アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
『テラ・ルビリ・アウロラ。通称「赤の世界」。金色の海にプレート状の大地が浮かぶ、明るさに満ちた世界。世界は7人の女神たちが統治しており、「祈り」が人々の原動力となる』
以上、青蘭学園の教科書より抜粋。
雄二は一人、森の中を歩いていた。
近くに人の姿は見当たらず、周りは木々ばかりである。
何故雄二はそんな場所に一人でいるのか。
「異世界は俺をとことん迷わせたいようだな」
早速迷子になっていたからだった。
──時は2時間ほど遡る。
準備を終えた雄二たちは赤の世界へと渡った。
そんな雄二たちの目に真っ先に映ったのは橙色をした雲が浮かぶ薄桃色の空だ。
「わぁ、空がピンク色……! きれいだね~」
「美海ちゃん、街並みもすごいです。まるで神話のなかにいるみたい」
視線を街へ向けると、古代ローマまたは神話に出てくるような街並みが続いている。遠くの丘の上には宮殿らしき建物が見えていた。
「教科書通りならこの近くに闘技場があるはずだ。まずはそこに行くか? あと、手を離せ」
雄二が手を振りほどこうとしても、しっかりと握られた美海の手はほどけない。
美海は雄二の手を引いてスタスタと歩き出す。
「闘技場にも行くけど、色々歩いて回ろうよ。天使とか妖精とかいっぱい見つかりそうだよね」
「それに、早めに今日泊まる宿も確保しないといけません。誰か知り合いに会えればいいのですが」
「赤の世界の知り合いというとアウロラとかフローリアがいたな」
「あとディアンナちゃんとか、ヴァレリアちゃんとか」
「知り合いの方たちが女神、妖精、騎士だなんてすごいラインナップですよね。黒の世界でも思ったんですけど、私たちの世界って平凡ですね」
その事がおかしいのかクスリと笑う沙織。
少なくとも青蘭島の人間は平凡という枠から逸脱している。
そう思う雄二だったが沙織の嬉しそうな顔を見て口には出せなかった。
「あっ、離しちゃダメだってー」
美海は気づいていなかったようだが、沙織は門をくぐり抜けた時には既に雄二の服から手を離していたのだ。
「ふふ、美海ちゃんは照れ屋さんですね。素直に手を繋ぎたいって言えばいいのに」
「な、なんのことかなぁ~? あっ、何か向こうにありそうな予感!」
パッと雄二の手を離して美海は走り出す。呆気なく雄二の手は解放された。
「沙織ちゃんも早く~! それと雄二も!」
「俺はついでかよ」
「はーいっ。ふふふ、本当に美海ちゃんは可愛いですね」
美海の赴くままに街を歩いていた俺達は途中で立ち寄った青果店の人から聞いたオススメスポットへ向かっていた。
街からしばらく歩いたところにあるその場所はフラワリーガーデンと呼ばれ、妖精たちの故郷として噂されている場所らしい。
「フラワリーガーデンってどんなところなんだろうね」
美海は青果店で買ったブドウのような見た目の果物を食べながら呟いた。
歩く度に揺れる体から楽しみで仕方がないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「そんなの行けば分かるだろ。着くまでに食べてしまえよ」
「っん、雄二ってたまに私に冷たいよね。あ、もしかしてこれがほしいの? もう~、そうならそうと言えばいいのに~」
美海は持っていた果物を一粒摘まんで雄二の口に押し付けてきた。
「やめろっ、くれるなら普通にくれ。……でもまぁ、美味いな」
「でしょ~。ブドウみたいな見た目なのに、ミカンの味がするからびっくりだよね~」
雄二が次々差し出されるブドウもどきを食べていると、左袖を引かれた。
「どうし──っ」
「あの、これも美味しいですよ!」
突然沙織によって何かを口に放り込まれた雄二は言葉が詰まってしまう。
「……雄二さん?」
「何を食べさせたんだ? イチゴのような味だったけど」
沙織は恥ずかしそうに編みかごに入れられたイチゴの見た目をした果物を雄二に見せた。
「雄二、なんで私のときと反応が違うのさ。あ、見て! あの丘の向こうがキラキラ光ってるよ!」
美海は雄二が何かを言う前に丘の方へと走り出してしまった。
「急に走ると転けるぞー」
雄二と沙織は駆け足で美海を追いかける。
そして、丘の上で立ち止まっていた美海に追い付いた雄二はそこから見えた景色に目を見開いた。
「これは、確かにすごいな……」
「はい……。とても、綺麗です」
「見渡す限りお花がい~っぱい! 私のエクシードで花びらを巻き上げたらもっと幻想的じゃない?」
雄二は力に集中しようとしている美海の頭を小突いて止めさせる。まだ上手く力を制御できない美海がそんなことをすれば世界問題になりかねない。
「やめとけ、幼馴染みを犯罪者にはしたくない」
「むぅ、冗談だって! 沙織ちゃんも可哀想な子を見るような目で見ないで!」
「ふふっ、冗談です。早く行ってみましょう」
丘を下っていると花畑で横になっている人の姿を見つけた。
花の上に広がる赤い髪と見覚えのある特徴的な服を着たその人物のもとへ無警戒にも美海と沙織は近づいていく。
その後ろを雄二は少し遅れて歩いていた。
「あのー、大丈夫ですか? ってアウロラ?」
「はい? あら~、美海ちゃん。こんなところで出会うなんて珍しいですね~。あら? 沙織ちゃんと雄二さんもご一緒なんですね」
アウロラは体を起こして目を擦る。その仕草に思わず和む三人。
「久しぶりだな、アウロラ。記憶は戻ったか?」
「お久しぶりです~。残念ながらまだ何も……。初めて目を覚ました場所に似たここなら何か思い出せると思ってずっといるのですが」
「ずっと? えっと、ご飯とかどうしているんですか?」
「ご飯ならいつも──」
「アウロラ~! ご飯持ってきたよ~」
自分の体が収まりそうなほどのバスケットを手に持って、ふらふらと飛びながら雄二たちのもとへ飛んでくる一人の妖精。
「──フローリアが持ってきてくれるの」
ニコリと笑うアウロラ。フローリアは訳がわからず首をかしげた。
「あっ、アルドラの人がいる~!」
「おー、フローリア。相変わらず元気そうだな」
顔の前まで飛んできたフローリアとハイタッチをして、頭を撫でてやる。
フローリアとはチーム結成を宣言した食事会以来、何度か学園で会っていて親しくなったのだ。
「えへへ~、アルドラの人も相変わらずだね。優しい感じがするよ」
「こんにちは、フローリアちゃん。私たちも一緒だよ~」
「えっと、誰だっけ? ……むむむ、思い出せそうな気がするぅ」
頭を抱えて唸るフローリアの様子からして二人のことは覚えていないようだ。そんな二人はショックだったのか彼女を取り囲んで懸命に説明している。
雄二はというと、アウロラが食べているバケットサンドに気を取られていた。
「……あのぅ、私の顔に何かついているのですか? あまり見つめられると食べづらいです」
「あ、いや、すまん。そのバケットサンドが美味そうだったから。あと、このハンカチ使っていいから口元を拭いたほうがいいぞ、ソースがついてる」
まさか、妹にハンカチを持つよう習慣付けられていたことが功を奏すとは……。
渡されたハンカチで口元を拭いたアウロラはバスケットからバケットサンドをひと切れ取り出すと雄二へ差し出した。
「よかったらひと切れいかがですか? 私には多すぎるので」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
アウロラの隣に座って雄二はかぶり付く。
「……このバケットサンド、どこの店のやつなんだ? 金をとれるレベルだぞ」
「これはいつもフローリアが届けてくれるので、どこのものかは……」
「そうか。ふぅ、ご馳走様。すごく美味かった。出来れば美海たちにも食べさせてやってくれないか?」
「もちろん。まだたくさんありますから是非」
美海たちを思い出したのか楽しく話していたフローリアがふわふわと飛んできた。
「ねえねえ、それ美味しかった?」
「すごく美味かったぞ。フローリアも貰ったらどうだ?」
「ううん、大丈夫。味見したとき食べたから! 実はね、わたしが作ったんだよ~」
「えっ、フローリアちゃんって料理できるの!?」
「えっへん! アンバーに教わってるんだ~」
「アンバー?」
初めて聞く名前に首をかしげた。
「アンバーはね、ルビーのお姉ちゃんなの! お転婆な妹と違って優しくてしっかりとしたお姉ちゃんなんだよ~」
「へぇ~、妖精にも姉妹っているんだね! それでそれで、今アンバーちゃんはどこにいるの?」
「あっち!」
フローリアが指差した方向には花畑の絨毯があり、その先には鬱蒼と生い茂る森が見える。
森のなかにいるってことなのか?
「フローリア、案内してはどう?」
「う~ん。でも、アンバーは知らない人を連れてきちゃダメだって。でもでも、案内してあげたい……」
「それなら俺だけついていくのはダメか? 方向音痴の俺なら、道を覚えられる心配も薄れるだろ」
「それなら、いいのかなぁ? アウロラはどう思う?」
フローリアに聞かれたアウロラは雄二から借りたハンカチを握って微笑みを浮かべた。
「雄二さんは優しい人です。きっと悪いことはしないはずですよ。だから案内しても大丈夫だわ」
「そっか。アルドラの人、優しいもんね。わかった! アンバーのところに案内するよ!」
「雄二さんをお願いします」
「えぇ~、雄二だけずるい!」
もぐもぐと口に含んだ状態で喋る美海の言いたいことは何となく俺に伝わっていた。
「喋るのか食べるのか、どっちかにしろよ。そのバケットサンドが美味しいのは分かるが、フローリアや沙織の分も残して……」
「もぐもぐ」
「はぁ、フローリア。美海が食べるのに集中してるうちに案内してくれ」
「はーいっ、ちゃんとついてきてね。もし森のなかではぐれたら見つからないかもしれないから」
「フローリアが前を飛んでくれているのに見失わないよ」
俺は自信ありげにそうフローリアに告げた。
そして現在、見事なまでに迷っていた。
「まさか、見失うとはな……」
森に入ってしばらくして雄二が少し景色に気をとられてしまい、視線を戻せばフローリアは居なくなっていた。
その時に呼び声をかければよかったのだが、近くにいるだろうと歩いたことが仇になっていた。
「端末のマップも使えない、連絡もとれない、周りは鬱蒼と生い茂る木々のみ。……完全に孤立したな」
「──」
そんな雄二が闇雲に森を進んでいると何処からか人の声が微かに聞こえてきた。
美海たちが近くにいるのかもしれないな。
雄二は声のする方へと木々の間を進んでいく。
次第にその声は聞き取りやすくなり、突然開けた場所に出た。
「大きな泉だ。水も澄んでいるし、飲めたりするのか?」
雄二は少しの間、泉を覗いていた。
どうやら思った以上に深そうだ、ってそうじゃない。声の主を探しに来たんだった。
泉の近くには老朽化して崩れ落ちたのか苔むした神殿のような建造物しかない。
既に美海たちの誰かであるという線は消えている。
でも、ここまで来たら覗くしかないだろ。
その建物に近づいていくほど、はっきりと聞こえてくる声。
崩れ落ちて大きな入り口と化した部分から覗きこんで中を見た。
そこには膝に顔を埋めて地面に座るブロンドの髪を二つ結びにした少女がいた。
──「ごめんなさい」と何かを謝罪しているその声の主は、小さな天使の少女だった。
第13話につづく