ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第四十六話 ウィーンへの道

 さて、芳佳たちウィッチ隊が繰り返し襲来するネウロイとの戦いを繰り広げている間に、マリボルへの戦力の集結は概成し、いよいよウィーンの巣撃破とエステルライヒ地区の奪還を目指す、反攻作戦発動が決まった。地中海方面統合軍総司令部で作戦会議が開催される。もちろん芳佳も招集され、鈴内大佐とチェルマク少将を伴って出席する。芳佳は思う所あって、チェルマク少将にそっと耳打ちする。

「チェルマクさん、今回の作戦は十分把握して置いてくださいね。」

「はい、もちろんそのつもりですが・・・、何かあるんですか?」

 チェルマク少将の疑問に、芳佳は一段と声を落として囁く。

「今回は、わたし出撃することが多くなると思いますから、司令部での指揮は大部分チェルマク少将にお願いしたいんです。」

「えっ? 出撃ですか?」

 要するに司令部を留守にするから、実質上司令官の代理を務めて欲しいということのようだ。声を落としたのは鈴内参謀長に聞かれると、間違いなく強く反対されるからだろう。そうまでして前線に出ようという感覚が、幕僚勤務の長いチェルマク少将にはピンとこない。もっとも、ブダペストの巣を攻撃した時以上の反撃が来ることは確実だから、一人でも戦力が多い方がいいのは確かだ。でも戦力なら、他から持って来られないのだろうか。

「他にどこかからウィッチ隊の増援を持って来ることはできないんですか?」

「うーん、できればそうしたいんだけどね。グラーツを奪還したら、マリボルのクロアチア隊、セルビア隊も集結してもらうつもりだけれど、それ以上はちょっと当てがないんですよね。」

 まあそうだろ。ウィッチはどこの部隊でも不足していて、貴重だ。もっとも、芳佳の場合は新兵器を手に入れてパワーアップした自分を、最大限戦力として活かしたいとの思いが強い。

 

 そうこうするうち作戦会議が始まる。

「第一段作戦として、グラーツ奪還作戦を行います。今回は、第15航空軍の戦闘機部隊で地上攻撃を行って、地上部隊の前進を支援します。従って、ウィッチ隊はさらに前方に進出して、襲来が予想される飛行型ネウロイを撃退し、戦闘機部隊の地上攻撃を援護してもらいます。」

 ウィッチ隊の役割については、事前に打診があったので芳佳たちも承知している。ネウロイがどの程度出現するかにもよるが、極力ネウロイによる戦闘機部隊への攻撃を阻止しなければならない。

「グラーツ奪還後は、北方の山岳地帯に防衛線を敷いてネウロイの反撃に備えます。ウィッチ隊は飛行場の整備が終わり次第グラーツに進出し、第二段作戦に備えていただきたい。」

 グラーツの北側にはガリアから連なるアルプス山脈が伸びている。このあたりはアルプス山脈の東の果てで、4000メートを越える山々が連なるヘルウェティアのあたりに比べるとずいぶん標高も低くなってはいるが、それでも1500メートル級の山が連なり、グラーツとウィーンを結ぶ鉄道は標高984メートルのゼメリング峠を越えている。山が苦手なネウロイの侵攻を阻むには、好適な地形だ。

 

「グラーツ奪還後、準備が整い次第第二段作戦に移行し、ウィーンの奪還を目指します。その際には、巣の破壊のために、B29装備のブリタニア第617飛行中隊に参加してもらいます。また、ウィーンの巣の攻撃に当たっては、プラハの巣からの攻撃を牽制するために、西部方面統合軍にも参加してもらいます。」

 それを受けて立ち上がったのは、カールスラントウィッチ隊総監のアドルフィーネ・ガランド中将だ。全世界のウィッチの中で最高の階級を持ち、カールスラントのウィッチ隊を統括している。既に31歳でシールドは張れないし、カールスラント皇帝から出撃を禁止されているのだが、未だにこっそりと出撃していると噂される。芳佳との直接の接点は少ないが、2年前のオデッサの戦いの際に、苦戦する芳佳の部隊を、自ら率いた部隊で救援したことがある。その時は、出撃ではなく前線視察だと言いながら、遭遇したネウロイを攻撃していたものだ。

「カールスラント空軍のアドルフィーネ・ガランドだ。ウィーンの巣を攻撃する際には、我々が同時にプラハの巣を総攻撃する。可能ならそこでプラハの巣を破壊してしまいたいところだが、そう簡単にはプラハの巣は破壊できるないだろう。それでも、少なくともそれで、ネウロイがプラハの巣からウィーン方面の戦線へと攻撃に向かうのを阻止するつもりだ。」

 二つの統合軍が共同作戦を行うのは珍しい。それほどに、今回の作戦は欧州解放のクライマックスとなる戦いになるということだ。今回の作戦が成功すれば、オストマルクに残るプラハとコシツェの巣も、同じ方法で破壊できることが期待される。正に、欧州解放の天王山と言ったところだ。

 

「なお、第一段作戦はウィーン攻略の前哨戦です。第二段作戦を速やかに実施できるよう、各部隊とも損害は極力出さないようにお願いします。」

 第一段作戦で損害を出せば、部隊の補充や再編成に時間がかかり、第二段作戦に移るまでに時間を要することになる。そうすればネウロイ側に態勢を立て直す時間を与えることになり、第二段作戦の遂行がより困難になる。それはそうなのだが、実施部隊からすると、そもそも勝てるという保証すらないままに作戦を実施するのだから、その上損害を出さないようにと言われても対応は困難だ。損害を出さないように慎重になり過ぎて、肝腎のグラーツの奪還に失敗すれば本末転倒だ。このあたり、司令部と実施部隊の温度差を感じさせるが、それでも異論は出ずに作戦会議は粛々と終わる。

 

 鈴内大佐は、時に積極的に過ぎる芳佳の事を案じて、念を押す。

「宮藤さん、総司令部からは第一段作戦では損害を出さないように指示がありましたが、何か対策は考えていますか?」

 しかし、鈴内大佐の心配をよそに、芳佳はあまり気にしていないようだ。

「ううん。別に対策っていうようなことは考えていませんよ。」

「それでは困ります。仮にも総司令部からの指示なんですから、ないがしろにするわけには行きません。」

「いや、別にないがしろにするわけじゃなんだけど・・・。」

「だったら対策を考えてください。もちろん自分たちも考えますから。」

 そんな鈴内大佐に、芳佳は少し困ったような、微妙な表情を見せつつ答える。

「ええとね、わたしいつだって仲間の一人だって傷つけたくなんかないよ。そりゃあ考えが足りなくて、結果的に傷付けちゃうことだってあるけれど、いつでも一人も傷付けないで済むように考えているんだよ。だから、改めて損害を出さないようにって言われても、やることはいつもと変わらないんだよ。」

「ああ・・・。」

 鈴内大佐は改めて気づく。そうだ、この人はそういう人だ。軍人なら誰しも考える、一部の部隊を犠牲にして、全体の勝利を得るという作戦も、この人は決して認めようとはしないのだ。それどころか、自分の指揮下にない友軍についてさえ、何とか犠牲を出さないようにできないかと、意を砕き手を尽くす、そんな人だ。そうだからこそ、誰から求められたわけでもないのに、こうして遥か欧州まで来ているのだ。

「申し訳ありません。長く仕えていながら、そんな基本的なことも認識していなくて・・・。」

「そんな、謝るようなことじゃないよ。それに仕えているなんて、まるで私が偉いみたいじゃない。いつもわたしが助けてもらっているのに。」

「いえ、司令官なんですから、偉くなってもらわなければ困ります。」

 まったく、相も変わらず司令官としての自覚が薄い。しかしこうでなければ、年端もいかない少女たちをまとめあげて、厳しい戦いに立ち向かわせることなどできないのかもしれない。そういう意味では、これから臨む決戦を指揮するのに、これ以上適任の人はないのだろうと改めて意を強くする。正に天の配材なのだろう。

 

 

 そして、エステルライヒ地区奪還作戦の第一段作戦としてのグラーツ奪還作戦が始まる。作戦室に集まった各隊の隊長たちを前に、芳佳は作戦の最終確認を行う。

「既にお知らせしているように、わたしたちは攻略部隊の前面に展開して、襲来が予想される飛行型ネウロイの撃退を担当します。ウィッチ隊各隊は3部隊に分かれて、交代で出撃します。最初がハンガリー隊とスロバキア隊、次がエステルライヒ隊とポーランド隊、その次は大村隊とチェコ隊です。抜刀隊は基地に待機して、必要に応じて出撃してもらいますから、いつでも出撃できる態勢で待機していてください。マリボルのクロアチア隊とセルビア隊は、交代で出撃して地上部隊の上空援護を行います。」

 各隊の役割は、これまでの作戦会議で周知しているので、全員了解済みだ。

 

 説明を聞きながら、グラッサー中佐は、芳佳がオストマルクの各隊のことを良く考えて編成していると思い、隣のチェルマク少将に話しかける。

「チェルマク少将、司令官は隊員たちの事を良く見ていますね。」

「そうね、各民族の事を考えて部隊編成を決めていると思うわ。ハンガリー人は、昔他国の支配下にあった時は革命を繰り返した勇敢さがあるから、先鋒に向いているし、スロバキア人はハンガリーとのつながりが深いから一緒の部隊に編成するのは適切ね。チェコ人はカールスラント人への反発心があるから、部隊を分けて正解ね。それに、勤勉で向学心が強い所なんかは、扶桑人と相性がいいわよね。ポーランド人とカールスラント人の関係は悪くないしね。」

「それに、人数の少ない民族にも分け隔てなく接していて、受けがいいですね。」

「そうね、その点はわたしたちの方が反省したいところね。まあ、立場上高圧的にならなきゃいけない場面もあるから、仕方ないんだけれどね。」

「そう言えばオストマンのウィッチも受け入れていましたね。」

「そうね、わたしたちは昔オストマンと争っていた時代があるから、受け入れにくい所があるけれど、扶桑人とはうまくなじんでいるみたいね。」

 扶桑は島国で、他民族との交流が少ない人が多いと聞くが、それでよくこの多民族部隊をうまくまとめているものだと感心する。芳佳の性格によるところが大きいのだろうが、芳佳が最初に所属したのが、各国のウィッチを集めた統合戦闘航空団だっのが良かったのかもしれない。

 

「なお、戦闘空域は、主にグラーツ前面の山岳地帯上空になります。高度に注意して、山との高度差を十分に確保してください。また、山岳地帯上空は、気流が乱れやすいので注意してください。」

 そして、芳佳は全員をぐるりと見回す。

「何か確認したいことはありますか。」

 もちろん、十分な打ち合わせを重ねてきているので、この期に及んで確認することなどはない。

「では作戦を開始します。各隊作戦に従って順次出撃してください。」

「了解!」

 全員声を揃えて、作戦開始だ。最初に出撃するハンガリー隊とスロバキア隊は格納庫に走る。

 

 その頃既に、マリボル前面のスロベニア地域とエステルライヒ地域の境界では、猛烈な準備砲撃が始まっていた。間断なく続く発砲音が戦場にこだまする。エステルライヒ地域内には次々火柱が立ちあがり、飛び散る土煙と、湧き上がる硝煙に包まれて、先の方は全く見通せない状況だ。最早ねずみ一匹生き残ってはいないだろうと思われるが、ネウロイは時に地中に潜んで砲撃をやり過ごしている場合もあるから、油断は禁物だ。やがて砲撃が収まる。

「前進!」

 指揮官の号令と共に、地上部隊各隊が一斉に前進を始める。目標のグラーツまでの道のりは70キロ弱だ。一気に突進してグラーツを占領しなければならない。正面は山岳地帯で、ネウロイの活動はそれほどでもないと予想されるが、警戒すべきは東側で、比較的平坦な東のハンガリー地域側から回り込んでくる可能性がある。

「戦闘機隊だ!」

 誰かが上空を指差す。頭上をリベリオンの戦闘機隊が次から次へと追い越して行く。どの機も翼下に爆弾やロケット弾を装備していて、地上部隊の進路上のネウロイを掃討するのが任務だ。

「頼んだぞ!」

 兵士が上空に向かって手を振ると、上空の戦闘機がバンクして答える。地上部隊の前進が順調に行くかどうかは、戦闘機隊がどれだけ地上のネウロイを掃討してくれるかにかかっている。そして、戦闘機隊が十分な活動をできるかどうかは、ウィッチ隊が飛行型ネウロイを撃退して、戦闘機隊に寄せ付けないことができるかどうかにかかっている。作戦はまだ始まったばかりだ。


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