友達料と逃亡生活   作:マイナルー

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エピローグ 『昔の話』

 そこは石のような材質で構成された、円堂に半球状のドームを組み合わせた建物。

 古代ローマの神殿を彷彿とさせるそこには、御神体のようなものは見当たらない。

 神が宿るものなど必要ない。

 なぜならそこには、神そのものがいるからだ。

 

 ――――女神エリス。

 

 この世界において、最も多くの人間に崇拝される幸運の女神。

 女神アクアとはまた違った、夜天を照らす月光のような美しさを持った存在。

 彼女は白銀色の長い髪を揺らし、端正な唇から一人、息を漏らした。

「よかった……」

 その吐息に込められた感情は、紛れもない安堵だ。

 エリスは、自らの精神を疲弊させてきた、ここ何日かの出来事を思い返す。

 密かに姿を変えて人間界に降りていたエリスが、ある日見つけた男――――ナツキ・スバル。

 彼がいつの間にか抱えていた瘴気は、まさに異常という他ないものだった。

 人間の身体を使い、神としての力をほぼ全て制限されたエリスですら、否応なく嗅ぎ取れてしまうほどの独特の悪臭。

 あのどうしようもない、ドス黒い悪臭――その本体が現れるようなことがあればどうなるか。

 

 ――――最悪、この世界そのものが”アレ”に呑まれかねない。

 

 直感が走ると同時、エリスはこれまでにない対応を迫られた。

 まず、可能な限り悪影響を避けるため、神の力を持ったまま地上に下りる面倒な手続きを行い。

 それと並行して、定期的にスバルの行動を監視して、緊急度を測った。

 いざという時は、手続きを待たずに神として地上に降りて、全力でスバルを誅する。

 たとえその後、どれだけの揺り戻しを受けようとも。

 ――――と、そうやって考えていたものの、結果的にナツキ・スバルが帯びた瘴気は、無関係のところで消失して。

 エリスの覚悟は宙に浮き、準備していた神としての降臨は、エンシェントドラゴンの回収・封印へと回ることとなった。

「まあ、あの子が取り込んでいた瘴気の浄化は人間レベルじゃ無理だっただろうし……結果オーライなのかな」

 スバルに憑いていたものの正体はわからないが、瘴気が消えた現状では彼を即抹消する必要はない。ひとまず様子見といったところだ。

 理想的とまでは言えないが、かなりベターな結果と言っていいと思う。

「それにしても先輩、ちゃんとお仕事してるのかなあ……?」

 結果的には、ナツキ・スバルは世界に悪影響どころか、大いに貢献してくれた。もし彼がいなければ、自分の愛する大勢の人々が犠牲になり、更なる悲劇を生んでいたのかもしれない。

 だが、彼の纏っていた正体不明の莫大な瘴気。いくらなんでもあれを送ってくるのはないだろう。

 あるいは、何故か地上にアクアがいたのはスバルの監視のためだったのかもしれない。

 アクアが地上にいた理由を聞いていないエリスは、そんな見当違いのことを考えつつ、ポリポリと自身の右頬に触れ。

「やめやめ、変に考えてもドツボにはまりそうだしね」

 どの道、自分がアクアの考えを正確にトレースできた覚えはない。それよりも、当人に聞いてみたほうがよっぽどいいだろう。

 

 エリスは自らの胸の前で両手を組み、銀の髪を揺らして青碧の瞳を閉じる。

 まるで瞼の裏の暗闇に、愛する何かを見るような。

 自分の世界そのものを見るような、そんな表情で祈りを捧げた。

 

 

「一日も早く、すべての人々に安息の日々が訪れますように」

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 空は黒々とした闇に染まり、その中で月だけが白く浮かんでいる。

 エンシェントドラゴン討伐祝いで湧いていた酒場も、数日が経過した今では喧騒も収まり、客達も落ち着いた様子になっていた。

「アクア、それ何やってんの?」

「変な形の石のコレクションよ。ひとつひとつ丁寧に磨いてピカピカにしてあげなきゃいけないし」

 そういってアクアは、石ころをいくつかの袋に分けて入れていく。

「カズマもひとついる?」

「いらんわ」

 カズマとアクアがそんなとりとめのない会話をしていると、

「お、いたいた」

 そこに一人の少年がやってきた。

 目つきが悪く、髪をオールバックにした少年――――スバルだ。

 彼の後ろにある、少し離れた席に目をやると、そちらにはゆんゆんが眼帯をつけた少女に話しかけている姿が見えた。

 スバルはアクアの方に目を向けると、

「そういや、聞きそびれてたけど、なんで女神サマがこんなとこいんの? 自分で掘った落とし穴に自分でうっかり落ちたとか?」

「あのね。そんなわけないでしょ。私を誰だと思ってるわけ?」

 スバルの軽口にアクアは言葉を返す。

「凡人にはわからない、神の深遠なる考えで地上に降りてきたのよ」

 そのままカズマの方をちらりと見る。

 ――――舐められたくないから話合わせて。

 以心伝心。

 わずかな視線の交錯にカズマは彼女の内心を理解した。

「というのは建前で、実際はムカついた俺が無理矢理連れてきたんだよ」

「なんで言うのよおおおおおおっ!」

 理解したからといって、言うとおりにするかは別の話である。

「下手に嘘ついたって、どうせそのうちバレることだろ? お前基本的に神様っぽい雰囲気皆無なんだから、無駄なあがきしないでとっとと楽になれよ」

 食って掛かるアクアに、物怖じせずに対するカズマ。

 そんな二人に、スバルが小さな微笑みを見せる。

 それが苦笑か愛想笑いか判別する前に、スバルは「ところで」と話題を切り替える。

「俺とゆんゆんの――――魔王討伐の仲間になってくれないか? 足りないものだらけの俺だから、誰かに力を貸してもらいたいんだ」

「え、やだよ。俺は普通に弱いし、分を弁えて商売で食ってくから他所あたってくれ」

 お断る。

 一秒の逡巡もなくスバルの提案を切り捨てた。

 カズマにしてみれば、今回のような思いを何度もするのはごめんだ。

 わざわざ魔王討伐なんてしなくとも、もっと楽な生き方もあるだろう。安全に暮らしていれば、まさかそうそう魔王軍の強者と出くわすこともあるまい。

 そう考えての答えだった。

 ちなみに魔王討伐を望むアクアには、すでに『金を貯めて仲間を雇ったほうが楽』という方向で丸め込んであるので、ここで断る事自体に問題はない。

「ま、俺も立場が逆ならそうしてたかもしれねえしな。安全策を曲げてもらえるほど、俺の器は立派じゃなかったってことで」

 スバルはそう言って早々に誘いを引っ込める。もとより断られることを想定していたのか、その顔にあまり残念そうな様子はない。

 それを待っていたかのように、話し終えたゆんゆんが駆け寄ってきた。

「――――」

「――――っ…………!」

 スバルが首を振ると、ゆんゆんの紅の瞳にわずかな哀愁の色が見える。

「アクアさん、カズマさん。本当に……本当にありがとうございましたっ! 私、今回のことは一生忘れません!」

 それを振り払うように、感謝の言葉と共にこちらへと頭を下げてきた。

「いやいや、こちらこそ色々迷惑かけて」

「いえ、そんなことありません。本当にお世話になって……。旅立ちの前に、これだけは言いたかったんです」

「いやいやいや」

 ぺこりぺこり。

 頭を下げあう二人。

 カズマにしてみれば、迷惑をかけたというのは本心である。

 そもそもエンシェントドラゴン自体、アクアがやらかしたことが原因というのがカズマの認識である。

 無関係の悪魔やらなにやらもあった以上、報酬の分け前はもらうが、こうまで感謝されるとさすがに申し訳ない。

 その言葉を聞きつけたアクアは、

「ゆんゆん、旅に出るのね。なら、これは餞別よ。きっとお守りになると思うの!」

 と、何やら紙袋を押し付けていた。

 カズマの記憶が正しければ、先程整理していた妙な形の石を入れていた袋のはずだが、正気かこいつ。

「アクアさん…………ありがとうございますっ! 一生大切にします!」

 ゆんゆんは感極まった様子で瞳を潤ませ、何度も何度も頭を下げながら、スバルと共に去っていった。

 あれの中身が石ころだと知ったら泣くんじゃなかろうか。そう思うと、心に少し罪悪感が浮かぶ。

「次に会ったら、ご飯でも奢ってやろうかな…………」

 彼らが出ていった扉を見つめ、無意識につぶやいたカズマ。

 その背中に、なにか細く柔らかい、指のようなものが触れる感触があった。

 気になって振り向くと、そこには見知ったもうひとりの紅魔族の姿が。

「というわけで、これからあなた方と行動を共にすることにしました」

 とんがり帽子を頭に被り、赤を基調とした服に身を包んだめぐみんは、口を開いてそう言った。

 片方の瞳は眼帯に包まれているが、もうひとつの瞳はまっすぐとカズマやアクアを捉えている。どうやら、酒場にいる別の客を見て言っているわけではないようだ。

「結構です」

「結構と言いましたね今後ともよろしくお願いします自己紹介はいりませんよねでは早速クエストにでも行きましょうか!」

 カズマが返した否定の言葉を、めぐみんは強引に肯定に変換してきた。矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、そのままこちらの服をがっしりと掴んだ。

「言っとくけど、ゆんゆんならここにはいないぞ? さっきこれから旅立つとか言って出てったから、とっとと追いかけてこいよ」

「ゆんゆんなら、とっくに別れの挨拶は済ませましたよ」

 帽子の角度を直しながら、少女はこともなげにそう返す。

 どうやら、『カズマたちがゆんゆんをパーティに入れた』と考えて自分も、というわけではないらしい。

「なら、なんで今更俺達のところに来たんだよ。お前、戦いの次の日には、『ふっ……また会うときもあるでしょう』とかカッコつけて去っていっただろ」

「…………ふっ」

 するとめぐみんは遠い目で、

「ええ、どうしてでしょうね。駆け出しの街にアークウィザード、それも大勢の前でエンシェントドラゴンを仕留めてみせた、素晴らしい人材がいるというのに。これはもう確実に争奪戦になりいくらでも稼げるだろうと、そう思っていたのですけどね…………。何故か誰一人として、私を拾おうとはしないのです」

 そんな悲しい言葉に重なるように、めぐみんのお腹がくうくう鳴った。

「くうくうって……エンシェントドラゴンの時の報酬はめぐみんももらってたじゃない。悪いイケメンに引っかかって全部貢いだの?」

「貢いだというか、まあ色々とありまして……。冗談抜きでピンチなので、なんとか拾ってもらえはしないでしょうか」

「え、やだよ。とりあえず飯くらいなら奢ってやるから、他当たってくれ」

 お断る。

 一秒の逡巡もなくめぐみんの提案を切り捨てた。

「そこをなんとか! ゆんゆんを見習ってではありませんが、ここで捨てられたら私は死にますよ!」

「それこそゆんゆんに頼んでパーティに入れてもらえばいいだろ! ほらダッシュで行ってこいよ!」

「そんな格好悪いこと、紅魔族としてできるはずがないでしょう!」

 そう言いながらカズマの肩をがっしりと掴み、そのまま必死の形相で顔を近づけてくる。

 まさかこの小娘、ゆんゆんが去るまでわざわざ待っていたりしたのだろうか。

「ねえカズマ、私は入れてあげてもいいと思うの。ほらこういう、リスクありまくりなのわかった上で、自分のロマンを求める人って素敵じゃない?」

 そんなカズマの思考を他所にアクアは、テーブルにあったコップを手に取りつつそう口を挟んできた。

 確かに、めぐみんがロマンを求めるのは勝手だ。マンガやゲームならそういうキャラもありだとは思う。

 だが、自分の生死が関わるとなったら話は別である。

「いやいやいやいや。一日一発魔法撃ったら動けなくなる魔法使いとか、普通の冒険だとむしろ邪魔だろ。今回みたいなボスキャラ一体ならともかく、途中からただの荷物に…………!」

 カズマの言葉を遮るように、めぐみんは手首を掴み、

「いえいえいえいえ。カズマのドレインタッチ、あれは私と相性が抜群です。魔力を吸ったり入れたりできるということは、爆裂魔法を使った後も一人で歩けるということじゃないですか。だからほら、ね?」

「いやほらねじゃないから。俺にそれやってまで入れるメリットないだろ。だいたい、俺達は当分商売で金を稼いで、色々準備するんだよ、今冒険者の仲間増やしても意味がないだろ? そりゃ、俺だってたまに小さな冒険をやるとかなら構わないけどさ。問題はお前、小さな冒険に一番向いてない魔法使いだってことだ」

 そう言いながら爆裂娘の頭を押して、自分から引き離そうとする。が、彼女は見た目に似合わぬ握力でカズマを離そうとしない。

「お願いします! なんでも、なんでもしますから、捨てないでください!」

「いやいやいや。めぐみん入れるくらいならゆんゆんに頭下げて頼んでるから。おい離せって……おいっ……!」

「そんなにあの娘がいいんですか!? カズマに強引に吸われて入れられた時、私はあなたなしでは生きていけない身体にされてしまったんですよ!?」

「変な言い方やめろ! 周りの人たちが見てるだろうが!」

 なんとか逃れようとするカズマ。

 手段を選ばず騒ぎ立てるめぐみん。

 それを見てニヤニヤと笑みを浮かべるアクア。

 三者三様の姿に周囲の人々が向ける視線は、笑い、軽蔑、好奇心など様々だ。

 いずれにしても、下手に刺激して巻き込まれたくないのか、野次を飛ばすような者の姿もない。

「よかった、まだこの街にいたか」

 そんな中、三人に声をかける姿があった。

「――――ダクネス」

「はぁ……はぁ…………すまない、本当はもっと早くに会いたかったのだが、こちらとしても今回のことは色々と面倒があってな」

 よほど急いできたのか、金の髪を乱して顔を上気させた彼女は、息を整えるように数度深呼吸をする。

「ひょっとして、今回の功労者であるこの私に挨拶に来たの? そんなはぁはぁ言っちゃって。ほら、カズマもこのくらい私のことを尊重しなさい」

「いや、挨拶もあるがそれだけではない。実はだな」

「アクアへの挨拶でないとすると、ひょっとして今回かっこよく爆裂魔法を決めた私になにかお礼でもしにきたのでしょうか。今ならそれなりのものをもらうのも、やぶさかではありませんよ?」

「おいお前らちょっと黙れ」

 余計な茶々を入れてくるアクアとめぐみんを制して、カズマは無言でダクネスに続きを促す。

 それを見たダクネスは、言葉を続けた。

 

 

「実は、私も三人の仲間に――――――――」

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「――――これでゆんゆんにダメージ。あとは同じ手順を墓地のカードの数だけ繰り返してゲームセットだ」

「あーーーーーーーーっ!」

 時間をかけて形成された自らの陣営、それを一蹴するようなスバルの極悪コンボに、ゆんゆんは絶叫する。

 馬車の出発時刻までの待ち時間、基本的な情報整理も終わり、手持ち無沙汰になった二人が始めたゲーム。

 初めて友達とやるそれにゆんゆんは心をときめかせ、自分の所持していたカードを分けてデッキ構成をするだけでも心躍る時間だった。

 が、完全に発想の外にあった、鬼畜のようなカード運用にゆんゆんの気持ちは理不尽さに反転する。

「ナツキさん、このカードゲーム持ってなかったって嘘でしょ! こんなズルい戦法、すぐ思いつくわけないんだから!」

「んー、物事をまっすぐ考える奴と、普段から人の揚げ足取ることばっかり考えてる奴の差っつーか。まあ、現代知識無双がこんなところでしかできないってのも情けねえけどな」

 などと、わけのわからないことを言い訳のように口にする。

 むー、とゆんゆんが半眼に閉じた視線を向けるとスバルは、

「悪い悪い。いくらなんでも意地悪だった。次はもうちょっと真っ当なデッキに組み直すからさ」

 そう言ってスバルは一度カードをしまうと、

「と、その前にちょっとキジを撃ってくる」

 その言葉とともに、席を中座。待合場に備え付けられたトイレの方へと向かう。

 ゆんゆんの視線はそれを追い、自然と待合場全体が視界に入る。そこにはゆんゆん達のような出発待ちの客の他に、馬車の護衛として同行する冒険者達の姿も見えた。

 資金の節約を考えて、目的地の同じ馬車の護衛として雇われることは、冒険者にはよくある話だ。

 もちろんゆんゆん達も同じようにすることも可能だったが、現在はエンシェントドラゴン討伐の報酬で懐は暖かく、そこまでする必要もないとの判断だ。

 もっとも、誰に頼まれもしないのに、一人でエンシェントドラゴンに挑んだスバルのことだ。実際に危機があれば、勝手に手を貸してしまうのだろうが。

 続いてゆんゆんは自分の荷物の中にある、三つの袋に目を映す。

 それは、旅立ちの前に渡された餞別。未だ中身を知らぬそれを、傷一つつけまいと慎重に取り出してテーブルに置いた。

 スバルがおらず手持ち無沙汰な今、開封してしまおうという算段である。

 だが、袋の口に手をかけたところで若干の躊躇いが生まれた。

 ここで一人で開けてしまうというのもどうだろう。この包みが良いものか悪いものかはわからないが、中身を見た時の喜びや哀しみもスバルと共有するべきなのだろうか。

「――――よしっ」

 躊躇していたのはおそらく一分ほど。

 ゆんゆんは決断すると、しっかりと握っていた包みの口に手をかけた。

 きっとスバルはこの程度のことで怒らないと思う。

 

 ――――もし喧嘩になっても、きっとナツキさんとなら仲直りできるよね。

 

 そう考えて、まずアクアから渡された包みを開く。

 中から姿を見せたのは、

「…………石?」

 紅い瞳に映ったのは、いくつかの石ころ。

 それも、普通の石ころではない。

 極端に細長いもの。リング状の形状をしたもの。中にはまるでハートのような形をした、見たこともない珍しいものもあった。

「……………………?」

 明らかにひとつひとつの形が異質なのはわかるが、アクアの意図がさっぱり理解できない。

 自分も一人石積みはそこそこ経験があるが、まさかそれに使えという意味でもあるまい。 

 とりあえず、アクアが渡してきたからには何かの意味があるのだろう、そう考えたゆんゆんは一つ一つを丁寧に袋に戻した。

 後で小袋でも用意して、大切に保管しておこう。

 そう決意した上で、次の袋に手をかける。

 こちらはめぐみんが餞別だと渡してきたもので、目の前で開けようとしたら止められたものだ。

 何かのサプライズでも仕込んであるのだろうか。

 袋の外からではわかりづらいが、その手触りはまるで紙かなにかのようだった。

 口を開けてそれをそっと覗き込む。

 中にあったのは、確かに紙の束。

 大量のエリス紙幣だった。

「……………………っ!?」

 喜びや哀しみより先に驚愕に揺れ動き、感情のままに出そうになった声を慌てて噛み殺す。

 誰かに見られなかったかと警戒し、キョロキョロと周囲を見回したのは数度。

 今度は小さく口を開けてみると、そこには変わらぬ大金が入っており、先程の光景が見間違いでもなんでもないことを教えてくる。

『再会の時こそ、一切の小細工無しで決着をつけましょう』

 別れ際のめぐみんの言葉が脳裏に響いた。

「めぐみん…………」

 激怒してやろうと思った。

 顔を真っ赤にして、金を外にでも投げ捨ててやろうと思った。

 施しなんていらないのだと。

 こんなものはライバルへの侮辱だと、そう言ってやろうと思った。

「ばか。かっこつけて」

 なのに。

 口をついてでた悪態は、何故か震えている。

 視界が滲む。喉が壊れたように、それ以上の声が出てこない。

 予想外のところから飛び出してきた不意打ちに胸が熱くなり、嗚咽がこみ上げて。

 ゆんゆんは慌てて涙をこらえ、上を向いて床に零れ落ちるのを防ぐ。

 自分にはなかなか合う仲間が見つからないと。

 爆裂魔法を使いこなせるパーティはそういないと言っていたのに。

 仲間探しの時間を生む貴重な資金を、自分への餞別として渡してくれたのだ。

「――――――――」

 自分の感情が制御できなくなりそうな感覚、それを無理にねじ伏せるように頭を左右に振る。

 涙を強引に袖で拭って、自分をごまかすように。

 最後の袋に手をかけた。

 中にあったのは紙の束。

 

【アクシズ教団入信書】

『次の街でうまく活用してね!   セシリー』

 

 

 顔を真っ赤にして床に叩きつけた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ――――時が経つ。

 鐘の音が鳴り響き、スバル達に出発の刻を告げる。

 スバル達を乗せた馬車は御者の導きに従い、始まりの街を後にした。

 ゆんゆんは馬車に揺られ、名残惜しげに窓の外を何度も覗く。

 そんな少女の横顔を見ながら、ふとスバルはエンシェントドラゴンを倒した夜のことを思い返していた。

 

 あの夜、キンキンに冷えた(クリムゾンビアー)をあおるように飲み、満足そうな顔でカエル料理を口にしているセシリー。

 宴の中心で芸を披露し場を盛り上げるアクアは、酒場の棚を消そうとしてカズマに強引に止められる。

 隅の方で大きな肉を頬張っていためぐみんは、酔っ払った冒険者に体型をからかわれ、取っ組み合いの喧嘩を始めていた。

 それ以外の皆も、この夜はバカのように騒ぎ、最後には笑って眠りについた。

 皆が勝利に酔い、喜悦と安堵を抱えて眠りについた日の光景。

 誰一人欠けることのない、騒がしくも安堵と幸福に満ち溢れた光景。

 それは、スバルが自身の命を何度投げ出してでも成し遂げたかったもので。

 そして、スバルだけでは、決してなし得なかったものだ。

 始まりの街を旅立つまでの、わずかな時間でこの有様だ。

 この先、ゆんゆんの力を借りることは間違いない。

 何度も何度も何度も、進むためにこの少女の力を借りる。

 今更自分一人でやろうとするつもりはないし、ゆんゆんも迷わず力を貸してくれるだろう。

 ただ、スバルの旅の先。

 それは、この世界から、前の世界――――エミリアたちの待つ『聖域』の時間へと帰還することを意味する。

 スバルが成功するということは、彼女との別れに近づくということで。

 だから、せめて。

「ナツキさん」

「ん?」

 少女の声に、スバルの思考は現実に引き戻される。

 見ると、いつの間にか彼女は窓から顔を離し、スバルの顔をまっすぐに見つめていた。

「えっと…………その、なんと言ったらいいのか……」

 彼女はわずかに言いよどむように、

「ナツキさんの、昔の話を聞かせてください」

 しかし、決して視線をそらさないままそう言った。

「あー、そうだな……」

 スバルはわずかに目を伏せる。

 愚かな自分と、自分を支えてくれた多くの人々。

 自分を救ってくれた、二人の少女。

 それらの顔が頭をよぎり、様々な感情が胸中を駆け巡った。

「別に、大事なことじゃなくていいんです。つまらないことや些細なことでも構いません」

 そんな自分を見て何を思ったのか、ゆんゆんは言葉を継ぐ。

「ナツキさんに手を差し伸べられるように。友達の気遣いにもすぐ気づけるように。そんな私になるためにも――――ナツキさんのことを、いっぱい、いっぱい聞かせてください」

 陽の光を和らげていた雲が切れ、遮るもののなくなった太陽が大地を照りつける。

 馬がその光に驚いたのか、馬車がつんのめるように急停止した。

 スバルは慣性の法則に従いバランスを崩す身体を、慌てて制御。

 結果として変な態勢で静止したスバルを見て、ゆんゆんはニコニコと微笑んでいた。

「そうだな。じゃあ……下手なりに色々話すから、ゆんゆんの話も後で聞かせてくれ」

「はいっ! 私のつまらない話でよければっ!」

 

 

 せめて最後の日まで、この少女が笑っていられるような自分でありたいと、そう思った。

 

 

 

 ――――悪魔と古竜から解放された森が、スバル達を見つめている。

 傷だらけの木々は風に揺れ、彼らを慈しむように歌っていた。

 

 

 

 

 

 

                   完

 

 

 




以上です。ありがとうございました。

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