アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
一体何を謝っているんだ?
その少女はポツリ、ポツリと謝り続けている。
雄二が瓦礫の陰で彼女を観察していると言葉に紛れて、水滴が落ちるような音がした。
「もしかして、泣いているのか?」
「ひぃいいっ!! だ、だれ?!」
しまった、声に出てたか。
突然聞こえた知らない声に少女は心底恐怖し、あたふたとしていた。
これ以上怖がらせるわけにはいかないな。
雄二は彼女から見える位置へと移動して姿を表した。
「あの」
「ひぃいいっ!! ごめんなさいごめんなさい! 私なんか食べても美味しくないです体なんてちんちくりんだし、すっとんとんだし、翼も片方しかない出来損ないの醜い落ちこぼれ天使ですぅ! だからだからっ」
どうやら逆効果だったみたいだ。
「とりあえず落ち着け! 俺は君を食べたりしない」
「本当、ですか? 嘘だったらエクスシアちゃんに叩いてもらいますよ?」
「エクスシアちゃんってのが誰かは知らないが……嘘じゃないぞ。それに、お前は醜くなんてない。むしろお前みたいな綺麗な天使は初めて見たぐらいだし」
まぁ、天使を見たのも初めてなんだけど。
雄二はその事をそっと胸にしまっておく。
「あの……、そう言ってもらえるなんて、すごく嬉しいです」
少女は褒められて落ち着いたのか、頬を赤く染めて少し恥ずかしそうだった。
雄二はホッと胸を撫で下ろす。
誠也流異世界で女の子に怪しまれたときの対処法その1が役に立ったぜ。因みに、その2はない。
「俺の名前は雄二。今日初めてこの世界に来た地球人だ」
「わ、私はレミエル。……一応、天使のレミエルです」
片翼の天使、レミエルは膝から少し顔をあげて俺を見つめた。
レミエルはびくびくとまだ少し怯えながらも俺と話してくれていた。
「あの、ユージさんはどうしてここにいるのですか?」
「森の中を歩いてたら道に迷ってな。その時に声が聞こえてきて、辿ってみたらここについたんだ」
「……森には人払いの魔法がかかっているんです。普通の人は惑わされて、入ったら最後まで出れないはずなんですけど」
そうか。フローリアが出れなくなると言っていたのは魔法がかかっていたからか。
「もしかしたら俺が普通の人間じゃないからかもな」
「普通の人じゃない、ですか? ユージさんは表情以外普通の男の人に見えますけど」
俺の表情はやはり普通じゃないのか。無表情はダメなのか!?
「表情のことじゃなくて。αドライバーって言葉に聞き覚えはないか? 俺はαドライバーなんだ。だから普通の人間じゃないんだよ」
「αドライバー……。聞いたことがあります。その者たちは少女を従えて世界の危機に備えているって。ま、まさか、ユージさんがそんな人だったなんてっ」
「ちょっと待て! 何か勘違いをしていないか? 確かに世界の危機に備えているけど、従えているわけじゃない! あいつらは大事な仲間だ」
「ユージさんは素晴らしい方なんですね。それに比べて私は……」
レミエルは自分の翼を暗い表情で撫でる。
それにつられて雄二もレミエルの翼に手を伸ばしていた。
「ひゃっ!? ゆ、ユージさん!?」
「あっ、いや、すまん。地球には天使がいないから珍しくてさ。その……ダメか?」
「あの……私たち、今日あったばかりですし……そういうのはもっ──」
「だよなぁ。わりぃ、無理言ったな。俺にできることがあったら言ってくれ。お詫びに協力するよ」
「──と仲良くなってから」
『えっ?』
レミエルの声とかぶってしまったような……、気のせいか?
「今何か言った?」
「い、いえっ、なんでもない……です」
「そうか……」
これはあれだ。明らかに空気が死んだ。
こういう時、美海がいればどうにかなっていたんだが……。
俺一人で乗りきるしかないようだ。
「あ、あの、αドライバーってどんなことができるんですか?」
「えっ、あっ、そうだな。プログレスって言う女の子たちのサポートが主だな。αフィールドを展開してダメージの身代わりをしたり、プログレスとリンクしてエクシードの真価を発揮させたりできるぞ」
あと、美海相手ならエクシードを使うことも。ってのは言わないでおくか。
「エクシードの真価をですか! あの、私っ、こう見えてもプログレスで! でもでも、まだエクシードに目覚めてなくて」
「オーケー、わかった。わかったからとりあえず落ち着け。つまりレミエルのエクシードを目覚めさせる手助けをすればいいんだな」
「は、はい! あ、いえっ……、厚かましいお願いでしたよね。その、ごめんなさい……」
なんとなくレミエルがどういう子なのかわかった気がするぞ。
この子は後で思い返して後悔するタイプだ。
「よーし、レミエル。こんな薄暗くて埃っぽい場所に隠れてないで泉の方へ行くぞ。何が起こるかわからないからな、なるべく場所は広い方がいい」
「あの、いいんですか? それに、ユージさんって迷子なんじゃあ」
「別にいいんだ。美海たちには後で謝る。今は目の前の悩める女の子を救うだけだ」
「えっ、私は別に悩んでなんか」
「お前が悩んでいるのは翼のことだろ? あれだけ悲観的になってたら誰だってわかる。まぁ、何に対して謝っていたのかまではわからなかったけどな」
今のレミエルは悲観的になりすぎているのだろう。何があったかはわからない。でも、俺のアルドラとしての力が彼女の助けになるかもしれないんだ。
ここは頑張るしかないだろ。
「…………」
「ほら、いつまでも座ってないで行こう。俺とリンクするぞ」
「あの、まだ、心の準備が」
俺はレミエルの手をとって引っ張るようにして立ち上がらせる。そして泉のほとりへとやってきた。
「よし、これからレミエルとリンクをする。初めてで戸惑うかもしれないが我慢してくれ」
「手は繋いだままなんですか? その、は、恥ずかしいのですが」
「別に繋いでいなくてもできるが……。わかった、手を離した状態でやろう」
「お、おねがいしますっ」
胸の前で手を組んで目を閉じるレミエルは、まるで祈りを捧げる天使のようで泉に反射した光がキラキラと照らしてより神秘的なものへと昇華している。
意識を自らが発しているリンクの波とレミエルの発している波へと集中させる。
まだ御影とリンクした時の感覚も残っている。大丈夫だ、きっと……。
無言で向かい合ったまま時間だけが過ぎていく。
雄二にとってリンクを繋ぐだけならば、時間はかからない。だが、何故かレミエルの波は掴み損ねていた。
拒んでいるのか? それと、もうひとつ感じる波は一体……。
「っはぁ、どうやら、まだ、無理みたいだ」
「どういうこと、ですか?」
レミエルは目を閉じたまま小首を傾げる。
「えっとだな。俺が言うのもなんだが、まだレミエルが俺のことを警戒しているみたいだから。リンクを心のどこかで拒んでいるんだ」
「そんなっ、私はユージさんを信用しています!」
やっと目を開けて弁明する彼女の前に指を立てる。
「それともうひとつ。君のなかに二つの波を感じた。その二つが干渉しあって、リンクしづらかったんだ」
「それは私がダメダメだから……」
「違うって。むしろ俺がもっと上手くリンクできるアルドラだったらよかったんだ。レミエルは悪くない、だからそう自分を責めるな」
「はい……。あの、ごめ──」
「ごめんなさい、じゃないだろ? こういうときは、ありがとうって言えばいいんだ。俺は謝ってほしいわけじゃないからな」
雄二はレミエルの頭を優しく撫でる。
この短い間にレミエルという女の子の色々な一面が見れた。それに対するお礼も兼ねての行動だ。
「あぅ……あり、ありがとう」
「ああ。それでいいんだ」
雄二はレミエルの髪は手触りが良く、風が吹けば靡くサラサラとした綺麗なブロンドだと思い知ったのだった。
流石は本場、赤の世界の天使だな。
……さて、これからどうするか。
レミエルの頭を撫でながらそんなことを考えていると森の方から何か聞こえてきた。
「レミエル、今何か聞こえなかったか?」
「あ、あ、あの、手を、手をっ」
「お、おう」
俺は撫でていた手をどけて、レミエルが見つめる森の奥へ視線を向けた。
「あれは……女の子?」
木々に隠れてよく見えないが、ベージュ色の長髪がチラチラと見えていた。
「レミエル、知り合いか?」
彼女はコクりと小さく頷いて俺の後ろに隠れる。
俺はレミエルに向けていた視線を再び前へと向けて、少女を観察してみた。
背はレミエルと同じぐらいか?
翼は……正面からだとわからないな。人間、なのか? いや、でもさっきレミエルが言っていた通りなら普通の人間はここに来ることができないはず。なら彼女は──
「あなたは、こんなところで何をしているの?」
「あー、俺は、その、道に迷ってな。いつの間にかここにいたんだ。そういう君は何故?」
「私はお友だちを迎えに来たの。天使の女の子なんだけど会わなかったですか?」
ここにいた天使はレミエルだけ。つまりレミエルを迎えに来たということなのだろう。
「……見てないな。俺が来たときには誰もいなかったぞ」
「そう、ですか。片翼の天使ですからすぐに見つかると思ったのですけど。ねぇ、レミエル? その人の後ろに隠れてもその特徴的な翼までは隠れてないよ?」
「あっ!」
慌てて自分の翼を確認したレミエルは声をあげてしまう。その声で完全にバレてしまった。
「あぅ、なんで私なんかを迎えに来たの? 私がいてもいなくても同じなのに」
「いてもいなくても同じなら、せめて必要とされてる限りいないと。今日は天使の会議がある日でしょ?」
「でも……あ、ユージさんの道案内をしないといけないの!」
「それは私が請け負うわ。その、ユージさんってこの人でしょ? だから早く行って。ガブリエラ様に迷惑だってかかるのよ?」
「あわわ、ユージさん! またどこかで会いましょうね!」
バタバタと手を振ってレミエルは森へと走って行った。
その場に残されたのは雄二と、レミエルの知り合いの少女。
しばらくレミエルが去った方向を見ていた彼女は雄二の方に向き直るとをジーっとその顔を見つめる。
雄二は無事に生きて帰れるか不安になっていた。
第14話につづく