ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第四十五話 オストマンのウィッチ

「魔導エンジン始動。」

 芳佳の指示で、ユルキュがストライカーユニットを始動する。エンジン音が高まって、プロペラ様の呪符が高速で回転する。快調、かと思うと、ばん、と大きな音がして一塊の黒煙が噴き出した。

「あれ、整備不良かな?」

 芳佳は首を傾げるが、ユルキュは気にかけていないようだ。

「いえ、普段からこんな感じです。」

 芳佳は、ブリタニアのハリケーンというユニットはあまり見たことがないので、こんな感じと言われるとそうなのかなと思う。でも、よく見ると外板は波打って、至る所に傷があり、相当な中古品をあてがわれているようだ。中古品だとこんなものなのかとも思うが、ここは最前線なのだから中古品をだましだまし使っていては仕事にならない。あるいは、ブリタニアも訓練用として中古のユニットを提供したのであって、そのまま前線部隊に行くことは想定していなかったのかもしれない。今日の所はいいけれど、近い内に新しいユニットを調達してあげないといけないと思う。

 

「じゃあ行くよ、ついてきて。」

「はい。」

 芳佳が先に立って離陸し、ユルキュが続く。滑走路を離れた芳佳は、急角度で上昇して行く。ユルキュも頑張って追いかけようとするが、いかんせんユニットの性能差があり過ぎる。芳佳の使っているプファイルは、1750魔力の魔導エンジンを2基搭載している、極めて強力なユニットだ。上昇力には出力が大きく影響するので、1030魔力の魔導エンジン1基のハリケーンでは圧倒的に不利だ。何とか追いつこうとユルキュは力を込めるが、そうするとますますエンジンが不調になって不規則に黒煙を噴き上げる。そのたびパワーが落ちて、ますます遅くなる。もう失速寸前だ。仕方がないので、上昇を止めて水平飛行に移る。戻ってきた芳佳は心配そうに見ている。

「やっぱりそのユニットおかしいんじゃない?」

「そうなんでしょうか・・・。でも、整備の人は問題ないっていうんですよ。」

 ユニットに問題がないけれど上手く飛べない、特に力を込めると魔導エンジンが不調になる、その状態は、芳佳には思い当たるものがある。

「一旦降りよう。」

「・・・はい。」

 せっかくこれまでの訓練の成果を見せようと思ったのに、上手く飛べなかったユルキュはしょんぼりとしながら降りて行く。

 

「ユルキュちゃん、ストライカーを発進ユニットに固定して回して。整備の皆さん、計測をお願いします。」

 発進ユニット上のユルキュの周りに、整備の人たちが集まって、様々な機械を使って何かを測っている。こんなに大勢の人に囲まれたのは初めてで、ユルキュは緊張を隠せない。もっとも、整備員たちは計測される数値に注目していて、誰もユルキュの方は見ていない。真剣に計測していた整備員が顔を上げる。

「宮藤さん、ちょっと見てください。」

 芳佳がのぞき込むと、どうやら芳佳の想像した通りだったようだ。

「うん、魔法力が大きいね。」

「はい、この魔法力の大きさだと、ハリケーンでは無理ですね。リミッターが働きます。」

 芳佳はついこの間も経験した、魔法力が大き過ぎてユニットが受け止めきれないという奴だ。それなら対策は簡単だ。

「ユルキュちゃん、ユニットを変えよう。」

「はい?」

「このユニットはね、エンジン出力が低くて、大きな魔法力を受け止められないんだよ。だから、もっとエンジン出力の大きいユニットに変えれば、問題なく飛べるようになるよ。」

「で、でも、わたし他のユニットって使ったことがありません。」

「大丈夫だよ、乗換なんて簡単だから。ええと、どのユニットを使ってもらおうかな。・・・、ああ、そうだ。わたしがこの前まで使っていた震電を使ってもらおう。」

「しんでん?」

「うん、扶桑の強力なユニットだよ。魔法力が大きくないと起動できないんだけど、ユルキュちゃんのこの魔法力だったら大丈夫だよ。」

 普通、機種転換と言うと一定期間の訓練が必要になるもので、芳佳のようにいきなり乗りこなすセンスのウィッチも一定数いるが、一般のウィッチにとってはそれほど簡単なものではない。ましてユルキュは震電というユニットがどういうユニットなのか知らないし、ハリケーン以外の実用ユニットを使ったことがないので、ユニットの違いによる特性の違いもわからない。でも、このウィッチの中でもベテラン中のベテランの司令官が大丈夫だし簡単だと言うのだから、大丈夫なのだろうと信じている。

 

 運ばれてきた震電は、精悍といった表現が良く似合う、正に戦うためのユニットといった印象だ。しかしまあストライカーユニット同士、基本的には同じ構造のものだ。あれこれ考えるよりまず動かすことだと足を通す。

「魔導エンジン始動。」

 ユルキュは全身に流れる魔法力を感じながら、震電を起動する。しかし、震電は起動してくれない。おかしいなと思って、もう一度起動をやり直してみるが、やはり動かない。首をひねるユルキュに、芳佳が言う。

「ちゃんと魔法力を送ってる? 震電は魔法力が足りないと起動しないよ。」

「足りないですか? いつもと同じようにやっているんですけれど・・・。」

 ユルキュの答えに芳佳はピンときた。

「もしかして、魔法力を制御してる?」

「え? 魔法力を一度に送り過ぎると起動しないんですよね?」

「だから、ハリケーンにちょうどいい魔法力じゃ震電には足りないんだよ。魔法力をコントロールしなくていいから、ありったけの魔法力を一度に送り込んで。」

「えっ? そんなことしていいんですか?」

 ユルキュは、最初の頃は魔法力を適切に制御することができなくて、魔法力過剰で起動に失敗しては怒られたものだ。適切に制御できるようになるまで、ずいぶん練習を重ねてきた。それなのに、制御するなと言う。これまでの練習の成果を無にされるようで、面白くない気もするが、やれと言うのならやるしかないだろう。

 

 ユルキュは力を込めて、思い切り魔法力を解放する。すると、さっきまでうんともすんとも言わなかった震電が、力強いエンジン音を響かせながら起動する。呪符が勢いよく回転し、強烈な風が吹き付ける。見守っていた芳佳がにっこりと笑う。

「ほらね、動いたでしょ。」

 なるほどさすがベテランだ。すべてお見通しというわけだ。

「飛んで。」

「はいっ!」

 ユルキュは勢い込んで飛び出す。凄いパワーだ。これまでのユニットとはまるで別物だ。足元からぐいぐい押されるような感じで、しっかり支えていないとひっくり返されそうだ。あっという間に離陸速度を超えて、ユルキュは空へ舞い上がる。凄い上昇力だ。力を送れば送っただけ反応が返って来て、ぐんぐん上昇力が高まって行く。見る見る地上が遠ざかる。ユニットが違うとこんなにも違うものかと驚くばかりだ。

 

「水平飛行に移って。」

 耳元のインカムから指示が聞こえる。指示の通りに水平飛行に移ると、下から芳佳が上昇してくるのが見える。ずいぶん急上昇したつもりだったが、芳佳はあっという間に同じ高度まで上昇すると、横に並ぶ。

「ついてきて。」

 そう言うと芳佳はぐんぐん加速する。後を追ってユルキュも力いっぱい加速する。恐ろしいまでの加速力だ。あっという間にこれまで経験したことのない速度に達し、さらに加速して行く。凄まじい勢いで風が吹き付け、視界がぎゅっと狭まった気がする。しかし何ということだろう。こんなに凄い加速と速度なのに、芳佳との距離は離されて行く。もっとも、カタログスペックでも、ユルキュが使っている震電の最高速度が750キロなのに対して、芳佳が使っているプファイルは770キロで、しかも高速飛行が初めてのユルキュに対して、経験が桁違いの芳佳とあっては、ついて行けないのは当然だ。しかしこの速度は凄い。これまで最高速度540キロのハリケーンに乗っていたユルキュにとっては、700キロオーバーというのは全く未知の領域だ。まっすぐ飛んでいるだけでも恐怖を感じる。

 

 しかし、芳佳はそんなことには構ってくれない。

「上昇旋回するよ。」

 一声かけると引き起こす。ユルキュもこれ以上遅れたくないので、思い切り力を込めて引き起こす。それと同時に、速度がある分凄まじいGが全身にかかってくる。全身の血液が下がって、あっと思う間もなく目の前が真っ暗になり、足先に全身の血液が集まって破裂するのではないかという程になる。引き起こす体にかかる力は強烈で、背中が折れるかと思う。

「う・・・。」

 苦しいと声を上げる余裕もない。それでも歯を食いしばって姿勢を保つ。瞬間、意識が飛んだ。

 轟々と風の音が耳に響いている。人は昏睡状態に陥っても耳だけは聞こえているという話があるというが、これがそれかと思う。そうするうち、目の前にゆっくりと明るさが戻って来る。そして、気付けば背面になって飛んでいた。そう、縦方向に180度の旋回をしたのだから、気付けば背面になっているわけだ。もっとも、意識が飛んだのにそのままの姿勢で飛んでいたユルキュは、飛行の安定性が相当良いと言える。

 

 くるりと体を返して、まだ頭がぼんやりとしたままで周囲を見れば、いつの間に来たのか、隣を芳佳が飛んでいた。

「大丈夫?」

 芳佳が心配そうな表情を向けてくる。

「あ・・・、はい・・・。」

 まだ頭がはっきりしないが、ユルキュは自分がとてもみっともないことをしたことに気付いて頭に血が上る。それほど厳しいとは言えない機動で、Gに負けて一瞬とはいえ意識を失ったのだ。それは墜落の危険があるのはもちろんだが、それ以上に一通りの訓練を受けた者としてはあってはならないことだ。交戦中に一瞬といえども意識を失えば、狙い撃たれてほぼ確実に命はないのだから、そうならないぎりぎりの所にコントロールするのは、基本中の基本だ。それができていない癖に前線にやってきたというのでは、未熟者、厄介者扱いされても仕方がない。

「その・・・、未熟で申し訳ありません。」

 ひどく叱責されるか、すぐに帰れと言われるかと身を固くするが、予期に反して芳佳はあっけらかんとしている。

「別に気にすることないよ。震電に乗ったのは初めてなんだしね。すぐに慣れるよ。」

「は、はい。」

 慰めてくれているのかな、とも思ったが、どうも芳佳の印象は本当に全然気にしていない風だ。ひょっとして、自分は色々気にし過ぎだったのかとも思う。もっとも、初めてのユニット、それも今まで乗っていたものとは大幅に性能の違うユニットに乗ったのだから、加減が分からないのは当然だ。そんな条件のユルキュを、芳佳が責めるわけがない。

 

「落ち着いたらもう少し動くよ。」

 過酷なようだが、ここは最前線なのだから、一日も早く新しいユニットに慣れて、実戦力になって欲しい。ユルキュにとっても、それは望むところだ。

「はい、もう大丈夫です。」

 ユルキュが答えるとすぐに芳佳は動く。ユルキュは一心に後を追う。もちろんまだぴたりと付いて行くことはできないが、それでもずいぶんしっかりと追いかけている。なかなか空中機動のセンスは良いようだ。なかなか良い子が加わってくれたと、芳佳は胸の中でほくそ笑む。ネウロイとの決戦は近付いている。

 

 芳佳とのテスト飛行を終えたユルキュは、配属された大村航空隊に顔を出す。迎える大村航空隊の面々は興味津々だ。何しろオストマンの人と接したことがあるのは、この中でも作戦のためにアンカラに行ったことがある千早大尉だけなのだ。注目の集まる中、ユルキュが申告する。

「オストマン共和国のユルキュ・チュクルオウルです。大村航空隊配属を命じられ、ただいま着任しました。」

 ユルキュは精一杯威儀を正しているが、その面差しの幼さは隠しきれない。扶桑人とも、欧州人とも異なる、エキゾチックな風貌が不思議な愛らしさを醸し出している。このままじっと見つめていたい程だが、そういうわけには行かない。千早大尉が答礼する。

「ようこそ大村隊へ。私が隊長の千早多香子大尉です。慣れないことも多くて大変だと思うけれど、隊のみんなは家族だと思って頼りにしてね。」

「はい。」

 ユルキュの緊張が緩む。司令官の芳佳も家族のようなものだと言っていたが、隊長もそういうのだから、そういうものなのだろう。同郷の人の一人もいないユルキュにとっては、そう言ってもらえるとありがたい。

 

 他の隊員たちがユルキュを取り囲む。

「ユルキュちゃんって言うんだ、よろしくね。」

「もう実戦は経験したの? 何機撃墜した?」

「オストマンって行ったことないんだけど、どんな国?」

「食べ物の好き嫌いとかあるの? 納豆は食べられる?」

 いきなりそんなに言われても答えられない。困ったユルキュが視線を泳がせると、一歩引いて立っていたお姉さんと目が合った。ユルキュは助けを求めるように声を掛ける。

「あの・・・。」

「わたし? わたしは岡田玲子上等軍楽兵だよ。」

「えっ? 扶桑のウィッチ隊には軍楽隊もあるんですか?」

「違う、違う。わたしは、本来は軍楽隊の所属だけれど、今はこのウィッチ隊に派遣されているんだよ。もちろんウィッチとしてね。」

「そうなんですか。あぁびっくりした。」

 みんなに笑い声が広がる。どうやらユルキュは無事に溶け込めそうだ。


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