に滑走路を駆け抜けると、ぐっと急角度で上昇して行く。上昇力もすごい。Me262からは一段突き抜けた性能だ。もちろんベースにMe262で培われた技術があってこそのものだが、それにしてもリベリオンの技術力も目を見張るものがある。もっとも、この間常に戦い続けてきたカールスラントと比べて、自国が戦場になることがなく、落ち着いて技術開発を進めてこられた優位があるのは間違いないだろう。シャーリーは大きく飛行場の周囲を周回すると、通信を送ってくる。
「今から上空を通過するから、計測は頼んだよ。」
そして、滑走路の延長線上に乗ると、一直線に加速する。見る見る接近してきたシャーリーは、轟音と共に目にも留まらぬ速さで上空を通過した。一陣の風が吹き抜けて行く。見物に出て来ていた少女たちから黄色い歓声が上がる。
「速度は?」
芳佳が確認すると、計測していた技術者がやや興奮気味に答える。
「1,100キロを越えました。1,105キロです。」
いきなりカタログ上の最高速度を叩き出してきた。さすがはシャーリーだ。再び周回しながら上昇していたシャーリーから、また通信が入る。
「次は降下で行くよ。」
上空遠く、きらりと光ったかと思うと凄まじい勢いで降下してくる。そのまま明らかにさっき以上の速度で滑走路上を航過すると、その直後、凄まじい轟音と共に衝撃波が襲ってきた。見物していた少女たちが、悲鳴を上げて地面に倒れ込む。本部のテントが吹き飛んで行く。これは、音速を超えた時に出る衝撃波に違いない。
「今度の速度は?」
「音速を越えました! 1,299キロです!」
凄い。あっさり音速を超えてしまった。
「どうだい、音速は超えただろう?」
「はい、超えました。凄く凄いです。」
興奮気味の芳佳に対して、シャーリーは笑いを含んで言う。
「まだまだ、これからだよ。次は固有魔法を使って行くよ。」
「えっ?」
まだ固有魔法の超加速は使っていなかったのか。向かって来る方を見ると、もう凄まじい速度で向かって来ている。今度は降下をせずに、低空を真直ぐに飛行してくる。さっきのような衝撃波をまた浴びせられるのはたまらないと、見物していた少女たちが建物の中に逃げ込もうと走って行く。そこへ轟音と衝撃波が来た。その瞬間、建物の窓が一斉に割れ、ガラス片が降り注ぐ。もう辺りはパニック状態だ。それでも芳佳は速度を確認する。
「速度は?」
振り返って見ると、計測器は机ごとひっくり返っていて、最早計測不能だ。これではテストにならない。
「シャーリーさん、計測器が壊れました。もう計測不能です。」
しかし、シャーリーはそんなことは意に介さない。
「まだまだ。」
ぎょっとして振り向くと、一段と速度を上げて突っ込んでくる。また衝撃波だ。今度は格納庫の屋根が飛んだ。被害甚大だ。このままでは基地が機能しなくなる。
「シャーリーさん! 止めてください!」
芳佳の剣幕に、さしものシャーリーも速度を緩めた。
「どうだい、すごいだろう?」
そう言って朗らかに笑う。全然反省していないようだ。ひょっとすると、リベリオンでテストをやっていた時も同じように基地の被害が甚大で、追い出されて前線に来たのではないかとの疑いが湧いてくる。501の時でも、ここまでひどいことはしていなかったと思うのだけれど。
滑走路に降りてきたシャーリーは、周囲の惨状を気に留めるでもなく、得意気な顔だ。
「どうだい、F-86は。いいユニットだろう?」
芳佳は涙目だ。この惨状をまねいた責任は、許可した自分にあるのだ。また参謀長に怒られる。
「これだけやったんだから、もうテストは十分ですよね。」
暗にもうやめて欲しいと言う芳佳だが、そうはいかない。
「何言ってるんだよ。実用テストなんだよ。これから連日飛んで耐久性を見ないとね。」
「うう・・・。それなら基地上空を飛ぶのはやめてください。少し離れれば何もない所が広がってますから、そっちでやってください。」
「うん、いいよ。」
シャーリーは相変わらず朗らかに笑っている。憎めない性格なんだけれどな、と思ってから気付く。そもそも芳佳自身、こんなことがあっても人を憎める性格ではなかった。まあ、次からは離れた所でやってくれるから、これ以上の被害は出ないだろう。そう思ったらなんだか可笑しくなって、芳佳もつい笑ってしまった。