アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
第1話 兆し
雄二と美海が初勝利をしてから約一か月が過ぎた。
五月になり、桜の木も青々とした葉に変わり始める頃だ。今はゴールデンウイーク真っただ中。
晴天の空の下、成瀬雄二はアイスを食べながら青蘭島のある場所へと歩いていた。
午後まで特に用事などもなく、家でダラダラと過ごすのも勿体ないと思って一人散歩を楽しんでいるのだ。
雄二は自宅がある住宅地を抜けて、青蘭学園の裏山へと続く道をひたすら歩く。
すると景色は段々と自然味溢れるものへと変わっていった。
食べ終わったアイスのごみを買ったときのコンビニ袋に放り込み、裏山の中腹へ続く石段を上っていく。
そして石段を上りきると視界が開け、立派な赤い鳥居が来客を出迎えてくれた。
「はぁ、風が涼しい」
石段もひんやりしていて気持ちいいな……。
雄二は一番上の段に腰を下ろすと持っていたペットボトルのお茶を飲みながら涼んでいた。
木々を抜けて吹く微風と木漏れ日が雄二の疲労を解きほぐしていく。
リラックスして自然の奏でる音に耳を澄ましていた雄二はその中に混じった石砂利を踏む音に気がついた。
「また来てる。休みになる度にくるなんて余程暇なのね」
「神薙も知ってるだろ。昼までは暇なんだよ。あいつが起き出すと暇じゃなくなる」
「ふ~ん、じゃあ今日もこの後?」
「ああ、そろそろ起き出すだろうからな、っと。で、青蘭神社の巫女さんが何の用でしょう?」
雄二は立ち上がって振り返る。
巫女装束に身を包み、竹箒を持つ彼女の名前は
青蘭学園の生徒で雄二の同級生である。
「私は神社に参拝もせずに鳥居のところで屯っている不審者を追い払いに来ただけよ」
「不審者って、俺? いや、そんなに怪しくないだろ? ただ涼んでるだけだし」
神薙はその反応が面白いのかクスクスと笑っている。
「冗談よ。はい、これ。美海が起き出すまでいつものやってくれるんでしょ? よろしくね」
「ったく、神薙の冗談はわかりにくいんだよ。それじゃ、行ってくる」
雄二は竹箒を受け取ると、一段ずつ掃いて下りていく。
「……あなたの表情ほどじゃないよ」
その背中を見ながら、ぼそりと言った神薙の言葉は雄二には届いていない。
気を取り直して神薙は持っていたもう一つの竹箒で境内の掃き掃除を再開した。
雄二は石段の掃除を開始してから少し経った頃。
半分ほど掃き終った雄二のもとに美海が石段を駆け上がってきた。
「雄二~! 今日は沙織ちゃんとショッピングモールに行くんだけど、行く?」
「ブルーミングバトルの特訓は?」
「え、えーっと、今日はお休みってことで……、ダメ?」
「はぁ。まあ、休日が毎回特訓で潰れるのは可哀想だしな」
「じゃ、じゃあ……」
「楽しんでこいよ」
美海は笑顔で頷く。
「あ、特訓ばかりして怪我したら私も沙織ちゃんも怒るからね! いい? わかった?」
俺は子供か。
いってきまーす、と手を振り、別れを告げて石段を駆け下りていった。
「今日の特訓は二人抜きか。一人でしてもつまらないなぁ」
雄二は石段の掃除を再開しながら考える。
初勝利してからチームαは度々誠也たちとブルーミングバトルをしている。
なんとか勝ち越しているものの毎回ギリギリなのだ。
アタッカーの美海、ディフェンスの沙織。
前衛と後衛のバランスは取れているのだが、些か戦力不足だと雄二は思っていた。
たとえプログレス・リンクを使って攻撃に雄二が加わっても、美海が消耗してしまうため戦力的には変わらない。
いつまでもこのままって訳にはいかないか……。
チームの仲間を増やす。
言葉にすれば簡単だが、やるとなると雄二には難易度が高すぎる。
現在、雄二の端末に登録されているIDは5つ。そのうち3つはクラスの男子連中、つまりアルドラたちだ。そして残りの2つはプログレス、美海と沙織である。
ここ一ヶ月で新規獲得はゼロだった。
しかし、雄二に仲のいいプログレスがいないわけではない。
学級委員長の琴吹文を始め、複数のプログレスと話したりするのだが、そこ止まりである。
「あああ、どうしよっかな~!!」
石段を一番下まで掃除し終えた雄二は思いっきり叫んだ。
周りに人はいない。木々ばかりだ。
叫んだとしても誰も気にしない。
そう考えた雄二は気持ちをスッキリさせるために大声を出してみる。
「仲間がほしいー!」
雄二の叫びは木々に吸い込まれていく。
石段を上り始めたのは叫び出してから30分近く経ってからだった。
雄二が上りきると鳥居にもたれ掛かるようにして神薙が待っていた。
「お疲れさま。はい、忘れ物」
「おお、サンキュー。うわ、お茶が生ぬるい」
下りるときに鳥居の陰に放置していたペットボトルのお茶は常温に温められて微妙なものになっていた。
「わざわざ俺が終わるのを待ってたのか?」
お茶を飲んで喉を潤した雄二は借りていた竹箒を渡す。
神薙は竹箒を受け取ると雄二の言葉に素っ気なく返した。
「神社の前にごみを放置されても困るからね。この青蘭神社には御神体もあるんだから、祟られたら大変でしょ。それに、私は休憩してただけだから」
「毎回同じようなこと言ってないか?」
神薙はそっぽを向くと境内の奥へ歩いていこうとするが、足を止めてしゃがみこむと何かを撫でる仕草をし始めた。
「……またいるのか?」
「うん。ここのところよく来るの」
雄二の目には何も見えていない。
だが、神薙には撫でられて気持ちよさそうにする狐が見えていた。
「霊視し、触れる能力。それがお前のエクシードだっけ?」
「そ。このエクシードがあるから学園側からこの神社を任されたの」
「何気に凄いよな。その力って」
「褒めても仲間にはならないからね」
神薙はチラリと雄二を見ると、また狐の霊に視線を戻した。
「き、聞こえてたのか? 俺の叫び声」
「叫び? さぁ、何のことかしら。私はこの子たちがあなたが仲間を欲しがってるって言ってたから知ってるの」
「俺、監視されてるの?」
「違うわよ。この子たちが異様にあなたになついているの。だから私も知れるのよ」
霊になつかれていると言われて雄二は周りを見る。
「い、今もいるんだよな? というか何でなついているんだよ。俺はなにもしてないぞ」
「今もあなたの周りを漂って遊んでるわよ。まぁ、なついている理由かどうかわからないけど、毎朝ここに来てくれるから嬉しいんじゃない?」
雄二は体力作りのため、毎朝登校する前に青蘭学園の裏山にあるこの神社に足を運んでいるのだ。
「……なら、仕方ないか」
「呆れた。止めるつもりはないのね」
「位置的にちょうどいいんだよ、ここは。だから止めねぇよ」
「ふーん。休みの日まで来るのは凄いと思うよ」
「そ、そうか? いやー、神薙に褒められるなんて滅多にないからスゲー嬉しい」
「う、うるさいわね。私だって褒めるときぐらいあるわよ」
少し頬を赤くして照れる神薙を見て雄二は和んでいた。
「さて、と。そろそろ失礼するか~」
石段から腰を上げ、大きく伸びをする。
「はいはい。早く帰りなよ。今日は特訓お休みになったんでしょ」
美海との会話も聞いてたのかよ。
「あ、神薙。ちらっと耳に挟んだ程度なんだが最近何か起きているらしい。帰るときとか気をつけろよ」
学園からの連絡で各々の端末に注意をするようにという旨のお知らせが届いている。
大したことではないと感じる雄二だが、改めて注意を呼びかけたのだ。
「わかってる。暗くなる前には帰ってるから大丈夫」
「そうか。気をつけておいて損はないからな」
雄二は手を挙げて挨拶を済ませると階段を駆け下りていく。
表情は変わらないのに、声だけは感情を表すように変わる。不思議な同級生を見送った神薙は巫女の仕事に戻った。
神社を風が吹き抜け、神薙はなびく髪を押さえて空を見た。
「気持ちのいい風……でも確かに少し変。なにかの兆しなの……?」
なにか違和感を感じ取った神薙だったが、気を取り直して巫女の仕事を再開した。
時刻はお昼時。晴天の空には暖かい太陽と、黒赤白の三色の門が輝いていた。
第2話につづく