アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「やっぱりもう開いてないか……」
雄二が闘技場に着いた頃には既に利用時間外だった。
動かないドアから誰もいないエントランスを見ていると、後ろから足音がした。
振り返るとどこかで見たことのある少女がこちらを見ていた。
少女は近づくと雄二の眼をじっと見つめる。
「えっと、君は誰だっけ? 俺は成瀬って言うんだけど」
「私は、遠距離戦型アンドロイド、コードΩ、ラウラです。ユージという名前ではないのですか?」
「ああ、成瀬雄二。それがフルネームなんだ。それで、えーっと、ラウラ? 君は何故ここに?」
「はい。あなたがいたからです」
ラウラは表情の少ない顔でじっと雄二を見上げ続ける。
183センチある雄二と身長差があるせいか、少し見上げる形になるのだ。
「あなたは表情がないように見えます。しかしそれは人間にとって不自然です。あなたはアンドロイドなのですか?」
小首をかしげ、聞いてくるラウラを見て雄二は何故俺に話しかけてきたのか理解した。
「あー、いや、俺は人間だぞ。無表情なのは昔事故に遭った後遺症かな。俺がアンドロイドならこんなに悩まずに済んだかもな。って、アンドロイドを馬鹿にしているわけじゃないぞ」
「違うのですか?」
「俺の無表情はアンドロイド以上みたいだしな。そんなムッとした顔をしないでくれ。悪気はなかったんだ」
「……ユージ、あなたの判断は間違っていました。あの時、日向美海にαドライバーではなくフランボワーズを狙わせていれば勝率は上がっていました」
「なんだよ、急に」
「あなたが悩んでいることを当ててみました。先程表情を見抜いたお礼です」
雄二は言い当てられ、思わず目線を逸らしてしまう。
病室では何も言われなかった。正しかった、そう言われたがそのことがずっと引っかかっていたのだ。間違いが何処かにあるはずなのに、その答えが闘技場に来れば分かるかもしれない。そう思って行動したのだが、思わぬ形で悩みの答えを知れた。
「ありがとう、ラウラ。君のおかげで解決した。自分の間違いにやっと気づけたよ」
「あっ……」
雄二はラウラの頭を撫でながら言葉を続ける。
「俺、あのバトルで学んだことがあるんだ。痛くて辛くてみっともない戦いだったけど、楽しかったんだ。命がけで戦ってるって感じがしてドキドキしていた。あの緊張感や臨場感はバトルでしか味わえない。プログレスたちと策を練って、連携して、勝利する。まぁ、今回は勝てなかったけどさ、次は絶対勝ってやる。倒れる間際そう強く思ったんだ」
「ユージ、あなたは凄いです。普通なら初戦を体験するとバトルへの恐怖感から戦意喪失するαドライバーが大半です。それなのに、またフィールドに立とうとしている。それだけではないです。初戦でリンクを成功させることは極めて困難なことです。それをやってのけたあなたを私は尊敬します」
「俺にも凄い部分があったんだな。少し自信が持てたよ。ありがとな~」
「あぅ、あぅ……」
わしわしと頭を撫でられてラウラは頭をふらつかせる。
その表情は分かりにくいながらも困惑していた。
「おっと、悪い悪い。それじゃあ、ラウラ。また明日」
雄二は手を離し、髪を整えてやると学食の方へ走り出す。
保健室を出てから既に20分ほど経っている。美海たちが食堂で待っているのは明らかだ。
「……ふふ」
撫でられた頭に手を置きながらラウラは走り去る雄二の背中を見つめていた。
息を切らして昨日案内された建物に辿りついた雄二は美海たちを見つけた。
向こうも気付いたのか美海が大きく手を振っている。
「ねえねえ、雄二! ここって食堂じゃないんだって! カフェテリアらしいよ」
美海は雄二が近くに来ると迫ってきた。
雄二はその勢いに引きながら、沙織に目で訴える。
「あ、えっと、ですね。美海さんから昨日ここが食堂だという風に雄二さんを案内したことは聞いています。ただ、ここは食堂ではなくカフェテリアなんです。食堂は別にあるんです」
「美海は何で間違えたんだ? カフェテリアと食堂は間違えなさそうだけど」
「だ、だって、食堂って使ったことなかったし、学生が食べるところって言ったらここかなって。……オシャレだし」
「……そういうことか。まあ、終わったことをとやかく言っても仕方がないだろ。とりあえず、中に入ろう。ちょっとカフェテリアは俺には敷居が高いけど、ここまで来て別のとこに行くのも面倒だし」
「カフェテリアの料理、楽しみ」
ツバサが早く行けと言わんばかりに雄二の背中を押す。
そんなに楽しみなのかと疑問に思いつつも雄二は足を進める。
「な、なあ。カフェテリアってどんなメニューがあるんだ? 値段とか高くないよな?」
「雄二ったら警戒しすぎだって」
「いや、美海。お前は行ったことないんだろ? なんでそんなに無警戒なんだよ」
「さっきカトリーヌちゃんが「そんなに高くはないですから純粋に楽しんでくださいな」って言ってたもん。だから警戒しなくても、また説教されるような展開にはならないって」
「それ、オベールの声真似か? びっくりするほど似てないな。優雅さが足りん」
「ええー! それってどういうこと!」
沙織とカトリーヌは三人の少し後ろを歩いている。
「もうすっかり仲良しさんですね。雄二さんたち」
「ええ、そうね。まだ入学して二日目なのに、ここまで仲良くなれたのは美海さんのおかげかしら」
カトリーヌの視線の先では無表情の雄二と言葉の少ないツバサを相手に楽しそうに話している。
「美海ちゃんっていつでも楽しそうで明るくて元気で、誰とでも友達になっちゃうんです。でも、美海ちゃんがいなくなったらこの関係は消えてしまうんでしょうか」
「……さあ、どうかしらね。ほら、行きますわよ。あまり離れるともう美海さんたちはカフェテリアの前に着いていますわ」
歩くペースが落ちていたのか、三人との距離が開いてしまっていた。
二人はペースを上げて、カフェテリアへ急いだ。
「人、多いな」
カフェテリアに入った雄二が最初に驚いたのは利用客の多さだ。
「ほら、雄二~。ボーっとしてないで早く料理選ぼうよ~」
「お、おう。わかった。わかったからちょっと待ってくれ。この空間はオシャレすぎて眩しい」
とりあえず、雄二はふらふらと壁に寄りかかって気持ちを落ち着かせようとした。
すると目の前を見知った男子がジュースの入ったコップを持って通り過ぎていく。
「って巧!?」
「ん? おお、雄二。目が覚めたんだな。入り口の前で突っ立って何してるんだ?」
「……自分の格の低さに黄昏てるところだ」
「なんだそれ。まぁいい、丁度よかった。ちょっと料理を消化するの手伝ってくれ」
巧は少し離れた所にあるテーブルに並ぶ数々の料理を指差す。
「あー、えっと。美海たちを呼んでくるから先に行っててくれ」
雄二は各々で料理を選んでいた四人を回収して巧がいるテーブルに向かった。
取り皿に少しだけ料理を取って食べている女子が雄二たちに気づいて、小さく手を振っていた。
「こんばんは、皆さん。よかったらご一緒にどうですか? この量は食べれないと思いますので」
赤髪でおっとりとした雰囲気を持つ少女はどこか困惑した表情をしている。
雄二は流石に一つのテーブルでは狭いと思い、隣の空テーブルをくっつける。美海たちもせっせと椅子を運んでいた。
「よし、準備できたな。それじゃあ、乾杯するか」
「いえーい! 初バトル記念ってやつだね!」
「その前に自己紹介とかしないのか? というかいつの間にそんなパーティーみたいなことに」
雄二の言葉は巧と美海の二人のテンションがかき消す。
「まあまあ、いいじゃないですか。雄二さんも嫌ではないんでしょ?」
「嫌じゃない。でも、まあいいか。巧に誘わなけりゃ食べれなかったんだし。任せるよ」
「あの~、乾杯ってどうすればいいのでしょう?」
「アウロラ、乾杯ってのはな、コップを持って軽くぶつけ合う行為だぞ。ほら、フローリアもそんなデカいコップよりこの妖精用のやつにしておけ」
巧は赤髪の少女に乾杯の仕方を教えて、必死に普通サイズのコップを持ち上げようとする妖精の子には隣に小さいコップを置いてあげる。
「ありがと、タクミ。でも、アウロラと同じやつ持ちたい!」
「あらあら、それじゃあ、私と一緒に持ちましょ?」
「いいの? やったー!」
妖精の子はアウロラの持つコップに飛びつく。
「それじゃあ、初バトルを祝して乾杯!」
『かんぱーい!』
乾杯を済ませた九人は自己紹介をし始める。
雄二、美海、沙織、カトリーヌ、ツバサの順で進んでいき、赤チームのメンバーの順番になる。
「俺のことはもう知っているだろうから手短に済ませるぞ。俺の名前は垣内巧。今回赤チームのアルドラを務めさせてもらった。改めてよろしくな」
雄二は巧の自己紹介を聞きながら、ふと思った。こいつは誠也とは違うタイプのイケメンだと。
巧は割と整った顔立ちだ。それに加えて気配りができて、中学時代に生徒会長を務める程の行動力がある。中学時代の誠也にファンがいたように、彼もファンがいたはずだ。
彼に誠也のような一面がないことを心の中で祈る雄二だった。
因みに、雄二もそれなりに整っているのだが、無表情がそれを台無しにしているため表立ったファンはいなかった。
「じゃあ次はアウロラ、よろしく」
「はい~。私の名前はアウロラよ。実は私ったら自分のこと、名前以外はみんな忘れてしまったみたいで、それしか教えられることがないの」
アウロラは両手でコップを包むように持ちながら自己紹介を済ませる。
「わたしはフローリア。花の妖精だよ。アウロラが心配で、一緒にこの世界についてきたの。青蘭島を花でいっぱいにして、みんなを幸せにしたいな♪」
身長は30センチ弱ってところか? 小動物みたいだな。妖精だけど。
フローリアはテーブルに座り、爪楊枝を突き刺して果物を食べている。
「フローリアさんはアウロラさんのお友達ですの?」
「そうだよ~。アウロラとは花畑で会ったんだぁ。それからず~っとお友だちなの!」
アウロラも料理を食べながら頷いている。
「仲がいいな、二人は。えっと、じゃあ次は――」
「アナタ、死んだような顔をしているのね」
「はい?」
雄二がアウロラの隣に座る白髪の少女に目線を向けると、それを射抜くように目を細める彼女。
「月と狩りの女神ディアンナよ。アナタの必死に抗うような眼、嫌いじゃないわ。なんだか獲物を思い出して疼いちゃう」
雄二の眼を見つめる彼女はまさに獲物を狩る眼をしている。その手は自然と雄二に伸びていた。
「まあまあ、落ち着いてディアンナ。とりあえず自己紹介を終わらせよう。雄二に手を出すのはまた今度にしてくれ」
「おい、巧。そこはちゃんと止めろよ! なんだか本当に狩られそうなんだが」
「雄二は狩らせないよ! 狩りたいなら巧君を狩ればいいじゃん!」
「そうです! それに雄二さんは私が守ります!」
「タクミはダメよ。獲物って感じがしないもの」
手を弾かれたディアンナはとりあえず気が済んだのか料理を食べるのを再開する。
「えっと、後は……」
「ん。そこでずっとパフェを食べてる子だけ」
ツバサが指差したテーブルの端、巧の隣でこちらに初めから気付くことなくずっとデザートを頬張っている少女。やっと存在に気がついたのかハッとして咳払いをして、チラチラと巧に目配せしている。巧はそっと耳打ちして状況を教えていた。
「
赤みがかった橙色の髪を白のリボンで結んだポニーテール。銀色のアーマーを装着し、彼女の席の後ろには得物である銀色に輝く突撃槍と十字の盾が立て掛けられている。
キリッとした表情で挨拶をする彼女だが、口元にクリームが付いていては戦乙女の威厳はどこにもなかった。
第7話につづく