ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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番外編2 ハルトマンさんのご来訪

 ノックの音がした。

「失礼します。」

 芳佳の執務室に入ってきたのは衛兵司令だ。執務中に遮られるのは誰しも嫌な所だが、山のような書類を抱えて、書類仕事に飽き飽きしてきている芳佳に限ってはそうでもない。衛兵司令が来たということは、誰か来訪者があったに違いない。誰が来たんだろう、何か面白いことにならないだろうかと、芳佳はわくわくする気持ちだ。逆に、上層部から面倒事が持ち込まれるという可能性も結構あるのだが、そういう嫌な想像をしない所が芳佳の性格だ。仄かに瞳を輝かせながら芳佳は聞く。

「どうしたの? 来客?」

 下士官に過ぎない衛兵司令にとっては、司令官は雲の上の人だ。通常なら司令部の士官が取り次いでくれるのだが、生憎最前線の基地では人手が足りなくて、直接報告に来なければならない。顔面が引きつるほど緊張しながら報告する。

「カールスラント空軍のハルトマン少佐がお越しになりました。」

 ハルトマン少佐といえば、ついこの間やってきて、試作品のストライカーユニットと新兵器を置いて行ったばかりだ。こんな短期間でまたやってくるとは、どういうことだろう。ひょっとして何か機器の不具合でも見つかったのだろうか。でも不具合があったのならなおさら急いで会って話を聞いた方が良い。

「うん、お通しして。」

「はっ」

 衛兵司令はこれ以上ないという程に背筋を伸ばして敬礼すると、来客を迎えに戻って行く。

 

 ばーんと大きな音を立てて執務室の扉が開け放たれる。

「やっほー、宮藤、元気だった?」

「ハルトマンさん!」

 入ってきたのはハルトマンといっても想定していたのとは違って、姉の方のエーリカ・ハルトマン少佐だった。人類最高のネウロイ撃墜数を記録しているスーパーエースでありながら、どこか飄々としてつかみどころのない人だ。

「ハルトマンさん、お久しぶりです・・・、というか、去年モエシアのブルガス基地にいた時に来ましたよね? ダキア奪還作戦をやっていた頃に。」

「うん、そうだったね。」

「来てもらえるのは嬉しいですけれど、そんなにちょくちょく来られるほど近くないんじゃないですか?」

「うーん、わたし今学生で自由が利くからね。それに、同じ欧州じゃない。」

 同じ欧州といっても、ハルトマンが普段いるベルリンからはとても遠く、直線で700キロもある。しかもその間はまだネウロイの勢力圏なので、西側を大きく迂回して来なければならない。もっとも、芳佳の祖国の扶桑に行くことを考えれば、確かに物の数ではないだろう。

 

「それで、ハルトマンさん、今日は何かあって来たんですか?」

「うん、頑張ってる宮藤にお菓子を持って来たよ。」

「わぁ、ありがとうございます。」

 まあ、最前線といえども司令官なのだからお菓子程度は不自由しないはずだが、それでもわざわざ持って来てくれたのは嬉しいところだ。そして、ハルトマンが持ってきたお菓子は、カールスラントで広く親しまれているクッキーの一種で、シュペクラティウスだ。

「ちょっと季節はずれなんだけど、シュペクラティウスを持って来たよ。シナモンとかナツメグとかクローブとか、香辛料を効かせた、木型を使って作るクッキーだよ。」

「へぇ、季節外れって、本当はいつのものなんですか?」

「うん、クリスマスの時期が中心なんだよ。でも結構いつでも出回ってるかな。」

「ハルトマンさんが作ったんですか?」

「まさか。宮藤だってわたしが料理とか苦手なの知ってるくせに。」

 苦手というより壊滅的とまで言われていて、ミーナから料理を禁止されている程だ。

「えへへー。じゃあお茶淹れますね。」

 芳佳はさっと立ってお茶を淹れる。やはり洋菓子だから、紅茶が良いだろう。司令官になっても、従兵に淹れさせず、自分でお茶を淹れるのは相変わらずだ。まあ、料理をするのが好きな芳佳にしてみれば、さすがにもう厨房には入れないので、お茶くらい自分で淹れないと欲求不満がたまる。

 

 芳佳とハルトマンは、紅茶を飲みながらシュペクラティウスを口に運ぶ。スパイスの効いた、軽い食感のクッキーで、なかなか美味しい。ほっと息をつけば、打ち続く激戦の中にいることをふっと忘れる。

「そう言えば、ハルトマンさん、お医者さんの勉強は進んでますか?」

「うん、まあね。でもどうやっても6年はかかるから、遅れない程度にやって行くよ。」

 まあ、ハルトマンは父親が医者なので、元々ある程度の基礎知識はある。501部隊にいた頃は部屋をごみ屋敷の様にしていたが、それでもちゃんと医学書を持ち込んで勉強していたのだから、勉強についていけないということもないだろう。

「でも宮藤はもう医師免許持ってるんだよね。試験なしでもらったんでしょ? いいなあ、わたしも扶桑に行って医師免許取ろうかな。」

「ええ? わたしは実務経験で免許貰えましたけど、ハルトマンさんは実務経験がないじゃないですか。扶桑だって学校に通って勉強して、卒業しないと免許貰えませんよ。それに、ハルトマンさん扶桑の言葉分からないじゃないですか。まあ、専門用語はカールスラント語が使われてますけど。」

「げっ、扶桑語は無理だなぁ。」

 まあ、ハルトマンも言ってみただけだろう。どうやら楽しく医学生生活を送っている様子で、免許を取るためにわざわざ扶桑に行くような状況ではない。

 

 そこでふと、開け放たれたままの入り口から、中の様子をうかがっている人影があるのに気付いた。あれは、ハンガリー隊のポッチョンディ・アーフォニャ大尉だ。

「あれ? アーフォニャちゃん? どうしたの? 何か用事?」

「は、はい・・・。」

 ポッチョンディ大尉は、何やら口籠ってもじもじしている。来客がいることを気にしているのだろうか。

「いいよ、お客さんの事は気にしなくて。用事があるんだったら遠慮しないで言って。」

 芳佳が促すと、少し緊張の面持ちで、ためらいがちに答える。

「はい、その・・・、司令官に用事じゃなくて・・・、ハルトマン少佐がお越しと聞いたもので・・・。」

 ああそうかと芳佳は合点する。そう言えば前に、ハルトマンと一緒の部隊にいたことがあると言っていた。

「ああそうだったね。いいよ、入ってきて。」

「はい、失礼します。」

 ポッチョンディ大尉は、おずおずと部屋に入ってくる。

 

 振り向いたハルトマンの前に立つと、ポッチョンディ大尉は少し顔を赤らめながら、姿勢を正す。

「お久しぶりです、ハルトマン少佐。オストマルク空軍のポッチョンディ・アーフォニャです。以前一緒の部隊にいた時はお世話になりました。」

 一瞬、誰だったろうと記憶をたどるような表情をしたハルトマンだったが、すぐに笑顔になって答える。

「ああ、久しぶりだね。元気そうじゃない。今大尉なの? ずいぶん活躍しているみたいだね。」

 ポッチョンディ大尉の緊張が少し解けたようで、ぱっと笑顔に変わる。覚えていてもらえたことがずいぶん嬉しそうだ。

「はい、ハルトマン少佐の大活躍に比べれば本当に大したことはありませんが、精一杯頑張っています。こうしていられるのも、短い期間でもハルトマン少佐にご指導いただいたおかげです。」

「ご指導なんて大げさだなぁ。でも短い間でも一緒の部隊にいたことで、すこしでも役に立てたんなら良かったよ。」

「はい、ありがとうございます。ハルトマン少佐とご一緒できたことはわたしの自慢です。」

「ええ? 別に自慢になるようなことでもないと思うけど・・・。」

 ポッチョンディ大尉の思い入れの強さに、ハルトマンはちょっと照れくさそうだ。

 

 ハルトマンと親しく話せて感激の体のポッチョンディ大尉だったが、芳佳と旧交を温めているのをあまり邪魔しては悪いと思ったようで、早々に切り上げる。

「あまりお邪魔してもいけないので、これで失礼します。今日は久しぶりにお会いできて嬉しかったです。」

「うん、わたしも懐かしかったよ。オストマルクの戦いも大変だろうけど、きっと勝てるから、頑張ってね。」

「はい、頑張ります。」

 ぺこりと頭を下げたポッチョンディ大尉は、感激に身を震わせるような体で、ちょっと足が地に着かないような危なげな足取りで退室していく。そんなポッチョンディ大尉を、ハルトマンは笑顔で手を振って送る。

 

 芳佳は、かなり以前に、短期間しか一緒にいなかったポッチョンディ大尉の事を、ちゃんと覚えているハルトマンに深く感心した。

「凄いですね、ハルトマンさん。ちゃんと覚えてるんですね。」

 そう言う芳佳に、ハルトマンはちょっと不思議そうな表情を向ける。

「え? 何が?」

「だって、もう10年近くも前なんですよね? 一緒の部隊にいたのって。」

 そんな芳佳に、ハルトマンは悪戯っぽい笑顔を返す。

「ううん、覚えてないよ。」

 これには芳佳も面食らう。

「えっ? だって、今・・・。」

「ああ、今のはね、適当に合わせただけだよ。だって、折角昔一緒だったって言って会いに来てくれたのに、覚えてないなんて言ったら悪いじゃない。」

「えーっ、今の全部適当だったんですか?」

「うん、だって、それで喜んでもらえるんだったらその方がいいじゃない。これで元気に頑張ってくれるんだったら、お安い御用だよ。」

「でも覚えてないんですよね。」

「いや、何となくそんな人がいたな、とは思うんだよ。だって、名前の感じからカールスラント人じゃないよね。」

「はい、ハンガリー人ですね。」

「うん、昔確かに珍しい名前だなって思ったことはあるんだよ。それが今の娘だったんだなって思うよ。だから全然覚えてないわけじゃないんだよ。それに今ので覚えたし。」

 ハルトマンの言い様に、芳佳はおかしくなって思わずくすくす笑う。

「ハルトマンさん、結構適当ですね。」

「あっ、失礼だな、宮藤は。例えうろ覚えでも、覚えてるって言ってあげないとがっかりするじゃない。部下の気持ちを盛り上げるのも、指揮官の大事な仕事だよ。」

「それはそうですね。」

「宮藤も司令官なんだから、ちゃんと部下の気持ちを考えないと駄目だよ。」

「そ、それは・・・、はい、気を付けます。」

 ここでハルトマンに説教されるとか、何だかちょっとおかしいなと思わないでもないが、確かにハルトマンの言う通り、ちょっとしか接点がなかったのに覚えていてくれたというと、嬉しい気持ちになるのは間違いない。そうやって部下の気持ちを盛り立てるのは、上官の大事な役割だ。普段はずぼらなように見えても、ハルトマンは昔から周囲に対する気配りが行き届いていたことを思い返す。やっぱり501のみんなは凄いなと改めて思い、最初にそういう人たちに囲まれていたからこそ自分は大きく成長することができたのだと、感謝の気持ちが湧いてくるのを感じた。そんな芳佳を知ってか知らずか、ハルトマンは何事もなかったかのようにシュペクラティウスを口に運んで、満面に笑みを浮かべている。

「お菓子美味しい~。」




 ポッチョンディ大尉のモデルのポッチョンディ・ラースローは第102戦闘航空軍第2戦闘飛行隊に所属していた時に、ハルトマンのモデルのエーリヒ・ハルトマンの所属していたJG52と共同で作戦を行ったことがあります。その際ハルトマンと一緒の編隊で作戦し、1機撃墜の戦果を挙げています。実際、二人一緒に写っている写真も残されています。そんなことがあったので、二人の絡みを描きたいと思っていたのですが、結局本編の中には上手く入れられませんでした。そこで、こうして番外編で書いてみました。

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