アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「それじゃあ、プログレス適合率検査を始めるよ。今から各プログレスの固有脳波のコピーサンプルを転写する。成瀬君はそれをプログレスだと思ってリンクしてみて。リンクが成功しなくても大丈夫。これは検査だからね。気楽にいこう」
雄二はフルフェイスのヘルメットのようなものを被り、無骨なベッドに横たわっていた。
こんな状況で気楽になれるかよ。
ラウラと
泉川がボタンを押すとブザー音が鳴り、検査が始まった。
プログレスには個々人で何らかの違いがある固有脳波というものがある。
αドライバーだけが感じ取れると言われていたその脳波は研究の末、サンプルをコピーするまでに至った。
そのおかげでαドライバーの検査で実際にプログレスを用意する必要もなく、効率よく検査ができるようになったのだ。
つまり、プログレス適合率検査とは言わばリンクの相性検査なのだ。
青蘭学園にいる全プログレスの固有脳波データを参照し、どのプログレスとの相性が高いのか、そのリンクの適合率はどうなのか。といったことがわかる。
今、雄二の頭には次々と一定間隔でデータが送られている。
──リンク。リンク。リンク。リンク。
頭がおかしくなりそうだ。
間隔が早いわけではないが、一つにつき一分とない。
知らない波とのリンクは難しい。
でも、できない訳じゃない。
相手の波に合わせるように自分の波を変えていく。
美海とのリンクはこんなこと考えてすらいなかった。
繋がる。そう思っただけで自然と波と波が重なり、馴染んでリンクが成功したんだ。
心地よかった。
美海の頑張らなきゃと思う気持ちが伝わってきて、それに答えようとすると繋がりが強くなっていく気がした。
だが、今はそれがない。
どれだけの数とリンクしても何も伝わってこない。
この波たちは俺を知らない。
俺はこの波たちを知らない。
多分、そういうことなんだろうな。
リンクの強さは思いの強さ。絆の強さ。
苦楽を共にしてこそ、真のリンクへと昇華する。
「これで最後だよ」
泉川さんの声がする。
もう最後なのか。長かったような短かったような。
ああ、何故だろう。
この波は不思議と心地いい……。
「お疲れ様。検査は以上で終わりだよ。意外と早く終わってびっくりだよ」
三人は施設入口の前まで戻っていた。
「結果っていつわかるんですか?」
ぐったりとした雄二はラウラに支えられながら、なんとか立っているという状況だ。
事情を知らない人が見ればラウラが横から抱きついているようにしか見えない。
「そうだね……。結果からすると君はやたらと打たれ強いね。αフィールドによるダメージフィードバックの効率は微妙かな」
「微妙、ですか?」
「例えば、普通のαドライバーが1のダメージをフィードバックすると自分に1ダメージが加わるとしよう。でも君の場合、1のダメージを0.85~0.9のダメージにして自分にフィードバックするんだ。ね? 微妙だろう?」
「は、はぁ……。でも、その小さくなった分はどうなるんですか?」
「いい質問だね。フィードバックする際に減らしたダメージ分は何処にいったのか。それはね、他のものに受け流したのさ。ダメージを受けたときに回りにあったものにね。例えば、地面や制服が当てはまるかな」
雄二の場合は10%~15%のダメージを他へ逃していることになる。
このαフィールドの操作が上手い人は最大で半減させることができると言われている。
「あとはそうだね……。プログレス適合率
についてなんだけど……」
そうだ。それが一番気になっていた。
雄二は一言一句聞き逃すまいと集中していたが、泉川はなかなか切り出さない。
「すまないが、今回の検査ではデータ不十分だったみたいなんだ」
「えっと、つまり……?」
「再検査が必要」
「……そういうことだね。あー、でも再検査はここでは行わないよ。白の世界に行ってもらうことになる。白の世界にいるDr.ミハイルのところに行って再検査をしてほしいんだ」
「それって今すぐですか?」
泉川は首を振って否定する。
その表情はどこか申し訳なさそうである。
「5月になれば行く機会もあるだろう。その時で構わないよ。この検査は別段急ぐ必要もないからね」
「……わかりました」
「この施設の中央ある半球状の建物がαドライバー専用の負荷トレーニング施設になってるからいつでも自由に使っていいからね。それじゃあ、今日はお疲れ様」
泉川は踵を返してその場を立ち去る。
「マスター、帰ろう?」
「……そだな。そろそろ体力も回復してきたし、もう離れてもいいぞ」
「……わかった」
ラウラは雄二をギュッと強く抱き締めて、名残惜しそうに離れた。
「さて、と。とりあえず上に行って誠也に相談でもするかな」
「相談? ラウラも手伝う」
「いや、そこまでしてもらわなくていいさ。気晴らしでもあるからラウラには迷惑かけられねえよ」
「……了解。地上に戻り次第解散、する」
妙に堅苦しい返答に雄二は戸惑い、黙って頷くしかなかった。
泉川は一人、研究室に戻って先程の検査結果を見ていた。
「これほどまでの適合率を叩き出すとは……。しかも世界が定まっていない」
プログレスの相性というものは大半が世界ごとに分けられる。
例えば、ある青の世界のプログレスと親和性が高ければ、他の青の世界のプログレスとも親和性が高くなる傾向があるのだ。
「誰とでもリンク出来るかもしれないなんて他のαドライバーにはない能力だ。だが、使える。使えるぞ。アイツの力と組み合わせれば目標達成に大きく近づける!」
泉川は雄二と接していたときとは一変して、獰猛な笑みを浮かべながらパソコンを操作していく。
すると、泉川に電話がかかってきた。
ったく、誰だ。……ちっ、あの女か。
「はい。泉川です。あなたから電話とは珍しいですね、安堂先生」
『いえ、お忙しいところすみません。今日、そちらにうちのクラスのアルドラが訪ねてきたと思うんですが、結果はどうでしたか?』
なるほど。あいつらの担任だったのか。なら都合がいいな。
「ええ、その事なんですが三人は問題なく検査を終えて結果が出たんですが、一人だけ問題がありまして……」
『問題、ですか?』
「はい。プログレス適合率検査で少し問題が」
『たしか、この学園の全プログレスとの相性を見る検査ですよね。それで問題が起こることは少ないと思うのですが』
「いえ、検査事態は無事に終わりました。ただ、結果が目を疑うようなものだったので」
『……勿体ぶっていませんか?』
「いえいえ、そんなことは。私自身驚いているのですよ。まさか、ほとんどのプログレスとリンクを成功させるαドライバーがいるなんてことに」
『えっ? ……あの、私の聞き間違いでしょうか。今、ほとんどのプログレスとリンクできたって』
「ええ。そう言いました。これが本当なら逸材ですよ。ですがまだ判断するには情報が足りません」
『……そう、ですね』
安堂先生は聞かされた事実に驚き、判断が鈍っている。
畳み掛けるなら今か。
「そこで一つ頼みたいことがあるのですが」
『頼み、ですか?』
「Dr.ミハイルの研究所で再検査をしてほしいのです。もちろん、その検査結果を私に送ってもらいたい。お願いできますか?」
『わかりました。その件はお任せください』
その後、事務連絡をして通話は切れた。
「これであとは結果が送られてくるのを待つだけだ」
泉川は椅子から立ち上がり、部屋の隠し扉を開けた。
その扉の先は薄暗い通路が続いている。
「さて、道具たちの様子でも見ておこうか。ククク、今日は気分がいいぞ」
カツカツと金属製の床を歩く音が通路に反響する。
泉川が通路の奥に消えると隠し扉は音もなく静かに閉ざされた。
第15話につづく