アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「君のお友達は見つかったぞ。今度はなくさないようにしろよ?」
劇場を後にした雄二たちは路地裏を抜けて、端末を預けた女の子が待つ場所に戻ってきた。その女の子は雄二の端末を小さな両手で握りしめて約束通り待っていたのだ。
「アイリーン! ありがとう、お兄ちゃん! はい、これっ。ちゃんと約束守ったよ!」
「俺も約束を守れてよかったよ。君は偉いな~」
「えへへ~、くすぐったいよぅ」
端末と人形を交換した雄二はその子の頭を撫でてあげた。この世界は常に暗いとはいえ、子供を一人で待たせていたのだ。雄二は精一杯彼女を誉めてあげることにした。
「もういいよぉ、お兄ちゃん。髪がぐしゃぐしゃになっちゃうよ~」
「おっと、すまんすまん。でも、どうしてこんな時間に劇を見に行ったんだ?」
「パパとママが行っちゃダメだって言うの。だから、みんな寝ちゃった後にこっそり家を抜け出して……それで、うぅ」
「これに懲りたら両親の言うことはきちんと守れんだぞ?」
「うん。言うこと聞く」
「よし。じゃあ、気をつけて帰れよ」
乱れた髪を整えてやり、雄二はその場を去ろうとしたがボロボロになった雄二の服を摘まんで少女は引き留めた。
「アイリーンがお礼を言いたいんだって。ほら、アイリーン」
『そ、その、ありがとう。あなたのお陰でまた戻ってこれた。感謝してるわ』
「俺は何もできなかった。それに取り返したのは誠也たちだ。お礼ならそっちに言ってやれ」
『あなたが居なかったら私は見つかることすらなかったわ。だからあなたたち全員に感謝してるの』
「あのね、わたしもお兄ちゃんにお礼したいの! だからしゃがんで目をつぶって?」
言われた通りに雄二は少女に合わせるようにしゃがんで、目を閉じた。
少女は両手で雄二の顔を挟むと自分の顔を近づけていった。
「こう、か? ……っ、今のって」
「お礼のチューだよ! じゃあまたいつか会おうね! ばいばーい!」
少女がキスをしたおでこに手を当てながら雄二はその場で呆然としていた。
少し離れた場所で誠也は温かい目を雄二に向けて、その隣では顔を真っ赤にした御影が口をパクパクとしていた。
「最近の女の子は大胆なんだな……」
この後、御影に問い詰められたのは言うまでもない。
ソフィーナの館に到着した雄二たちは少し早めの朝食を取ろうと食堂に向かった。
するとそこでは制服に着替えた美海と沙織が談笑を楽しんでいたのだ。
そして今、ソフィーナを除く全員で朝食を取っていた。
「ねぇ雄二、このお肉美味しいね! 何のお肉なのかな」
「美海、異世界でそれを聞くのは危険だ。美味しければそれでいい。そういうことにしとけ」
「そうなの? じゃあ聞かない。あ、もう1つ気になってることかあるんだけど」
「食事中ぐらい静かにしたらどうだ?」
「それでね、朝起きてから気になってたんだけど、どうして雄二は女子の制服を着てるの?」
黒の世界で採れた野菜をフォークで刺して食べようとしていた雄二の動きが止まった。
「あ、美海ちゃんも思ってたんだね。私も誰の制服着てるんだろうって思ってたの」
「沙織ちゃんも? 私でも沙織ちゃんでもないってことは葵ちゃんの?」
「っ!! ごほっ、ごほっ」
御影はコップの水を飲もうとしていたところに話の矛先が向けられてしまい、水が気管に入って咳き込んだ。
「わ、私は何も、知らないわよ?」
「おい、集中を乱すなって!」
集中が切れたことで雄二の着ていた上着はさらさらと砂になり床に積もる。上着が消えたことでボロボロになったシャツが丸見えになってしまった。
「はぁ、雄二~ぃ? また何か隠れてやってたの?」
「雄二さん、一人で抱えなくてもいいんですよ。私たちにできることなら相談に乗るのに……」
「ごめんなさい、成瀬雄二。私のミスだわ。制服を作り間違うだなんて」
「あー、別に隠れてやってた訳じゃないんだ。朝早起きしてしまったら外の庭で御影が特訓してるところを見てしまってな。それで一緒に特訓してたらシャツがボロボロになってしまったんだ。食堂で食べてから着替えようと思ってたんだが、思いの外早く美海たちが来てしまったから、慌てて御影に上着を作ってもらったという感じだ」
雄二の口から出てきた嘘は咄嗟についたものにしては辻褄があっていた。
美海たちは疑いの目を向けながらも、一応は納得したようだ。
慌ただしかった深夜の出来事が嘘かのように朝食の時間はのんびりと過ぎていった。
「そういえば、ソフィーナちゃんは? もしかしてまだ寝てるのかな?」
「いや、ソフィーナちゃんは仕事に行ったよ。何か急な呼び出しがあったみたいでね。僕もこの後向かわないといけないんだ」
「そっかぁ。お仕事なら仕方ないよね」
「ということは次の世界には一緒に来ないんですか?」
「んー、そうなるかな。僕の案内は今日の昼、雄二たちを見送るまでだね」
美海たちが話していると服を着替えるために部屋に戻った雄二が食堂に入ってきた。
今度は間違いなく男子制服を着ている。
「誠也。お前の制服ピッタリだったぞ」
「着れてよかったよ。でも、僕の制服なんだから大事に扱ってよ?」
「わかってるよ。で、何の話をしてたんだ? この後の予定か?」
「ええ、そうよ。次の世界には昼頃に行くそうよ」
「じゃあ、それまでにこの世界の土産を買わないとだな。……よしっ、早く行こうぜ」
用意されていた紅茶を流し込んだ雄二は自分の部屋へと戻っていく。
それに合わせて美海たちも準備をしに部屋に戻った。
荷物をまとめた雄二たちは土産品を買うために都中を巡った。
露店の薬草売りや何故か青く光る親指大の小石を手提げかごに入れて売り歩く少女、日用品を取り扱う店など巡っているうちにお昼になっていた。
そして次の世界に行くために転移門のある広場にいた。
「観光してると時間ってあっという間に過ぎていきますね。地球とは違う世界は初めてでしたけど、何事もなく平和な世界で良かったです」
「だよね~。1日だけじゃあまわりきれないよ。あ、でも、いっぱい青の世界と違うとこがあって面白かった! お土産も買えたし私は満足だよ~」
「ひな……美海は何を買ったの?」
「えっとね、薬草、ぬいぐるみ、光る石、きれいなガラスのコップ、その日の運勢で色が変わる水晶とか。それぐらいかな」
美海は買ったお土産を思い起こしながら指で数えていく。美海の買った大量の土産は鞄に入りきれず、雄二の鞄の中に収まっている。
「美海は買いすぎだろ。そんなに使ってたら後がないぞ」
「雄二が少なすぎるんだよ。道端で女の子から光る石を何個か買っただけじゃん」
「妹と美伽に送る分があれば十分だし、あまりこの世界独特のものは避けたかったんだ」
「青蘭島の外に物を送るときは一応チェックがあるけど、小石ぐらいなら問題なくクリア出来ると思うよ」
誠也が言った通り、一応検査が行われる。検査といっても大袈裟なものではなく危険物や影響の強いものをチェックするだけだ。
「それで、次に行くのはどこなんだい? 全部の世界を訪れるつもりとか聞いたけど」
「次は赤の世界にしようかと。えっと、私が決めてよかったんですか?」
「問題ねえよ。赤か白のどっちを先に行くか決めただけでとやかく言わない」
「うんうん! 沙織ちゃんだってチームのメンバーなんだし、もっと意見を言っていいんだよ」
「ところで御影さんはどうするの? 土産も買ってなかったようだけど」
「私はまだこの世界にいるつもり。買い物してるときにキャロルから連絡があって、彼女もこの世界にいるらしいから」
「そっかぁ。それじゃあまた学校で会おうね!」
「ええ、また学校で。あなたたち、特に成瀬雄二はトラブルに巻き込まれやすいんだし、気を付けなさいよ」
「わかってるよ。じゃあまたな。誠也も仕事頑張れよ」
「またね、葵ちゃん。それと十河くんも」
雄二たち三人は二人と別れて転移門をくぐる。
青の世界に戻ってきた彼らは一旦荷物を整理するために自宅へ戻り、再び青蘭島の転移門広場へ集まった。
「お待たせ~。じゃあ、行こっか!」
「美海ちゃんは今回もリュックなんですね。私もリュックにしてみました」
くるりとスカートを翻らせて回った沙織は少し照れが顔に出ていた。
「わぁ~、お揃いだね♪ やっぱりリュックだと動きやすいもんね」
「いつまで立ち話するつもりだよ。早く赤の世界に行くぞ」
雄二は一人で転移門をくぐろうとしたが右手と服を引っ張られてつんのめってしまう。
「雄二はすぐに迷子になるから手を繋ぐの。ほら、沙織ちゃんも」
「わ、私はこうして服を持ってるのでご勘弁を……」
「俺は子供か。そこまでしなくても問題ない。って話を聞けよ! 本当にこのまま行くのか!?」
雄二の言い分に耳を傾けることなく美海は赤の世界へと繋がる転移門をくぐり、それにつられて雄二と沙織も続く。
イベント終了まで残り5日。
これで第1部・黒の世界は終わりです。
次は第2部・赤の世界です。