ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第四十三話 翼をください、再び

「ふう。」

 芳佳は一つため息をつく。相変わらずの書類仕事だが、どうにも気分が乗らない。ちょっとインカムを取り出して耳にはめてみる。シャーリーとルッキーニは、今日もバラトン湖上でジェットストライカーのテストをやっているはずだ。インカムからはルッキーニの声が響く。

「いっけー、シャーリー!」

「うおおおお。」

「出た! マッハ1.2だよ。」

 マッハ1.2と言えば、地表速度で1,500キロ近い凄まじい速度だ。なんだか楽しそうだ。芳佳はついため息が漏れる。

「いいなあ、シャーリーさんは。力いっぱい飛ぶことができて・・・。」

 先日の戦闘の後で詳しく調べてみたら、やっぱり魔法力が大き過ぎて魔導エンジンのリミッターが働いていたことが分かった。それが分かっても、生憎震電以上に強大な魔法力に対応したユニットはない。そもそも、芳佳の使っている試製震電は、起動するのに必要な魔法力が大き過ぎて、誰も起動することができなかったといういわくつきのユニットだ。震電は魔導エンジンを換装して実用化にこぎつけたが、そんな事情なのだから震電以上のユニットがあるはずもない。もっとも、普通の魔女は20歳を過ぎて魔法力が低下するところなのに、20歳を過ぎて魔法力がさらにアップした芳佳が規格外に過ぎるのだ。でも、頭では仕方がないことはわかっても、もう自由に飛べないかと思うと気が滅入る。必然的に書類仕事に身が入らない。

 

 そんな芳佳に、グラッサー中佐は不安そうだ。

「チェルマク総監、このところ司令官の元気がないようで気になります。」

 チェルマク少将も同じように感じていたようだ。

「そうね、直接聞くと、そんなことないって言うけれど、やっぱり以前のような活気が感じられないわね。」

「司令官の態度は、部下たちの士気にも影響してきますから、空元気でも見せて欲しいのですが・・・。」

「そうねぇ、これからますます戦いが激化してくるところだから、士気に影響するのは困るわね・・・。参謀長ならなにか理由をご存じかしら?」

 チェルマク少将は、鈴内大佐に相談してみる。鈴内大佐は事情を聞いていた。

「実は、宮藤さんはここの所上手く飛べなくなっていて・・・。」

「あら、ついに上がりを迎えたのかしら。」

「いえ・・・、それが逆で、魔法力が増大して、ユニットが受け止めきれなくなってきたということです。」

「えっ? 魔法力が増大? あの歳で?」

「そうなんです、誠に異例なことで・・・。でもこれで観念して、司令官らしく司令部に腰を落ち着けて、指揮に専念してくれるようになればかえって良かったということになるかと・・・。」

 そう言いながら、鈴内大佐もそうはいかないだろうと思ってもいる。芳佳の性格もあるが、何しろ魔法力が減衰したわけではないのだから、飛ぶのをあきらめるのは難しかろう。だが、このまま気分が沈んだままでは、それこそ全体の士気に影響するので、どうにかして思いを振り切ってもらわなければならない。

 

 鈴内大佐は、何とか気分を持ち直してもらおうと、芳佳の説得に向かう。

「宮藤さん、お気持ちはわからないではないですが、誰しもいつかは飛べなくなるものです。隊員たちの士気にも関わりますので、どうかここは気持ちを切り替えてください。」

 芳佳だってそれがわからないわけではない。だが、そう簡単にはいかない。

「うん、ごめんね。わかってはいるんだけどね。実はわたし、以前にも同じように飛べなくなったことがあったんだ。その時ね、仲の良かった友達が一人でネウロイを防いでいるのに、わたしは何もできなくて、凄く辛かったんだ。今同じ状態になったらね、その時の事を思い出しちゃって、胸が苦しいんだ。それに、もし今仲間の誰かが危機に陥ったとしても、わたしは何もできないんだって思うと・・・。」

 そう言って芳佳は力なく笑う。そう言われると、鈴内大佐も何と言って励ましたらよいか、途方に暮れる。

 

 宮藤さんが沈んでいる。元気付けるのは一番付き合いの長い自分しかない、そう考えて千早大尉が乗り出して行く。

「宮藤さん、宮藤さんが元気がないのなんて似合いません。元気を出してください。」

 そんな無茶なと思いつつ、千早の気持ちが嬉しくて、芳佳は空元気を見せる。

「うん、ありがとう、ほら、こんなに元気だよ。」

 どうしたらいいかわからないが、とりあえず力こぶを作って見せる。もちろん、付き合いの長い千早大尉は、表情に力がないのを見逃さない。そこで元気を取り戻させるために持って来た秘密兵器を前に出す。

「宮藤さん、ユニットで飛べなくなったんだったら、箒で飛べばいいじゃないですか。」

 付き合いの長い千早大尉は、芳佳が箒で飛んで戦っているところを見たことがあって、それを覚えていたのだ。芳佳の表情がぱっと明るくなった。

「そうだよね、箒で飛べばいいんだよね。」

 以前飛べなくなったときは箒でも飛べなかったが、あの頃は急に増大してきた魔法力を上手にコントロールできなかったから飛べなかったのだ。今ならそんなことはない。芳佳は千早大尉の持って来た箒を受け取ると、さっと跨る。

「発進!」

 待て、ここは執務室だ。

 

 箒に跨って飛び上がった芳佳は、執務室の中をくるりと一周すると廊下へ飛び出す。執務室の中は、様々な書類が紙吹雪のように舞い踊る。廊下を一気に飛び抜けた芳佳は、角に突き当たると体を思い切り倒して直角に曲がる。

「きゃーっ!」

 たまたま通りかかった隊員が、悲鳴を上げてひっくり返る。持っていた何かが、廊下に転がって派手な音を立てる。しかし芳佳は振り返って見ることもなく、一直線に廊下を飛び抜けて、ぱっと外へ飛び出した。

「あっ、芳佳だ。箒で飛んでる!」

 目ざとく見つけたルッキーニが指をさす。

「よおし、行くぞ。」

 丁度テストから帰って来たところだったシャーリーが、思い切り加速して芳佳の方に向かう。どーんと衝撃波が隊舎に叩き付け、芳佳の後を追って飛び出して来た隊員がひっくり返る。

「宮藤!」

「あっ、シャーリーさん!」

 超音速で飛ぶシャーリーが一瞬ですれ違うと、後から衝撃波が芳佳を襲う。

「ふぎゃっ。」

 衝撃波で弾き飛ばされた芳佳は、錐揉みになって繁みへと落っこちた。

 

 執務室では、千早大尉が舞い散った書類の海に埋もれて、呆然と座っていた。

「これって、やっぱりわたしが片付けないといけないんだよね・・・。」

 まさか室内で飛ぶとは思わなかった。でも、けしかけたのは自分なのだから仕方がない。芳佳が元気になったのだから、まあいいか。

 

 それから数日、とりあえず元気にはなった芳佳の所へ、来客がある。

「宮藤さん、カールスラント軍のハルトマン少佐がお越しになっています。」

「えっ、ハルトマンさん? どうしたんだろう? お通しして。」

 入ってきたのは、ハルトマンはハルトマンだが、妹の方、カールスラント技術省のウルスラ・ハルトマン技術少佐だった。

「お久しぶりです、宮藤さん。」

「うん、いらっしゃい、ウルスラさん。それで今日はどうしたの?」

「はい、ちょっとお願いがあって来ました。」

「うん、できることなら何でも言って。」

「はい、実は新型のストライカーユニットを開発中なのですが、起動するのに強大な魔法力が必要で、技術省のテストパイロットでは起動できなかったんです。それで、宮藤さんなら起動できるかと思って・・・。」

「そ、そうなんだ・・・。」

 宛にされるのは嬉しくないこともないが、テストパイロットの代わりとは。でも、ひょっとして司令官よりテストパイロットの方が向いていた?

 

 それでも早速ウルスラが持って来た新型ユニットを見に行く。芳佳も結構新し物好きで物見高い性格なのだ。

「これが新型ストライカーユニット、ドルナウDo335です。プファイルと通称しています。」

 ウルスラがそう紹介した機体は、なかなか重量感のある機体だ。開発中と言うが、洗練された様子から、既に完成の域に達していることがうかがえる。イメージとしては、Bf110などの夜間戦闘脚を思わせるものがある。

「何となく夜間戦闘脚に似たイメージだね。」

 芳佳の印象に、ウルスラは小さく肯く。

「はい、これは魔導エンジンを2基搭載することで高速、大出力を実現したものです。最大出力1,750魔力のDB603を2基搭載しています。設計上の最高速度は770キロです。」

 最高速度770キロと言うのは凄い。シャーリーのジェットストライカーを見た後だと見劣りがするように感じるが、レシプロストライカーとしてはトップクラスの速度だ。

 

 ここまでは自信たっぷりで説明していたウルスラだが、一転ややうつむき加減になって声のトーンも落ちる。

「ただ・・・、さっきもお話ししたように、まだ実際に飛んだことはないんです。」

 そこへ、興味津々といった面持ちで見ていたシャル大尉が手を挙げる。

「はい、はい、はい、わたし乗ってみたいです。司令官、いいですよね。」

 シャル大尉は、これまで多くの機種を巧みに乗りこなしてきた経験があるという。それならこの新型機も上手く乗りこなしてくれることが期待できるから、うってつけだ。

「うん、いいよ。試してみて。」

 芳佳の許可を得たシャル大尉は、早速プファイルに足を通すと魔法力を発動する。魔法力の青白い光に包まれながら、使い魔の耳と尻尾を出すと、早速プファイルを起動する。

「エンジン始動!」

 発進促進ユニットの力を借りて魔導エンジンが回転を始めると、シャル大尉は魔法力を送り込む。しかし、ぷすん、と気の抜けた音がして、僅かな黒煙を吹き出しただけでエンジンは止まってしまう。

「あ、あれ、おかしいな?」

 シャル大尉は再び起動させようとするが、やはりプファイルは言うことを聞いてくれない。多少期待していたのだろう、ウルスラが落胆した表情になる。

 

「そうかぁ、動かないんだ。やっぱりわたしが試してみないと駄目みたいだね。」

 そう言って芳佳はシャル大尉と替わって、プファイルに足を通す。芳佳が魔法力を開放して、豆芝の耳と尻尾がちょこんと顔を出す。

「エンジン始動!」

 芳佳がプファイルに始動を掛けると、さっきまでうんともすんとも言わなかったプファイルの魔導エンジンが轟音を立てて回り出す。左右合せて4基のエンジンが一度に回ると凄い迫力だ。魔導エンジンの出力は安定しており、いささかの不具合も見られない。轟々と吹き付ける風に髪を乱されながら、ウルスラは嬉しそうな笑顔を浮かべている。それはそうだろう。いくら自信のある設計でも、実際に動くまでは不安が付きまとうものだ。起動するまでやきもきさせられたが、やっと設計の正しさが証明された。

 

 芳佳は固定していたロックボルトを外すと、ゆるゆると滑り出す。そして、滑走路の真ん中まで出ると、慎重に出力を高めて行く。プファイルのエンジン音がひときわ高まり、滑らかに加速して行く。そして、ふわりと浮き上がると、徐々に高度を上げて行く。ここまで何の問題もない。魔導エンジンの回転は安定していて、異音や異臭、変な振動も感じられない。どうやら思った以上に完成度は高いようだ。それなら遠慮することはないと、芳佳は一気に加速する。加速の応答性も、加速力も高い。軽くロールを打ってみる。ロールの反応も速い。双発機は一般には出力は高いが運動性は低いものだが、このプファイルの運動性は単発機にも引けを取らない。そしてこのパワーだ。急上昇を掛けるとぐんぐん上がって行く。もちろん、思い切り魔法力を送り込んでもしっかりと受け止めて、機敏な反応を見せてくれる。このユニットは実に良い。さすがはウルスラだ。ウルスラは時に妙なものを作ることもあるが、やはりその技術レベルは最高だ。

 

 自在に飛び回る芳佳を見上げて、鈴内参謀長は複雑な気持ちだ。芳佳が活気を取り戻してくれたのは幸いだが、こんな新型ユニットを手に入れたら、ますます司令官の立場を忘れて飛び出して行くようになってしまうのではないか。そんな鈴内参謀長の気持ちも知らぬ気に、思うさま飛び回った芳佳は、にこにこしながら降りてくる。

「ウルスラさん、これいいよ。開発中とは思えないくらい何の問題もないよ。すぐにでも実戦に使えるね。いいなぁ、これ欲しいなぁ。」

 そう言われてウルスラも嬉しそうだ。

「はい、気に入っていただけて良かったです。お預けしますから、好きなように使ってください。データ取りや、調整はさせてもらいながらですけれど。」

「うん、ありがとう。」

「ところで、新しい武器も持ってきたんですが、試していただけますか?」

「うん、いいよ。」

 もはや猫にかつぶし状態だ。

 

 ウルスラが持ち出したのは、結構大型の銃で、全長は芳佳の背丈ほどもある。その割には軽量で、重くて取り回し辛いという程のものでもない。

「見たところ弾倉がないけれど、どうやって使うの?」

「はい、これは魔法力を直接撃ち出す、光線兵器のようなものです。魔法力を込めて引き鉄を引けば、魔法力が弾丸のように、あるいはビームのように出ます。」

「へえ。」

 芳佳は早速その銃を構えてみる。構えた時の手への納まりは良く、使い勝手は良さそうだ。試しに魔法力を込めると、引き鉄を引いてみる。

 

 ぱん、と軽い音と軽い衝撃と共に、青白く光る魔法力の塊が目にもとまらぬ速さで飛んで行く。ぱん、ぱん、と続けて撃ってみる。新兵器というから使い方が難しいかとも思ったが、拍子抜けするくらい簡単だ。

「あの、あんまり撃たないでください。魔法力を直接撃ち出しているので、結構魔法力を消耗すると思います。」

「ああ、そうだね。」

 芳佳はその銃を下ろす。

「これも試してみてください。予備も用意してありますから、実戦に使って壊してしまっても大丈夫です。」

「うん、わかった。今度使ってみるよ。ところで、名前はついているの?」

「いえ、まだ試作段階ですから、正式な名称はありません。ただ、開発ではツァウベルヴンダーヴァッフェと呼んでいます。」

「つぁうべる?」

「Zauber Wunderwaffeです。意味は、魔法の奇跡の兵器、といったところです。」

「ツァウベルでいいや。」

「いや、それだとただの魔法になっちゃうんですけれど・・・。」

 でも芳佳は気にしない。

 

 そこへ、おあつらえ向きにネウロイ出現の警報が鳴る。

「じゃあちょっと行って来るね。」

 芳佳は、芳佳が言う所のツァウベルを手にすると、プファイルを装着して舞い上がる。鈴内参謀長が止める暇もない。

 

「ネウロイ発見。この前と同じタイプ。」

 この前の戦いでは、追撃しようとしてストライカーユニットの不調で振り切られた。そうならないためには正面から行くに限る。ネウロイは先端からビームを放って来る。芳佳は上下左右に機動してビームをかわす。プファイルは反応性良く、芳佳の思う通りに動いてくれる。芳佳はツァウベルの狙いをつけると引き鉄を引く。

「発射!」

 魔法力の弾丸は確実にネウロイを捉える。ネウロイの装甲を突き破って貫くと、たちまちネウロイは四散する。瞬殺だ。

「ネウロイ撃墜!」

 新型ユニットと超兵器を手に入れて、芳佳の戦闘力は飛躍的に向上した。鈴内参謀長の懸念通り、いつも先頭に立って出撃する司令官になってしまいそうだけれど。


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