アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「……ここ、は?」
淳はベッドから体を起こして辺りを見回した。
「マスター、オメザメデスカ。今タイプMU-21ナナヲ連レテキマス。ソノママ安静ニシテイテクダサイ」
今まで直立不動で淳の容態を監視していたケイティはどこかぎこちない動きで保健室を出ていこうとする。
「待て……。タイプMUってことは、それは医療用アンドロイドだろ。僕はもう動ける」
そんなものは必要ない、と淳は言ってベッドから降りる。
「私ハ旧式ノアンドロイド。身体スキャン機能ハ搭載サレテイマセン。ヨッテ、マスターノ言葉ノ真偽ヲ確カメル術ハアリマセン。本当ニ大丈夫デスカ?」
「大丈夫だって言ってるだろ」
「ワカリマシタ」
ケイティは淳の横へと戻り、部屋は静かになる。
そこで、ふと淳は気付いた。
……他のアンドロイドはどこにいった? 何故ケイティしかここにいないんだ?
「ケイティ、他のアンドロイドは何処に行っているんだ?」
「ハイ。現在、別室ニテ三体トモメンテナンスヲ施サレテイマス」
「メンテナンス? ダメージは僕がフィードバックしてやったはずだ。メンテナンスする必要があるのか?」
「ハイ。マスターニヨッテ物理的ナダメージハ間逃レマシタ。ガ、コードΩラウラハ敵チームノフランボワーズニヨル雷撃ノ影響デ演算システムニ問題ガ生ジテイマス」
他の二人も同様だ。
コードΣチカルはリゼリッタの毒によるダメージがある。そしてコードΩ46セニアは淳の行った強引なリンクの影響でシステム、身体共々かなりの負荷がかかっていたのだ。
「……そういうことか」
アンドロイドの癖に、脆いやつらだ。
「マスター。落チ込マナイデクダサイ。マスターニトッテ今回ノブルーミングバトルガ初陣、敗北ハ想定済ミデシタ」
「落ち込んでいるわけじゃない。敗北は僕も予想していた。お前に言われるまでもない!」
「申シ訳ゴザイマセン」
ペコリと頭を下げるケイティ。
ギシッと何かの軋む音が病室に響く。
「頭を上げろ。僕は別に謝罪なんて求めてない」
「ハイ」
ケイティが頭を上げる。
するとまた、ギシッという音が響いた。
その音に淳は眉をひそめた。
「…………」
「マスター? ドウカシマシタカ?」
「お前、メンテナンスは?」
「ハイ。私ハ旧式、言ワバ廃棄型デス。ソノタメ、私ノメンテナンスヨリモマスターノ側ニイルコトヲ優先シマシタ」
「だからお前だけがここにいたのか」
「ハイ」
コイツは何故僕を優先する?
僕は一時的にマスターになっただけにすぎない。なのに何故?
淳はケイティが付き添う理由が分からず、モヤモヤとしていた。
だが、そんな状態でも足は病室の外に向かっていた。
「マスター? ドチラヘ?」
「他のアンドロイドがいる病室に行く。案内しろ」
コクリ、と頷きケイティは淳の前に行こうとするが、淳が病室のドアを開けたまま進まないことに首をかしげた。
「マスター、ドウカシマシタカ?」
「いや、何でもない。行くぞ」
「ハイ。マス──」
「コード=204ケイティ。朝比奈淳はあなたのマスターではありません」
「アナタハ……」
ケイティは身体をずらして淳の前に出る。
そこにはまるで立ち塞がるようにセニアが立っていた。
「ドウイウコトデスカ。マスターハマスターデス。コードΩ46セニア、ソレハアナタモデショウ?」
「いいえ、違います。彼は私のマスターではありません。もしマスターだったとしても、それは一時的なもの。決して継続的なものではないです」
「ナラバ何故行ク手ヲ阻ムノデスカ。アナタニハ関係ナイハズデス」
「私は彼に
「僕に伝言……?」
セニアは首を縦に動かした。
そして何かの装置を手元に転送する。
これはDr.ミハイルからです、とセニア告げた。そしてその手元の装置を起動させる。
「お前は……、Dr.ミハイルか」
起動した装置により写し出されたのは大人びた風格を持つ白衣の女のホログラムだ。
『朝比奈淳。君は中々の腕の持ち主のようだな。まさかリンクをシステムに直接情報を送り込むことで強引に成功させるとは。そんなαドライバーは私も初めて聞いたよ』
「セニア。僕にこんなものを見せるためにわざわざ来たのか?」
淳の問いかけにセニアは人形のように黙ったままだ。
『だが、そんなやり方は間違っている。今回は新入生交流の一環で行われた、言わば非公式のブルーミングバトルだ。しかし、これが公式戦だった場合、君の行った行為はルール違反だ。試合中のアンドロイドへのハッキングはご法度だぞ。ましてや君が行ったのは強制的なリンクだ。一歩間違えばセニアは壊れていたかもしれない』
「…………」
『忠告しておく。今回のようなことは二度としないことだ。セニアに害するやつは私も、セニアの姉も絶対に許さない。そのことをよく覚えておくといい』
そう言い残すとホログラムは消失し、装置は停止した。
そしてセニアも小さくお辞儀するとその場を立ち去り、その場には淳とケイティだけが残っていた。
「マスター……」
「……早く案内しろ」
「ッ、ハイ!」
そして二人は少し離れた病室へと向かった。
「こんの、バカやろぉお!!」
「うぐっ!? な、なんだ、いきなり何をする!」
病室のドアを開けた瞬間、淳は何者かに襟元を捕まれて襲われていた。
「マ、マスター! ソノ方ハエルセア=エコルダデス!」
エルセア=エコルダ。
その名前を聞いた瞬間、淳の視界にはエルセアについての情報が視覚化されて浮かび上がった。
「……なるほど。アンドロイドの整備士ってことか」
「そんなことはどうでもいい! それより、あんたが朝比奈だな!」
「そうだが──」
「あんた、アンドロイドをなんだと思ってるの?」
突然怒り一色だった彼女の表情が冷静なものになり、雰囲気がガラリと変わった。
しかし、そんなことに目もくれず淳は当たり前のことのように言葉を発した。
「道具、だろ?」
「っ! ふざけんなっ! アンドロイドは道具なんかじゃない! アンドロイドだって生きている、一人の人間だ! それを道具なんて言うなっ!」
「お前こそ何を言っているんだ。アンドロイドは機械、パソコンや車と変わらないただの機械だろ」
「そう、だけど……そうだけど! だからって使い捨てのように使わないでよ。あの子達だって辛いんだから……」
「僕がどう使おうと僕の勝手だろ」
エルセアは膝から崩れ落ちた。
整備士として、我が子のようにアンドロイドを扱う彼女にとって、アンドロイドが使い捨ての道具として扱われることに怒りを覚えたのだ。
アンドロイドは機械。他の機械と同じ。
そのことは彼女自身わかっていた。
「道具なら、大事に使ってよ……っ」
エルセアの小さな叫びは前に立つ淳に届いていた。
……そんなこと、言われなくてもわかってる。
「エルセア。コードΩラウラトコードΣチカルノメンテナンスハ終ワリマシタカ?」
「ぐすっ、……もう終わってる。あの子達なら帰らせたわ」
「お前は僕に説教するために残っていたのか? 整備士はよほど暇なんだな」
「暇じゃない! 忙しいけど、言わなきゃ気がすまなかったの!」
再び怒り出してエルセアはその場を去っていった。
彼女の背中を横目で一瞬見た淳は開け放たれたドアからアンドロイドを整備していた病室へと入っていく。
「マスター。ソコニハモウ用ガナイノデハ?」
「何を言っている、早く入ってこい」
「ハイ」
ケイティには分からなかった。
何故誰もいないのにこの病室に入るのか。
しかしその疑問は淳によって解消される。
「お前のメンテナンスはまだだろ。俺がしてやる。だから、早く横になれ」
言われるがまま、診療台に横になりながらケイティは確信した。
旧式の私にさえ良くしてくれるあなたは、私のマスターです……。
淳が病室で目覚めた時は既に夕刻。
そして、保健室の明かりは日付が変わる頃まで消えることはなかった。
第11話は淳視点でした。
明確な区切りがあるわけではないんですが、これでアルドラ視点が一周したので第1章・前半は終わりです。
後半は再び雄二視点へと戻ります。