アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みは多種多様な種族で賑わっている。
「改めて見ると色んなやつがいるよな」
「初めて来た雄二たちには多種多様な種族が入り交じってるこの光景が普通に見えるかもしれないけど、こんな光景が見れるのはこの都市だけなんだ」
「セーヤの言う通りよ。他の種族の都市は他種族に対して排他的なの。プライドが高いというか、自己中というか、面倒な考えをしてるやつらばかり。ホント、アイツら今度会ったら丸焦げにしてやるんだからっ!」
「というわけで、人族の都である『黒姫の都』、つまりここだけが色んな種族と交流できる都市なんだよ」
途中から脱線していったソフィーナに代わって誠也が説明をフォローする。
しかしその話を真面目に聞いていたのは二人だけ。残りの二人は異世界の食べ物に興味津々だった。
「おぉ、すげー! 道端でポーションが売ってある!」
「雄二雄二! 見てこれ、薬草が売ってあるよ!」
露店を行ったり来たりと冷やかして回る二人は説明そっちのけで異世界を満喫しているようだ。
「はぁ、説明させといて聞いてない……」
「セーヤ、貴方も来たばかりの頃はそんな感じだったわよ。色んな物に目移りして説明どころではなかったわ」
「そういえば、お二人のお仕事ってどんなことをしているんですか?」
沙織の質問に二人は顔を見合わせた。
御影はどうしているかというと、説明を聞き逃すまいとメモ帳とボールペンを手にチラチラと周りに気をとられながら話を聞いている。
「私の本職は研究よ。主に世界の異変について調べてるわ。副業でプログレスをしてるという感じかしら」
「僕はソフィーナちゃんの研究を手伝う助手だね。手伝うといっても研究に使う材料を調達や在庫の整理、散らかった部屋の掃除とかだけどね。高等部に入ってからは学業優先さ」
「研究、ですか。工房とか見るなんてことできませんよね?」
「岸辺さんって研究とかそういうの興味ある人? 工房の見学ぐらいなら問題ないと思うよ。ね?」
「ふん、誰がセーヤにいい顔させてやるもんですか。って言いたいところだけど、私の工房なら見てもいいわよ。お城の方の工房はダメだけどね」
「ありがとうございます! 中等部の時は勉学に勤しむだけで、あまり他のことを知らなくて……。だから、もっと知らないことを知っていこうって決めたんです。な、なんだか改めて言うと恥ずかしいです……」
「意外と沙織は研究者に向いているのかもね」
「可愛い同業者なら大歓迎だよ」
「……ふんっ!」
ゴウッという音ともに火柱が上がった。
突然起きた出来事に御影は呆然とするしかない。火柱を発生させた張本人はスタスタと雄二たちのもとへ歩いていった。
「あの、大丈夫? 盛大に燃やされてたけど……」
「心配しなくても大丈夫だよ、御影さん。いつものことだから」
「え? いつものって……。実は凄く仲が悪いの?」
「違う違う。これは嫉妬の炎ってやつさ。見た目は派手だけど、制服がある程度軽減してくれるから大したダメージはないよ。それに……」
誠也は頭を保護するために被っていた制服の上着を着直す。多少煤けてはいるものの怪我一つない誠也に、御影は驚きを隠せない。
青蘭学園の制服が特殊なものだということはあまり知られていない事実だ。基本的に授業で行われるブルーミングバトルは体操服での参加だ。
制服の効果を実感する機会は普通の日常を送っているだけでは、ほとんどないだろう。
「これでもかなり手加減してる方だよ。ソフィーナちゃんって優しいから」
「爆炎を放っている時点で優しいとはかけ離れていると思うんだけど、これが普通? 青蘭学園の生活には慣れてきたと思ってたけど、全然知らなかった……」
「あはは、こんな普通は私たちの周りぐらいじゃないかなー、なんて」
沙織の呟きに苦笑いを浮かべる御影だった。
途中でトラブルがありながらも、ソフィーナ宅に到着した一行。サプライズで用意していたソフィーナの誕生日パーティーは無事成功し、一日が終わろうとしていた。
泊まるところのない彼らを自宅に泊めることにしたソフィーナは寝間着のネグリジェに着替えてベッドに飛び込んだ。
大人が四人は寝れそうなほど大きなベッドのスプリングが衝撃で軋む。
「今日は色々あったけど、最高の誕生日だったわ。たくさん祝ってくれて、プレゼントも貰えたし、満足ね。ふふ、それにしても、あの無表情のユージが人形をプレゼントするなんて……ぷっ。なんだか可笑しくて笑いが込み上げてくるわ、っ」
ふかふかのベッドの上をゴロゴロと転がっていた彼女はふと視線を感じて部屋を見渡した。
「何、今誰かが見ていた? もしかして覗き? ……いえ、気のせいね」
ホッとした瞬間、コンコンとドアをノックする音が部屋に響いた。
「ソフィーナちゃん、入ってもいい? 他の女の子は全員いるんだけど」
「え、ええ。鍵はかかってないから、そのまま入ってきていいわよ」
タイミングよく部屋を訪れたのは美海たち女子陣だった。
「お邪魔しまーす。わわっ、ソフィーナちゃん大胆!」
「お、おお、大人、です、ね!」
「ね、ねぐ、ネグリジェ……っ」
ソフィーナの格好を見た三人の反応は様々だ。約一名羞恥心で顔を真っ赤にして壊れたラジカセのようになってしまった。
「葵、落ち着いて深呼吸しなさい。これはこの世界では普通なの」
「すーぅ、はーぁ……。それが普通……? もしかして十河誠也の前でもその格好なの?」
「そ、そんなわけないでしょ!? 誰がセーヤにこんな姿見せるもんですか! そもそも夜遅くに淑女の部屋を異性が訪れるなんてマナー違反もいいところだわ!」
「どうどう、落ち着いてソフィーナちゃん」
誠也の話になり、ついカッとなってしまったソフィーナ。少し気恥ずかしくなったのか布団に入って体を隠した。
「それで、こんな時間にどうしたのよ。外の景色に変化がないといっても今は深夜、そろそろ日が変わる時間帯よ?」
「えへへ、パジャマパーティーしようかな~って思って。ちゃんと枕も持ってきたよ!」
「貴女にしては用意周到ね」
「あの、美海ちゃん。パジャマパーティーってことはアレ、……するの?」
「もちろん! パジャマパーティーといったら恋バナだよね~!」
「恋バナ?」
「恋バナってあの恋バナ? 誰が好きだとか皆で話す……」
「うん。そうだよ~。私ね、ソフィーナちゃんと恋バナしてみたいな~ってずっと思ってたの。ソフィーナちゃんって誰か好きな人いるの?」
「尊敬している人は現魔女王様よ」
「う~ん、そういうのじゃなくて恋愛の話かなぁ。誠也君はどうなの?」
「せ、セーヤはただの助手。それ以上でも以下でもないわ!」
「えー。でもパートナーとか言ってたよね?」
「私はそういう気持ちがあるのかと思ってました。いつも親しげに話してますし」
ソフィーナは不満そうな顔をする美海と沙織を睨み付けた。そして意趣返しをする口実に気づいて、ニヤリと笑みを浮かべる。
「そういう貴女はどうなのよ。雄二とは仲良いじゃない」
「幼馴染みだもん、仲が良くて当然だよ。それに、ずっと一緒にいたから家族みたいな感じなんだよね~」
「異性とは見てないってこと?」
「う~ん、雄二は生意気な弟、かな」
ソフィーナと沙織は顔を見合わせると肩を竦めた。そして完全に油断していた沙織に話の矛先が向けられる。
「で、沙織、貴女は?」
「うぇ!? わ、私ですか。私は皆さんのことが好きですけど、恋愛感情というわけではないですし……」
「貴女、よく雄二のこと見てるじゃない。そういった感情があるんじゃないの?」
「い、いえ! そんなに見てませんよぅ。ただ、自然と視界に入るというか、いつの間にか目で追いかけてるというか……」
指先を突き合わせて、頬を赤くする沙織を見て、二人はピンときた。その表情は恋する乙女だと。
「ねぇ、葵ちゃんは誰か好きな人とか……ってもう寝ちゃってるね」
「本当ですね。気持ち良さそうに眠ってます」
ベッドの端の方で仰向けに姿勢正しく御影は寝ている。その腕には持ってきていた枕が抱き締められていた。
「ほら、貴女たちももう寝なさい。明日も観光するんでしょ」
「はーい。じゃあ、おやすみ~」
「ってやっぱりここで寝るつもりなのね。はぁ、沙織も寝なさいよ。今更部屋に戻れなんて言わないわ」
「ふふ、ありがとうございます。ソフィーナちゃん、おやすみなさい」
「ええ。おやすみ」
ソフィーナの部屋のベッドは少女が四人寝てもまだ余裕があるほど大きい。
窓から差し込む真っ赤な月明かりが部屋を怪しく染める。
夜が更け、誰もが寝静まった頃、ソフィーナは部屋で何かが動く気配を感じて目を覚ました。
「だれ……? だれか起きてるの?」
寝ぼけ眼を擦り、部屋を見渡す。
その時、雄二に貰った人形を飾っていた棚から物音がした。
「……葵?」
「……」
物音がした方を向いたソフィーナが見たのは、人形を抱えて立つ御影の姿だった。
「葵、どうしたの? 何だか様子が変よ?」
「……」
御影は無言でソフィーナを見据えている。
暗がりに佇み、儚げで虚ろな表情をしている彼女を観察していたソフィーナは御影の体から呪術の気配がすることに気がついた。
「貴女、誰? 葵をどうするつもり?」
『……ふふっ。流石次期魔女王と呼ばれるだけはあるのね。簡単に見抜かれちゃった』
御影の抱えている人形は口を動かすことなく声を発する。
『初めまして、ソフィーナ。私はジュリアよ』
ジュリア、と名乗った声の主。
その名前にソフィーナは心当たりがなかった。
『私を前に考え事をしていられるなんて、思わないことねっ!』
「っ!?」
一瞬のうちに棚の前からベッド付近へと間合いを詰めた御影は愛刀でソフィーナに斬りかかる。
ベッドから転げ落ちるようにして間一髪避けたソフィーナ。
慌ててベッドを見ると寝ている二人は無事だった。
『初めて他人の力を発動させたけど、中々操作が難しいわね。要調整ってところかしら』
ベッドを斬りつけた御影の愛刀はサラサラと砂になってベッドに降り積もる。
『ソフィーナ。貴女を殺せなかったのは残念だけど、この人形は返してもらうわね』
「ま、待ちなさい!」
御影は静止することなく、人形を抱えたまま部屋のバルコニーから飛び出してしまう。
ソフィーナが慌てて駆け寄った時には既にどこにも姿はなかった。
「……ベッドが砂だらけ。葵は砂を操るエクシードを持ってたのね。……二人には悪いけど、このまま寝ててもらうしかないわね」
着ていたネグリジェを脱ぎ捨て、愛着している黒のゴスロリ服に着替える。
そして、鏡の前で身嗜みを整えたソフィーナは音を立てないよう静かに扉を開けて部屋を後にした。
「早く、葵を探さないとっ。 犯人も私に、ましてや私の友達に手を出したことを後悔させてやるんだから!」
蝋燭と月明かりが薄暗く照らす廊下には急ぐ彼女の靴音が静かに響いていた。
第8話につづく