ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第六話 ベッサラビア攻防戦

 ティラスポリ付近で先遣隊に攻撃を仕掛けてきたネウロイは、どの程度の勢力なのだろうか。情報が乏しく状況が不明だが、救援要請があったということは複数の地上型ネウロイが同時に襲撃してきたのか、あるいは大型の地上型ネウロイに遭遇したのだろうか。これまでのベッサラビア掃討作戦が順調に行きすぎて、先遣隊が突出し過ぎるなど、油断した面があったかと思う。油断大敵だと思いながら、アリーナは救援に急ぐ。その時、ヴィオリカが声を上げた。

「ヴィザンティ大尉、下を見てください!」

 何事かと下を見ると、何としたことか、地上型ネウロイが雪原を蹴散らしながら西に向かって進んでいる。それも1機や2機ではない。進む先には、何も知らない救援部隊の車列が並んでいる。攻撃を受けている先遣部隊の救援も大事だが、これを放置すると救援部隊が奇襲される上、後方を遮断されて先遣部隊が孤立してしまう。

「ニコアラ軍曹、こっちを先に攻撃します。」

「了解!」

 二人は急反転すると、地上のネウロイに向かって降下する。

 

 ちょうどネウロイの一団とはすれ違ったところだったので、追撃する形になる。しかし、地上型ネウロイの速度は空を飛ぶアリーナたちに比べればはるかに遅いので、すぐに追いついて射程に入る。

「攻撃開始!」

 アリーナは最後尾のネウロイに狙いを定めて、一気に機銃弾を撃ち込む。アリーナの装備は、イスパノ・スイザMk.V 20ミリ機関砲だ。地上型ネウロイは装甲が硬いものが多いが、それをものともせず一気に粉砕する。素早く次のネウロイに狙いを移すと、これも一撃で粉砕する。ヴィオリカはブリタニアの装備では一般的な7.7ミリ機銃を装備しているので、アリーナの様に一撃粉砕とはいかないが、着実に命中弾を浴びせかけている。

 

 ネウロイの一団の先頭で、ビームが飛んだ。たちまち、激しい爆発音とともに黒煙が立ち上る。ネウロイが地上部隊を射程に捉え、攻撃が始まったのだ。結果的に側面から奇襲を受ける形になった地上部隊は、大混乱に陥っている。

「ニコアラ軍曹、前に回ります!」

 アリーナは直ちに決断すると、ネウロイの前方へ移動する。今は一方的に叩かれている地上部隊を援護して、態勢を立て直すための時間を稼ぐことが必要だ。今しも、ビームを放とうとしていた地上型ネウロイが、アリーナの銃撃を受けて飛散する。ヴィオリカも続く。しかし、地上型ネウロイの数は思ったよりも多く、叩いても、叩いても数が減った気がしない。

 

 アリーナは、何とか地上型ネウロイを一時的にでも押し返そうと、銃撃を重ねながら周囲の状況をさっと確認する。地上型ネウロイの地上部隊への攻撃はまだ続き、地上部隊の将兵は炎上する車両の周囲で右往左往するばかりで、とても反撃の態勢を取れる状況にはなっていない。さらに視線を巡らすと、驚愕の光景が目に飛び込んできた。ドニエストル川に架かる仮設橋の上を、ネウロイが列をなしてベッサラビアに向かって進んでいるではないか。既に先頭のネウロイは、対岸に渡ってしまっている。

「まずい。川を越えられたら侵攻を止められない。」

 慌てて川を越えて戻ると、既に地上型ネウロイは所在の将兵を蹂躙して、ティギナの街に侵入し始めている。直ちに攻撃を始めるが、ネウロイは次々橋を渡って侵入してくる。

「だめだ、阻止しきれない。それに弾薬がもうもたない。」

 橋をネウロイに占拠されてしまえば、対岸に渡っている部隊は退路を断たれて全滅するしかない。ここは、援軍を呼ばなければ。

「ディチェザレ中尉、ムチェニカ准尉、出撃してください。場所はティギナ。地上型ネウロイがドニエストル川を越えて侵攻中です。」

 午前中の哨戒飛行の疲れがまだ回復していないだろうが、背に腹はかえられない。それより、二人が着くまで、ネウロイの侵攻を少しでも押し止めておかなければならない。

 

 突然、上空からビームが降り注ぐ。ぎょっとして見上げると、飛行型のネウロイが、小型だが10機以上、ビームを放ちながら向かって来る。

「どうして? 何で飛行型ネウロイがいるの? どこから来たっていうの?」

 こうなったらもう地上型ネウロイを相手にしている場合ではない。アリーナはビームを辛くもかわすと、捻り込むように上昇して小型ネウロイへの反撃に向かう。

「きゃあっ!」

 突然の悲鳴に振り向けば、ヴィオリカがストライカーユニットから煙を噴き上げながら落ちて行く。

「ニコアラ軍曹!」

 しかし、次々襲ってくる小型ネウロイに阻まれて、アリーナはヴィオリカを助けに行くこともできない。そのまま、小型ネウロイとの混戦になると、元々劣位の上に、20ミリ機銃は重く大きいために取り回しが不便で、混戦には不向きで不利な戦いを強いられる。周囲から次々に飛んで来るビームに、シールドが間に合わない。肩先をビームがかすめ、焼け付くような痛みが走る。次のビームはかろうじてシールドで防いだが、衝撃と痛みで姿勢が崩れ、もう防ぎ切れない。

「あっ!」

 ユニットに被弾した。アリーナは煙の尾を曳いて落ちて行く。追い打ちをかけるようにビームが飛んで来る。シールドで防いだが、ビームを受け止めた衝撃で突き飛ばされて、不時着の体勢が取れない。

「ぎゃっ!」

 地面に強く叩き付けられたアリーナは、全身に激痛が走ってもう起き上がることもできない。ネウロイは勝ち誇るように、ベッサラビアの奥地に向かって進んで行く。

 

 

 ダキアの首都、ブカレストのモエシア方面航空軍団司令部。司令官室に通信参謀の増本晋海軍少佐が血相を変えて飛び込んでくる。

「大変です。ベッサラビアのダキア軍部隊が、ネウロイの大群の攻撃を受けて大混乱に陥っています。」

「えっ?」

 ガタッと音を立てて立ち上がった芳佳に、増本少佐はさらに厳しい状況を報告する。

「ドニエストル川の渡河点は占拠され、対岸に進出した部隊は消息不明です。ネウロイはベッサラビアの中心都市のキシナウに迫っていますが、ダキア軍はベッサラビア全体に分散しており、ネウロイの侵攻を阻止できるだけの戦力を集めることができない状況です。このままでは、ダキア軍はベッサラビア各所で包囲撃滅されてしまいます。」

「ウィッチ隊は? ダキア隊はどうしているの?」

「ヤシ基地に連絡を取りましたが、ウィッチは出払っていて詳しい状況は不明です。ただ・・・。」

 言葉を濁す増本少佐に、芳佳は苛立つように言う。

「ただ、何なの?」

「はい、最初に出たヴィザンティ大尉とニコアラ軍曹とは連絡が取れない模様です。残りの二人でネウロイの侵攻を阻止しようとしていますが、飛行型ネウロイも多数出現していて困難な状況です。」

「地上型ネウロイの大群に、飛行型ネウロイまで多数って、一体どこから来たんだろう。」

 しかし、そんなことを悠長に考えていられる状況ではない。

「抜刀隊は直ちに出撃して、ダキア軍部隊と協力してキシナウでネウロイの侵攻を阻止して。」

 出撃を指示しながらも、芳佳は果して救援が間に合うかどうか、おおいに危ぶんでいる。ブカレストからキシナウまでは360キロもあるので、到着するまで戦線が持つかどうか。

 

 ブカレスト基地から司令部直属の抜刀隊が出撃する。抜刀隊は、芳佳が剣術の手練れのウィッチを陸海軍から集めて編成した部隊だ。普段は普通に機銃を持ってネウロイと戦うが、必要なときには白刃を振るってネウロイを倒す、扶桑ならではの特殊部隊だ。隊長の茅場桃陸軍大尉は、鏡新明智流師範の腕前だ。ただし今回は、特殊なネウロイが出現したわけではないので、機銃を持って出撃する。それでも念のため、扶桑刀も背負っている。続くのは心行刀流免許の桜庭初穂海軍中尉、北辰一刀流免許の望月伊佐美海軍一等飛行兵曹、直心陰流薙刀術宗家の久坂陽美陸軍曹長、宝蔵院流槍術免許の高田尚栄陸軍軍曹、上遠野流手裏剣術の小山海帆陸軍軍曹の5名だ。高度を取ると、一路キシナウに向かう。

 

 キシナウに向かう茅場に、司令部から通信が入る。

「桃ちゃん、キシナウは突破された。ネウロイはヤシの対岸のウンゲニの渡河点に向かって進んでいるから、途中で阻止して。渡河点が占領されたら、ベッサラビアに展開しているダキア軍の退路が断たれるから、何としても阻止して。」

 この声は、司令官の芳佳だ。芳佳は驚異的な戦果を重ねて世界にその名を轟かせる、ウィッチの中のウィッチだ。他の追随を許さない戦果を挙げ、驚くほどの昇進を重ねても、全く偉ぶらない気さくな人柄も尊敬に値する。しかしと、茅場は思う。

「桃ちゃんって呼ぶのはやめて欲しいなぁ。」

 茅場はもう19歳だし、部下の手前もあるから、せめて作戦行動中は苗字と階級で呼んで欲しいと思う。しかし、そんなことを考えていると、重ねて通信が入る。

「桃ちゃん、聞こえてる?」

 応答が遅れて、もう一度呼ばれてしまった。

「はい、了解しました。渡河点に向かうネウロイを阻止します。」

 ダキア奪還以来、しばらくぶりの本格的な戦闘だ。茅場は気を入れ直して戦場へと向かう。

 

 ダキアとオラーシャの国境線を成すプルト川に近付くと、前方の空に赤いビームが飛び交うのが見えてきた。いよいよ交戦地域だ。周囲を警戒しつつ接近すると、二人のウィッチが十数機の小型ネウロイと乱戦になっているのがわかる。恐らく、ダキア隊のディチェザレ中尉とムチェニカ准尉だ。多数のネウロイを相手にここまで戦い続けてきたのはさすがと言うべきだが、多勢に無勢で押され気味のようだ。すぐに救援しなければならない。

「攻撃開始!」

 茅場の号令とともに、抜刀隊の6人は一斉にネウロイに襲いかかる。援軍の出現に小型ネウロイは分散して逃げようとするが、各員着実にネウロイを捉えて撃墜して行く。さすがに、幼い頃から剣術修行で鍛えた隊員たちの動きは俊敏で正確だ。たちまちのうちに、空からネウロイの姿は一掃された。

 

 ダキア隊のウィッチが通信を送ってくる。息が荒くて、少し苦しそうだ。

「ダキア隊のディチェザレ中尉です。救援ありがとうございます。我々は地上型ネウロイの攻撃に向かいますから、上空警戒をお願いします。」

 苦しいだろうに、応援の部隊に余計な負担を掛けまいとする心遣いがいじらしい。これで、言われた通りに上空警戒だけをしていては女が廃る。それに、自分たちはネウロイの阻止を命令されているのだ。

「了解しました。ただ、こちらからも地上攻撃を行います。」

 茅場大尉はそう応答すると、直ちに隊員に攻撃の指示を出す。

「久坂曹長、高田軍曹、小山軍曹、ダキア隊に協力して、地上型ネウロイを攻撃して。」

 了解と声を上げると、3人は降下して地上型ネウロイに銃撃を浴びせかける。これである程度はネウロイを足止めして、ダキア軍の撤退する時間を稼げるだろう。しかし、航空攻撃だけでネウロイを阻止するのは難しいし、地上部隊は言ってしまえば総崩れ状態だ。恐らく、これまでのベッサラビア制圧作戦の成果は無に帰して、プルト川を挟んでネウロイと対峙する状況に逆戻りしてしまうのだろうと、茅場は無念さを感じていた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎扶桑皇国

茅場桃(かやばもも)
扶桑皇国陸軍大尉 (1932年生19歳)
芳佳が剣術の使い手を集めて特別編成した抜刀隊の隊長。鏡新明智流剣術師範。

桜庭初穂(さくらばはつほ)
扶桑皇国海軍中尉 (1935年生16歳) 
抜刀隊隊員。心行刀流剣術免許。

望月伊佐美(もちづきいさみ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1939年生12歳)
北辰一刀流桶町千葉道場で剣術を学び、11歳にして免許の腕前。道場では天狗になりかけていたが、芳佳に叩きのめされて自分の未熟を悟り、芳佳に弟子入りを志願してウィッチになった。竹刀の先端に魔法力を集めて撃ち出す技を持っていたことから、芳佳から烈風斬を伝授される。

久坂陽美(くさかはるみ)
扶桑皇国陸軍曹長 (1934年生17歳)
抜刀隊隊員。直心陰流薙刀術宗家。薙刀は長いので、機銃と併用することは難しい。

高田尚栄(たかだひさえ)
扶桑皇国陸軍軍曹 (1935年生16歳)
抜刀隊隊員。宝蔵院流槍術免許。長槍を自在に操るが、薙刀同様、機銃と併用することは難しい。

小山海帆(おやまみほ)
扶桑皇国陸軍軍曹 (1936年生15歳)
抜刀隊隊員。上遠野(かどの)流手裏剣術の使い手。両手に複数の棒手裏剣を持ち、一度に多数のネウロイを攻撃することができる。ただし、手裏剣は破壊力が高くないので、中型から大型ネウロイには効果が高くない。
 

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