アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
サーシャを背負って墓地を歩くこと10分。
ようやく彼女から指示が出された。
「……この、近く」
「いや、まだ墓地の敷地内なんだが。本当に誰かいるのか?」
「あそこに……ほら」
雄二はそっと覗き込むようにして指差された場所を見た。
白い墓標が立ち並ぶ隙間から青い髪が見え隠れしていて、全身までは見えてこない。
「確かに誰かいるな。女性か? 人形師の子じゃないな」
「……もう、帰っていい? お喋りは、疲れるわ……」
「今度はあの人に話を聞いてみるよ。協力してくれてありがとう」
「どうして……撫でるの?」
「あっ、すまん。つい癖で」
「ん。別に、いい。……またね」
「ああ。また機会があったらな」
小さく手を振って別れを告げたサーシャは見えない何かによじ登ると音もなく去って行く。その、何とも言えないシュールな光景を最後まで見届けることなく雄二は青い髪のもとへ近づいた。
「世界が融合すれば……消滅。でも、……私になにができるの?」
墓標に隠れながら慎重に近づいていた雄二はふと聞こえたそのフレーズに聞き覚えがあった。
「どこでそれを聞いた!?」
思わず隠れていた墓標の裏から飛び出して雄二はその人物に詰め寄る。少女はいきなり暗がりから飛び出してきた雄二に驚いて尻もちをついていた。
「貴方は誰? 盗み聞きはいい趣味とは思えないけど」
「わ、悪い。盗み聞きしていたことは謝る。その上で教えてくれないか? どこで聞いたのかを」
「図々しい人ね。人に物を頼むのに名前も名乗らない。教えてあげるのは構わないけど、それ以上私に近づかないで」
立ち上がったことで鮮やかな青色をした長髪が揺れる。拘束着のようにベルトで繋がれた闇に溶け込むノースリーブの黒の服。右目は前髪で見えない。
彼女は右肩から右手の指先まで包帯の巻かれた腕を庇うように体で隠そうとしてた。
「わかった、これ以上近づかない。だが、場合によっては案内してもらうかもしれない」
「近づかないならいいわ。案内もしてあげる。……世界が融合すれば消滅する、その話は人形劇で語られてたわ」
やっぱりだ。御影と観た人形劇で聞いたフレーズと同じだと思ったらビンゴだっか。
「場所はここから少し行ったところの路地裏。小さな女の子がやっていたわね」
「その女の子って金髪で小さな王冠を頭に乗せていたりするか?」
「……どうだったかしら。多分そんな感じだったわ。もう満足でしょ。観たのはつい先程だから急げば観られるはずよ」
「そういうことなら急ごう! チャンスを逃すわけにはいかない」
少女は雄二を大きく避けて後ろに回ると走り出した。
ワンテンポ遅れてその背中を追いかけて走る。走りながら端末を操作するのは困難だったが何とか誠也に電話を繋いで矢継ぎ早に情報を伝えていく。
「聞こえるか、誠也! 手掛かりを掴んだ。今から現場に向かうから場所は位置情報で確認してくれ!」
「待って、合流してから向かうべきだ。雄二だけでは危な──」
プツンと電話を一方的に切った雄二は端末をポケットにねじ込んで少女の隣を並走する。二人は駆け足のスピードで目的の路地裏へと向かった。
「なぁ、その腕、怪我してるのか?」
「……なんでもないわ」
「なんでもないことないだろ。そんな状態なのに」
雄二は彼女にあわせて歩いていた。
「これは……ただの、呪いよ」
「呪い?」
「ええ。産まれた時から私を蝕む呪い。触れた者の命を吸い取る忌々しい力なの」
だから彼女は執拗に近づくなと言っていたのだ。
そのことに、彼女の他人を思う優しさを感じ取った雄二は何か手助けはできないかと思考を巡らせた。
「その呪いは治せないのか?」
「わからないわ。私には解呪できるほど優れた知り合いはいないもの。いたとしても皆、私から離れていくのよ」
「俺の友達に魔法の天才がいるんだ。そいつは研究もしているから何か役立つかもしれない。良かったら会ってみないか?」
彼女は足を止めた。
突然止まったことで雄二は少し先行してしまう。
「……して」
警戒の眼差しが雄二を貫く。
「どうして、私に関わるの? 貴方とは今日会ったばかり。助けられる謂れはないはず。一体何を企んでいるの」
「別に悪巧みしようってわけじゃない。俺には助けれるかもしれない手がある。だからそれを君に使おうとしてるだけだ。それに、君には情報の対価を払わないとだろ?」
雄二は警戒を解いてもらおうと精一杯笑顔を作ろうとするが表情はピクリとも変わらない。
「変な人。初対面なのに、助けようとするなんて。理解できないわ」
彼女は空に浮かぶ血のように赤い月を見上げる。それにつられて雄二も顔を上げた。
「……今日は満月。何か起こる予感はしてた。まさかこんなお節介な人と会うことになるなんて。……いつか紹介してね」
小さく呟かれた言葉を雄二は聞き逃さなかった。
「おう。今抱えてる問題が解決したら必ず紹介するよ」
「そう……。ところで、どうして貴方は人形劇の場所を探していたの? 誰かに連絡をとっていたし。問題って何のことなの」
「友達が、誘拐されたんだ。その犯人が人形劇の女の子と関係があるかもしれないから探してた。一刻も早く見つけないと手遅れになるかもしれないんだ」
「友達を救うために……。私にも、何か手伝わせて」
「えっ、いいのか?」
「戦力は多い方がいいのではなくて?」
その言葉に雄二は大きく頷いた。
そして再び二人は目的地へと歩き出す。
「そういえば、名乗ってなかったな。俺は雄二。君の名前は?」
「……イレーネスよ」
こうして二人は名前を交わした。
雄二は焦る気持ちを抑えて足を進める。
「ううぅ、アイリーン! どこにいるのぉ。出てきてよぅ」
二人の前方から泣きながら何かを探す幼い女の子が歩いてきた。イレーネスは十分な距離をとって横を通り抜けようとするが、後ろをついてきていた雄二はその子に話しかけてしまう。
「お嬢ちゃん、何か探し物か?」
「アイリーン……大事なお人形さんがいなくなっちゃったの」
「どこでなくしたのか覚えてるか?」
「お人形さんの劇を観たときは一緒だったよ。でも道に出たときにないことに気づいたの」
「じゃあ、その劇を観たところで落とした可能性が高いな。よかったら探すのを手伝うよ」
「いいの……?」
不安そうな顔をする女の子に合わせるように膝をついて雄二は優しく頭を撫でた。
そしてポケットから端末を取り出すとその子に持たせる。
「これなあに?」
「これは俺の大切なものだ。君の大切なお人形を見つけてくるまでこれを持って、ここで待っていて欲しいんだ」
「絶対に見つけてくる……?」
「もちろん。約束だ」
雄二がそう言うと女の子は少しぎこちない笑みを浮かべた。
最後にもう一撫でした雄二は立ち上がって遠巻きに見ていたイレーネスに駆け寄る。
「貴方はやっぱりお節介な人ね」
「それよりも急ごう。もうすぐなんだろ?」
「ええ。確か……そこを入っていったところだったわ」
二人は路地裏へと入っていく。
女の子はそんな二人の姿を道の端に座って見送った。
路地裏を道なりに行くと突き当たりにある木製の扉が見えてきた。
扉の前に着いた二人は一旦息を整えて建物の中に足を踏み入れる。
扉の先は劇場になっていて埃っぽい空気が満ちていた。
そして、舞台の真ん中で、照明に照らされて佇む二人の人物。
パジャマ姿の御影とフリルのついた水色のドレスを着た人形師。
「そろそろ来ると思っていたわ。貴方が探しているのはこの子? それともこの喋る人形かしら?」
『あなたたち! 私はいいから、その女の子を助けてあげて!』
雄二とイレーネスは人形の声に驚く。
おいおい、マジで人形が喋るのかよ。
「アイリーン、貴女はお喋りが過ぎるわよ」
「アイリーン……。あの人形が女の子の言っていたやつか」
「何をぶつぶつ言っているのかしら?」
「なーに、まとめて問題が解決できるから手間が省けたって言ったんだ。御影とアイリーン、二人とも返してもらうぞ!」
雄二の宣言に人形師は呆気にとられ、そして愉快そうに笑った。
「私はジュリア。既に舞台の幕は上がっているわ。さぁ、人形たちの舞踏会を始めましょう……うふふふ」
捜索開始から約二時間。
ついに犯人とのバトルが始まろうとしていた。
第10話につづく