アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
第1話 はじまり
四月上旬。
桜が舞い、新たな学友たちを歓迎するかのように道を鮮やかな色で染め、新入生たちは故郷から遠く離れたこの土地で三年間の学園生活を送ることになる。彼はこれからの学園生活に期待と不安を胸に抱きながら学び舎である青蘭学園へ足を進めていた。
洋上学園都市『青蘭学園』のある青蘭島は元は東京都に属する無人島だった。
ある日この島上空に各世界を繋ぐ光の渦、
成瀬雄二は
しかし、他人事ではなくなった。異変が現れたのは今から数か月前、中学三年の時だ。
その日の朝は雄二にとっては変わらない朝だった。うるさく鳴り響く目覚まし時計を黙らせて二度寝しようとして妹に起こされる。情けないがいつもと同じ朝。雄二は妹に急かされながら学校へ向かった。
「よっ、雄二。相変わらず眠そうだな」
教室に入って一番に話しかけてきたのは中学一年のときにできた友人の
直前まで話していた女子集団から抜け出して雄二の前の席に自然な動作で座った。
「……朝は弱いんだよ。それで、いつも以上に気持ちの悪い顔してどうした。何か情報でもあるのか?」
「きもっ!? ……まあいい。今の僕はすこぶる機嫌がいい。それより、聞いてくれたまえ」
「なんだ? ついに空から美少女でも落ちてきたのか? 良かったな夢が叶って」
「惜しいが違う。今朝僕が自転車で登校していると一瞬影が頭上を横切ったんだ。気になって空に視線を向けると……、美少女が空を飛んでたんだよっ!」
コイツ、見た目は真面目な眼鏡イケメンだが中身は割と変態な残念イケメンである。
略して残念眼鏡、だな。
「よかったな。ふあ~、ちょっと寝るから先生が来たら起こしてくれ」
誠也のこう言った残念発言はいつものことだ。この前は黒の世界に行って可愛い魔女と出会ったとか言っていたかな。誠也の父親はカメラマンをしていて、世界接続が起こってからは政府公認で各世界を飛び回って撮影している。
誠也はそれに付き添いながら情報を集めることがあるのだ。だからニュースから得た知識しかない俺より情報量はあるとドヤ顔で自慢していた。
「ああ、おやすみ。って反応薄くないか? 空飛ぶ美少女だぞ。もっと何か反応をだな……」
「んー、じゃあ何で美少女だってわかるんだよ」
「ふっ、僕は美少女なら離れていてもわかるのさ」
相変わらず鬱陶しい……。誠也は自慢気に眼鏡の指でクイッとして「その子、うちの中学の制服着てたんだよ」と付け足した。どれだけ目、いいんだよ。眼鏡いらないじゃん。
「あーはいはい。そういう設定なんだなー」
窓際の自分の席に腕を組んでうつ伏せて、まどろんだ意識で返事をする。
開けられた窓から入り込む微風が心地いい。
風に乗って草木の揺れる音と共に何か声が聞こえた気がした。顔を横に向けて窓の外を見てみると何かが空を飛んでいた。
「なあ、誠也が見た子ってもしかしてあれか?」
「だから、あれは僕の妄想とかではなく現実で見たことで――って何?」
説明に没頭していたのか遅れて反応した誠也は外を見て目を見開いていた。
「そう! あの子だよあの子! ん? あの子、日向じゃないか?」
「日向って美海のことか? 美海は一般人だぞ。空なんて飛べるわけ――」
「わわわああああ、そこどいてぇ~~!」
一瞬何が起きたのか分からなかった。何かに横からぶつかられて俺はその何かと一緒に机や椅子を巻き込みながら床を転がるように吹き飛ばされてしまった。
「お、おーい、大丈夫か雄二。それと日向も生きてるかー?」
「体の節々が痛いがなんとかな。それより……」
床に倒れた俺の上に覆い被るように空飛ぶ美少女が倒れていた。
うちの女子制服を着た美少女は俺のよく知る幼馴染み、
あの日、日向美海は異能が目覚めた件ですぐに進路指導室に連れて行かれた。
その後すぐに早退した美海から事情を聞いたのはその日の放課後だった。
「いや~、急に来てもらってごめんね、雄二」
電話で呼び出されて急いで彼女の家に来てみれば、いつもと変わらない美海が出迎えてくれた。
「い、いや、それはいいんだけどさ。その、あの後」
「うん。そのことについて話そうと思ってね。ささ、上がって上がって」
お茶を用意するから先に部屋にいてと言って美海はリビングに入っていく。そのときチラリと見えたのは乱雑に置かれている複数の段ボール箱だった。
廊下を進んだ先にある階段を上り、二階にある美海の部屋に入る。
小さいころから何度も来たこの部屋は多くのぬいぐるみたちがある、いかにも女の子らしいと言える部屋だ。でも、今この部屋にはぬいぐるみの代わりに引っ越し業者のロゴが入った段ボール箱の山が居座っていた。まるで荷造りしてるみたいだ。
「よっと、おまたせ~。麦茶しかなかったけどいいよね」
麦茶とコップをお盆に乗せて運んできた美海はそれらを小さなテーブルに置いてせっせと準備をする。俺は滅多に見ないその光景に無意識に言葉を漏らしていた。
「なんだか珍しいな。美海がそうやって準備するなんて。いつもおばさんがしてるのを見てるだけなのにさ」
「むぅ、私だってやるときはやるんだよ?」
「はは、そうみたいだな」
その後他愛もない話をした。まあ、主に話していたのは美海だけどな。
まるで話したくないことから遠ざかろうとするように次々と話題は出てきた。
「いや~、あんまり勉強得意じゃないのに早退なんかしたら大変だよね~」
「今日の給食、楽しみだったのになぁ」
「放課後、遊びに行くつもりだったのに、みーんなってばお大事に~とか言って予定なくなっちゃった」
独り言のように、俺に話しているというより何か話そうと思いついたことを口にしているだけ。
今の美海はとても苦しそうだ。いつもはもっと楽しそうに話すのに。
「なあ、美海。そろそろ本題を話さないか」
「え、あー、……そ、そうだね。えっとね、私引っ越します!」
「青蘭島だろ? なんとなく予想は付いてた」
思い切って言ったのだろう。俺の反応に美海は呆気に取られていた。
「え、うん、そうだけど。もう! いつも以上に反応薄いよ!」
「私引っ越しちゃうんだよ? 気軽に会えない遠いとこに行っちゃうんだよ。中学の皆や近所の子たちとも遊べなくなるし。うぅ、分かってるの? こんな時ぐらいもっと反応してよ、この鉄仮面!」
「す、すまん。これでも驚いてるんだよ。いつも言ってるが鉄仮面はやめてくれ。そこまでじゃないだろ?」
確かに表情に出にくいけど、少しは出てると思うけどなあ。分かりにくいだけで。
「そこまでだもん! はあ、はあ……、違うこんな話がしたかったんじゃない。明日には行かなきゃだから、もっと、真剣に……」
その時初めて幼馴染みの、日向美海の泣く姿を見た。
その後のことはあまり覚えていない。俺なりに必死で慰めようとした気がするとしか記憶に残っていない。ただ何となく美海がありがとうと笑っていた気がする。
次の日には本当に引っ越してしまった。青蘭学園の中等部に編入ということらしい。
「あれから数か月だもんなあ。美海が引っ越した日には俺もここに通うことになるなんて予想もしてなかったし」
俺も青蘭学園に通うことになった。そのことがわかったとき思わずガッツポーズをした。
数か月経って中学を卒業した頃、住んでいる地域にαドライバーというプログレス(異能を使える少女たちの通称)をサポートする人材の素質を持っている人を探すために調査員が来た。そこで俺に素質があることが分かって、青蘭学園に高等部から入学することが決まったのだ。
決まった後の行動は早かった。美海の時に手伝ったこともあって何をすべきなのか大体把握していたから、滞りなく準備は済んだ。
桜の並木道を歩きながら少し懐かしい幼馴染みの顔を思い浮かべる。
「美海のやつ、元気にやってるかなー。まあ、元気だけが取り柄だもんなー」
そんなことを思いながら歩く。風で桜の花びらが舞い踊り、それに合わせるかのように俺の心も弾んでいる。顔は無表情だろうけど。
のんびりと景色を楽しみながら歩いていて学園ヘ向かう。
新しい学び舎、青蘭学園はすぐそこだ。もうすぐここでの学園生活が始まる。
「お兄ちゃんに置いていかれた……。もう、お兄ちゃんの意地悪っ! 私がいないと掃除も洗濯も家事全般できないのにーっ!」
「千尋ちゃーん、そろそろご飯だから降りてきなさーい」
「はーい! むぅ、私も行きたかったなぁ……あ、そうだ! 後で電話かけようかな」
第2話につづく