ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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 ついに最終話です。やたらと長くなってしまいました。じっくりお楽しみください。


最終話 勝利への一歩

 全体を漆黒の装甲に覆われた、巨大な球状のネウロイの巣の本体がウィーン市街中心部の上空に浮かんでいる。その更に上空を目指して、魔導徹甲爆弾を搭載したB29が進む。そのB29に向かって、周辺を飛び回っていた小型ネウロイが急上昇を始める。1機目のB29の爆撃で巣の周囲を覆っていた黒雲が吹き飛ばされたことで、ネウロイは爆撃機を脅威と認識したのだろう。

 

「行かせるな!」

 グラッサー中佐が叫ぶと、急上昇して小型ネウロイを追う。追撃しながら放つ銃撃は、1機、また1機と上昇する小型ネウロイを粉砕する。そのグラッサー中佐めがけて、周囲から小型ネウロイが襲いかかってビームを放つ。グラッサー中佐の列機を務めるシュタインバッツ准尉が、グラッサー中佐の周囲に巻きつくように回りながら、シールドを広げて向かって来るビームを片端から弾き飛ばす。直上の小型ネウロイを破壊し終えたグラッサー中佐は、急上昇から緩降下に移ると、続いて上昇してくる小型ネウロイの一団の頭を押さえるように猛射を浴びせる。とにかく今は魔導徹甲爆弾を積んだB29を守ることが最優先だ。

 

 ポーランド隊のミュムラー少佐も、B29を攻撃しに向かう小型ネウロイを追って急上昇する。フェリク少尉とヴラスノヴォルスカ曹長も小型ネウロイを追う。ポーランド隊は、オストマルクに帰って来る前はブリタニア空軍に所属していたので、ユニットはスピットファイアを装備しており、上昇力は十分だ。先行する小型ネウロイを射程に捉えると。

「撃て!」

 一斉に銃撃を加えれば小型ネウロイは次々砕け散る。そこへ通信が入る。

「ミュムラーさん、退避して!」

 通信の声は司令官だ。何が退避なのかと思って気付く。周囲から小型ネウロイが一斉に突っ込んできている。上昇するネウロイに気を取られ過ぎた。

「回避!」

 ミュムラー少佐の指示は、少し遅かった。回避する暇も与えず四方八方からビームが襲う。

「ああっ!」

 咄嗟に張ったシールドで防ぎ切れなかったビームを被弾したミュムラー少佐は、力なく落ちて行く。フェリク少尉が飛び付いて、そのまま急降下して攻撃をかわす。ミュムラー少佐は重傷だ。

 

「ミュムラー少佐負傷!」

 通報を送るフェリク少尉に、ネウロイは反復攻撃をかけてくる。ヴラスノヴォルスカ曹長がカバーに入るが、嵩にかかって襲撃してくるネウロイに、ビームを防ぐだけで精一杯だ。

「カテリナちゃん、ポーランド隊を援護して。」

「了解。」

 芳佳の指示で、エモンシュ大尉以下のチェコ隊がポーランド隊の援護に入る。チェコ隊の攻撃で小型ネウロイが散った隙に、フェリク少尉は戦闘空域を抜け出した。

「ゾフィアちゃん、ミュムラー少佐を基地に運んで。ボレスワバちゃんはチェコ隊に合流して。」

 一人になってしまったヴラスノヴォルスカ曹長は、単独で戦わせるのは危険なので、チェコ隊に合流させる。ポーランド隊同様に、チェコ隊のメンバーもブリタニア空軍に所属していたので、ブリタニア語を使えば意思の疎通には困らない。しかし、チェコ隊が移動したせいで、それまで戦っていた東側ががら空きになってしまった。

「陽美ちゃん、東側に移動して。」

 西側を押さえている抜刀隊から、久坂以下を引き抜いて東側の押さえに回そうということだ。戦力は明らかに不十分だが、ないよりはましだ。

 

 その間に追撃をすり抜けた小型ネウロイが、B29に向かって上昇する。芳佳はいっそ、自分が飛び出して叩き落したいところだが、全体を見渡して次々に指示を出さなければならないので、自分で戦っている暇はない。

「明希ちゃん、ネウロイがB29に向かったよ。」

「了解です。任せてください。」

 赤松大尉は牧原上飛曹とともに対装甲ライフルを構えると、上昇してくる小型ネウロイを狙撃する。二人は遠距離狙撃のスペシャリストだ。上昇してくる小型ネウロイは相次いで砕け散る。槓桿を引いて手早く弾薬を装填すると、照準をつけるのもそこそこに素早く引き鉄を引く。それでも確実に命中するあたり、熟練の技が光る。

 

 しかし、それでも落とし切れない程、次々と小型ネウロイが向かって来る。それをじっと見ていた千早大尉が、頃合いと見て取って指示を出す。

「ゴギッチ大尉、セルビア隊は上昇してくるネウロイを迎撃してください。」

「了解。」

 ゴギッチ大尉とセミズ軍曹は素早く降下して、上昇してくる小型ネウロイに銃撃を浴びせかける。

「大村隊は動かずにビームを防いで。」

 B29に向けて放たれるビームを、射線に割り込んでシールドで防ぐのだ。一方的に撃たれ続けるのは辛い所だが、今は魔導徹甲爆弾を抱いたB29を、爆弾投下まで守り抜くことが何よりも優先だ。

 

 ネウロイの巣の本体がいよいよ近付いてくる。ネウロイの巣の本体は、高度3000メートルほどの空間に浮かんで、新手のネウロイを盛んに放出している。対するウィッチ隊は、中央にエステルライヒ隊とチェコ隊、西側に抜刀隊の半分と欧州分遣隊、東側に抜刀隊の半分という配置で、中央はまあ安定した戦いを見せているが、両翼は戦力が少なく、特に東側は手薄だ。それが分かっているのか、新手のネウロイは東側に向かう。

「まずい、あれだけの数が集中したら、陽美ちゃんたちは逃げられない。」

 状況を見ていた芳佳は苦渋の表情を浮かべる。応援を回さないと危ない状況だが、どこも手一杯で引き抜けない。戦力がもう一歩足りない。モエシア隊のディヴィーナ・スタンチェヴァ大尉以下を、モエシアからシャーメッレーク基地に前進させて、ハンガリー地区の警戒をさせているけれど、基地に待機させないで作戦に参加させればよかったかと思うが、今から呼んでもさすがに間に合わない。

 

「司令官、ハンガリー隊出撃してきました。指示をください。」

「クロアチア隊も来ました。」

「スロバキア隊もいます。」

 先の戦闘で大きな損害を出して撤退していた各隊が、補給と休養もそこそこに再出撃して来てくれたのだ。相次いだ被弾で3人欠けて痛々しいが、ここでこの戦力の加入はありがたい。

「うん、ありがとう。じゃあ、ハンガリー隊とスロバキア隊は東側へ、クロアチア隊は中央のエステルライヒ隊の支援に回って。」

 了解の通信と共に、各隊戦闘に向かう。東側では、まさに久坂以下の3人を取り囲もうとしていた小型ネウロイの集団に、ハンガリー隊とスロバキア隊が突入して突き崩して行く。よし、もう一押しだ。

 

 B29が緩やかに降下して、ネウロイの巣の本体との距離を詰める。高度差はまだ4000メートルほどもあるが、近付きすぎるのは危険なのでこの程度の高度差は必要で、確実に命中させるには慎重な照準が必要だ。すると、ついにネウロイの巣の本体の表面が赤く光り、一瞬の間を置いて、ビームを雨霰と浴びせかけてくる。大村隊の千早大尉、淡路上飛曹、長谷部一飛曹、それに玲子とユルキュはそれぞれにシールドを広げてビームを防ぐ。広げたシールドに次から次へとビームが当たり、もう目も開けていられない程の乱れ撃ちだ。赤松大尉と牧原上飛曹は、巣の本体のビーム発射部位を狙って狙撃する。ビーム発射部位を破壊してビームを減らそうというのだが、何分巨大な巣の本体には無数の発射部位があって、焼け石に水だ。B29の爆撃の照準がつくのが先か、シールドが支えきれなくなって弾けるのが先か、ビームとシールドの真正面からの力比べだ。

 

 ガンとストライカーユニットに殴られたような衝撃を感じて、淡路上飛曹はユニットを見る。すると、左のユニットに指をさしこめる程度の小さな穴が開いている。

「破片でも飛んできたのかな? でも前にシールドを張っていたんだけどな。」

 そんなことを言っている場合ではない。穴から潤滑油が漏れ出して来て、風圧で霧状になって飛び散る。発火こそしないが、すぐに魔導エンジンが嫌な音と振動を立てて停止した。

「あっ、あっ。」

 エンジンが止まってしまってはたまらない。淡路上飛曹はバランスを崩し、もんどりうつようにして墜落する。落ちる淡路上飛曹の近くを、細い、細いビームがかすめて飛ぶ。

「そうか、細いビームが混じってたんだ。だから気付かない内にユニットを撃たれたんだ。」

 他の仲間も気付かずに撃たれたらまずい。淡路上飛曹は、急いで通報する。

「淡路です。ユニットに被弾しました。ネウロイは細いビームを混ぜて撃ってきているから、見落とさないように注意してください。」

 

 淡路の通報を聞いて芳佳は青くなる。細いビームは以前経験したことがある。細く絞り込んでいるために、見えにくいこと以上の脅威がある。貫通力が格段に高くなっていて、シールドを貫く威力があるのだ。芳佳は、初めて細く絞ったビームを撃って来るネウロイと遭遇した時に、シールドごと撃ち抜かれて瀕死の重傷を負ったことがある。

「みんな、細いビームはシールドを撃ち抜く威力があるから防げない。正面から受け止めないで。」

 

 芳佳からの通信に、長谷部一飛曹はぎょっとする。シールドで防げないのなら、一体どうすればいいのか。そう思った側から細く絞り込まれたビームが飛んで来る。広げたシールドが、ぶすっと音を立てて撃ち抜かれ、頭のすぐ横をビームがかすめて全身が総毛立つ。

「シールドが撃ち抜かれました! どうすればいいんですか!」

 悲鳴を上げるような長谷部一飛曹からの通信に、部隊全体に動揺が広がる。しかし、対処法はある。

「大丈夫だよ。ビームを絞り込んで貫通力を高めて来るんなら、こっちはシールドを圧縮して防御力を高めればいいんだよ。角度を付けて受ければなお効果的だよ。」

 芳佳はその方法で、絞り込んだビームを撃って来るネウロイに勝利したのだ。しかし、長谷部一飛曹からの悲鳴のような通信は続く。

「シールドを圧縮するって、そんなこと急に言われてもできません!」

 そして、長谷部めがけて絞り込まれたビームが来る。長谷部はシールドを開く。

「シールドを圧縮・・・、ってできないよ!」

 シールドを貫通したビームが、長谷部の体を貫いた。

「ぎゃっ。」

 悲鳴を上げて長谷部が落ちて行く。

 

『ミリツァ、受け止めて。』

 少し低い空域にいたセルビア隊のセミズ軍曹が、ゴギッチ大尉の指示で長谷部を受け止める。ゴギッチ大尉が前に回って、ビームを防ぐ。これは普通のビームだ。

『テオドラ、酷い怪我だよ。早く手当しないと・・・。』

 長谷部一飛曹の被弾箇所からは溢れるように出血しており、急いで手当しないと命が危ない。

『うん、急いでで基地に運んで。』

 ゴギッチ大尉はセミズ軍曹に指示すると、改めて通信を送る。

「長谷部軍曹は重傷です。すぐに基地に運びます。」

 その間にもビームは飛んで来る。細いビームが来た。シールドを貫いたビームが体をかすめて、背筋が凍る。

 

「細いビームが来たら回避して。」

 そう指示しながら、千早大尉はB29の真下に回る。千早大尉は、かつて細く絞り込んだビームを放つネウロイが出た時の戦いに参加した経験がある。実際に細いビームを受けた経験はないが、芳佳が戦うのを見てはいたし、シールドを圧縮する練習もしてみた。だから自分が守らなければならない。目の前に広げたシールドを、小さく小さく圧縮する。でも実際に受け止められるだろうか。もし撃ち抜かれたら、当たり所が悪ければ直ちに命はない。細いビームが来た。さっと圧縮したシールドをかざす。ビームはシールドの角に当たり、あさっての方向へ飛んで行った。全身から汗が噴き出す。小さく圧縮したシールドで、ビームを受け止めるのは思ったより難しい。受け止め損ねれば、後ろへ抜けてB29に当たるか、あるいは自分に当たるかだ。次は、と身構えると、太いビームが来た。

「そんな、急に圧縮したり広げたりできない。」

 圧縮したシールドでは、太いビームは防げずに全身がビームに飲み込まれてしまう。これで私の人生も終わりだ。これまでの苦しくも楽しかった戦いの日々が走馬灯のように頭をよぎる。

 

 びしっと音を立ててビームが弾け飛ぶ。

「隊長大丈夫ですか!」

「玲子ちゃん!」

 すんでの所で玲子が割り込んで防いでくれた。かろうじて生き延びられたが、恐怖で全身が震える。芳佳はこんな恐ろしいことを涼しい顔をしてやってのけたのかと、改めて芳佳の凄さに感動する。しかし、感動を噛み締めている暇はない。次のビームが来た。今度は細いビームだ。

「玲子ちゃん逃げて!」

 玲子を逃がすと、体の真正面に圧縮したシールドをかざす。今度は正面から受け止めた。大丈夫、シールドは正面から受けても抜かれない。

 

 千早大尉がビームを受け止めている丁度その時に、横をビームが抜けて行く。

「しまった!」

 どうあがいても防ぎ切れなかったのは間違いないが、それでも悔いが残る。横を抜けたビームは、上空のB29の右の主翼と胴体の間を抜けて行く。無事か、と思うがやはり駄目だった。かすめたビームで胴体から引きちぎられた外板の破片が飛び散るのが見えた。と、胴体がめきめきと音を立てるように折れて行く。機体の前部はぐるりと回転すると、もう耐えきれずに幾つもに引き裂けるとばらばらになって落ちて行く。漏れた燃料がぱっと炎を上げる。魔導徹甲爆弾は炎に包まれた機体に抱かれたまま、空しく地上へと落ちて行く。

 

「魔導徹甲爆弾を搭載したB29が撃墜されました。作戦は失敗です。」

 爆撃部隊指揮官のギブソン中佐からの通報に、各級司令部は暗然とした空気に包まれる。あと一歩の所までいったのだが、やはりネウロイの巣を破壊するのは難しい。かくなる上は、速やかに全軍を撤退させて、損害をこれ以上増やさないことが肝心だ。作戦の総指揮を執るレーア上級大将が全部隊に通信を送る。

「諸君、良く戦ってくれた。しかし残念ながら作戦は失敗した。全軍作戦発起地点まで撤退してくれ。」

 レーア上級大将は唇を噛む。オストマルク解放はやはり無理なのだろうか。

 

 そこへ通信が入る。

「待ってください。まだです。まだ終わりじゃありません。」

「その声は宮藤少将か。一体どうするというんだ。もう魔導徹甲爆弾はないんだぞ。」

「魔導徹甲爆弾はなくても、ツァウベルヴンダーヴァッフェがあります。これを使えば、きっと巣の本体でも撃ち抜けます。」

「ツァウベルヴンダーヴァッフェ? それは何だね? 聞いたことがないんだが。」

 それはそうだ。あくまでカールスラント技術省が試作中のものを、実戦テストとして使っている段階だから、誰も知らないのが当たり前だ。

「カールスラント技術省が開発した秘密兵器です。」

 芳佳はそう言い切ったが、半分嘘だ。

「そうか秘密兵器か。わかった、やってくれ。頼んだぞ。」

 はったり気味に言い切ったのが功を奏して、レーア上級大将の許可が出た。もっとも、芳佳は開発中の試作兵器と、開発が完了して配備が始まったばかりの新兵器の区別はついていないかもしれない。

 

 間を置けばネウロイ側の態勢が強化されてしまうので、直ちに攻撃に移る。

「ユルキュちゃん、来て。」

「はい。」

 ユルキュが芳佳の下へ駆けつける。

「いい、ツァウベルでネウロイの巣の本体を撃ち抜いて。」

「えっ?」

 驚くユルキュに逡巡する暇を与えず、芳佳は畳み掛けるように指示する。

「ツァウベルの引き鉄を引きっ放しにして、ネウロイの本体の真ん中を撃ち抜いて。全力で撃てば撃ち抜けるはずだから。近くまではわたしが誘導するからついてきて。」

 言うが早いか芳佳は飛び出す。ユルキュはあれこれ考える暇もなく、芳佳に続く。それを見たグラッサー中佐が叫ぶ。

「全員司令官の突入を援護しろ!」

 そう命ずるなり自ら小型ネウロイを蹴散らしながら巣の本体に向けて突入する。他のウィッチたちもそれぞれに本体めがけて攻撃する。赤松大尉と牧原曹長は、少しでもビームを減らそうと、本体のビーム発射部位を狙撃する。ウィッチたちの総力を挙げた攻撃だ。

 

 突入する芳佳めがけて、ネウロイの本体は激しくビームを放って来る。芳佳は前面に強大なシールドをかざして、ビームを弾き飛ばしながら進む。細く絞り込まれたビームが来た。芳佳はすっとシールドを圧縮すると、細いビームを難なく跳ね返す。続いて太いビームが来た。芳佳はさっとシールドを広げて跳ね飛ばす。ユルキュは芳佳のシールドに守られて、何の心配もなく進んで行く。いよいよ迫ってきた巣の本体が、目の前を圧するように広がってきた。

「ユルキュちゃん!」

「はいっ!」

 ユルキュはさっと本体の中心に狙いを定めると、あらんかぎりの魔法力を振り絞って力一杯引き鉄を引く。ツァウベルヴンダーヴァッフェの銃口から迸り出た魔法力の奔流は、一瞬で巣の本体に達すると分厚い表面装甲を突き破り、巨大な本体を一気に貫き通すと、反対側の装甲を内側から叩き割って貫通する。巨大な巣の本体の真ん中に風穴があき、突き抜けた反対側は大きく砕け散って、まるで噴火口のような穴が開いた。

 

 ありったけの魔法力を使い果たしたユルキュは、意識が薄れてぐらりと傾く。期待通りの働きをしてくれたユルキュを、芳佳が優しく抱き留める。

「やったか!?」

 全員が固唾を飲んでネウロイの巣の本体を見守る。しかし何としたことか、ネウロイの本体は、一向に崩壊する様子を見せない。それどころか、再生を始めてしまった。大きくえぐれた部分がじわじわと修復されて行く。

「しまった、コアに当らなかった。」

 失敗だ。芳佳は臍を噛む。球状の本体だから、コアは中心点にあると思ったが、どうやらそうではなかったらしい。そういえば、これまで巣の本体を破壊する時は、徹底的な攻撃で大きく破壊して、コアが露出したところでコアに烈風斬を打ち込んでいた。やはりコアの所在を明らかにしなければ、止めを刺すことはできないのだ。しかし、今ここには、本体を破壊してコアを露出させるような破壊力を持った武器はないし、隠されたコアを見つけ出すような魔法を持ったウィッチもいない。

「ああ、コアの位置が分かれば・・・。」

 改めてコアの位置を一目で見抜く力を持った坂本さんの偉大さを痛感する。しかし、ここに坂本さんはいないし、仮にいてももうとっくの昔に魔眼の力は失っている。

 

 諦めかけたその時、まだ諦めないウィッチがいた。

「わたしにやらせてください。」

「え? ひかりちゃん? どうするの?」

「わたし接触魔眼が使えるんです。」

「接触魔眼? ・・・ってどういうの?」

「ネウロイに触るとコアが見えるんです。」

「ネウロイに触る? あの本体のビームをかわして触れる所まで近付くっていうの? そもそもひかりちゃんシールドが使えないじゃない。」

 巣の本体からのビームには、既に二人が撃ち落とされている。それだけでも接近は至難だと思うのに、シールドなしで触ろうなどとは無茶もいい所だ。芳佳も大概無茶だが、ひかりも無茶に関しては負けていない。

 

 しかし、その無茶に乗ろうという者もいる。

「宮藤さん、わたしたちが雁淵隊長を守ってネウロイの所まで送り届けます。」

「奈緒ちゃん? だってみんな巣のビームみたいな強力なビームを受けたことないでしょう? シールドごと吹き飛ばされちゃうよ。」

「わ、わたしたち4人います。順番に吹き飛ばされてでも雁淵隊長を守ります。」

「順番に吹き飛ばされるって・・・。じゃあ細いビームはどうするの?」

「秋月です。それはわたしが責任を持って防ぎます。それに、今ならネウロイが再生中で、ビームを撃って来ていません。今しかありません。」

 責任を持って防ぐと言っても、秋月上飛曹も経験があるわけではないので不安しかない。今しかないというのはもっともだが、隊員たちが次々撃ち落とされる未来がちらついて、行けとは言いにくい。

 

「行きます。」

 芳佳の指示を待たずに、ひかりが飛び出した。欧州分遣隊のメンバーも一斉に飛び出すと、ひかりの周囲をがっちりと固める。

「あーっ、もう、みんな勝手なことして。全員欧州分遣隊を援護して。」

 待ってましたとばかりに、全員一斉に巣の本体めがけて攻撃を再開する。ここまで来た以上、みんな何としてでも巣を倒したいのだ。巣の本体は再びビームを放って反撃してくるが、再生中のせいか、さっきまでよりビームがまばらだ。芳佳は魔法力を使い果たしたユルキュを玲子に委ねると、ツァウベルを構える。もうひかりの接触魔眼にかけるしかないのだ。

 

 ひかりたちが巣の本体に近付くにつれ、分散していたビームがひかりたちに集中してくる。ビームが真正面から来た。先頭を行く前嶋がシールドで受け止める。

「ぎゃっ!」

 巣からのビームは見た目以上に強烈だ。シールドで受けてもその衝撃で弾き飛ばされてしまう。弾き飛ばされた前嶋に代わって、仁杉が先頭に出る。

「わっ!」

 仁杉も弾き飛ばされて、もんどりうつようにして脱落して行く。続いて倉田が前に出る。すると、細く絞り込まれたビームが来た。秋月がじっくりと圧縮したシールドをかざして前に出る。シールドに命中した細いビームが四方に弾けて散る。続けて太いビームだ。

「きゃーっ!」

 受け止めた倉田が弾き飛ばされた。残るは秋月と藤井の二人だけになった。

 

 細いビームが来た。秋月が前に出て受け止める。しかしこの細いビームの力は何と強いのだろう。圧縮したシールドでも深く突き刺さってくるような感じがして、いつ抜かれるかと気が気ではない。連続して細いビームが来た。シールドに当たるたび、シールドに深い穴が穿たれて行くような感触がする。そして、ついに貫通された。抜けたビームが秋月の肩に突き刺さる。

「ううっ。」

 血しぶきを撒き散らしながら秋月が落ちて行く。残る藤井に向かってビームが来た。

「左へ!」

 藤井は叫びながら左へ横滑りする。ひかりが合せて動く。すぐ横をビームが抜けて行く。

「上!」

 すっと浮き上がった二人の下を、すれすれでビームがかすめて行く。いつまでよけ続けられるだろうか。

「右!」

 横滑りしてビームを避けたその先に、細いビームが来ていた。

「ぎゃあっ!」

 撃ち抜かれた藤井が落ちて行く。もはや残るのはシールドを張れないひかりだけだ。しかし、もうネウロイの本体は目前だ。

 

「やあっ!」

 ひかりは右腕を大きく伸ばしてネウロイに突っ込む。すれすれをビームが飛んで巻き込まれた髪の毛が散る。ひかりの手がネウロイの表面に触れる。

「見えた! 上だ!」

 少し高い位置にコアが見えた。ひかりはネウロイの表面を舐めるようにしてコアの位置に移動すると、持った機銃の銃口を突き立てる。

「ここです!」

 ひかりが叫ぶと、間髪を入れずに魔法力のビームが飛んで来る。ひかりが危うく飛び退いた瞬間、魔法力の光の帯がネウロイの本体を貫通した。

 

 今度こそやったかと、全員の視線がネウロイの本体に釘付けになる。ネウロイの本体は、不規則な形に少し膨張したかと思うと、全体に無数の光の亀裂が生じ、見る見る亀裂が拡大する。そして、形を維持しきれなくなったネウロイの本体は、一気に木端微塵に砕け散る。同時に周囲を飛び交っていた多数の小型ネウロイも一斉に爆裂する。砕け散ったネウロイの破片はきらきら光りながら広がって、空一面がまばゆい光の大洪水だ。

 

 壮絶なネウロイの巣の最後に目を奪われていたグラッサー中佐が、はっと我に返る。

「勝った、勝ったぞ、ネウロイの巣に勝ったぞ! オストマルク解放だ!」

 グラッサー中佐の叫びに呼応して、一斉に歓声が上がる。グラッサー中佐は芳佳の所へ駆けつけると、両手をしっかり握る。

「宮藤司令官、勝ちました。司令官のおかげでオストマルクは解放されました。」

 普段は冷静なグラッサー中佐が、感極まって両目から涙をあふれさせている。芳佳はにっこりと笑って頷く。

「うん、勝ったよ。皆が協力し合って、力を尽くしてくれたおかげだよ。」

 そして、もう一度にっこりと笑うと、急に表情を引き締める。

「これは勝利への大事な一歩だけれど、まだ本当に勝ったわけじゃあないよ。まだオストマルクにはプラハの巣もコシツェの巣も残っているし、オラーシャの巣も残っているからね。本当の勝利を勝ち取るまで、もうしばらく頑張ってね。」

 グラッサー中佐はあふれる涙をぬぐいもせずに、力強く頷き返す。

「任せてください。人類勝利の日まで、力の限り戦います。」

 周囲のウィッチたちもみな同じ思いだ。この勝利への一歩を胸に深く刻みつけて、明日からの戦いに挑んで行くのだ。必ずや最後の勝利をつかむことができると固く信じて。

 

 自らの全てをなげうって、人類の勝利を目指して戦い続ける少女たちに幸あれ!


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