ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
ウィーン郊外のシュヴェヒャート基地に、早朝の訓練を終えた扶桑海軍大村航空隊のウィッチが着陸してくる。それと入れ違いに、周辺の哨戒のために、オストマルク空軍のセルビア隊のウィッチたちが離陸して行く。ウィーンは奪還したものの、まだネウロイ勢力圏のチェコ地域との境界が北に60キロ程、スロバキア地域との境界は東に40キロ程と極めて近いので、哨戒活動は欠かせない。
音楽の都と呼ばれたウィーンの街の復興はまだ緒に付いたばかりだが、軍事上の要請から軍事施設の復旧は急速に進められており、シュヴェヒャート基地の施設の整備はかなり進んでいる。オストマルクの首都の基地ということもあって、オストマルク政府が威信をかけて復旧を進めているので、奪還して間がない割には設備の質は悪くない。当面大規模な作戦が予定されていないこともあって、ウィッチたちは落ち着いた生活を送っている。
装備を片付けながらおしゃべりに余念のない隊員たちに、千早大尉が早く片付けを済ますよう促す。
「ほら、いつまでも喋ってないでさっさと片付けて。片付いたらシャワーを浴びて、朝食だよ。」
「はーい。」
別にこの後出撃が予定されているわけではないが、やはり軍人たる者何事もきびきびと進めなければならない。でもそこは10代の少女たちだ。ともすればおしゃべりに夢中になって、手が止まる。
「この基地ってシャワーなんかもしっかり整備されてるよね。」
「うん、この前までいたグラーツの基地よりよっぽどいいよね。」
「やっぱりウィーンは音楽の都だからかな?」
「あはは、音楽関係ないし。」
まあ、先日激戦の末にネウロイの巣を撃破したところだから、多少気が緩むのは仕方ない所か。
多少時間がかかったので、食堂に入るともう食事の準備が済んでいる。扶桑海軍では本来であれば士官と下士官兵の食事は別だが、ウィッチ隊では必ずしもそういう原則は適用されず、隊長の千早から、階級は上等兵に過ぎない玲子まで一緒の席に着く。最前線ではあるが、ウィーン進出と同時に扶桑海軍の主計兵も進出して来てくれたので、欧州の前線とは思えないような、扶桑料理が並んでいる。ご飯におつゆに野菜が用意されている。
「いただきまーす。」
「おつゆに入っているお魚は何だろう?」
「これは鮭だよ。」
「酒が入ってるの?」
「未成年にお酒は駄目だよ。」
くだらない冗談でも笑いが溢れる。
「このお野菜は何の葉っぱだろう?」
「うん、あんまり見たことないね。しゃきしゃきしてて変わった食感だね。」
扶桑料理といっても、ガリアを中心とした欧州の技法や材料が取り入れられているから、伝統的な扶桑料理一色というわけではない。海軍料理として有名なカレーや肉じゃがも、元になったのは西洋料理だ。
ウィーンに来てから馴染んだ扶桑料理が食べられるようになって、食が進む。元々、貧しい庶民は白い飯が食べられず、軍に入って初めて食べられるようになったというケースも多い時代だ。それだけでも食が進むのだが、海軍の食事は一般に陸軍より良いと言われている。野外の陣地等で飯盒炊爨が基本の陸軍と、艦内でテーブルに向かって食べるのが基本の海軍とでは条件が違う。士官になると洋食のコースを、ナイフとフォークで食べたりする。もっとも、遠洋航海の寄港先で、欧州の高官を招いて会食することもある海軍士官は、洋食に慣れていなければならないという事情もあるのだが。
賑やかな食堂に、芳佳が顔を出す。一般の部隊に司令官が顔を出すのは無用な緊張を招いて迷惑だが、大村航空隊のメンバーとは付き合いが長く深いので、お互いそんな気遣いとは無縁だ。ただ、配属されて日が浅い玲子と、出身国からして違うユルキュは緊張して固くなっている。
「あれ、宮藤さん、どうしたんですか?」
以前は自分で作った料理を隊員たちに食べさせるのが楽しみだった芳佳も、司令官ともなると、いくら馴染でも一緒に食事をとることもなくなるので、食堂に顔を出すのは珍しい。千早大尉としては、何か急ぎの用事でも出たかと思う。
「ううん、別に。ただ、扶桑の主計の人たちが来てくれたって聞いたから、どんなもの食べてるのかなと思って。」
「それじゃあ宮藤さんも一緒に食べますか?」
「いやぁ、わたしはもう食べたから・・・。」
そう答えながらも、視線はテーブルの上に行っていて、ちょっと食べたそうだ。芳佳だってまだ若いから食欲は旺盛だ。
「ごはんと、お魚の入ったおつゆと、お野菜です。」
「ふうん。」
それは見ればわかるが、料理の好きな芳佳としてはもう少し詳しく知りたい。そこに折良く、烹炊員長が顔を出す。ウィッチ隊員ではないので、司令官の前ではさすがに緊張の面持ちで姿勢を正す。
「本日のメニューは、鮭の衛生汁と萵苣(ちしゃ)のサラドです。」
「衛生汁?」
「はい、衛生とは栄養の事です。栄養価の高い卵を加えたものを呼ぶときに衛生とつけます。だから野菜に卵を加えた汁物が衛生汁です。」
「ふうん、そうなんだ。」
「海軍ではそうですが、埼玉県の川口には、豚肉、油揚げ、大根、ねぎに、小麦粉を練ってちぎって落として味噌仕立てにした郷土料理があって、衛生煮と呼ぶそうです。」
「へえ、ずいぶん違うね。何か関係あるのかな?」
「名前の由来や、海軍のものとの関係は良くわかりません。でも多分関係なさそうです。」
「ふうん。ところでサラダは、見た感じ違うけど、萵苣なの?」
海軍では伝統的にサラダはサラドと呼ぶ。ガリア語やブリタニア語の発音ではサラドの方が近いので、西洋料理の知識と共にガリアからか、海軍の技術交流を通じてブリタニアから入ったのだろう。一般には古くから交流の深かったルシタニアの発音が広まって、サラダと呼ばれているのかもしれない。ところで萵苣といえば、扶桑では古くから“かきちしゃ”がおひたし等で食べられているが、サラダにはあまりしないし、そもそも見た感じが違う。
「これは、欧州で良くサラドにして食べられている、“玉ちしゃ”です。こちらでは“レタス”と呼びます。」
レタスが扶桑に普及するのは1960年代に入ってからなので、今はまだ多くの扶桑人はレタスを知らないのだ。だが、海軍では早くからメニューに取り入れていたし、ここは欧州だから普通に入手できる。
「ちょっと試食してみてください。」
勧められるままに食べてみると、パリッとした爽やかな食感だ。扶桑料理ではあまり生野菜は出ないが、これは結構いい感じだ。
「うん、いいね。みんないいもの食べてるなぁ。」
まあ、今日はたまたま隊員たちの方に出たが、司令官のメニューにもそのうち上ることだろう。
「ところで・・・。」
千早大尉が話を変える。
「今、西部方面統合軍がプラハの巣を攻撃しているんですよね?」
「うん、そうだよ。途中の比較的大きな町のプルゼニを占領して、今日あたりプラハに総攻撃をかける予定だよ。」
「あの、わたしたち応援に行かなくていいんですか? ウィーンの巣を攻撃する時は、プラハの巣を牽制して支援してもらいましたよね。」
「うん、そうだね。統合軍総司令部同士の話し合いでは、今回は地中海方面統合軍の支援は不要っていうことになったんだけど・・・。」
「けど?」
「ご飯食べたら出撃するよ。」
「あっ、はい。」
事前に何の話もなかったが、別に細かい作戦の打合せなど必要ない。それでこそ芳佳だ。すぐ近くで友軍が戦っているときに、自分の担当じゃないからといって知らん顔などしていられるものではないのだ。まして、巣との戦いは厳しい戦いになることは避けられないから、どんな形でも応援が貰えればありがたいものだ。
「正規の出撃じゃないから、扶桑の部隊だけで行くよ。」
「抜刀隊も出るんですか?」
「うん、桃ちゃんにはさっき言っておいたよ。」
「はい、了解しました。」
いきなりの出撃だが、嫌がるものなどいない。むしろみんな張り切っている。それでこそ、芳佳の元で育ってきた隊員たちだ。そんな中で、ユルキュはどことなく心細げな表情になっている。
「あの・・・、わたしは・・・。」
扶桑の部隊だけで行くと言っていたから、自分は置いて行かれるのだろうか。そんなことを思うユルキュに、芳佳は当たり前のように答える。
「ユルキュちゃんも大村隊の一員なんだから一緒に出撃だよ。それとも嫌かな?」
ユルキュはきっぱりと答える。
「いえ、行きます。行かせてください。」
国籍は違えども、隊の一員として認めてもらったのがユルキュは嬉しい。オストマン出身のウィッチは一人だけだが、ユルキュは一人じゃない。
長谷部一飛曹がぼそっとつぶやく。
「この隊って人使いが荒いよね。」
「そうかな?」
ウィッチ隊はどこでも不足しているから、結果的に忙しくなるのは仕方ない。そう思って答える淡路上飛曹に、長谷部一飛曹は少し強く訴える。
「だって、わたしウィーンの戦いで瀕死の重傷を負ったんだよ。魔法で治してもらったっていっても、2、3ヶ月は休んでもいんじゃないかな。」
「まあ、それもそうだけど、祐子ちゃんもう普通に飛べるし、普通に戦えるんだよね?」
「うん、まあ・・・。」
「だったら行くしかないじゃない。」
「うん・・・、もう、義江ちゃん意地悪だなぁ、もちろん行くんだけどね、名誉の負傷をしたんだから、恩賞としてお休みをくれてもいいんじゃないかなって言ってみただけ。」
そう、結局行くのだ。なにぶん、芳佳がはるかに過酷な状況で戦い続けてきたことは聞いている。その芳佳の部下として、泣き言など言っていられない。もっとも、最前線のこの基地で、休みを貰ってもやることなど何もないのだから、元々なのだけれど。
出撃準備をしていると、グラッサー中佐が不審そうな表情で現れた。
「司令官、今日は作戦の予定はなかったと思いましたが・・・。」
「あは、見付かっちゃったね。ちょっとプラハの奪還作戦の応援に行ってこようと思って。」
芳佳の答えにグラッサー中佐の顔色が変わる。
「どうして私は話してくれなかったんですか。」
「うん、正規の作戦じゃないから強制できないし、わたしが言ったら半ば強制になっちゃうでしょ。」
「それでも話していただきたかったです。チェコだってオストマルクの一部なんですよ。その奪還作戦なのに、私たちオストマルク人が何もしないなんておかしいじゃないですか。」
グラッサー中佐の剣幕に、芳佳はちょっとたじろぐ。こんな勝手に出撃するような話には乗ってこないかと思ったが、グラッサー中佐も、自分たちの国を取り戻す戦いに参加しないことに、忸怩たる思いを抱えていたのだろう。
「う、うん、それもそうだね。ええと、それじゃあグラッサー中佐も出撃してよ。わたしたちが攻撃部隊の支援に行くから、グラッサー中佐は南側からの牽制攻撃を担当してくれるかな?」
グラッサー中佐は勇んで答える。
「了解しました。オストマルク隊は南側からの牽制を担当します。」
「でもね、くれぐれも隊員たちには出撃を強制しないでね。正規の作戦じゃないんだから。」
「はい、了解しました。」
グラッサー中佐は早速オストマルクのウィッチたちを集める。背後では、滑走路を蹴って扶桑のウィッチたちが次々出撃して行くのが見える。
「チェコでは、西部方面統合軍がネウロイ撃退のための戦いを繰り広げている。今回の作戦に地中海方面統合軍は参加しないことになっているが、扶桑の部隊は自主的に西部方面統合軍の支援に行くということだ。そこで、私も自主的に支援作戦を実施することにした。プラハの巣を南側から攻撃して、ネウロイを引き付けて主攻部隊の作戦を側面支援する。」
そこまで一気に言って一呼吸つくと、隊員たちは身じろぎもせずに次の言葉を待っている。グラッサー中佐は続ける。
「一緒にチェコ解放の支援をしたいと思うものは志願してくれ。」
一斉に手が上がる。その中でも一番早く手を上げたのは、チェコ隊のペジノヴァー中尉だ。ペジノヴァー中尉は反カールスラントの急先鋒だったはずだがと、チェコ隊隊長のエモンシュ大尉がやや茶化し気味に声をかける。
「あれ、フランチシュカはカールスラント人のやることは気に入らないんじゃなかったの?」
ペジノヴァー中尉は少しむっとしたような表情で答える。
「だって、チェコだよ。わたしたちの故郷の奪還作戦だよ。参加しないなんて考えられないじゃない。」
それはそうだ。たとえ気に入らないカールスラント人の隊長の提案でも、こればかりは乗らないわけにはいかない。
「それに、これまで一緒にオストマルク奪還の戦いをやってきて、いまさら無条件に反発する気にもなれなくなってきたし・・・。」
やはり、同じオストマルクの人間として、民族が違うというだけで反発することの無意味さを感じるようになってきたのだろう。厳しい戦いを共に勝ち抜いてくる中で、オストマルクとしての一体感が醸成されてきたのだ。この一体感こそ、ネウロイから国土を奪還し、荒廃した国を再建して行く上で一番大事な力だ。それが感得できたのならもう言葉はいらない。エモンシュ大尉は微笑みながら小さく肯く。
グラッサー中佐が声を張り上げる。
「よし、よくぞ賛同してくれた。周囲の警戒を怠ることはできないから、クロアチア隊とセルビア隊は哨戒任務を継続してくれ。他の者たちは私に続け。」
「了解!」
隊員たちは声を揃えて応答すると、出撃に向けて散る。チェコ奪還作戦は、いよいよ佳境を迎えようとしている。
こういう、余り戦闘に関わらないお話も織り交ぜながら、もっとゆっくりと展開して行っても良かったかなと思います。番外編、気が向いたらまた追加するかもしれません。