ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第五話 ベッサラビア奪還作戦

 ブカレストの基地に戻れば、今日も芳佳は書類の山と格闘することになる。基本、書類の作成や整理はそういうことに長けた幕僚がやってくれるので、芳佳は承認するだけなのだが、扶桑の書類は承認印を押すだけで済むとしても、連合軍の書類はサインが必要なので手間がかかる。

「ああ、もう手が痛いよ。腱鞘炎になりそう。」

 一人愚痴を呟くと、うんと大きく一つ伸びをする。そこに参謀長の鈴内大佐がやって来る。

「宮藤さん、ちょっとお話が・・・。」

 すると芳佳は何故かぱっと立ち上がる。

「うん、お茶にしよう。」

「え? お茶ですか?」

 いそいそとお茶を淹れ始める芳佳にちょっと困惑しながら、どうやら休憩するきっかけを探していたようだと思う。機嫌を損ねられても困るので、気が済むまで待っていようと鈴内大佐は思う。別に、敵襲などの緊急事態というわけでもない。

「はい、お茶が入ったよ。お茶請けはこないだ送ってもらった標津羊羹だよ。」

「おや、虎屋の羊羹ではないんですか?」

「うん、虎屋の羊羹も美味しいんだけれど、標津羊羹は小豆じゃなくて金時豆で作られていて、味わいがまた違うんだよ。」

「ほう、なるほど、色合いから違いますね。横須賀のお店ですか?」

「ううん、北海道の知り合いが送ってくれたんだ。標津村中標津原野の長谷川菓子舗っていうところで作っているんだって。」

 標津村とか言われても、どこにあるのか見当がつかない。言っている芳佳もわかっていない様子だ。まあ、美味しければどこでも良いだろう。

 

 一息ついたところで本題に入る。

「総司令部からの連絡で、ダキア領内のネウロイ掃討が終わったので、ダキア軍は国境のプルト川を越えてベッサラビアに侵攻するということです。最終的にはオデッサまで奪還し、オラーシャ軍との連絡路を打通することが目標とのことです。」

「え? オストマルク奪還をやるんじゃないの? それに、ダキア軍って単独で侵攻するほどの戦力はないんじゃないの?」

「そうですね。ただ、ベッサラビアからオデッサに至る地域は、付近にネウロイの巣がないので、残敵掃討程度の戦いになると予想していて、それなら戦力の乏しいダキア軍単独でも可能だろうということになったとのことです。」

 かつてオデッサにあったネウロイの巣は、以前芳佳が破壊したので、西はオストマルク領スロバキアのコシツェ、東はオラーシャ領ケルチまで巣はない。それだけ離れていれば、ネウロイの大規模な攻撃はないと予想しても大丈夫だろう。

「ふうん、それならいいけど。それでウィッチ隊の上空支援を要請してきたってこと?」

「いえ、領内の掃討作戦に参加していた、ダキアウィッチ隊だけでいいとのことです。」

「そう。アリーナちゃんたちがいれば大丈夫かな。」

 ダキアウィッチ隊の人数は少ないが、隊長のアリーナ・ヴィザンティ大尉はダキア解放戦を戦い抜いたベテランだし、大型ネウロイを撃墜した経験も少なくないから、まずは信頼できる。

 

「じゃあ、特にわたしの方でやることってないのかな?」

「そうですね。ただ・・・。」

「何か問題でもあるの?」

「はい、オラーシャとの連絡路を確保するのは意義のあることですが、どうも本音は違いそうなんです。」

「というと?」

「ベッサラビアは元々ダキア人が多く住んでいた地域で、昔からダキアとオラーシャの係争地帯になっているんです。それで、オラーシャ側が手出しをできない内に、制圧してしまおうという意図が隠されているように思うんです。それを認めると、次はやはりダキア人が多く住んでいた地域の、オストマルク領トランシルヴァニアを制圧しようとするんじゃないかと・・・。そういうことをすると、後々の紛争の元になるから好ましくありません。まあ、トランシルヴァニアはネウロイの巣に向かって行く形になるので、ダキア軍だけで制圧するのは無理だと思いますが・・・。」

 鈴内大佐の説明に、芳佳は眉をひそめる。どうしてそうやってわざわざもめごとの種を作るのだろう。今は一致協力してネウロイに当たらなければいけない時なのに。しかし、他国と海で隔てられている扶桑と違って、お互いに直接接している欧州の国々では、国境紛争はどうしても起きてしまう。しかも、複数の民族が混住している地域が多く、それも紛争の種になる。最初から別れて住めば、無用のいざこざを起こさないで済むのにとも思うが、陸続きの国々ではそうもいかないのだろう。

 

 

 国内に残存するネウロイの掃討を進めてきたダキア軍は、国境のプルト川に到達すると、部隊の再編、整備を進め、ベッサラビア侵攻の準備を整えた。もっとも、奪還したばかりのダキア国内の再建はまだ緒に就いたばかりで、兵器や軍需物資はもっぱらリベリオンからの供給に頼っており、侵攻作戦を行うのにはとても十分とは言えない状況だ。それでも、ダキア国内の掃討作戦の状況から、このあたりのネウロイの勢力は弱体であると考えられ、ベッサラビアの占領と、オデッサまでの侵攻は十分可能と踏んでいる。多少の困難があったとしても、ベッサラビアを奪取する機会は、オラーシャが国内のネウロイとの戦いに拘束されている今を置いてない。戦後もめることは必至だが、その時はその時だ。無事にベッサラビアを占領したら、次はオストマルク解放戦への協力を謳って、トランシルヴァニアを占領しなければならない。それが成就してこそ、長年の悲願である大ダキアの完成だ。長いこと亡命状態で苦しんできたのだから、その程度の余禄がなければやっていられない。

 

「前進。」

 号令とともに舟艇が一斉に岸を離れ、対岸に向かって進む。ベッサラビア侵攻作戦の開幕だ。対岸にネウロイはいないのか、今の所特に攻撃してくる様子はない。司令官はこの光景を満足げに見ているのだろうが、舟艇の上で身を固くする兵士たちは、もし攻撃されたら逃げ場はないので、緊張のあまり血の気の引いた顔で、じっと対岸を見つめている。舟艇の船足の遅さにじりじりしながら、じっとりと汗の滲む手で小銃を握りしめている。ようやく対岸に着いた。兵士たちは歓声を上げて岸に駆け上がる。

「姿勢を低くしろ。油断なく周囲を警戒しながら進め。」

 指揮官の声に我に返った兵士は、腰を落として周囲を見回す。風に吹かれて枯草がざわざわと音を立てるばかりで、ネウロイの陰は見えない。ネウロイは冬場には活動が低下するという話もある。オラーシャのネウロイはそうでもないという噂もあるので安心できないが、雪に覆われて白一色の大地では、全体を黒い装甲に覆われているネウロイは目立つので、見落として奇襲を受けることもないだろう。兵士たちは新雪をざくざくと踏みしめながら、前進を始めた。

 

 

 ここはプルト川に近い国境の町、ヤシ。ヤシは市内中心部から東に8キロに飛行場があって、また今回掃討を予定しているベッサラビアに近接していて、さらにベッサラビアの中心都市キシナウに近く、作戦支援のための航空基地とするのに適している。オデッサまでも約250キロと、航空支援可能だ。そのヤシの飛行場に二人のウィッチが降りてくる。滑走路で上空を見ていた少女が嬉しそうに声を上げる。

「あっ、ヴィザンティ大尉、帰って来ましたよ。」

「うん、帰って来たね。」

 弾むような調子で声を上げるヴィオリカ・ニコアラ軍曹に、ダキアウィッチ隊の隊長、アリーナ・ヴィザンティ大尉は肯きながら、滑走路に歩み寄る。降りてきたのは哨戒に出ていたイオネラ・ディチェザレ中尉とミレラ・ムチェニカ准尉だ。ダキア奪還作戦が始まった時からダキアウィッチ隊はこの4人で、今でもこの4人だけだ。いいかげん人員の補充をして欲しいと思うのだが、残敵掃討のみで大した戦いが発生しないダキアには、なかなか補充を回してもらえない。

 

「哨戒任務終了しました。異常ありません。」

 報告するディチェザレ中尉は、ほとんど戦いが発生しないので物足りなそうだ。飛行型ネウロイは滅多に出現せず、陸軍部隊が発見した地上型ネウロイへの支援攻撃がたまにある程度で、腕が鈍りそうな程だ。しかし、アリーナとしては、ダキア奪還作戦で散々激戦を戦って来たので、しばらくは平穏なくらいで丁度いいと思う。

「ご苦労様。陸軍部隊の進出は順調かな?」

「はい、もう一部の部隊はティギナ付近でドニエストル川を渡ってオラーシャ領ウクライナに入って、オデッサに向けて進出を始めていましたよ。」

 なるほど、今回の作戦は、予想した以上に順調なようだ。ドニエストル川を越えれば、オデッサまでの間にはこれといって障害になるようなものはない。

「そうなんだ、じゃあ何事もなく作戦は終了しそうだね。」

「はい、ドニエストル川には、もう仮設の橋も架かっていましたから、物資の輸送にも困らないと思います。」

 陸軍も物資や機材が十分でない中でも、周到に準備を整えていたようで、大変手際良く作戦を進めているようだ。いつもこんな戦いならいいのにと思う。

 

 部屋に戻って休養していると、電話のベルが鳴る。

「はい、ウィッチ隊です。」

「緊急事態だ。先遣部隊がネウロイの襲撃を受けている。」

 これまでののんびりした気分が一瞬で吹き飛んで、緊張が走る。

「了解しました。直ちに航空支援に出撃します。場所はどこですか。」

「ティギナの渡河点から10キロ東のティラスポリ付近だ。」

 アリーナは電話を置くと直ちに出撃を命じる。

「ニコアラ軍曹、一緒に出撃してください。ディチェザレ中尉とムチェニカ准尉は、哨戒飛行から戻ったばかりなので待機してください。」

「了解!」

 アリーナはヴィオリカを連れてティラスポリに急ぐ。

 

 ドニエストル川に近付くと、南東方向やや遠く、盛んに黒煙が立ち上っているのが見えてきた。あのあたりが恐らくティラスポリで、先遣部隊がネウロイと遭遇して戦っている所なのだろう。ネウロイは破壊しても炎上することはないので、黒煙が上がっているということは、先遣部隊の車両が炎上しているということで、苦戦していることが予想される。

「急ごう。」

 アリーナはヴィオリカに一声かけると、増速して黒煙に向かってまっすぐ進む。眼下のドニエストル川に架けられた仮設橋の上を、同じように先遣部隊の救援に向かう車列が進んでいるのが見えた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎ダキア王国

アリーナ・ヴィザンティ(Alina Vizanty)
ダキア王国空軍大尉 (1933年2月9日生18歳)
ダキア王国空軍ウィッチ隊隊長
1939年のネウロイ侵攻で両親を失いながらもブリタニアに避難。ブリタニアで訓練を受けてウィッチとなった。公認撃墜数16機で、その内12機が大型という大物食いのエース。大口径機銃で反復攻撃をかけて、大型ネウロイを撃墜するのが得意。

イオネラ・ディチェザレ(Ionela Dicezare)
ダキア王国空軍中尉 (1936年8月12日生15歳)
積極的で攻撃的な空戦スタイルで、公認撃墜16機を記録。攻撃的なあまり、周囲に気が回らないことも。

ミレラ・ムチェニカ(Mirela Mucenica)
ダキア王国空軍准尉 (1934年7月26日生17歳)
ダキア有数の22機撃墜を記録しているベテラン。堅実な戦い方で戦果を重ねる。

ヴィオリカ・ニコアラ(Viorica Nicoară)
ダキア王国空軍軍曹 (1937年4月1日生14歳)
まだ若く、後方任務が主体だったために実戦経験は乏しいが、将来性は豊か。船団上空直掩を多く務めたこともあり、見張が得意。

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