アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
特訓を開始してから30分が経過していた。
セニアの出力も徐々に上昇していき、25%の状態で攻撃している。
「はぁ……はぁ……、休む暇もない、っ!?」
「そろそろ前回の数値を超えるわ。ほら、ここからが勝負よ」
「マスター、その調子です」
これがエクシーズなら残り15分だ。
最低でもそれぐらいの時間は耐えなければいけない。
雄二は気合を入れなおして回避に集中する。
くそっ、やっぱりレーザー射撃は完全に避けることが出来ないのか。
ハンドガンから放たれるエネルギー弾は段々と避けられるようになっていた。
避けられない攻撃は致命的なダメージを負わないように受ける場所を見極めて動く。
しかし、時間が経てば経つほど雄二の動きは鈍っていった。
「マスター、出力を上げます。頑張ってください」
「え、この状況で難易度アップとかスパルタ過ぎるだろ」
「なに甘ったれたこと言ってるの。チームの要がそんなのだといつまでたっても弱小チームのままランキング下位を這いずることになるわよ」
ゼシカは呆れたように雄二に言葉を返す。
下位常連チームのリーダーとしてもずっとランキング下位を這いずるなんて事態は何としても回避したいところである。
戦いの緊張感を味わいたい。でもそれ以上にチームとして勝ちたいのだ。
雄二は足に力を入れて床を踏みしめる。
「さあ、どんとこ――」
構えた瞬間、先程まで受けていた攻撃より遥かに重い攻撃がほぼ同時に全身へ殺到する。
今まで避けることで一つ一つの攻撃のダメージを最小に抑えて徐々に蓄積していた痛みと、全身を砕かれるような強烈な痛みが踏み留まっていた雄二の意識を容赦なく刈り取った。
これは、無理……。
バトルエリアの壁に叩きつけられた雄二は耐えきれずに気を失った。
「前回の1割増しってところかしら。セニアもお疲れ様。コイツを保健室まで運んでくれないかしら。私ホログラムだから持てないし」
「わかりました。マスターは私が保健室まで運びます。お任せください」
「ナナには今連絡飛ばしたから保健室で待機してるはずよ。私はデータの整理とか色々あるから。またね」
ゼシカのホログラムは一瞬のうちに消えて、システムの解除されたバトルエリアには二人だけが残っている。
セニアは高速移動モードにしてモービルを呼び出した。
そして雄二を背負うような形で後ろに乗せてモービルを発進させる。
二人を乗せたモービルは高速移動には程遠いスピードで闘技場を後にした。
静かな駆動音をさせながら進んできたセニアはモービルに乗ったまま校舎内に入り、保健室まで向かった。
保健室の前に着いたセニアはモービルから降りて、保健室のドアを開けて雄二を乗せたままモービルを中に進ませる。
「治療をお願いします」
「あ、はい! 今行きまーすって、えええ!? なんでモービルが中に!?」
「早く治療を」
「は、はい! あ、でも先にこれ片付けてください! 割と邪魔です」
セニアは奥から出てきた人物に言われて、雄二を降ろしてからモービルを消して通常モードに戻した。モービルに気を取られていて雄二に気がつかなかったのか、セニアの足元に降ろされた雄二を見て慌てて駆け寄る彼女。
「ああ、こんなに制服がボロボロに!? 大丈夫ですか雄二さん、今ナナが治療してあげますね!」
そこで初めて彼女がゼシカの言っていたナナなのだとセニアは気がついた。
「あなたがナナ、ですか?」
「ええ、そうですよ。私はタイプMU-21ナナ。治療、看護用に作られたS.W.E.のアンドロイドです」
「コードΩ46セニアです。タイプMU-21ナナ」
「初めましてセニアさん。私のことはナナでいいですよ。皆さんそう呼ばれてますから」
ナナは先ほどの慌てた様子が嘘だったかのように手早く雄二を空いているベッドに運んで診察をしている。
そんな中、セニアはナナの着ている見たことのない服装に注目していた。
「あの、どうしました? 私になにか付いていますか?」
「いいえ。その服装を見ていました。初めて見る服装です。看護用の制服と推測します」
「そうですよ。これは地球の看護婦の方が着ている制服をモチーフにデザインされた『ナース服』という制服です。S.W.E.製なんですよ」
「S.W.E.の技術はこんなところにも使われているのですか。驚きです」
「セニアさんもアンドロイドですよね。どんなアンドロイドなんですか?」
アンドロイドだということはゼシカから連絡があったので知っていたが、一見何も持っていないセニアが何を目的として作られたアンドロイドなのかナナには分からなかった。
「私はブルーミングバトル用にDr.ミハイルに開発されたアンドロイドです」
「ああ、それで雄二さんと一緒だったんですね。雄二さんっていつもボロボロになるまで特訓とかバトルをしてるから治療するナナのことも考えてほしいですよ、もう」
ナナは雄二にS.W.E.製の回復力増強薬を点滴させる。その表情は悲しさと嬉しさが入り交じっていた。
「えっと、セニアさんの話でしたよね。Dr.ミハイルに開発されたなんてセニアさんは凄い方だったんですね」
「はい。Dr.ミハイルは素晴らしい方です。マスターと同じくらい大事な人です」
「セニアさんにはもうマスターがいるんですか! いいなぁ、羨ましいなぁ。マスターを持つことはアンドロイドにとって重要なこと。私もマスターになってほしい候補はいるんですけど、全然指名してくれる気配がなくて……。それで、セニアさんのマスターってどんな人なんですか?」
「マスターはとても努力家です。強くなろうと一生懸命努力して、何度倒れても立ち上がって相手に立ち向かう。負けても挫けず諦めないその姿を遠くから見ているだけでしたが、今日マスターと呼んだ結果拒否されませんでした」
「え? それって、まだマスターになってないんじゃ……」
苦笑いを浮かるナナにセニアは首をかしげた。
「そうなのですか? では今から認証してもらいます」
セニアはそう言って寝ている雄二の体を揺り始めた。
「だ、ダメだよ! 雄二さんは一時間は安静にしていないといけないんだから……?」
慌てて止めに入るナナだったがセニアの言動に思わず手が止まってしまう。
「……もしかしてセニアさんのマスターって雄二さん?」
恐る恐る聞くナナに対してセニアは頷いて答えた。
「そんな……雄二さんって無表情だし、声で感情を表現するような変な人だから親しいアンドロイドはナナぐらいだと思ってたのに。いきなりライバルが出てくるなんて聞いてないよぅ」
ナナは頭を抱えた。いつも近くにいるのは地球人の女子二人だけで、たまに別の子がいるぐらいでアンドロイドの知り合いは自分が一番親しいのだと思っていたのだ。
そんなところにセニアというアンドロイドがやって来てユージがマスターだと宣言する始末。しかも、相手は自分と違ってブルーミングバトル用で組み合わせはピッタリだ。
うんうん唸っていると雄二がのっそりと起き上がった。
「あーもう、煩いな。人が寝てる横で騒ぐなよ」
「マスター、おはようございます。気分はどうですか」
「気分爽快、まではいかなくても特訓前より楽になったな」
「あ、まだ横になってないとダメですよ! いつも無茶ばかりするんですから今日ぐらいゆっくり休んでいてください!」
考え事をしていて反応の遅れたナナはベッドから出た雄二を押し戻そうとする。
「もう十分休んだだろ? それに明日は学校だから今日はもう終わりにするし」
「ダメです! 日向さんに言いつけますよ!」
「でも……」
「岸部さんにも言いますからね?」
「わかりました。大人しくしています」
雄二はベッドに戻り、横になる。
また保健室行きになったことが二人にバレるのは回避したかったのだ。
それから一時間。
ナナに点滴の針を抜いてもらった雄二はサイドテーブルの上にあったティッシュで拭き取って、捲っていた袖をもとに戻す。
「ひっ、血が……」
しかし針を抜いたことで滲み出た血を見たナナは気を失ってしまった。
「相変わらずナースなのに血が苦手なんだな。……とりあえず、俺の寝ていたこのベッドにでも寝かせておくか」
「マスター、お手伝いします」
二人はナナをベッドに寝かせると保健室を後にした。
「マスター」
半歩後ろを歩いていたセニアから呼び止められて雄二は振り返った。
「マスターは私のマスターですか?」
「ん? マスターってセニアの呼び方じゃないのか?」
「私は加入したチームのリーダーがあなただったのでマスターと呼んでいました。しかし、ナナはそうではないと言っていました。なので再度問います。あなたが私のマスターですか?」
雄二はよくわからないセニアの問いに寝ぼけた頭をフル回転させて考えを導きだそうとする。
「……俺はセニアの"マスター"じゃない。俺はセニアを仲間だと思ってる。だからマスターじゃない。でも、人の呼び方なんて人それぞれだからさ、セニアが俺をマスターと呼びたいのならそう呼べばいい」
「難しいです。マスターではないけど、マスターと呼んでいいということですか?」
「そういうことだ」
そういえばラウラもそんなこと聞いてきたような気がするな……。アンドロイドのなかでは流行ってるのか?
「ってセニアはチームαに加入してくれるのか?」
「はい。元々そのつもりでお手伝いを申し出ました」
「そっか。歓迎するよ。改めてよろしくな、セニア」
雄二は目線を合わせるように中腰になり、セニアの頭を優しく撫でる。
「はい。よろしくです。マスター」
小さいながらもはっきりと言葉にしたセニアは少し嬉しそうな顔をしていた。
「ところでマスター。明日の準備は出来ているのですか?」
「明日の準備? いや、まだだけど」
「明日から一週間かけた行事があります。連休前にその事を安堂教諭が言っていましたが、今から準備して間に合うのですか?」
そう言われて雄二は思い出した。
「美海が買い物に誘ってきたのもそういうことだったのか。まぁ、まだ日は高いからなんとかなるか」
「お手伝いします」
「いや、その手伝いはいらない。自分で用意できるからセニアはカレンさんのもとに行ってやれ」
雄二の指差した先の茂みからカレンがすごい形相で殺気立っていた。
セニアはカレンの存在に気がつくと、スタスタと歩み寄っていく。近づかれたことにやっと気がついたカレンはなに食わぬ顔でセニアを抱き締める。
「あぁ、愛しのセニア。こんなところで会うとは奇遇でございますです。さぁ、中断していた散歩を再開しましょうでございますです」
「カレン」
「はいでございますです」
セニアはカレンを見上げるといつも以上に無表情な顔で言い放った。
「マスターに手を出したら、私が相手します」
「セニア!? それはどういうことでございますか!? あんな馬の骨がマスターとは思考回路に重大なバグでもあるのでございましょうか!」
二人に背を向けて雄二はそっとその場を立ち去る。
これから妹に小遣いを融通してもらうための交渉をしなければならないのだ。面倒事に巻き込まれている暇などない。雄二は妹に電話を掛けながら自宅へ帰るのだった。
第4話につづく