アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
ジュリアの言葉と共に舞台袖から十数体の人形が二人を目掛けて飛び出してくる。
ナイフを持った者、フォークを持った者、包丁を持った者。それ以外に、針や鋏などの金属で武器になりうる物を構えて人形たちは四方八方から攻撃してくる。
「まさか、セニアとの特訓がこんなところで役に立つなんてなっ! イレーネス、そっちは大丈夫か?」
雄二は特訓で身につけた回避術を使って人形たちの攻撃を避ける。
しかし、イレーネスは観客席の陰に隠れているだけで攻撃を避けることはできていない。
「くっ、大したこと、ないわ」
「お前、包帯が破れて……」
イレーネスが右腕にしていた包帯の一部が先程の攻撃で破れてしまっていた。
破れた隙間から彼女の素肌と赤黒い模様が見えている。
「イレーネス、本当に大丈夫か? 腕から禍々しい黒の靄みたいなのが出てるぞ」
「呪いが、暴走しようとしてる。あなたは早く逃げて。じゃないとあなたの命まで吸い取ってしまう」
「逃げねえよ。俺は御影やアイリーン、それにイレーネスも助けるって決めたんだ」
「でも、このままだと!」
「いいから。この制服でも被ってろ。それは見た目以上に高性能だから、多少は攻撃からも呪いからも守ってくれるだろうよ」
雄二は上着を脱いでイレーネスに放り投げる。彼女は不意に覆い被さったそれを不安そうに持って、雄二へ視線を向ける。
「あなたはどうするの? この数相手に攻撃手段のないただの人間が勝てるわけ──っ!」
人形の投げたフォークがイレーネスの持っていた制服の上着に直撃するが、彼女にダメージはない。
雄二の思惑通り、制服はいい仕事をしていた。
そして、直撃したフォークは形が崩れて砂になり床に降り積もる。
「……なるほどな。そういうことか」
あれは御影のエクシードで作られているんだ。プログレスの攻撃相手ならαドライバーは堅いんだぞ?
無防備に動きを止めた雄二目掛けて人形たちが串刺しにしようと殺到する。
「や、やっぱりな。これぐらいの痛み、特訓で受けた痛みの半分もない。……これで一つ手を封じてやったぞ」
「な、何をしたの! どうして刺されたのに倒れないの!?」
「俺はαドライバーなんだよ。そのことに気がつかなかったお前のミスだ」
「ふん、たった一回攻撃を耐えたからって調子に乗らないことね。私にはまだこの子がいることを忘れてないかしら?」
ジュリアは隣に立つ御影に手をかざす。
すると御影は歩き出し、三歩目から走り出した。その手には彼女の愛刀が握られている。
「流石にそれで真っ二つは洒落にならないぞ、っ!」
「……」
殺意もなく振り下ろされるその刃が雄二のシャツの腹部を横に切り裂く。
「くそ、回避が甘かったか!」
腹部に気を取られていた雄二の一瞬の隙を見逃さず、御影は刀を構えて懐に飛び込んでくる。
「ぐっ、な、なかなか、やるじゃねぇか」
雄二は体を貫かれて膝から崩れ落ちかける。しかし、懐に飛び込んできた御影の体を抱き締めて身動きをとめた。
「痛みなら、なれてるんだよ……。御影、目を覚ましてくれ。お前の力はこんなことのために使うものじゃないんだろ?」
「……っ」
「いくら話しかけても無駄よ。その子は私が操作してるの。あなたは大人しく倒れてなさいな」
ジュリアはイレーネスを襲っていた人形たちを動かして雄二の背中を滅多刺しにする。その衝撃と蓄積される痛みに耐えながら雄二は思考を巡らしていた。
さっき、確かに御影は反応を示していた。それに、リンクを使ったときの感覚と同じものを感じる……。もしかして、これを使えば──。
プログレスとリンクする感覚は雄二の体に刻まれている。一ヶ月前の検査では学園のほぼ全てのプログレスとリンクを成功させたのだ。
プログレスである御影も例外ではない。
雄二は御影の波を感じとり、自らの波長と同期させていく。
今までこれだけは失敗したことはないんだ。
だから、戻ってこい、御影葵!
そして二人はリンクする。
「……あれ? な、ななな、成瀬雄二!? って、え? なんで抱き締めてるの?」
「よかった。意識が戻ったんだな。これで一つクリアだ……。あの、そろそろ刀を抜いてくれ」
「あっ、ごめんなさい。って、私の刹那が成瀬雄二を貫いてる!? えっと、勢いよく抜いた方がいいの?」
「早く抜いてくれるとありがた──」
「ごめん!」
ずぷりと貫通していた刀を引き抜かれる。
御影のエクシードによって作られた刀や人形たちの持っていた武器の攻撃は雄二の体にいくつもの傷を残していた。
「ちっ。急所は避けたけど、この傷は流石に、やばい」
御影に貫かれた腹部からは止めどなく血が流れていく。
「あの、成瀬雄二。そろそろ状況を説明してほしいんだけど……」
御影は人形たちの持っていた武器が崩れて積もっていた砂を使い、愛刀の刹那の鞘を作って納める。
「イレーネス。制服のポケットに入っているケースを、取り出してくれ……」
「け、ケース? これのことかしら。な、投げるわよ!」
イレーネスが制服から取り出したケースをキャッチした雄二は、中に入っていた薬を取り出して飲み込む。
雄二が飲んだ薬はナナ特製の回復薬だ。
完全治癒まではいかないが、雄二の腹部から血が流れ出なくなっていた。
「……詳しい説明は後だ。今はジュリアからあの人形を取り返す。そのために協力してくれ」
「それは、いいけど。……それは何のために? 悪事を働こうと言うのなら今ここで切り捨てるわよ」
「違う。あの人形は別の女の子のものなんだ。それに、御影を操っていたのはあの人形師だ」
二人がステージに目を向けたとき、ちょうどジュリアが舞台袖に消えていくところだった。
「成瀬雄二、もしかしてあの子が犯人?」
「ああ。くそっ、早く追いかけ──」
ドンッという音ともに劇場全体を揺らす衝撃が雄二と御影を襲う。
「っ!? ってなに、あれ。禍々しい黒い靄が暴れてる……?」
「いたた、今度は一体なんだ……よ。おい、まさか、イレーネスなのか?」
彼女の腕に巻かれていた包帯と制服が焼き切れて塵になり流れていく。遮るものを失い露になった呪いの模様から溢れてくる靄は彼女を取り囲みつつある。
「呪いが、体を支配しようとしてるの。奪いたい、触れたい、……寂しいって言っているわ。もう、無理よ。あなたたちは早く逃げて……」
イレーネスは自らの体を蝕まれながらも、二人の命を優先した。もうこれ以上呪いで人を苦しめたくないという思いが彼女をそうされているのかもしれない。
目の前で苦しんでいる友達がいるのに何もできない不甲斐なさに雄二は歯痒かった。
御影はそんな雄二の肩を軽く叩いて前に出る。
「御影、何をするつもりだ」
「成瀬雄二。私ね、なんとなくだけどあの女の子はプログレスなんじゃないかって、あの靄は力が暴走してるからだって思うの。根拠なんてない。ただの女としての、プログレスとしての勘よ」
「でも、だったらどうするんだよ。俺はただのαドライバーだぞ」
「私だってただのプログレスよ。でもね、アルドラとプログレスがいればどんな困難でも乗り越えられる。例えそれが呪い相手でもきっと断ち切れる」
御影は振り返り頬を少し赤らめながら笑顔を見せた。
「だって、世界を救う鍵なんですもの」
その一言が雄二を後押しすることになる。
「御影……、俺はどうしたらいい? どうしたらアイツを救ってやれる?」
「成瀬雄二。あなたはリンクで私のエクシードのサポートを。あと、辛いだろうけど彼女のダメージも肩代わりしてあげてね」
「そうか。αフィールドは毒や精神的なダメージは肩代わりできないが、純粋な物理的ダメージなら問題ない。……わかった、全力でやってやれ! エクシード・リンク!」
コクリと頷いて刹那を鞘から引き抜く。
ゆっくりと引き抜かれたその刀身は青白く発光し、御影の体から力が溢れだす。
すごい……。今までにないほど気が高まってる。これなら呪いごときに遅れなんて取らない!
深呼吸して愛刀に意識を集中させる。
「プライドのためじゃない……世界の、友達のために戦いたい! この一刀であなたの呪いを断ち切ります。じっと、していてください」
御影は腰を落として刀を構える。
「いざ、参る……っ!」
リンクの影響で身体能力も向上していることで御影は一瞬でトップスピードになり、自らの間合いにイレーネスを捉えた。
「やめて……私はもういいの」
必死に絞り出したその言葉に少し躊躇いが生じたが、御影のやるべきことは変わらない。
「その頼みは聞けないわ。だってお節介なアルドラがあなたを助けようとしてるんだもの。その思いの強さは私にも伝わってる。だから、安心して。すぐに終わるわ」
御影の振り下ろした刀は青白い軌跡を描き、呪いに苦しむ少女の意識を刈り取る。
その瞬間、イレーネスを取り巻いていた黒い靄は晴れて呪いの暴走は収まった。
パタリと床に倒れたイレーネスを被害の少ない椅子まで運んだ御影は雄二のもとへと近づいていく。
「ふふっ。お疲れ様、お節介焼きの優しいアルドラさん」
雄二は負荷の限界が来たのか、床に伏して気を失っていた。いつもと変わらない無表情にも関わらず、御影には少しだけ嬉しそうに見えていた。
御影は雄二の体を仰向けにして頭の付近に腰を下ろして、そっと雄二の頭を持ち上げて自分の太股へ乗せた。
「これはお礼よ。やましい気持ちとかないから。げ、現役女子高生の膝枕なんて中々味わえないんだからね? ……ありがとう、助けてくれて」
「雄二っ! 無事なのか!」
「ひぃいいい!!」
突然、扉から飛び込んできた男に御影は思わず悲鳴をあげてしまう。
その男は悲鳴の聞こえた方を見て、御影の存在に気がつくとボロボロになった通路を歩いて近づいてきた。
「御影さん、だよね? よかった、無事解放されたんだね」
「もしかして、十河誠也?」
入ってきた男、誠也は頷くと横になっている雄二の容態を見始めた。
「……ふむ。腹部の傷跡を見るに出血と過負荷による気絶ってところかな。相変わらず一人で強引に解決してしまうんだね」
「あの、あなたはどうしてここに? それに詳しい説明を聞かされてないのだけど」
「まったく、そういうところも相変わらずか。いいよ、説明しよう」
眼鏡を押し上げて説明に入ろうとする誠也に御影は待ったをかけた。
「待って、先に犯人を捕まえないと! まだそう遠くへは行ってないはずよ。人形を取り返さなきゃ!」
「その犯人なら既に捕まえてるわ。人形とやらもバッチリね」
「ソフィーナちゃん、遅かったね。ジュリアは引き渡せたかい?」
「もちろん。ジュリアって子は呼んでおいた警邏隊に連れていってもらったわ」
銀髪の人形を抱えて劇場に入ってきたソフィーナは近づいてくると人形を雄二のお腹の上に座らせた。
「と、いうわけだから何の心配もいらないよ。問題はすべて解決さ」
「いや、……まだだ。人形も返してないし、イレーネスだって……」
雄二は意識を取り戻して、起き上がろうとする。だが、それをアイリーンが止めた。
『あなた、まだじっとしておいた方がいいのではなくて?』
雄二のお腹の上に座っていたアイリーンは切り裂かれた服の隙間から雄二のお腹を撫でた。
「もう大丈夫だ。……アイリーン、持ち主のところに連れていってあげるからな」
『……無理してはダメよ?』
「わかってるよ。あ、そうだ。ソフィーナ、頼みがある。イレーネスって少女にかかっている呪いをどうにかできないか?」
「イレーネスってそこの椅子で寝ている子かしら? 確かに強力な呪いがかけられてるわね。でも、私が得意としてるのは研究よ? 呪いの解呪は専門外だわ」
雄二は体を起こして、ソフィーナに深く頭を下げる。
「頼む! イレーネスはずっと一人で呪いと戦ってきたんだ。頑張ってきたんだ。お願いだ、彼女を救ってくれ」
「勘違いしないでよね。誰も助けないとは言ってないでしょ。私は専門外だけど、知り合いに掛け合ってみるわ」
ソフィーナはそっぽを向いたまま、雄二に答えた。
「ありがとう。これでアイリーンを返せば万事クリアだ」
「雄二、肩を貸すよ」
「問題ない、一人で歩ける。よし、美海たちが起き出す前に全て終わらせるぞ」
イレーネスをこのまま知り合いのもとへ連れていくと言うソフィーナを残して、雄二たちは劇場を後にした。
第11話につづく