ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第五十話 ウィーン決戦、一進一退

 戦艦型ネウロイを撃破したシャーリーとルッキーニは連れ立って帰って行くが、ヘッペシュ中佐たちはこれで戦いが終わったわけではない。再びネウロイの巣に向かって進む。すぐに次のネウロイの一団が現れる。さっきの戦艦型ネウロイとの戦いで隊員たちが疲労していないか心配だが、それでも行くしかない。

「突撃!」

 ウィッチたちは攻めかかる。小型ネウロイは30機程度の一団だが、ウィッチたちの猛攻に、1機、また1機と破片を散らしながら押し込まれていく。押して行くに従って、ウィーン上空に黒々と渦を巻く、ネウロイの巣が近付いてくる。もう一押しで巣への攻撃にかかれそうだ。しかし、右翼へ展開していたスロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉から警告の通信が入る。

「東側からネウロイの一団が来ます。数およそ20です。」

 間髪を入れず、左翼へ展開していたクロアチア隊のジャール少佐からも通信が入る。

「こっちにも来たわ。西側から小型ネウロイ20。」

 ヘッペシュ中佐はやられたと臍を噛む。押していたつもりで、どうやらネウロイに誘い込まれていたようだ。誘い込んで包囲するなどという戦術をネウロイが使って来るとは驚きだ。

「全員後退。包囲されるわ。」

 これまで押していたと思った最初の一団も、一転激しく攻めかかってくる。まずいなと思う。

 

 突然、下方から多数のビームが飛んでくる。

「まさか、いつの間に下に回り込まれたっていうの?」

 かろうじてビームを回避しながら下を見ると、地上にびっしりと並んだネウロイが、一斉に上空にビームを放ってきている。

「高射砲型ネウロイ!?」

 これまで上空にビームを撃ってくる地上型ネウロイは滅多にいなかったので、地上はほぼ無警戒だった。これはどうやら完全に罠にかかったらしい。

 

「ぎゃっ!」

 誰かの悲鳴が聞こえる。さっと見回すと、デブレーディ大尉が力なく落ちて行く。やはり地上からの攻撃は予期していなくて、まともに喰らったようだ。

「マルギト! ジョーフィアを助けて!」

 何しろ下は一面のネウロイだ。墜落したら命はない。ケニェレシュ曹長は何とかデブレーディ大尉を受け止めたが、高射砲型ネウロイからの攻撃と、小型ネウロイの攻撃を受けて、ビームを防ぐだけで一杯一杯になっている。

「わあっ!」

 今度はモルナール少尉がやられた。下からのビームに気を取られている隙に、小型ネウロイから撃たれたようで、ユニットから煙を噴き上げている。

 

 このままでは全滅だ。とにかく離脱しなければならない。

「スロバキア隊、クロアチア隊、撤退を援護して。」

 しかし、帰ってきたのは悲鳴のような応答だ。

「クロアチア隊は援護に行くのは無理だわ。これまで哨戒任務ばかりだったから、急にこんなに多数のネウロイを相手にするのは無理なのよ。・・・、わっ!」

「少佐! ジャール少佐被弾! クロアチア隊は少佐を守って撤退します。」

「待って!」

 クロアチア隊が撤退してしまったら、西側から来た小型ネウロイの一団を押さえる者がいなくなって、退路を断たれてしまう。しかし、クロアチア隊も待っていられる状況ではない。

「クロアチア隊のガリッチ少尉です。もう押し止めるのは無理です。このまま戦っていたらすぐに全滅してしまいます。撤退します。」

 そうまで言われると、そこに踏みとどまって全滅しろとはさすがに言えない。

 

 下からのビームは激しく撃ち上げられ続けている。下向きにシールドを張って防御しつつ、集まって小型ネウロイの襲撃に備える。シールドが自由に使えないのは厳しいが、小型ネウロイも乱射される下からのビームに阻まれて、遠巻きにしているので直ちに危険というわけでもない。もっともシールドでビームを防ぎ続けているだけでも魔法力は消耗して行くし、小型ネウロイにぐるりと取り囲まれているので脱出も難しい。

「どこか脱出する隙はないか・・・。」

 見回してみても明らかな隙は見当たらない。何分被弾した2人を伴っているので、強行突破は難しい。

 

 突然、一角の小型ネウロイが相次いで砕け散った。

「スロバキア隊のゲルトホフェロヴァーです。撤退の援護に来ました。」

 地獄で仏とはこのことだ。このチャンスを逃したら脱出の隙はない。

「脱出するよ。」

 ヘッペシュ中佐たちハンガリー隊は、一団となってスロバキア隊が空けてくれたネウロイの隙間を突破する。下からのビームが届く範囲も抜けて、一安心だ。そう思った途端、前からまた小型ネウロイの一団が来る。背後からはさっきの小型ネウロイが追いかけて来るので挟み撃ちだ。ゲルトホフェロヴァー中尉から申し訳なさそうな声の通信が入る。

「済みません、東側からのネウロイの一団を連れてくるような形になってしまいました。」

 それでも、下から撃たれない分だけさっきよりはましだ。

「突破するよ。」

 ヘッペシュ中佐はスロバキア隊と一緒になって、向かって来た一団に向けて突撃する。

 

 基地では、ハンガリー隊以下が苦戦に陥った状況に騒然となる。

「第二陣の各隊は直ちに出撃。ハンガリー隊の救援に向かって。」

 指示を飛ばしながら芳佳は、今から出撃準備をして戦闘空域に到着するまでの時間を計算するが、それまでハンガリー隊が無事でいてくれるだろうか。そんな心配が頭をよぎった所へ、グラッサー中佐からの通信が入る。

「エステルライヒ隊発進します。」

「あれ、ずいぶん早いね。」

「状況変化に備えて、早めに出撃準備を整えていました。」

「ありがとう、助かるよ。」

 各隊が出撃準備に走り回るのを尻目に、エステルライヒ隊が飛んで行く。持つべきものは優秀な指揮官だ。芳佳はちょっと備えが甘かったと反省しきりだ。待つほどもなく、グラッサー中佐の隊員たちへの指示が無線に入る。

「ハンガリー隊発見。追いすがるネウロイを殲滅する。攻撃開始。」

 

 やがて、後を追って出撃した抜刀隊、チェコ隊、ポーランド隊が戦闘に加入して、小型ネウロイを圧倒する。被害を受けたハンガリー隊やクロアチア隊は、順次基地に戻ってくる。負傷者の救護や機材の整備、補給に慌ただしい基地に、真打登場の通信が入る。

「ブリタニア空軍第617飛行中隊、ギブソンです。ウィーンの巣への攻撃部隊発進しました。グラーツ上空で護衛部隊との会合を予定。」

「了解。護衛のウィッチ隊を発進させます。」

 さあ、いよいよウィーンの巣への攻撃だ。芳佳は護衛任務を担う大村隊とセルビア隊を集める。

「護衛部隊出撃します。作戦高度は1万メートルを予定。高度1万メートルは寒いし空気が薄いから注意してください。」

 高度1万メートルは、ネウロイもそんな高度にはまず滅多に上がってこないので、誰にとっても未知の領域だ。今回の作戦のために訓練で上がった経験では、飛行機程ではないが、やはり出力は低下するし飛行は不安定になる。そんな状態でネウロイのビームをちゃんと防ぐことができるか不安はあるが、とにかくやるしかない。

 

「じゃあ行って来るから、後お願い。」

 そう言い残して芳佳も出撃する。ウィーンの巣との決戦とあっては、参謀長の鈴内大佐も芳佳の出撃を止められず、黙って見送る。飛び立った芳佳たちはぐんぐん上昇する。第617飛行中隊との会合予定地点は高度8,000なので、とにかどんどん上昇しなければならない。上昇するに従って、視界が広がって行く。今日は空気が澄んでいるので、はるか遠方まで見通せる。北方には、ウィーン上空に黒々と渦を巻くネウロイの巣が見える。ずいぶん上昇したのに、ネウロイの巣の黒雲はまだ上に向かって渦を巻いている。このネウロイの巣の上に行って爆弾を投下しなければならないのだから大変だ。振り返って南方を見ると、第617飛行中隊のB29が飛んで来るのが見える。まだ距離があるが、初めて見るその大きさには驚かされる。全長30メートル、全幅43メートルの巨大な機体は、無塗装のジュラルミン製できらきらと光っている。

「大きいねぇ。」

 芳佳がため息をつくように言う。こんな巨大な飛行機を多数持つことができるリベリオンという国の力を見せつけられるようだ。扶桑には陸上攻撃機連山があるが、全長、全幅とも7割程度、重量や搭載量は半分程度でしかない。程なく合流すると、下側に展開して護衛態勢を取る。

 

 爆撃機がネウロイの巣に到達する前に、周辺のネウロイを叩いておく必要がある。グラッサー中佐以下のウィッチ隊は、次々現れる小型ネウロイを蹴散らしながら進む。そこへ大型ネウロイが出現した。

「大型ネウロイです。3機います。」

 グラッサー中佐の直接指揮下のエステルライヒ隊には、大物狩りの得意なボッシュ軍曹がいる。しかし、3機が密集している状態では攻撃が難しいので、上手く攻撃して分散させる必要がある。どうやって攻めるかと考えているところへ、抜刀隊の茅場大尉から通信が入る。

「大型ネウロイは我々が叩きます。牽制をお願いします。」

 グラッサー中佐は直接見てはいないが、抜刀隊がジグラットや大型ネウロイを一撃で破壊したことは知っている。

「よし、大型ネウロイは抜刀隊に任せる。エステルライヒ隊は右から、ポーランド隊とチェコ隊は左から攻撃してビームを引き付けろ。」

 言うが早いか、グラッサー中佐は大型ネウロイめがけて突入し、激しく銃撃を浴びせかける。

 

「わたしが先頭のネウロイを攻撃するから、桜庭中尉は右、望月一飛曹は左のネウロイを攻撃して。」

「了解!」

 茅場大尉の指示に従って、一斉に突入する。大型ネウロイのビームは、グラッサー中佐たちが大分引き付けてくれているけれど、それでもかなりの数が向かって来る。それでも3人は、日頃剣術で鍛えた目でビームを見切り、すれすれのところでかわしながら大型ネウロイに肉薄する。茅場大尉が扶桑刀を抜くと、魔法力を帯びた刀身が怪しく光る。

「やっ!」

 茅場大尉は振りかざした扶桑刀で鋭く斬り付ける。大型ネウロイの強固な装甲が、まるで紙でも切るようにすぱっと切り裂ける。そのまま一息に斬り放てば、大型ネウロイは綺麗に両断され、一呼吸おいてぱっと破片を撒き散らす。3機の大型ネウロイは、一瞬にして全て砕け散った。

 

「よし、巣まではもう少しだ。進め。」

 グラッサー中佐がそう命じた途端、下から高射砲型ネウロイの撃ち上げるビームが乱れ飛ぶ。ハンガリー隊が撤退を余儀なくされた敵だ。

「引け!」

 慌てて引いて、高射砲型ネウロイのビームを避ける。しかし、このままではいけない。何とかしてこれを殲滅して、前へ進まなければならない。しかしどうすればいいのだろう。激しく撃ち上げて来るビームを冒して降下し、1機ずつつぶして行く他ないが、それでは危険を冒して攻撃する割にははかが行かない。ぐずぐずしていると爆撃機が来てしまう。

「ちょっとどいて、わたしがやる。」

 不意に入った通信に驚いて振り返ると、ツァウベルヴンダーヴァッフェを構えた芳佳がいた。

「司令官! どうするつもりなんですか?」

 訝しむグラッサー中佐に、芳佳は答える。

「こうするんだよ。」

 芳佳は引き金を引きっ放しにして魔法力をビーム状に放つと、密集する高射砲型ネウロイを撫でるようにして薙ぎ払う。魔法力のビームを浴びた高射砲型ネウロイは、一度に爆散する。一斉に湧き上がる膨大な量のネウロイの破片で、まるで大地が浮き上がったようだ。やがて静まった後には、もう高射砲型ネウロイはいくつも残っていない。

 

「前進!」

 芳佳の号令ではっと我に返る。あまりにも凄まじい破壊力に、グラッサー中佐たちは呆然としていたのだ。グラッサー中佐は慌てて号令をかけ直す。

「進め!」

 我に返った各隊の隊員たちが続く。いよいよウィーンは近い。目の前には巨大なネウロイの巣の黒雲が聳え立っている。そしてその黒雲の中から、いつ果てるともなく新手の小型ネウロイが出現し、全面を圧するように押し寄せてくる。

「頭を押さえろ。上に行かせるな。」

 とにかく、爆撃が成功するまでネウロイを抑え込まなければならない。

 

 巣の目前まで迫っただけに、巣から押し寄せてくる小型ネウロイの数はものすごいものになってきた。もう至る所ネウロイだらけで、慎重に狙って撃っている暇はない。ネウロイが目に入った瞬間に一連射して、自分が狙われないようにすぐ動く。右へ左へ、上へ下へ、激しく不規則に機動しながら一瞬のチャンスを捉えて銃撃を加える。ネウロイは四方八方から次々に突っ込んでくる。桜庭中尉と望月軍曹のロッテに、数機のネウロイが下から突き上げるように攻撃してくる。二人はぱっと左右に分かれてやり過ごす。すぐに戻ろうとする望月の前に別のネウロイが突っ込んでくる。さっと横滑りさせて避けながら銃撃する。命中した気はするが、一瞬ですれ違って撃墜できたか確認できない。もちろん振り返って確認している暇はない。すぐに次のネウロイを回避、素早く周囲を見回して、次に向かって来るネウロイの射線を外しつつ銃撃、すぐに旋回、桜庭中尉のところに戻っている暇がない。

 

「まずいな、孤立したかも・・・。」

 敵の方が圧倒的に多数の中で孤立するのは危険だ。シールドを複数張れる特別なウィッチは別だが、普通は同時に二方向からビームが来たら防げない。そう思った矢先、右手から2機、左手から4機のネウロイがほぼ同時に来る。右手の方が少し近そうだ。右からのビームをシールドで防ぎつつ、左からのビームを回避する・・・、いや、同時に4機がビームを撃ってきたら回避しきれない。下に逃げるしかない。瞬時にそこまで考えて降下しようとすると、上昇してくるネウロイがいた。万事休すか、右手のネウロイが赤く光る。右手にシールドを広げながら、左手を見る。4機のネウロイが近い。シールドにビームを受け止める衝撃を感じながら、今しもビームを発射しようとする左手のネウロイを見据える。回避できるか、緊張でのどがカラカラだ。

 

 突然、4機のネウロイが相次いで砕け散る。

「えっ?」

 誰が助けてくれたのか、体を倒して下からのビームをかわしながら周囲をさっと見回す。インカムに通信が入ってきた。

「欧州分遣隊、応援に来ました!」

 懐かしい同期の仲間が飛んでいる。

「伊佐美! 応援に来たよ!」

 この声は、同期の中ではリーダー格だった前嶋だ。横須賀で一緒に訓練を受けていた時の記憶が蘇る。

 

 突然の欧州分遣隊の参戦に、芳佳は仰天する。横須賀では確かに厳しく鍛えたが、所詮新人だ、いくらなんでも巣との決戦に挑むには経験が足りないだろう。

「無茶だよ。すぐに戦域を離脱して。」

 そう通信を送る芳佳だが、欧州分遣隊の隊員たちは、芳佳とは旧知なこともあって黙って引き下がらない。

「宮藤さん、わたしたちも一緒に戦わせてください。」

「そうです、わたしたちだって訓練も実戦もたくさん経験してきました。」

「伊佐美ができるんだから同期のわたしたちだってできます。」

 口々に言い募ってくる。

「あんたたち、司令官を何だと思ってるの・・・。」

 そうは言っても、横須賀でざっくばらんな付き合い方をしていた仲なので、みんな芳佳に対しては遠慮がない。

「ひかりちゃん、この子たちじゃ無理だから引き上げて。」

 隊長に言えば言うことを聞くだろうと思ったが、あいにくひかりも大人しく言うことを聞く性格ではない。

「無理かどうか、やってみなくちゃわかりません!」

「い、いや、やってみて駄目だったらどうするの・・・。」

 駄目だ、隊長のひかりからして上官の言うことなんか聞かない。そもそも、もうシールドが張れないのに前線に来ていることからして、下がれと言われて下がるような性格ではないことを表している。そこへ、少し冷静な通信が入る。

「欧州分遣隊で隊員の指導を担当している秋月清音上飛曹です。わたしが危険なことをさせないように指揮しますから、大目に見てください。」

 なるほど、芳佳が隊長だった昔と違って、ベテランの下士官がついているのだ。

「うん、わかった。じゃあ任せるから、誰も怪我させないようにね。」

「了解しました。」

 先のシャーリーとルッキーニと言い、どうも勝手に動く人が多くて困る。確かに助かってもいるのだけれど。

 

 そうこうするうち、爆撃機隊がネウロイの巣に迫る。まず、超爆風爆弾を搭載したB29が高度を10,000メートルまで上げて、巣の真上に向かう。ネウロイは油断しているのか、それとも各隊の奮戦で引き付けられているのか、向かって来るものはない。ネウロイの黒雲は渦を巻いていて、その周囲も風が渦を巻いている。B29といえども高度10,000はなかなかきつい。ともすれば渦巻く風に振られそうだ。それでも針路を維持しつつ、慎重に機を進めて目標に狙いを絞る。照準器にネウロイの中心を捉えた。

「投下!」

 ぐっと投下レバーを引くと、超爆風爆弾が落ちて、巨大な機体がふわりと浮く。爆風に巻き込まれないように、すぐに旋回しつつ緩降下に入って距離を取る。超爆風爆弾が炸裂する。背後からの爆風で、B29の巨体がぐらぐらと揺れる。

「やったか!」

 超爆風爆弾の炸裂で、黒々と渦を巻いていた黒雲が飛散して、中から巨大な球状のネウロイの巣の本体が姿を見せた。いよいよウィーンの巣との決戦も佳境に入ろうとしている。


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