ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第四十四話 オストマンからの来訪者

 鈴内大佐が困惑した表情でやってきた。鈴内大佐は経験豊かで頭脳明晰で胆が据わっているし、芳佳がたびたびやってのける無茶にも慣れているので、こんな表情をすることは珍しい。何かよほど困ったことが起きたのだろうかと思うが、ネウロイの奇襲攻撃があっても、戦線崩壊の危機に陥ってもこんな表情をする人ではないので、ちょっと見当がつかない。

「宮藤さん、オストマンの外務大臣が面会を求めています。」

「え? 外務大臣? 何で?」

 一軍司令官の芳佳の所に、一国の大臣が訪問して来るというのは異例だ。しかも、軍関係の大臣ならまだわかるが、外務大臣というのは訳が分からない。これが、過去に大使館付武官を務めたことがあって旧知の仲だというのならまだわかるが、もちろん芳佳にそんな経験などない。

「それがわからないので、自分も困惑しているのですが・・・。お会いになりますか?」

 外務大臣が訪ねて来たのに、会わないなどと言えば非礼になって、国際問題を引き起こしかねない。だから理由がわからなくても会わないという選択肢はないと思う。そんなことは鈴内大佐もわかっているだろうに、判断を求めて来るのは意地悪だと思わないでもない。もっとも、会うことで問題が起きることも考えられ、軍人としては優秀な鈴内大佐であっても、このような外交がらみになるかもしれないことについては判断が付かなかったということなのかもしれない。

「わかりました、会います。」

 芳佳は困惑と不安を感じつつも、オストマンとは別に敵対的な関係にあるわけでもないのだから、殊更に問題が起きることもないだろうと考えて、会うことに決めた。昔、紀伊半島沖の紀伊大島付近でオストマンの軍艦エルトゥールル号が難破した時、付近の村人が総出で救助活動を行ったことがあったこともあって、オストマンは扶桑に対して友好的だ。

 

 案内されて応接室に入ってきたオストマンの外務大臣は、不思議なことに幼い少女を連れている。年の頃は10代前半といったところだろうか。軍司令官を訪問してきた外務大臣という状況にはまるでそぐわない。

「宮藤閣下、オストマン共和国外務大臣のムラート・イスメト・イノニュと申します。」

「は、初めまして。連合軍モエシア方面航空軍団司令官の宮藤芳佳です。」

 芳佳は大変な緊張状態だ。もしも外交上の問題など持ち出されたとしたら、どう対応したら良いのか見当もつかない。そもそも、芳佳には外交上の何の権限もないのだ。今の芳佳は、恐らくどんなネウロイが襲ってきたときよりも緊張しているに違いない。

「本日はお願いがあって参りました。」

 そう言って、外務大臣は同行してきた少女を前へと促す。くりくりとした黒い瞳が愛らしい。

「この子は、我が国初めてのウィッチで、ユルキュ・チュクルオウルと言います。我が国もネウロイとの戦いに貢献したいと思い、連れて参りました。どうか是非、閣下の部隊に参加させてください。」

 少女はさっと姿勢を正すと、頭を下げる。

「ユルキュ・チュクルオウルです。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしく。」

 答えながら芳佳は、なるほどそういうことかと思う。このあたりでウィッチ隊を指揮している最高司令官が芳佳なのだから、ウィッチを委ねたいのなら芳佳のところに依頼しに来るのもうなずける。

 

 しかし、個人的に自分に依頼しにくるより、国として部隊を派遣してくるのが普通なのではないだろうか。その方が国としての存在感を示すことができるだろうから、国益に適う。

「でも大臣閣下、どうして部隊の派遣じゃないんですか?」

 芳佳の疑問に答える外務大臣は、もちろん交渉慣れしているから明らかな表情の変化はないが、僅かに困ったような、恥じ入るような気配が感じられる。

「先ほども申し上げた通り、我が国初めてのウィッチなのです。訓練中の者を除いて、我が国には他にウィッチはいませんから、部隊として派遣しようにもウィッチ部隊が存在しないのです。ウィッチ隊運用のノウハウもありません。ですから、直接指揮下に入れていただくしかないのです。」

 なるほど、そういうことなら仕方がないし、直接芳佳に依頼しに来たのもうなずける。

「そうでしたか。わかりました。そういうことであれば、責任を持って預からせていただきます。でも、どうして軍務大臣ではなくて外務大臣がいらしたんですか?」

「実は、初めてのウィッチのため、まだ軍におけるウィッチの扱いが決まっていないので、正式には軍に所属していないのです。だから軍務大臣が来るわけにもいかず、外務大臣である私が交渉に参りました。」

「そういうことですか。と言うことは、まだ階級もないんですか?」

「そうです。軍人としての階級はありません。ただ、連合軍ではウィッチの最初の階級は軍曹とする決まりがあると聞いています。だから、軍曹待遇ということでお願いしたい。」

「承知しました。軍曹として私の部隊に配属します。」

 芳佳の承諾を得ると、外務大臣もそんな要望が受け入れられるか不安だったのだろうか、少しほっとしたような表情をした。あるいは、オストマンでは重要な外交課題だったのかもしれない。外務大臣は改めて謝意を表すると、ユルキュを残して帰って行く。芳佳は、心配したような外交が絡む複雑な問題にはならなくてほっとした。

 

「さて。」

 芳佳は改めてユルキュに向き合う。

「ユルキュちゃんはウィッチとしての訓練はできているのかな?」

 ユルキュはにっこりと、そして元気よく答える。

「はい、ブリタニア空軍に派遣されて、ウィッチとしての訓練は一通り終わっています。十分実戦に耐えられるというお墨付きをもらってきました。」

「うん、それなら良かった。ユニットは持っているの?」

「はい、ブリタニア空軍から供与された、ハリケーンというユニットを持って来ました。」

 出た、またハリケーンだ。ブリタニア空軍はどうして友軍にそんな古いタイプのユニットしかくれないのだろう。多数供与するとなるとなかなか新型は出しにくいということもあるだろうが、オストマンのウィッチはユルキュ一人しかいないというのに新型ユニットを出してくれないとは、やっぱりブリタニアはケチなのだろうか。

「うんわかった。それじゃあユルキュちゃんは、扶桑海軍の大村航空隊に配属するから、そこで頑張って頂戴。」

「はい、ありがとうございます。」

 ユルキュは笑顔で頭を下げる。たった一人で他国の部隊に配属されるのは不安だろうが、その不安を感じさせないような笑顔なのは、それだけウィッチとして人類のために貢献したいという思いが強いのだろうか。もっとも、オストマンの女性は、楽天的で前向きな性格だという話もあるから、そのせいなのかもしれない。

 

 でも、よくたった一人で戦う気になったものだ。ウィッチが誰もいない中で、ブリタニアで訓練を受けてまでウィッチになろうと思ったのはどうしてだろう。

「ユルキュちゃんはどうしてウィッチになろうと思ったの?」

「はい、父からウィッチになるように指示されました。」

「お父さん?」

「はい、父は共和制になったオストマンの初代大統領を務めたメフメト・ケマル・アタテュルクと言います。オストマンでは元々女性は余り外に出て活動しない風習があったんですけれど、それでは国の近代化はできないと考えて、父は女性の社会活動を奨励したんです。でも、奨励しただけでは人々の意識や行動はなかなか変わらないから、まず自分の身内からということで、自分の娘たちに積極的に活動するようにさせたんです。例えば、姉のサビハ・ギョクチェンは、女性としては世界で最初の戦闘機パイロットになりました。それで、魔法力を持って生まれた私には、オストマンで最初のウィッチになるように求めたんです。だから私はウィッチになりました。」

「なるほどね。」

 そういうことなら、お父さんから『みんなを守るような立派な人になりなさい』と言われて、こうして戦っている芳佳自身と相通じるものがあると思う。

 

 ところが、鈴内大佐が不思議そうな顔をしている。別にそんなに変な話ではなかったと思うのだが。

「鈴内さん、どうかした?」

「はい、確かケマル大統領は、1938年に57歳で亡くなったと記憶しています。それにしては、チュクルオウルさんは若すぎるような気がして・・・。」

 ちょっと立ち入ったことなので、尋ねていいものかと戸惑いながら、鈴内大佐はそう言う。しかし、ユルキュは気にも留めないように、相変わらず明るく、はきはきと答える。

「私、養女なんです、一番下の。生まれたのは1937年で、最初から魔法力を発現していたので、求められて生まれて割とすぐに養女になって、物心ついた時には父は亡くなっていましたけれど、周囲の人から父がウィッチに育てたいと言っていたと、そのために魔法力を発現した私を養女にしたと聞かされて、それでウィッチになりました。」

 そして、鈴内大佐が微妙な表情をしているのに気付いて、付け加える。

「あ、養女なのは私だけじゃないんですよ。父は実子がいなかったんです。だから子供は全員養女なんです。戦乱で親を亡くした子なんかを、積極的に養子にして育てたんだそうです。だから別に、私が養女と言っても特別じゃないんです。」

 なるほど、そういう事情なのかと思う。でも物心つく前からウィッチになることが決められていたというのも、自由がなくてちょっと不憫な気もする。でもまあ、本人がすっかりその気のようだから、別に不憫というほどのこともないだろう。

 

「うん、わかった。それじゃあわたしがユルキュちゃんを必ず一人前のウィッチにしてあげるね。」

「はい、よろしくお願いします。」

「うん、そんなに堅苦しくすることないよ。部隊の仲間は家族みたいなものだから。」

「そうなんですか? でも、ブリタニア軍で訓練を受けているときに、軍隊では上下の別をしっかり弁えろって言われましたけど・・・。」

「うん、普通はそうなんだけどね、まあウィッチ隊ではそんなに堅苦しく考えなくていいんだよ。」

「はい、わかりました。」

 素直なユルキュは芳佳の言うことをすっかり信じているが、それはまずいだろうと鈴内大佐は思う。何かと言うと軍隊の秩序を乱そうとする芳佳には困ったものだと思う。ただ、ユルキュはオストマンの先代の大統領の娘なのだし、ある意味国を代表しているわけだから、特別扱いしても良いかと考え直す。ふと、鈴内大佐は、ひょっとして自分も芳佳に影響されて、軍の秩序に対する意識が緩くなってきていないだろうかとの懸念が頭をかすめた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマン

ユルキュ・チュクルオウル(Ülkü Çukurluoğlu)
1937年11月27日生、14歳
オストマンの初代大統領、ムスタファ・ケマル・アタテュルクの養女で、養父の指示でオストマン最初のウィッチとなる。強大な魔法力を秘めているが、その能力はまだ十分に開花していない。国の輿望を担って、オストマルク戦に参加。

メフメト・ケマル・アタテュルク(Mehmet Kemal Atatürk)
1881年5月19日- 1938年11月10日
オストマン共和国の初代大統領。第一次ネウロイ大戦で混乱に陥った国内をまとめ上げ、復興に導いた。オストマンでは女性の対外的な活動を控える風習があったが、社会改革の一環として女性の活動を奨励し、自身の養女を世界最初の女性戦闘機パイロットにした。社会的風習の影響でウィッチの養成が行われていなかったが、最晩年に、魔法力を発現したユルキュ・チュクルオウルを養女とし、オストマン最初のウィッチとして養成した。

ムラート・イスメト・イノニュ(Murat İsmet İnönü)
1889年9月24日生、62歳
オストマン共和国の外務大臣。大戦に貢献してオストマンの国際的地位を高めることを狙って、ユルキュ・チュクルオウルを連合軍に参加させるために芳佳の下に連れてくる。
 

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