ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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注:今回から各国語での会話部分は、原語表記だと手間がかかる上に、各国語をご存じない読者には何を話しているのかわからないので、『二重鍵括弧』で囲んだ表記とすることで、それぞれの固有の言葉で会話していることを示し、共通語での会話と区別します。



第八話 作戦方針と部隊事情

 改めて、地中海方面統合軍総司令部で作戦会議が行われる。今回は作戦の基本方針の説明が主要な話題だ。レーア上級大将が説明に立つ。

「今回のオストマルク奪還作戦は、私が総指揮を執ることになった。各国軍部隊とも、よろしく頼む。」

 そう言ってレーア上級大将は軽く頭を下げる。作戦地域であるオストマルクの出身であり、また長くカールスラント軍にあって作戦指揮を務めてきた実績もあり、順当な人選だろう。

「さて、第一段作戦の目標だが、ハンガリー地域のブダペストの巣を撃破することを目標とする。」

 最初に首都のウィーンの奪還を目指すのではないのかと、会場内に軽いざわめきが広がる。芳佳もそれほど深く考えていたわけではないが、漠然と最初はウィーンと思っていたから、やや意外だ。

 

 この反応は予測していたのだろう、レーア上級大将は説明を加える。

「第一段作戦で失敗するわけには行かない。そこで、それぞれの巣を目標とした場合の成功の可能性を検討した。知っての通り、ネウロイの巣は強大な攻撃力を持っており、容易に撃破することはできない。その上、オストマルクでは近接する他の巣からの攻撃が加わることで、これまでの人類側の攻撃は挫折してきた。」

 そこまでは、ここに参集している程の人なら皆わかっている。その続きが肝心だ。一同じっと次の説明を待っている。

「まず、地中海側から攻撃することを前提にすると、北側にあるプラハとコシツェの巣は除外される。そして、残るウィーンとブダペストのどちらがネウロイ側の相互連携を抑えられるかが鍵となる。ブダペストの場合は、ザグレブからブダペストへ向かう進路の北側に78キロに渡ってバラトン湖が細長く延びている。これがウィーン方面からのネウロイの攻撃を防ぐ、天然の障壁になる。また、バラトン湖の北側からブダペスト方面に向かって、トランスダヌビア中央山脈が延びている。これも、ウィーン方面からのネウロイの攻撃を防ぐ拠点となり得る。これによって、側面からの攻撃を防ぎつつ、ブダペストに向かって軍を進めることができる。」

 確かに、この特徴的な地形は、ブダペストに向けて進撃する際には利用価値がある。それにもしウィーン方面へ進撃するとしたら、この地形はブダペストに近過ぎて防衛線としては利用しにくい。

 

「一方、ブダペストに向かってほぼ南北にドナウ川が流れている。これが東側からの攻撃に対する防衛線になるし、ブダペストの巣を撃破した後は、コシツェの巣からの攻撃に対する防衛線になる。また、東側はトランシルヴァニアを経てダキアに接している地域なので、こちら側から強力な攻撃は余りないと予想されるし、ダキア側から牽制を掛けることもできる。」

 ドナウ川はブダペストの街を貫く形で流れているので、ドナウ川を防衛線にするということは、つまり第一段作戦の目標は、あくまでネウロイの巣の破壊で、ブダペストの東半分を含むドナウ川の向こう側の地域には手を出さず、ハンガリー地域全体の解放までは望まないということだ。

「また、ブダペストからウィーンまでは220キロで、プラハまでは440キロ、コシツェまでは210キロだ。一方、ウィーンからプラハまでは240キロ、コシツェまでは360キロだ。他の巣との距離に大差はないが、ブダペストからプラハまでが440キロとやや遠いのがメリットになる。以上の条件を総合的に判断した結果、まずブダペストを攻撃することとした。」

 なるほど、よく考えている。首都奪還にこだわらずに、まず倒せそうな所を狙うというのは冷静な判断だ。これなら行けるかもしれない。

 

 会場から質問が出る。

「ネウロイの巣の破壊はどうやるのか。」

「基本は正攻法だ。巣から出て来るネウロイを徹底的に破壊して、枯渇させた上で巣を攻撃する。」

 それはどうかと芳佳は思う。ネウロイを枯渇させるには、集めた戦力は不十分なのではないか。ネウロイを圧倒するほどの戦力の集中が必要だが、オストマルクの巣はこれまで活動が不活発だったので、溜め込んでいて膨大な量のネウロイを出してくる恐れがある。しかも、他の巣からのネウロイも来る恐れが強いのだ。むしろ、こちらの戦力が枯渇しないか心配だ。

「本作戦を『春の目覚め作戦』と呼称する。」

 これから春に向かって行くこの時期に合っているし、春には解放のイメージがあって良い作戦名だと思う。しかし何故だろうか、この作戦名には失敗しそうな匂いがぷんぷんする。ただの直感なので、そんな不吉な予感は外れてくれるといいのだが。

 

 散会後、芳佳はオストマルクウィッチ隊総監のチェルマク少将を呼び止める。

「オストマルクウィッチ隊の準備状況はどうですか。」

 チェルマク少将は、30歳以上も年下の芳佳に対して、敬意を表しつつ慎み深く応対する。芳佳としては、ずっと年上のチェルマク少将から丁寧な対応を受けるのは、どうにも居心地が悪いのだが。

「はい、弾薬や予備部品の集積も終わって、概ね準備は整っています。」

「作戦計画への対応はどうなっていますか。」

「はい、作戦計画に応じて、部隊を再配置しています。ザグレブの中心に近いルチェコ飛行場にハンガリー隊とスロバキア隊を配置して、これが進攻部隊の直接支援をします。ザグレブ飛行場にエステルライヒ隊を配置して、これはウィーン方面からの攻撃に対する側面防御を担当します。他にチェコ隊とポーランド隊を予備として配置しています。また、ザグレブの北80キロのヴァラジュディン飛行場にクロアチア隊とセルビア隊を置いて、哨戒と境界線の防衛を担当させています。」

「正面戦力が少なくないですか?」

「それは、必要に応じて予備隊を出します。」

 

 それでも少なくないかという気もする。ハンガリー隊とスロバキア隊で7人、チェコ隊とポーランド隊を合せても13人だ。二交替で出撃させるとすると、一度に出撃できるのは6、7人になる。これで何十機となく出て来るネウロイを撃退できるだろうか。いくら腕利きを集めていると言っても、ちょっと厳しそうだ。

「扶桑隊を支援に出しましょうか?」

「ありがとうございます。でも、現有戦力でやってみます。いよいよ厳しくなったら応援をお願いするかもしれません。」

「わかりました。」

 多少危ない感じがしても、司令官の立場としてはあまり口出しをせず、現場指揮官の判断を尊重して作戦を進めるのが筋だろう。芳佳も多少は司令官の立場を弁えるようになってきている。

 

 

 クロアチア北部、ヴァラジュディン基地。クロアチア隊とセルビア隊が配置されて、クロアチア地域北部の境界線周辺の哨戒を担当している。ヴァラジュディン基地からウィーンまでは210キロ、ブダペストまでは240キロで、ネウロイの一般的な活動範囲と言われる200キロをわずかに超えている。また、オストマルクのネウロイの巣は活動レベルが低く、定期的にネウロイが襲撃してくるわけではない。しかし、人類側の前進に伴って活動が活発化する恐れもあるので、警戒は怠れない。ただそういう状況下でも、配置されている隊員たちが、一様に緊張感を持って任務に就いているとは限らない。

 

 セルビア隊の部屋では、2人の隊員が雑談に耽っている。隊長のゴギッチ大尉が言う。

『あーあ、何でこんな所に配置されたのかなぁ。同じ哨戒するにしても、セルビア寄りの東部地区を担当させてくれればいいのに。』

 セミズ曹長が肯いて合せる。

『そうですよね、人数が少ないからって、クロアチア隊の手伝いなんて、セルビア人を馬鹿にしてますよね。』

『そうそう、所詮カールスラント人は、わたしたちセルビア人の事なんかちゃんと考えていないのよね。』

 上層部批判として懲罰の対象にもなりかねないような話だが、この基地にはカールスラント人はいないし、仮に聞かれても、大半のカールスラント人はセルビア語を理解できないから、さして気遣いの必要はない。

 

『いずれは地上部隊がセルビア解放に向かうって言うじゃない。どうせならその部隊の航空支援がやりたいよね。』

『そうですよね。セルビアに大したネウロイはいないって言うから、後回しにしないでさっさと解放すればいいんですよね。』

『そうそう、足元を固めないで巣を攻めようだなんて、考えが甘いのよね。』

『上層部が、受けの良い派手な戦果を期待してるんじゃないですか。』

『そうそう、お偉いさんなんて自分の勲章の事しか考えてないんだから。そんな考えで戦って、ネウロイに勝てるわけないのに。』

 誰も聞いていないと思って、酷い言い様だ。しかし、上層部が目に見える戦果を求めて、そのせいで前線の兵隊が必要以上の苦労をすることは少なくなく、案外真理を突いているかもしれない。

 

 その時、机上の電話が鳴る。

「はい、セルビア隊本部。」

「ゴギッチ大尉を呼んで。」

「ゴギッチです。」

「ネウロイが出現したわ。セルビア隊は迎撃に出撃して。」

 この声はクロアチア隊隊長のジャール少佐だろう。だが、自分では名乗りもしないで、偉そうな物言いにゴギッチ大尉はカチンとくる。全然状況説明がないのも問題だし、そもそも、近親憎悪と通じるものなのか、セルビア人とクロアチア人とは何かにつけて対立しがちだ。

「どちら様ですか?」

 電話の向こうでむっとした様子が伝わってくる。

「どちら様って、クロアチア隊のジャール少佐よ。」

「少佐、階級が上でも同じ隊長同士です。命令されるいわれはありません。」

 一瞬絶句したジャール少佐は、声を荒げる。

「何を言っているの? ネウロイが出たのよ。そんなことを言っている場合じゃないでしょう?」

「わたしに命令できるのはグラッサー中佐だけです。越権行為ですよ。」

「越権行為って、前線では上官の指示に従いなさい。」

「上官でも、同じ基地にいるだけで、指揮下に入った覚えはありません。戦場だからこそ、指揮系統は守ってください。」

「指揮系統って・・・、もう、いいわ!」

 手荒く電話が切られる。別にジャール少佐個人に恨みはないが、階級が上なことや隊の人数が多いことで優越意識を持たれては癪に障るので、最初に釘を刺しておく必要がある。民族の人数の多寡や、部隊の戦力の大小にかかわらず、同格、同等、それがこの国のルールだ。

 

 程なく再び電話が鳴る。

「はい、セルビア隊ゴギッチです。」

「グラッサーだ。ゴギッチ大尉、北西方向から中型ネウロイが接近中だ。クロアチア隊が迎撃中だが、セルビア隊も出撃してくれ。両隊の統一指揮はジャール少佐に執ってもらうから、指揮下に入って迎撃してくれ。」

 そう、こういう形で命令されれば、別にジャール少佐の指揮下に入っても問題はない。別に出撃するのが嫌なわけでも、ジャール少佐の指揮下に入るのが嫌なわけでもないのだ。まあ、ほんとはクロアチア人に命令されるのは嫌だけど。

「了解しました。セルビア隊はジャール少佐の指揮下に入り、ネウロイの迎撃に出撃します。」

 

 電話を置いたグラッサー中佐は、小さくため息をつく。

「まあ、戦意がないわけじゃないからいいんだけどな・・・。」

 カールスラント軍の一員として戦っていた時は、別にオストマルク出身だからといって区別されることもなかったし、指揮下に入っていた各隊もあれこれ言って来ることはなかった。こういうつまらない手間がかかるのは、オストマルク軍として集まったばかりだからなのだろうか。

「まあ、しばらくして落ち着けば良くなるかな。」

 それまでは色々と、気にかけたり手を掛けたりしないといけないかと、グラッサー中佐は思う。本当は作戦に集中したいのだけれど。


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