ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
『ミリャナ、行くよ。』
『了解!』
クロアチアに向かって進攻してきた中型ネウロイを発見したクロアチア隊のアナ・ガリッチ少尉は、ミリャナ・ドゥコヴァツ曹長を率いて、ネウロイに攻撃を仕掛ける。比較的ゆっくりと水平飛行をしていた中型ネウロイは、銃撃を始めた途端、激しくビームを発射しながら増速する。
『頭を押さえるよ。』
ガリッチ少尉は思い切り加速すると、中型ネウロイの前に回り込んで、銃撃を浴びせかけて進攻を押さえようとする。中型ネウロイはすぐに旋回して銃撃を回避するとともに、ビームをガリッチ少尉に集中してくる。ガリッチ少尉の張ったシールドで、ビームが音を立てて散った。
ガリッチ少尉とドゥコヴァツ曹長は、ビームを回避しつつ中型ネウロイを追撃する。ネウロイを再び射程に捉えると銃撃を加えるが、また素早く回避されて僅かな命中弾しか与えられない。ネウロイは中型といっても相当な大きさなのだが、その大きさに似ない素早い機動に驚かされる。しかも、中型ネウロイの装甲は硬いので、この程度の命中弾では装甲を破壊できないし、僅かに与えた損傷もすぐに再生してしまう。このままでは撃墜できない。ドゥコヴァツ曹長が叫ぶ。
『アナ、ネウロイがクロアチアに近付いて行くよ!』
『うん、わかってる。』
わかっているから前方に回り込むように攻撃して、進攻を押さえようとしているのだが、どうにも押さえきれない。
『少佐がセルビア隊を応援に寄越すって言ってたけど、まだ来ないのかな?』
『うん、こんな状況だと来てくれないと撃墜できないね。』
応援は来て欲しいが、クロアチアとセルビアは何かと反目しがちだから、果して素直に来てくれるだろうか。来てくれても、うまく協力し合って攻撃できるか心配だ。
そんな所へセルビア隊がやって来た。ありがたいと喜ぶガリッチ少尉に、ゴギッチ大尉から通信が入る。
『セルビア隊です。支援します。』
通信はセルビア語だが、セルビア語とクロアチア語は良く似ているので、話している内容は概ねわかる。むしろブリタニア語やカールスラント語で話してこられたら、昇進して間がなく士官教育を受けていないガリッチ少尉によくはわからない所だ。それも含めてありがたい。せっかく来てくれたのだから、向こうの方が階級は上でもあるし、向こうを立てる意味も込めてここは頼ってしまおう。
『クロアチア隊のガリッチ少尉です。戦闘指揮をお願いできますか。』
ゴギッチ大尉は、ガリッチ少尉からの依頼がちょっと意外だ。ジャール少佐の態度から、クロアチア人は嫌な奴らと感じていて、せいぜい無用の軋轢を生まないように、控えめに支援しようと思っていたのだ。ところがいきなり自分に指揮を執って欲しいと言ってきた。もちろん、自分の階級の方が上で、隊長でもあるのだから、それが順当なのは確かなのだが、感情的に含むものがあるのならばなかなか素直に言えない言葉だ。案外、ジャール少佐が横柄な態度なだけで、隊員たちは別にセルビア人と対立する意識があるわけではないのかな、と思う。
『了解しました。わたしが指揮を執ります。』
『お願いします。このネウロイは攻撃するとすぐに回避機動を取って、なかなか命中弾を与えられません。』
『じゃあ、わたしたちが右側から攻撃するから、ワンテンポ置いて左側から攻撃してください。』
この際、自分たちセルビア隊が敵の攻撃の引き付け役になって、クロアチア隊の二人に華を持たせようと、ゴギッチ大尉は思う。ここまでクロアチア隊の二人が戦って進攻を食い止めてきたのだし。
『了解しました。』
答えながらガリッチ少尉は思う。これって、セルビア隊がビームを引き付けながら、ネウロイをこっちに追い込むから、わたしたちで撃墜しろってことだよね。戦果を譲ってくれるってことだよね。何だ、クロアチア人とセルビア人は反目しがちだっていうけど、別にそんなことないじゃない。
『ミリャナ、行くよ。』
ガリッチ少尉はドゥコヴァツ曹長に一声かけて、中型ネウロイの左側に回り込む。向こう側からセルビア隊が肉薄してくると、銃撃をかける。狙い通り、中型ネウロイはセルビア隊にビームを浴びせかけながら、こっちに向かって旋回してくる。急速に距離が詰まってきた。
『撃て!』
ガリッチ少尉はすかさず銃撃を叩き込む。ドゥコヴァツ曹長も続いて銃撃する。命中弾が連続し、ネウロイの装甲が砕け散る。しかし、中型ネウロイもいつまでも撃たれてはいないで、上昇に転じて回避する。ガリッチ少尉も上昇に転じて、セルビア隊と交差して反対側に回ると、再び中型ネウロイを挟み込む形で接近する。セルビア隊が再び向こう側から銃撃を始めた。中型ネウロイはビームを放ちながらこちら向きに進路を変える。見る見る接近してくるネウロイに向かって思い切り引き鉄を引けば、次々命中する機銃弾で装甲が削られて行く。コアが出た。
『ミリャナ! とどめ!』
『了解!』
すかさずドゥコヴァツ曹長が放った銃撃がコアに突き刺さる。中型ネウロイはガラスの砕けるような音と共に、輝く破片を撒き散らして消滅する。
『ネウロイ撃墜!』
ガリッチ少尉は思ったより難敵だったと思いながら、苦労した分力を込めて撃墜を報告する。
突然、背後からビームが降り注いだ。ぎょっとして振り返ると、どこから現れたのか、10機近い小型ネウロイが襲撃して来ている。
『しまった、中型ネウロイ攻撃に気を取られて、周囲の警戒が甘くなった。』
それはドゥコヴァツ曹長も同じだったようで、驚愕するドゥコヴァツ曹長にビームが迫る。
『危ない!』
ガリッチ少尉は夢中で飛び来んで、ビームを防ぐ。ドゥコヴァツ曹長に迫ったビームはかろうじて弾いたが、続いて自分に向かって来るビームを防げない。
『ああっ!』
かわし切れなかったビームに焼かれる熱さと、何かの破片が体に突き刺さる衝撃があって、やられたと思いながら、ガリッチ少尉の意識は遠のく。
『アナ!』
自分を守ってくれたガリッチ少尉が、被弾して落ちて行く。ドゥコヴァツ曹長は悲鳴のような声でガリッチ少尉に呼びかけながら、後を追って急降下する。何度呼びかけても、ガリッチ少尉はピクリとも動かずに、ただ落ちて行く。このまま地上に激突したら、間違いなく命はない。幸い、セルビア隊が使っているカールスラント軍供与のBf109は、急降下には適したユニットだ。ぐんぐん追いすがり、地面が目前に迫ってきたところで追いついた。ドゥコヴァツ曹長はガリッチ少尉をしっかりと抱き止めると、急減速して地上に降り、ガリッチ少尉をそっと地面に横たえる。
改めて見れば、ガリッチ少尉は背中から左肩にかけて、かすめたビームで焼けただれ、破壊された機銃の破片が突き刺さって、体の何か所からも血が流れている。顔面は額の傷から流れた血で紅に染まり、喘ぐように荒い息を吐いている。
『アナ! しっかりして!』
ガリッチ少尉の凄惨な状態に激しく動揺し、悲痛な声で呼びかけるが反応はない。しかし、いつまでも呼びかけているだけでは仕方がない。激しく動揺しつつも、とにかくまず出血を止めなければならないことに気付く。ドゥコヴァツ曹長は傷口にガーゼを当てると、圧迫包帯を巻いて圧迫止血を試みる。とにかく救命を第一にと奮闘するドゥコヴァツ曹長だ。
そんなドゥコヴァツ曹長に、ネウロイは容赦なく追い打ちをかけてくる。襲撃してくるネウロイに気付いてさっと開いたシールドに、ビームが当たって強い衝撃が来る。
『何でこんなにしつこく攻撃してくるの!』
墜落すると、ネウロイは次の目標を求めて去って行くことも多いが、今回のネウロイはしつこく攻撃を繰り返してくる。これではガリッチ少尉の手当てができないではないかと思うが、ただシールドを張って防ぎ続ける以外どうしようもない。しばらく耐えていれば立ち去ってくれるだろうか。そこへ、近くの地面にビームが着弾する。熱風と共に、吹き飛ばされた土砂が飛んで来て、全身に打ち付ける。シールドを回して防ぎたいところだが、そんなことをしたら直撃コースのビームを浴びることになってしまうので、土砂を浴びながら耐えるしかない。ドゥコヴァツ曹長はガリッチ少尉にしっかりと覆いかぶさって、少しでも姿勢を低くして、繰り返し襲ってくる爆風に耐える。飛んできた小石がユニットに当たってカン、カンと音を立てる。ガン、と拳大の石が頭に当たって、頭がずきずき痛む。それでも逃げるわけにもいかず、もう泣きそうだ。
不意に爆風が止んだ。
『う・・・、う・・・。』
ゆっくりと身を起こすと、体に積もった土がどさっと音を立てて落ちる。泥まみれの顔を上げて上空を見ると、丁度ネウロイが砕け散って、きらきらと破片が広がって行くのが見えた。その向こうを、ネウロイを追ってウィッチが飛んで行く。セルビア隊だ。
『もう、遅いですよ。』
恨みがましく送る通信に、ゴギッチ大尉から応答が返ってくる。
『そう言わないでよ。セルビア隊で使ってるハリケーンは遅いんだから。』
またネウロイが砕け散った。奇襲されなければ小型ネウロイ程度に負けるウィッチではない。どうやら助かったようだと、涙交じりの泥が張り付いたドゥコヴァツ曹長の顔に、笑みが戻ってきた。
ブカレストのモエシア方面航空軍団司令部。芳佳の執務室に、難しい表情をした鈴内大佐が入ってくる。
「宮藤さん、クロアチア北西の境界付近でクロアチア隊がネウロイを迎撃しました。セルビア隊の応援もあってネウロイは撃滅しましたが、2名負傷、うち1名は重態とのことです。」
「えっ? また負傷者が出たの?」
「はい、最初に襲来した中型ネウロイを攻撃していたところ、後から来た小型ネウロイに奇襲されたそうです。」
まだ作戦を始動してもいないのに、こう負傷者が続くようでは先が思いやられる。しかし、それはそうと、戦力低下を長引かせないために、治療を急がなければならない。
「バルバラちゃんはもう戻って来てたよね。呼んで。」
すぐにバランツォーニ軍医中尉がやって来る。
「お呼びでしょうか。」
「うん、ウィッチにまた負傷者が出たんだ。戻ったばかりで悪いんだけれど、クロアチアのヴァラジュディン基地へ行って。」
ちょっと申し訳なく思う芳佳だったが、バランツォーニ軍医中尉は、嫌な顔一つしない。
「了解しました。戻ったばかりとか気にしないで、どんどん命令してください。」
「そう?」
「はい。後方の基地で風邪ひきさんとか相手にしているよりずっとやりがいがあります。折角持っている力なんですから、有効に使いたいです。」
「うん、ありがとう。」
とりあえずこれで今回の負傷者への対処はできるが、こんなに負傷者が続くようなら、魔法医が一人だけでは心許ない。
「鈴内さん、扶桑から軍医を派遣してもらう件はどうなっていますか?」
「はい、派遣する旨の連絡はあったので、そろそろ着く頃だと思います。」
噂をすれば何とやら、ちょうどそこへ執務室の扉がノックされる。
「失礼します。嶋愛美軍医中尉です。第31航空戦隊配属を命ぜられ、ただいま着任しました。」
「あ、愛美ちゃんが来てくれたんだ。」
派遣されてきた嶋軍医中尉は、芳佳とは旧知の仲だ。横須賀海軍病院でまだ新人だった頃に、当時軍医少佐だった芳佳が指導したことがある。
「宮藤さんに教えてもらったことを忘れずに、ずっと訓練と勉強に励んできました。だから、あの頃よりは少しはできるようになりました。」
「ふふっ、謙遜だね。期待してるよ。」
これでひとまずは安心だ。まあ、医者は必要ないのに越したことはないのだけれど。