アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「むぅ、雄二ったら撫ですぎだよ。途中から夢中になってたでしょ」
「いや、まぁ……その通りなんだが。髪、大丈夫か?」
「うん。髪は崩れてないよ。えっと……むしろ整ってる?」
「あ、あの、私にも──」
「ねぇ~、そろそろ食べない? お昼休みはあっという間だよ?」
沙織の小さな声は琴吹の声と重なって雄二には聞こえない。
「それもそうだな。そういえばお前らは全員弁当……ってわけでもなさそうだな。琴吹は購買のパンか?」
「そ。成瀬君と同じだね。あ、その顔はいつ買ったんだって顔だね」
「え? 俺、今顔に出てたか?」
無表情さを自覚している雄二は琴吹の言葉に反応してしまう。
だが、琴吹は申し訳なさそうに手を合わせた。
「ご、ごめんね。今の冗談だから。気になってるのかなぁって思ってね」
「いや、気にしなくていい。それで、いつ買ったんだ? 俺が買いに行ったときはいなかったよな? 先に屋上に来てたぐらいだし」
「ふふん、実はこれ、朝の購買で買ったパンなのですよ。お昼の購買は人がいっぱいいるから買うのも一苦労だから朝のうちに買っておいたの」
「へぇ~、購買って朝から開いてたんだね。初めて知った!」
「私も初めて知りました」
「美海はともかく沙織が知らないなんて」
「私は中等部1年からいますけど、その、あまり購買は使わないので……」
購買が朝から開いていることを知っている生徒は割と少ない。
学生寮と購買のある建物は校舎を挟んで反対側にあるため、わざわざ校舎を通りすぎて購買に寄るという生徒自体が少ないのだ。
「すまん。せめてるわけじゃないんだ。純粋に驚いただけだから」
「いえ、その、雄二さんはそれぐらいの量で大丈夫なんですか?」
昨日の打ち上げの時、雄二がかなりの量の料理を食べるのを見ていた沙織はあんパンとパックの牛乳しかない雄二のお昼を見て不思議に思った。
しかも両方とも既に空だ。
「なんか、張り込みでもするみたいだね!」
「何故あんパンと牛乳の組み合わせを見てその発想が出てきたか分からないし、分かりたくもないが……。午後の検査があるから軽めの食事にしておいた方がいいってメールに書いてあったんだ」
「へぇ、アルドラも午後に何か検査があるんだね。どんなことするの?」
「えっと、……確か誠也に見せてもらった資料には『プログレス適合率検査』とか『αフィールド耐久検査』とかするらしいぞ。プログレスの方は何をするんだ?」
「んー、私たちはエクシードの破壊力とか汎用性とか、どんな力で何をどれくらいできるかってのを検査する感じかなぁ。だよね? 岸部さん」
琴吹が話を振ると、沙織は口をもぐもぐ動かしながらコクリと頷いた。
これが美海だったら食べながら喋るだろうな。
「……雄二。何か失礼なこと考えたでしょ」
「考えてない。気のせいだ」
雄二たちは他愛のない会話に花を咲かせる。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、チャイムが昼休みの終わりを告げていた。
美海たちと別れた雄二は一人、校内を歩いている。
「…………」
彼女たちと昼食を食べた屋上の校舎から出て、既に10分ほど経過していた。
しかし、未だに目的地の場所の目星すらついていなかった。
「強化施設-αってなんだよ。というか何処にあるんだよ。場所だけ提示するとか不親切なメールだな」
「あの、どうしたの?」
雄二が端末を睨み付けていると後ろから誰かが声をかけてきた。
雄二が驚いて振り返ると、そこには昨日の夕方に闘技場の前で出会ったコードΩラウラがポツンと物静かに立っていた。
なんだ? ちょっと嬉しそう?
「よっ、また会ったな。今、暇か?」
「はい。現在遂行中の任務はありません。だから、暇だよ?」
「おお、ちょうどよかった。ちょっと道案内してくれないか?」
「道案内? 目的地はどこ? ラウラが案内する」
「えっと、強化施設-αって場所なんだけど何処にあるか知ってるか?」
ラウラは目を閉じる。まるで電源が切れたように。
「ラウラ?」
「……検索中です」
「な、なるほど。検索機能があるとかアンドロイドって凄いな」
ん? 今……。
雄二は一瞬だけラウラが小さく笑ったように見えた。
しかし、もう一度見てもラウラは無表情のままだった。
「検索終了。……ふぅ。該当する場所が見つかったよ」
「おお! 流石だな! そこに案内してくれ。お礼はなんでもするぞ」
「お礼……。うーん。じゃあ、頭」
そう言ってラウラは雄二の右手を自分の頭に乗せる。
「えっと、……撫でればいいのか? こんな感じか?」
「ん……。でも、前と違う」
雄二のなでなでに気持ち良さそうにするラウラは、少し不満そうな目をして雄二を見つめる。
前? ああ、初めて会ったときのやつか。もっと激しくしろってことか?
「あぅ、あぅ」
雄二があのときのように頭を激しく撫でるとラウラは嬉しそうに声をあげる。瞳も心なしかトロンとしていた。
「成瀬雄二、感謝します。道案内は任せて。出発しま──」
「あ、その前に一ついいか?」
「なに?」
ラウラは少し髪が乱れているのも気にせずに出発しようとする。
雄二は優しく撫でてきれいに整えると満足そうに頷いた。
「これでよし」
「……? これが要件?」
「あ、そうじゃなくてな、呼び方が気になってさ。俺のこと、フルネームで呼んでるだろ? 別にフルネームじゃなくてもいいんだぞ?」
「……?」
雄二の言いたいことがラウラにはうまく伝わらないのか、首を傾げていた。
「えっと、だな。好きに呼んでいいぞってことだ」
「納得。なら、『マスター』と呼んでもいいですか?」
「マスター? へぇ、かっこいいじゃん」
呼んでいいぞ、と雄二が頷くとラウラは嬉しそうに歩き始めた。
雄二は慌てて追いかけて横に並ぶ。
「マスター、よろしくね」
「? おう、よろしくな」
わたしの、マスター。ふふふ、少し胸があったかい、かも。不思議。
「ここが強化施設-αだよ」
ラウラに案内されて雄二は無事、目的地に到着した。
「まさか購買がある建物の地下だったなんてな。歩き回っても見つからないわけだ」
強化施設-α。
そこは地下三階からなるαドライバー専用の検査、トレーニング施設だ。
施設中央は吹き抜けとなっていて、大きなドーム状の建物がある。
壁にはいくつものドアが設置されており、それらのほとんどが検査、研究するための部屋だ。
雄二が施設の内装に驚き、見ていると白衣を着た研究員らしき男が近寄ってきた。
「やぁ、随分と遅い到着だね。待ちかねていたよ」
「えっと……」
「ああ、すまない。自己紹介がまだだったね。私はここでαドライバーの研究を行っている
「成瀬雄二です。すみません、道に迷ってしまって遅れました」
「ああ。別に構わないよ。ここの場所を知っている人は割と少ないからね。それじゃあ、さっそくで悪いけど検査しに行こうか」
「わかりました。ラウラ、案内ありがとな。じゃあ、行ってくる」
雄二が泉川についていこうとするとラウラが服を掴んでそれを止めた。
「ラウラもいきたい」
真っ直ぐな視線を向けられてどうしようかと悩んでいると、先を歩いていた泉川がついてきていないことに気がついて戻ってきた。
「どうかしましたか?」
「あー、えっと、こいつも連れて行っていいですか? 邪魔はしないと思うんですが」
雄二がラウラを指差して許可を求めた。すると泉川は今存在に気がついたかのように、細目を少しだけ見開いた。
なんだ? 一瞬だけラウラを睨んだのか? いや、気のせいか。
「うーん、検査には関係者以外立ち入ってはいけないのですが……」
「邪魔しない。検査を見ていたい」
「……わかりました、いいでしょう。それではついてきてください」
スタスタと歩いていく泉川の後に二人は続く。
「よかったな、ラウラ」
「はい。よかった、です」
いよいよ雄二の検査が始まる。
第14話につづく