アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
ソフィーナは扉の前で右往左往していた。
誠也の使っている部屋の前に着いたものの、心の準備ができていなかったのだ。
「ち、違うのよ、ソフィーナ。これは夜這いじゃない。緊急事態だから仕方なく、仕方なく来ただけ。だからマナー違反じゃない。落ち着け、落ち着くのよ……」
しかし、彼女の意思に反して鼓動は高鳴るばかり。
「あーもう、あんな話するから変に意識しちゃうじゃない。あいつは助手。あいつは助手! やましい気持ちなんてこれっぽっちもないの!」
「さっきから何してるんだ?」
「ひゃああ!!」
誰もいないと思っていたのに、突然声をかけられたソフィーナは思わず悲鳴をあげてしまったのだ。
「今何時だと思ってるんだよ。いくら自分の家だからって静かにした方がいいんじゃないのか?」
雄二は悲鳴を上げられたことがショックだったのか、それとも寝不足なのか声に覇気がない。
「ゆ、雄二! いきなり後ろから声をかけないでよ、びっくりするじゃない!」
「そんなことより、ソフィーナは誠也の部屋の前で何してるんだ?」
「あ。そうよ! 貴方たちに用があったの! ちょうど良かったわ。雄二! セーヤを起こしてきて。緊急事態よ」
「なんだかよくわからないが、わかった。誠也を起こしてくればいいんだな」
そう言って雄二は部屋に入っていく。
部屋の中から鈍い音と床に重い何かが落ちたような音がしてきたが、ソフィーナは意図的に気にしないようにしていた。
数分後、制服に着替えた雄二と誠也は部屋にソフィーナを招き入れた。
雄二が制服に着替えられたのはこの部屋が内扉で隣の雄二に貸し与えられた部屋と繋がっているからだ。
「それで、緊急事態らしいけど何があったの? こんな時間にソフィーナちゃんが異性の部屋に来るってことはかなり珍しいけど」
三人は丸テーブルを囲んで椅子に座り、会議を始めた。
誠也は寝起きにも関わらず眠気覚ましのために三人分のコーヒーを用意した。
「……葵が誘拐されたわ」
「誘拐って、この館から? 次期魔女王の館から人を拐うなんて、犯人は何を考えているんだ」
「葵って御影のことだよな? 何であいつが拐われてるんだよ。あいつ、今回が初めての異世界なのに」
「そんなの知らないわよ。でも、犯人は私を殺そうとした。葵にも何をするかわからないわ。だから早急に見つける必要があるの」
ソフィーナはコーヒーをブラックのまま口にした。
誠也が気を利かせて用意していた砂糖とミルクに視線は行くものの、雄二がいるためか妙な意地を張る彼女。
そんな彼女をチラリと見た雄二はミルクを自分のコップに大量に注いで、口に含んだ。
「あれ、雄二ってブラック派じゃなかった?」
「うるせぇ、見てて可哀想になってくるから仕方ないだろ。こうするのが手っ取り早いと思ったんだよ」
そんなやり取りが小声で為されていたとは露知らず、ソフィーナは私も試してみようかしらとわざとらしく呟いてミルクポットを手に取って、ほとんど減っていない自分のコップに注ぎ入れた。
「で、犯人の目星はついているのか?」
雄二は甘ったるいコップの中身を無理矢理飲み干すと話を続けた。
「その話をする前にちゃんと何が起きたのか順を追って説明するわね。そうした方がなにか気づくかもしれないし」
ソフィーナは焦りもあったせいか、説明し損ねていたことを詳しく二人に話した。話を聞き終わった雄二は一つ心当たりがあった。
「犯人は俺がソフィーナにあげた人形を介して話しかけてきたんだよな……。もしかしたら俺と御影はそのジュリアってやつを知ってるかもしれない」
「ジュリアに心当たりがあるのね? 早く説明して」
「焦っても仕方がないよ、ソフィーナちゃん。雄二も変に焦らないでいいから」
「お、おう。話を戻すけど、俺はそのジュリアと出会ってると思う。多分あの人形をくれた女の子がジュリアだ。あの子は人形師だから人を操ることだって出来るかもしれない」
「雄二と御影さんが見たっていう人形劇の子か。なにか関係があるのは確かだね」
「とにかくその子を探しに行くわよ。まだこんな時間だし人混みに紛れるということはないはず。その人形劇はどこで見たの?」
「たしか、転移門広場の近くの路地を奥に行ったところだ。近くまで行ったら場所はわかると思う」
ソフィーナはコーヒーを飲み干して勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ行くわよ。あの子達が起きる前に解決するのよ。心配させるのも可哀想でしょ?」
三人は館を出て人形劇のあった場所へと向かった。
美海と沙織は未だ夢の中にいる。
都の中心にある転移門広場にたどり着いたのは館を出てから約20分経ってからだ。
「雄二、この路地を入っていったところなの?」
「ああ、確かな。路地の突き当たりに木の扉があるはずだ」
「でもそんな扉ないようだけど……」
既に突き当たりの壁が見えているにも関わらず、入り口一つ見つからない。
「あれ? どこかで道を間違ったのか?」
雄二は周りを見渡して首を傾げた。
ここにくるまで路地は一本道。
なのに目的の扉がないという状況なのだ。
「ソフィーナちゃん、なにか見つかった?」
「……この壁には魔法を使われた形跡はないわ。でも、ここだけ壁が違うのよ」
壁をペタペタと触って調査していたソフィーナは不意にしゃがみこんだ。
壁に沿うようにして砂が積もっていることに気がついたのだ。
「この砂、葵が使った砂の感じとよく似てる……」
「砂? ああ、御影さんは砂を操るエクシードの持ち主だったね」
「ということはこの壁は御影が作ったってことか」
「操られて、ね。どうやら段々とコツを掴んできているようね。あのときみたいに砂に戻ってないようだし。エクシードを使いこなしているわ」
「そういえば、御影は端末持ってないのか? 位置情報を検索かければ簡単に見つかりそうだが」
「洋館を出るときに確認したけど、位置は洋館から動いていなかったよ」
御影の端末は彼女の制服のポケットに入ったままなのだ。寝ていたのだから仕方のないことだった。
手に付いた砂を落とし、ソフィーナは立ち上がった。
「ここからは別行動ね。各自周辺の聞き込みや何か手がかりがないか探すこと。二時間後、転移門広場に集合よ」
「なにか見つけたら要連絡ってことだな」
「雄二、迷ったらすぐに連絡を飛ばしてくれ。駆けつけるから」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。じゃあ、二時間後に」
「二時間後だからなー! 忘れるなよー!」
「ちょっと、セーヤ。今はまだ夜なのよ、声に気を付けなさい」
雄二はそんな言葉を背中で受けながら手を振って路地裏から出た。
「……ここ、何処だ」
二人と別行動をしてから一時間が経った頃。雄二は広大な墓地を歩いていた。
見渡す限り十字架の墓標。遠くにオーラを放っていそうな城が見えることから、街からそれほど離れていないようだ。
「えっと、黒枢城があっちに見えるから広場は……ってさっぱりだ。どうする、誠也に連絡を」
「どう、したの……?」
「いや、俺は迷ってるわけじゃ──ん? 今、声が聞こえたような……」
「後ろ……、いる、よ?」
後ろ、と言われて振り返るとそこには病的なまでに肌の白い小柄な少女が雄二を見上げていた。
「うわっ、いつの間に」
「つい、さっき……。変な、人が、来たって……みんな、騒いでたから」
たどたどしく、というよりは会話をすること自体疲れるのか途切れ途切れに話す少女。
少女の言う"みんな"を探して周りを見た雄二だったがあるのは物言わぬ墓標のみ。
その事実に何故か背筋が凍るような感覚に襲われた。
「ま、まさかな……。お、そうだ。君、ここら辺で怪しい人を見なかった?」
雄二は色白なその少女に聞き込みをすることにしたのだ。
すると、少女はスッと指差した。
示された方向を見ようと振り返った雄二だが背後には何もない。しかし再び視線を少女に向けても指は同じ方向を示していた。
「向こうで見たってことか?」
「あなた」
ポツリと少女は呟いた。
「怪しい、人……。あなた、変な、格好……してる。それに……」
「……それに?」
「表情が……死んでるもの」
そう、少女は雄二を怪しい人だと指差したのだった。
雄二はどう説明しようかと頭をかいて、中腰になり少女と目線を合わせる。
「えっと、お嬢ちゃん。そうじゃなくてさ」
「……とても、怖い、目に、あったのね……。死の、恐怖が、貴方を、取り巻いてるわ……」
少女はそっと雄二の顔に両手を添える。
まるで死人のように冷たいその手が雄二の心を冷たくしていく。されるがままになっていた雄二は咄嗟に少女の手を退けた。
「……冗談、よ?」
「な、なんだ冗談か。それで、なにか心当たりはないか? 悪いけど、急いでいるんだ」
「……この子が、見たって。案内、してくれる、よ……?」
「できれば君に案内してほしいんだけど。俺には見えないし、声も聞こえないから情報を聞けない」
「面倒、ね。でも……助手の人と、同じ服、着てる。仕方ない、案内する……」
「そうか! ありがとう。よし、早く向かうぞ」
雄二は踏み出そうとするが、それに少女が待ったをかける。
「なんだその腕は?」
「抱っこ……」
しばらく無言で抵抗してみた雄二だったが、少女に諦める気はないらしい。
「……おんぶでいいか?」
「……。仕方ない」
せめてもの妥協案としておんぶに変更することに成功した雄二は少女を背負って墓地を歩いていく。
「そういえば、君の名前は? 俺のことは雄二でいいぞ」
「ん。ユージ……覚えた。わたしは、サーシャ」
「サーシャか。いい名前だな」
「ソフィーナ様に、感謝……」
「なんでソフィーナが出てくるんだ? もしかして名付け親とかか?」
「そう。わたしは、ソフィーナ様に、作られた、ネクロマンサー……。その時に、付けてもらった……」
「ネクロマンサー……」
その言葉を聞いた時、ふと周りに誰かがいるような気配を感じ取った。
しかし、いくら見回しても誰もいないのはサーシャと話しているときのパターンになりつつある。
「ま、また冗談なんだろ。脅かすなよな」
サーシャは少し身震いしている雄二の耳元で小さく笑うだけだった。
第9話につづく