アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「美海っ、速攻で行くぞ!」
「うん!」
雄二にとってリンクを繋ぐことは最早時間をかけるようなものではなかった。今日一日で検査とはいえ何百もの数のプログレスたちとリンクを繋いだのだ。
美海の波は体に馴染んでる。探すまでもない!
『エクシード・リンク!』
リンクを繋いだ美海の手には銀色に輝くレイピアが握られている。
「行くよっ、ソフィーナちゃん!」
美海は文字通り追い風にのってバトルエリアを滑るようにソフィーナに肉薄する。
流れるように一瞬にしてリンクを繋いだ二人に誠也たちは反応しきれていなかった。
だが──
「美海、上だ!」
「っ!?」
雄二の声に反応して美海は右に大きく飛び退く。
先程まで美海がいた場所には炎の塊がぶつかり、周囲に撒き散っていた。
「ふん、いい判断ね。開幕速攻をかけられたことには驚いたけど、真っ直ぐ突っ込んでくるだけなら、反応が遅れたって対処できるわ」
「雄二もよく周りを見てたね。ナイス指示だよ」
「そりゃどーも」
ちっ。誠也たちにとっては焦るほどでもないってことか。
「いっくよー! たぁあああ!!」
「ほらほら、どうしたの? 前戦ったときより遅くなってるんじゃない? それに、光の翼だって出てないようだけど」
「っ、出てなくたって私は戦えるもん! せいっ、やぁっ、たぁあ!!」
空中に浮かび上がったソフィーナを狙って美海は何度も切り込む。しかし、ソフィーナはそれを軽々と回避し、複数の炎の塊を放つことで美海の動きを阻害してくる。
そして美海はその一つを避け損ねて左肩に被弾してしまう。
「っ!? ごめん、雄二!」
「ぐっ……、大丈夫だ。俺のことは気にせず戦え!」
「う、うん!」
雄二は美海からのフィードバックによって激痛の走る左肩を押さえながら思考を巡らせる。
今回は両チーム共にプログレスは一人だけである。そのため、アルドラは彼女らをサポートするしかない。
攻めあぐねている現状をどう打破するか。
雄二の頭の中はそのことでいっぱいになっていた。
観客席では別の戦いが繰り広げられていた。
「勝つのはマスターのチーム!」
「いいえ。現状有利なのは十河誠也とソフィーナのチームです。勝つのは彼らだと予想されます」
ラウラは言葉に詰まる。
確かに現状では誠也たちのチームが有利に試合は動いている。だが、ラウラには何故かそれを否定したいという思いが芽生えていた。
「まだ試合は始まったばかり。マスターたちにも勝機はあるの!」
「しかし、それは現実的根拠に欠けるのでは?」
「そう、だけど。でも、まだ日向美海は本気を出していない。彼女が本気を出せば勝てる可能性は大きくなるのはホント!」
「はい。しかし、日向美海は攻撃を躊躇っています。今のまま時間が過ぎていけば、先に成瀬雄二の体力が尽きることになる」
『君たち、もう少し静かに観ないかね? 試合に集中を──』
マイクが二人の討論を拾い、ミハイルにも聞こえていた。
ミハイルがドローンを操作してカメラをバトルエリアからセニアたちへと向ける。
彼女は思わず言葉を止めた。
二人は討論に夢中になって試合に集中していなかったわけではない。
カメラには真剣な表情で試合を見つめる二人の姿が映っていた。
試合は膠着したまま、時間だけが過ぎていく。
無表情なことで定評がある雄二の顔にも疲労の色が見え隠れしている。
「くそっ、なにか突破口はないのかよ!」
それは空中で激しく動き続ける美海も同様だった。
「はぁ、はぁ……。ちょっと、疲れてきた、かも」
「あら、もうおしまい? 勝つだなんて見栄を張っていたのに意外と呆気ないものね。私たちはまだリンクすらしていないのよ?」
「くっ! やぁあああ!!」
ソフィーナの言葉に煽られて美海は攻撃を繰り出す。しかし、それはソフィーナの召喚した炎の壁に阻まれた。
「きゃあああ!!」
まともに壁に突っ込んでしまった美海は慌てて後退する。
どうしよう、雄二にダメージが!
「あなた、気ついてる?」
「気づいてるって? ……何に?」
「さっきからダメージを負う度にアルドラの方を見てるってことに、よ。戦いに集中したらどう?」
「っ、そんなこと、ないよ。私は集中して──っ!?」
ソフィーナが魔方陣から放った不可視の弾丸が美海の腹に直撃する。
「ほら、また見てる。アルドラのことが気になって全然集中出来てないじゃない」
「…………」
美海は歯痒かった。手も足もでないことに。ソフィーナは美海より何枚も上手だ。
力が及ばない攻撃は隙となり、雄二にダメージが行く。
どうすればいいの……! 攻撃すれば雄二にダメージが……。でも、攻撃しなかったら勝てない!
美海はどうしようもない悔しさに歯を食い縛る。レイピアを握る右手にも力が入り、その剣先は小刻みに震えていた。
「あなたは、成瀬雄二の何?」
「私は雄二の……」
「クラスメイト? チームメイト? それとも幼馴染みとでも言うのかしら? あなた、いつもそればかりよね。幼馴染みだもんって」
「だって私は──」
「幼馴染みだってただの他人でしょ?」
「っ……ちがっ、違う!」
「あなたは幼馴染みという立場にふんぞり返って本当の意味で彼に近づこうとはしていない」
「違う! 私は、小さい頃から雄二のそばにいる! そばにいて雄二を見てきたの! ただの他人なんかじゃない!」
「ならなぜパートナーだとは言わないの?」
美海は目の前が真っ白になった。
頭に血が登り、まともな思考はできない。
「っ、なら、ソフィーナちゃんは誠也君の何!?」
「セーヤは……、いえ。誠也は私のパートナーよ」
ソフィーナの真っ直ぐな言葉に美海は目を見開く。
「パートナーならなんで、なんで攻撃できるの!? 私の攻撃が当たったら誠也君だって怪我しちゃうんだよ!? なのに何でっ」
美海の言葉にソフィーナはため息をつく。
そして目の前に三メートルはある巨大な魔方陣を展開していく。
「あなたね、そんなこと悩んでいたから攻撃が軽かったの? 呆れてつい決着をつけたくなるわ」
美海は動けない。
これまでの疲れが体を鈍らせ、ソフィーナの言葉が頭を混乱させる。
ついに魔方陣は完成し、怪しく光出す。
「なんで攻撃できるの? 当たったら怪我する? そんなの決まってるじゃない。私は自分のアルドラを信頼しているからよ!」
「っ!?」
魔方陣から吹き出した炎に美海は対応できずに飲み込まれてしまう。
そのダメージは絶大だ。
だが、試合終了のブザーはまだ鳴らない。
「がぁああああ!!」
体が熱い。全身が燃えてしまいそうだ。
炎の渦に飲み込まれた美海のダメージがリアルタイムに雄二へとフィードバックされる。たとえダメージの10~15%を他へ流せても絶え間なく流れ込む激痛に雄二は意識を飛ばしかけていた。
『雄二……ごめんね』
ふと聞こえた声に、雄二は意識をしっかりと持つ。
今の、美海の声か?
『ごめんね、雄二。私、雄二が怪我すると思うと攻撃できないっ。雄二が傷つくのが怖くて踏み込めないよ……』
『美海……』
『この試合終わったら、私……チーム抜けるね。攻撃できないなんてチームメイト失格だよ』
何言ってるんだ、こいつは。
雄二は涙を流す美海の姿が見えたような気がした。涙ながらに自らを責める幼馴染みの幻影が。
『期待を裏切ってごめんね……。私、幼馴染み失──』
『ふざけんなっ!』
『ひぅ!? 雄二、なんで怒って』
『怒るに決まってるだろうが! 攻撃できないからチームメイト失格? 勝手にそんなこと決めるな! 俺にダメージがいくから怖い? 俺だってダメージを負うのは怖い。だけど、アルドラの俺が耐えればプログレスのお前がきっと答えてくれる、そう思って今だって必死に耐えてんだよ!』
『でも……』
『でもじゃねえ! 俺はお前を信じてる! 誠也とソフィーナの関係以上にお前を信頼してるんだ!』
雄二はリンクを通じて美海に語りかける。
言葉は思いを強くし、思いはリンクを強くする。
雄二の言葉はリンクしている美海に直接届く。
『なんで、そんなに信頼してくれるの? 私は雄二のパートナーじゃないよ』
『パートナーとか、関係ない。俺とお前はずっとお互いを見てきた幼馴染みだろ? いまさら信頼とかどうとか考えることじゃないんだよ。ずっとそばにいたんだからな』
『……そう、だね。そうだよね! うん! 私は雄二の幼馴染みっ、私も雄二を信じてる!』
『やっと目が覚めたか。相変わらず寝坊助だな』
『えへへ。ありがとう、雄二。絶対勝とうね』
『当たり前だ。幼馴染みの絆をなめるなよ』
炎はまだ晴れない。激痛は今もなお雄二の体を蝕み、意識を刈り取りに来る。
だが、雄二の意識ははっきりとしていた。
「リンクってのは波を重ねるだけでもできる……。でも、それだけじゃ足りない」
雄二は自分に言い聞かせるように呟く。
「思いを、意思を、絆を、仲間との全てを乗せる。だから──」
──リンクは心を繋ぐ。
美海、お前ならやれる。
ダメージは俺に任せておけ。どんな攻撃だって耐えてやる。だから、全力で、精一杯楽しんでこい!
目の前にいた幻影がニコリと笑って消えていく。まるで、任せてと言うように。
「……ん?」
不思議に思うソフィーナの視線の先で両腕を交差してガードする美海の姿があった。
美海の周りには彼女を護るかのように風が渦巻いている。
「へぇ、あれを防ぐのね。でも、もうアルドラの方は虫の息なんじゃないかしら?」
「それは違うよ、ソフィーナちゃん。だって私の知ってる雄二はこの程度じゃ倒れないもん」
顔つきが、変わった?
美海の表情から躊躇いは消えている。
「ありがとう、ソフィーナちゃん。お陰で目が覚めたよ。さぁ、仕切り直しと行こっか」
「ふん。いいわ、掛かってきなさい! 理深き黒魔女の力、みせてあげる!」
ソフィーナは声高らかに宣言する。
その声はアルドラである誠也に届き、誠也はそれに答えるように彼女とのリンクを繋ぐ。
「魔の力と古き理をもって全てを──」
「そんな攻撃、撃たせないよ!」
美海は構築中だった魔方陣を砕き、ソフィーナの攻撃を防ぐ。そしてお返しとばかりにレイピアをソフィーナの腹へと突きつけた。
その衝撃でソフィーナは後ろに弾かれる。
「くっ、中々やるじゃない」
「えへへ。バトルって楽しいね♪」
「楽しい? 随分と余裕じゃない。アルドラのことは心配するのをやめたのかしら?」
「今でも心配だよ。でも、信じてるから」
「へぇ……」
ソフィーナはニヤリと笑う。
やっと相手が本気を出してきたのだ。
「面白くなってきたわ。私も、楽しい!」
「だよね! たぁあああ!!」
ソフィーナの放った炎と美海の放った旋風が両者の間で激突する。
第17話につづく