アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
セニアが仲間になった日曜日から日付が変わった翌日、月曜日。
一年生一同は各々着替え等が入った手荷物を持って学校に登校していた。
「……眠い」
「あの、雄二さん。大丈夫ですか?」
「……ああ、沙織か。おはよう。俺は大丈夫だ、問題ない」
雄二は自分の机に腕を組んでうつ伏せながら沙織に答える。いつもは声で感情を伝える雄二だが、今朝はその余裕もないのか平坦で抑揚のない、分かりやすく言えば棒読み状態だった。
「もしかしてよく眠れなかったんですか? ふふふ、雄二さんにも子供っぽいところがあったんですね」
沙織は雄二の意外な一面に思わず笑みを溢した。
「ああ、本当に子供っぽいよな。イベントの前の日になかなか寝付けないとかさ」
「……もしかして、美海ちゃん絡み?」
「流石優等生、なかなか鋭い」
雄二はのっそりと起き上がると大きく伸びをして体をほぐす。体を起こした雄二の顔は珍しく無表情ではなく、微妙な疲れが浮かんでいた。しかしその些細な変化は付き合いの短い沙織には伝わっていない。
「美海のやつ、昨日の深夜頃に電話掛けてくるし。どうしよう寝れないとか言ってた割に日付が変わる頃には電話口で寝落ちしてるし。おかげで妹に朝から夜に電話しなかったことについて散々聞かれるし……」
「……大変、でしたね。そういえば美海ちゃんの姿が見えませんけど」
「きっと今頃、遅刻するーとか言って慌てて準備してるところだろうな」
雄二は立ち上がって窓を開けるとその前にある自分の机を後ろに下げ、窓の前から避難させる。
その光景を見ていたクラスメイトも窓から直線上にある机を避難させ始めた。
「沙織、こっそりエクシードで美海を保護してやってくれよ。俺も朝からダメージは受けたくない」
「もう一ヶ月経つんですよ。要領は得ています。ふふふ、雄二さんは優しいですね」
「アイツは幼馴染みだしな。幼馴染みのフォローぐらい慣れたもんだ」
雄二は静かにαフィールドを展開してスタンバイする。沙織も隣に避難しながらエクシードをいつでも発動できるように構えている。
先生が教室にくるまで後10分。
「うわぁあああ、遅刻するぅーー!!」
教室にいるクラスメイトたちが談話を続けるなか、叫び声と共に開けられていた窓から飛び込んでくる少女。
入ってきた瞬間に沙織はエクシードを発動して飛び込んできた少女にシールドを張って壁にぶつかる衝撃を抑える。まだ多少発動タイミングが遅いものの、対象を指定して正確にシールドを張ることが出来たのは日頃の練習の成果の現れだ。
その隣で傍観していた雄二も例外ではなく、的確にフィールドの保護対象を指定してダメージをフィードバックさせることができるようになっていた。
そして、飛び込んできた少女はビタンッと壁にぶつかって軽く意識を飛ばしているようだった。
雄二と沙織は壁にぶつかって目を回している少女、日当美海に近寄る。
「ほら、美海。大丈夫か?」
「う、うぅ~ん……ハッ! 遅刻だ! って雄二と沙織ちゃん?」
「美海さん、おはようございます。今日もギリギリセーフですね。お怪我はないですか?」
「気がついたなら机戻すの手伝え。幸い今回は一つも倒れてないから楽だろ」
「あはは、怪我はないよ。みんな避けてくれたんだね。沙織ちゃんも守ってくれてありがとー」
美海は沙織をギュッと抱き締める。沙織も満更でもない顔で控えめに美海の背中に手を回していた。
「いやー、朝から百合百合しい光景が見れるなんて中学では中々なかったよね、雄二」
「突然入ってくるな誠也。あと、眼鏡をクイッとするな、腹が立つ」
「今日は機嫌が悪いようだね。寝不足かい?」
「そういうことだ。俺は少し寝るから、先生が来たら起こしてくれ」
雄二はもとに戻した自分の席に座って寝る体勢になる。机は既に全て定位置に戻し終えたのだ。
「おやすみ、雄二」
「……止めろ、耳元で囁くな……」
雄二は押し寄せてきた眠気に委ねて意識を手放し、眠りについた。
「……じ。……雄二! もう皆行っちゃったよ」
「……美海?」
「おはよう、雄二。早く出発しようよ」
美海に起こされた雄二が周りを見るといつものメンバーしか教室には残っていなかった。
「先生の説明を聞かないで居眠りだなんて雄二もまだまだだね」
「お前だけには言われたくない。遅刻常習犯め」
「なっ、遅刻してないよ! ギリギリセーフだもん!」
「能力使ってなかったら完全にアウトだろ」
仮眠を取ったことで雄二の顔から疲れがとれていつもの無表情に戻っていた。
美海は沙織に泣きついているが流石の沙織もフォローができないのか苦笑いを浮かべている。
「あの、そろそろ出発しませんか。十河君も転移門のところで待っていると言ってましたし」
「出発するのはいいんだが、今回の行事は一体どんなのなんだ?」
「えっと、各世界を一週間使って観光するって行事だよ?」
「美海ちゃん。雄二さんが聞きたいのはそういうことではないと思いますよ」
「わ、わかってるよ? わざとだもん。ちゃんと行きながら説明するから出発しよう!」
美海はスキップしそうなぐらい軽やかな足取りで教室のドアに行こうとするが、途中で荷物を持ってないことに気がついて自分の机まで取りに戻ってきた。
「じゃあ、沙織、説明頼んだ」
雄二が歩き出すと沙織もその横に並んで歩き出した。
「はい。えっと、各世界を一週間使って観光する行事だということは知っていますよね?」
「ああ。というかそれしか知らない」
「えっと、期間は今日から日曜日まで。参加者は高等部一年生だけです。行動に制限はなくて、1人で観光してもグループを作って観光しても問題ないそうですよ」
「1人で行動してもいいとか自由度高過ぎないか? 行方不明とかにならないといいんだが」
雄二は自覚はないが方向音痴である。
何度も通った道なら覚えているのだが、初めて訪れた場所やあまり訪れない場所では、例え地図があったとしても迷ってしまうのだ。
「それは心配ないそうです。各人が持ってる端末で、ある程度の位置情報を確認できるそうなので、はぐれても見つけることができますよ」
「雄二が行方不明になっても見つけられるね!」
「え、雄二さんが迷子になるの? 美海ちゃんじゃなくて?」
「……美海は迷っても勘が鋭いから目的地まで辿り着けるんだよ」
「雄二は覚えるまで全然ダメだもんねー。いつも私の後ろを歩く雄二、かわいかったなぁ」
先頭を歩く美海は頬に手を当てて、昔を懐かしんでニヤニヤしている。
「小さい頃の話だろ、今は少しぐらい改善してる。それで、この行事の目的って何なんだ。お互いの世界に触れて見識を深めると同時に誤解や偏見をなくそうってところか?」
「雄二さん、あまり察しが良すぎると説明し甲斐がありません」
「雄二はもう少し別の方向に察しをよくすべきたと思う!」
お互いの発言に頷きあう美海と沙織。
雄二は気に食わないといった顔で足を速めた。
「誠也が待ってるんだろ? 早く行くぞ」
「あ、待ってよ雄二! 転移門がある広場はそっちじゃないよ! こっちこっち」
Y字路を広場のある方と反対側の道に進もうとしていた雄二の手を掴んで、美海は正しい道を進んでいく。雄二は恥ずかしいのか無言で手を引かれるままになっていた。
「……ぷっ、くくく、雄二さん」
「止めろ、何も言うな」
「は、はい。言いません。でも……ふふっ」
沙織は笑いが堪えられないのか口を抑えて必死に我慢しようとしてるのだが、笑いは溢れている。
結局雄二が美海に解放されたのは転移門に着いて誠也と合流してからだった。
「雄二と日向が手を繋いでるところって意外と見ないよね」
「誠也、そんなことはどうでもいいんだよ。それより、なんで起こしてくれなかったんだ」
美海と手を繋いで転移門広場に辿り着いた雄二は待ちぼうけしていた誠也に散々いじられた。そのせいでまた雄二の顔に疲労の色が見受けられる。
ニヤニヤしている誠也に問い詰める雄二。誠也は目で美海たちに助けを求めているが気づいてもらえない。
「い、いや、僕は起こそうとしたんだ。でも日向が私が起こすからいいよって言ったから任せたんだ。そうしたら説明が終わってから起こし始めて、僕は先にここに来ていたんだよ」
「はぁ……、終わったことをとやかく言っても仕方がないか。あ、でも、異世界の案内は任せたぞ? ちゃんと案内しろよ」
「もちろん! 最高の観光にするから楽しみにしていいよ」
「ね、最初は黒だよね? どんなところなの?」
「授業で習った通り、ずっと真っ暗なんですか?」
「それは行ってからのお楽しみってことで。向こうでソフィーナちゃんが待ってるはずだから、そろそろ行こう」
二人の女子の質問攻めを回避して誠也は黒い光の渦巻く転移門に足を進める。
その後ろを美海と沙織が並んで歩く。
最後尾を歩く雄二は三人が消えた転移門を不思議そうに眺めていた。
異世界の技術で作られた建造物が生活の側にある。少し前までは遠く感じていた異世界がこんなにも近くにあることに慣れてしまっていた。
「随分と遠くまで来てしまったなぁ」
「それを言うのはまだ早いんじゃない?」
「は……?」
ポツリと溢れた雄二の言葉に一人の女生徒が反応した。突然入ってきた声に雄二は思わず振り返る。
青蘭学園の制服を着たその少女は片手を腰に当てた体勢で雄二を見ていた。
足元にはキャリーバッグが置いてあることから高等部一年でクラスメイトであると推測できる。
「えっと、よく美海に絡んでくる人……だよな?」
しかし雄二は名前を覚えていない。
いや、知らないのだ。
「くっ、そんな覚え方をされてるなんて屈辱だわ。貴方、いつも日向美海の側にいる人でしょう?」
「間違ってるわけじゃないが、いつもいるわけじゃない。今だっていないだろ」
彼女は確かめるように広場を見渡したが、日向美海の姿は何処にも見当たらない。そのことが分かるとホッとしたのか胸に手を当てて短く息を吐いた。
「美海のこと、警戒してたのか? まさかまた何かやらかしたのかよ」
「ち、違うの! こんなときに会うのが気まずいだけなの」
「気まずいって何かあったのか? 俺で良ければ聞くけど」
「……私、いつも日向美海に絡んでるでしょ。もっと真剣に戦えとか、ちゃんと鍛練はこなしてるのかとか──」
彼女の語りを聞いていて雄二はある確信を持った。
「エクシードは世界を救う可能性であり鍵なの。それなのに日向美海は自分のエクシードを遅刻しそうになったからといって使ったりするし!」
「お前……すげー、真面目なんだな」
「なに、馬鹿にしてるの?」
何処から取り出したのか、いつの間にか彼女は一振りの日本刀を雄二の首筋に当てていた。ふざけたことを言ったらその時は落とすと言わんばかりに眼光を鋭くして彼女は睨み付けている。
「馬鹿にしてるわけじゃない。むしろ誉めてるんだよ」
彼女は刀を少し首筋から離して、続きを促す。
「俺って意外と薄情な奴でさ、親しいやつらが幸せならそれでいいと思ってるんだよ。だから世界の危機だとか使命とか他人事だと思ってる。でもお前はその使命やプログレスとしての自覚をはっきりと意識して、世界の危機や救う鍵となるエクシードにきちんと向き合ってるんだって伝わってきた。だから真面目なんだなって」
「な、何を言っている、向き合うのはプログレスに選ばれた者の役目だ。エクシードを理解していないのに世界など救えない。私は当たり前のことをしてるまでだ! だが、まぁ……誉められて悪い気はしない、かな」
彼女は指にポニーテールの毛先を絡ませながら照れくさそうにしていた。真面目で厳格なイメージのある彼女が照れくさそうにしているギャップに雄二はまじまじと見ていた。
しかし、すぐに出発目前だったことを思い出して、黒の世界へ繋がる転移門に急いだ。
「じゃ、俺はもう行くから。また学校で!」
「あ、ま、待って!」
彼女は急ぐ雄二の手を咄嗟に掴んだ。雄二は顔だけを向けて視線で訴える。無表情と冷ややかな視線を向けられた彼女は自分のしたことに気がついたのか、顔を赤くして慌てて手を放した。
「わわ、ごめんなさい! あの、貴方にお願いがあるの。……私も一緒に行きたい、です」
「一緒に行くのは構わないけど、行き先は黒でいいのか? というかいつも一緒にいるカメラを持ってる女子はどうした。姿が見当たらないけど」
「キャロルなら、全世界密着取材とか超特ダネチャンス! とか言って我先に転移門で出掛けたの。位置情報で何処の世界に行ったかどうか調べてみたけど、ダメだったわ……」
「ま、何処かで会うだろうさ。イベントは楽しまないとな」
「ふふ、そうね。あ、御影葵よ。よろしくね、成瀬雄二」
「よろしく、御影」
二人は握手を交わすとお互い初めての異世界の地へと歩みを進めた。
第5話につづく