アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
『ダークネス・エンブレイス。通称「黒の世界」。世界は常に闇に覆われており、空には血のように赤い月が浮かんでいる。「魔法」や「錬金術」が発達し、日常生活に根付いている。各種族は、己が領地を中心に自由に暮らしているものの、魔女王と呼ばれる絶対的統治者が君臨している』
以上、青蘭学園の教科書より抜粋。
転移の光が収まり、視界に飛び込んできたのは完全な異世界の風景だった。
「月が赤い。それに、向こうは朝方だったのにこっちはまるで夜だ」
「な、成瀬雄二。私は夢でも見ているのか? そ、空にクラゲが、ピンクのクラゲが飛んでいる!」
「本当に異世界に来たんだな……。あ、ということは」
ポケットから端末を取り出して、ある機能をオフにする。
すると、先程まで聞こえていた周囲の人たちの会話の声が日本語ではない別の言葉に変化した。
「なるほど、確かにこの機能が無かったら異世界人と交流なんて難しいな。流石学園支給の補助端末だ」
「成瀬雄二? 一体何をしているんだ?」
「ちょっとな。技術の素晴らしさを実感していたところだ。御影も自動言語最適化機能をオフにしてみろよ」
「まあいいけど……っ!」
「な? 今まで常に作動してたから気にも留めなかった項目だけど、コイツが無かったら異世界人どころか外国人とすら話せなかったはずだ」
「すごいな、これは。これが地球の技術の数世紀先を行く白の世界の技術なのね」
しばらく技術の素晴らしさに浸っていた二人は機能をオンに戻した。
御影がきょろきょろと周りを見ているなか、雄二は沙織から聞いていた位置情報機能を起動する。すると、雄二を中心とした半径1メートルの範囲にホログラムで構成された立体マップが出現した。
「な、何してるの! こんな往来のど真ん中でそんなの開いたら通行の邪魔でしょ!」
「いや、こんなにでかいとは思わなくて。一旦閉じて路地裏にでも入ってから再度展開するよ」
「ええ。その方がいいわね。周りの、多分この世界の人たちが驚いてこちらを遠巻きに見てるもの」
広場にいた黒の世界の住民たちは魔法陣だとか召喚陣だとかざわめきながら奇異の視線を向けていた。
雄二と御影は広場からほど近い路地裏に入って再度起動する。
出現したホログラムは周辺の地形を映し出し、端末を持っている者の位置情報を点にして表示している。
「それで、いきなり起動させてどうしたのよ。誰か探してるの?」
「ああ。美海たちを、な。広場にはいなかったけど、どこかにいるはずなんだ」
「どうしてそう言い切れるの? 別の世界にいるかもしれないじゃない」
「言ってなかったか? あいつらと一緒に異世界を巡るつもりだったんだよ。地球の転移門広場で俺が転移門を見ていたとき、先行してたからその場にいなかったってだけだ」
「わ、私、帰る! 地球に帰って別の世界の方に行く!」
御影は焦ったように踵を返すがその足取りは遅い。呆れた雄二はそのまま作業を続けていた。
「お前、一人で踏み出せなかったから一緒に来たんだろ? それにさ、美海はお前のこと悪く思ってないのは分ってるだろ」
「で、でも、空気を悪くするかもしれないし……」
「気にするなって。そんなことより、あいつらもこの辺りにいるようだ。ぶらついていたら会えるだろうな」
「私は一緒にいてもいいの……?」
「一緒に楽しもうぜ、異世界観光を」
突き出された拳に御影は戸惑い半分嬉しさ半分といった顔でコツンと自分の拳を当てる。
その反応に満足した雄二は路地裏から出ようと御影の立っている方へ歩き出そうとした。
「お二人さん。人形劇などはいかがですか?」
雄二の後ろ、路地裏の奥から一人の少女が声をかけた。
その少女の頭には小さな王冠が金色に輝く髪の上に鎮座している。身長130センチ程度の小柄なその少女はにこやかな微笑みを浮かべて、二人の返事を待っている。
二人は顔を見合わせると、少女の方を向いてその誘いに乗った。
「黒の世界の人形劇か。面白そうだ、案内してくれ」
「私も。別に人形が好きとかそういうのではないけど、ちょっと……興味あるし」
二人の言葉を聞き届けた少女はフリルのついたドレスのスカートを摘まみ、優雅にお辞儀をした。
「それではご案内します。人形たちの舞台へと。ふふっ」
嬉しそうに笑う少女の背を追いかけて二人は路地裏の奥へと入っていく。
暗い夜が支配するこの世界の空で真っ赤に染まった月が地上を見下ろしている。その月光が路地裏を怪しく照らしていた。
路地裏をしばらく進むと一つの扉に突き当たる。
「さ、この中へ。劇はもうすぐ開演ですわ」
少女はそっと扉のノブをひねって手前に引く。促された二人は中へ入っていく。
ふと、雄二は立ち止まり、扉付近に立つ少女の方を振り返った。
「なぁ、金はとらないのか?」
「そんな野暮な話は劇を楽しんでからにしましょ? 多額の料金を請求したりしないわ。小さな舞台ですもの、安いものですわ」
首をひねりながら納得のいかない様子で雄二は御影が手招いている席へと向かった。
二人が席に座ったのを見計らったかのように劇は始まる。
──これはこの世界に伝わる古いお話です。
あるところに四つの世界がありました。
一つは青き水が大半を占める世界。
一つは黒き闇が空を覆い、永遠の夜が支配する魔女の世界。
一つは赤き光が照らす神々が住まう世界。
一つは白き偽りの空が天を覆い、最適化された世界。
平和だった四つの世界。
しかし、そんな世界は気づかぬうちに蝕まれていました。
ある世界では都市を飲み込む大津波や全てを破壊する大地の揺れが起こり、またある世界ではその地に住まう魔獣が人々を襲うようになり、世界は混沌に包まれようとしていました。
そんなある日、今までの出来事が前触れだったかのように突如として四つの世界は繋がりました。
青き世界を中心に繋がった四世界では不思議な力に目覚める少女たちが現れ始めました。
四世界の住人は、その少女たちを"可能性の鍵"という意味をもつ言葉で呼ぶようになり、大切に育て始めます。
少女たちは自らに秘められた可能性を開花させ、世界の異変に立ち向かいました。
そんなささやかな日常は新たな世界との接続を境に崩れ去ります。
世界中で異変が活発化し、人々はつかの間の平穏だったのだと気づかされました。
そして、天に浮かぶ光の渦は日に日に大きくなり、全てを飲み込む顎と化しました。
「かくして世界は融合し、ウロボロスに食べられました……とさ」
少女の言葉と共に人形劇の幕は閉じた。
雄二は語りに合わせて舞台で動く人形たちの動きによって劇に引き込まれていた。
観客席では拍手が起こり、しばらく余韻に浸っていた。
「まるで予言してるみたい……、この世界の結末を」
御影は椅子に深く座ったまま、ぼんやりと宙を見つめている。
確かに人形劇の話はこれまで起こった事実と被る部分があるが、だからといってこの話の結末のようになるとは思えなかった。雄二は御影の肩を叩いて扉へと向かう。
「いかがでしたか? お代は500リシェです」
「楽しめたよ。今度は友達を誘ってもいいか?」
「もちろんです。あ、これよかったら」
二人分の千リシェを手渡され、いそいそとスカートのポケットにお金を入れる少女は人形劇で登場した人形を雄二にあげた。
なんだかよく分からないが鞄にその人形を入れた雄二。その間に御影がキャスターをコロコロと転がして近づいてきた。
「成瀬雄二、いくらだったの?」
「500リシェ。先にまとめて払っておいたから、500リシェくれ」
「そこは普通なら奢る展開ではないの? まぁ、お金のことはきちっとしたいし別にいいんだけど」
はい、と手渡された500リシェを受けとる。そのやり取りの間に人形劇の少女は姿を消していた。
忽然と消えたことに二人は多少戸惑ったが、気に止めずに建物の中から出ていく。
「あっ、いたー! ねぇ、こっちに雄二がいたよ!」
路地裏を抜けて大通りに出た二人に駆け寄ってきたのは日向美海だった。
駆け寄ってきた方向には誠也と沙織の姿がある。
「よう、やっと合流したな。紹介するよ、同じクラスの御影葵だ」
「な、成瀬雄二! わ、わた、私はどうしたらっ」
「落ち着けって。お前が心配してるようなことにはならねえよ」
「雄二。別に紹介されなくてもクラスの人ぐらい知ってるよ? それに私は友達だと思ってるし」
「と、友達? 私があなたと友達……いいの?」
「うんっ! いつも楽しいよ。色々言われるけど、ちゃんと私のこと見てくれてるんだ~って思えて嬉しいもん」
照れくさいのか少し顔をうつむかせる御影。そうしてる間に誠也たちが追い付いた。
「雄二、お前どこにいたんだよ。いつの間にかはぐれてるし、お陰で予定が崩れたじゃないか」
「すまん。迷惑かけた。今度何か奢るからさ、それで許してくれ」
「その言葉嘘じゃないよね? よし、今度カフェテリアで何か奢ってもらおうかな」
誠也が意地悪そうに口を歪める。その横で美海がクレープ奢ってと騒いでいたが雄二は意図的に無視していた。
「それで、今までどちらにいたんですか? 一時間ぐらい動いていないようでしたけど」
「ああ、ちょっと人形劇を見てた。なかなか興味深い内容だったぞ。この路地を入っていったところにあるからまたいつか一緒に見に行こうぜ」
「それは名案ですね。どんな内容かはその時までの楽しみにしておきますね」
「えぇー、私気になる! 葵ちゃんも見たんだよね? 内容教えてほしいなぁ、なんて」
「私でいいなら教えるわ。日向美海」
御影は美海に対して多少気楽に話せるようになったようだ。
新たに一名の観光メンバーを加えて、合流した雄二たちは改めて黒の世界の観光に出発した。
第6話につづく