アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
森の中。見知らぬ少女と二人きり。
もし俺じゃなく誠也なら、この状況を喜んだのだろうか。
「ねぇ、レミエルとはどういう関係?」
「少し話をしただけだ。お前こそどういう関係なんだ? 知り合いのようだが」
「私とレミエルは友達よ。……例え身分が違ってもね」
彼女は泉の畔にあった倒木に腰掛けると隣を叩いて俺を呼んだ。
「すぐに案内しなければいけないわけじゃないですよね? 少しお話をしませんか」
雄二は無言で頷くと彼女と距離を離して倒木に座った。
彼女の言う通り時間ならある。
あとで美海たちには何かお詫びをしないとな。
「私とレミエルが出会ったのはまだ私が女神になる前でした。その頃のレミエルは今より前向きに天使の役目を全うしようと意気込んでいました。片翼でも立派な天使になってみせますって。私がその純粋な瞳と真っ白な翼に憧れを抱いたのもその頃です。空を翔び、女神を手助けする天使という存在が輝いて見えたんです。でも……、それは幻影だった」
彼女は目を瞑り、その時のことを思い起こそうとしていた。
何故なのか分からないが、彼女はそこまでして俺に何かを伝えようとしている。
雄二は黙って話の続きを待った。
「私は新人女神になり、立派な女神になるために日々励んでいました。そんな時、レミエルが悪口を言われている場面に出くわしてしまったんです。私は咄嗟に隠れてしまいました。柱の陰に隠れて彼女が他の天使たちに悪口を吐かれ続けるのを息を潜めて見守ることしかできなかった。私の憧れだった天使は他の天使から忌み嫌われる存在だったんです」
「それで、その後お前はどうしたんだ。レミエルに失望したのか?」
「いいえ、違います。失望はしましたが、それはレミエルに悪口を吐いていた天使たち、そしてそれを見逃した私自身にです。他の天使たちが立ち去ったあと、柱の陰から出て歩み寄った私にレミエルは何と言ったか分かりますか? 彼女は泣きそうになりながら『私は、天使に生まれてこなければ、良かったのかな。……いっそ、翼なんてなければよかったのに』って、そう……言ったの」
彼女の言葉が雄二の中にストンと落ちる。
レミエルの翼に対するコンプレックスはそこから生まれたということか。
「そんな彼女を放っては置けなかった。もう彼女を悲しませたくない。だから、約束したんです。大事な約束を」
「それを俺に話してどうするんだ? 俺とレミエルが出会ったのはついさっきだぞ。それに俺は女神でも天使でもないただの人間だ」
「わかっています。でも、あなたはレミエルを忌避しなかった。それどころか知り合って間もないのに嘘をついてまで彼女を助けようとしていました。それに……ただの人間はここに来れませんから」
少女はクスリと笑って雄二の顔を見る。
どうやら初めからただの人間ではないと見抜かれていたようだ。
「私がこの話をしたのはお願いがあるからです。どうか、レミエルとお友だちになって、そして彼女を守ってあげてください」
「お前に言われるまでもなく、俺的にはもうレミエルとは友達だ。それに彼女はプログレスだ。プログレスを守るのはアルドラの役目だからな」
「っ……! ありがとう、ございます。彼女には多くの支えてくれる人が必要なんです。彼女が自信を持つために、前を向いて羽ばたいて行けるように一緒に頑張りましょう」
「ああ、そうだな。だけど俺はそんな大層な理由があって協力する訳じゃない。レミエルの笑顔を見てみたいから手伝うだけだ」
少しの間に色々な一面が見れた雄二だが、彼女の笑顔は見れなかった。
だから見たい。それだけだ。俺は俺のために頑張る。そういう性分なのだ。
「ふふっ、あなたは面白い人ですね。あ、自己紹介が遅れました。私は新人女神のユラです。あなたは、ユージさんでしたっけ?」
「雄二だ。よろしく」
固く握手を交わし、今ここに協同関係が成り立った。
異世界に来てこんなことばかりしてるのは気のせいだろうか?
そんな思いも露知らず、ユラは雄二の手を引いて森の外へと案内してくれた。
「あああーっ、忘れてた!」
「きゅ、急に何っ!? どうしたのユージ」
森を出られたことに安心したからか、雄二は何故自分が迷子になっていたのか思い出した。急に大声をあげた雄二に若干ユラは引いてしまう。
「俺が森に入ったのはフローリアに案内されてアンバーに会いに行くためだったんだ。今それを思い出した」
「フローリア? アンバー? えっと、じゃあ、その人たちがまだ探してるかもしれないってことですよね。どうしよう、人を探す手段はないですよぉ」
「あ、いや、彼女たちは人じゃなくてこの世界の妖精なんだ」
妖精だと知ったユラは顎に手を当てて何やら悩みだした。
「妖精相手なら女神の力でどうにかなったりするのか? 居場所がわかるとか」
「なりますよ。居場所はわかりませんが呼び出すことができます」
「マジで!? 女神スゲーな」
「でも……いえ、やってみますね」
ユラは深呼吸をして気分を落ち着けると目を閉じ、手を胸の前で組んでじっと立っていた。
端から見ればただ森へ祈りを捧げている少女にしか見えないが、彼女は今女神の力を使っているのだ。
ふと、雄二はユラの頭からリンクの時と似た波を感じ取った。
もしかしてリンクできるのか?
「リンクっと」
レミエルの時と違って、この波は掴みやすいな。
『──さん。アン──』
まだ聞こえづらいが段々と聞き取りやすくなってきた。頭の中でユラの声が響くのは新鮮な感覚だな。
『──繰り返します。フローリアさん、アンバーさん。私は新人女神のユラです。地球からお越しのユージさんがお待ちです。近くに居ましたら至急森の外へ来てください』
「迷子放送かよ! いや、確かに迷子だけどさ」
「えっ、もしかして聞こえたんですか? でも、この念話は女神にしか使えないはずです。聞こえるのはこの世界の生き物だけなのに、どうしてですか」
「さ、さあ? 俺にもさっぱり。ただ、アルドラの力が関係あるんじゃないかな」
「アルドラ。αドライバーですか……。それなら未知の力で念話に割り込めても不思議は……」
prrrrr、prrrrr──
「ひゃぁ!? な、なんですか、今度はなんですか!」
「あ、わりぃ。仲間から電話がかかってきたみたいだ。ちょっと失礼するぞ」
俺は鳴り響き続ける端末をポケットから取り出して、ユラから距離を取った。そして通話モードをオンにして耳に当てた。
「はい、こちら雄二。どうぞー」
『どうぞー、じゃないよ! 美海だけど、今どこにいるの!? どうぞー!』
何やら怒っているようだが、ノリは健在らしい。
「あー、今森から出てきたところだ。フローリアとはぐれてしまって、偶然知り合った女神様に呼んでもらってるんだ」
『フローリアちゃんだけ戻ってきて、雄二が森で迷子になっちゃったーって泣きながら言ってきたんだよ! 森に人間が入ると出てこれないってフローリアちゃんと一緒に来たアンバーちゃんが言ってたから私と沙織ちゃんにはどうすることもできなくてっ。だから森にフローリアちゃんとアンバーちゃんが探しにいってるの! 森から出てるなら今そっちに行くから、って沙織ちゃん、置いてかないで~!』
「あ、おい。おーい、もしもーし。……切れたか」
「お話は済んだの?」
こっちの話が終わったのを見計らってユラが近づいてきていた。
「ああ。ちょうど終わったところだ。今こっちに俺の仲間が向かってるらしいから、すぐに合流できるはずだ」
「そっか、よかったね。多分妖精たちもそろそろ来る頃だから、ちゃんと謝るんですよ?」
「わかってるって。お、見えてきたぞ。おーい!」
フラワリーガーデンの方から二人の人物が雄二の方に向かってくる。
一人は頭に大きな花の髪飾り、もう一人はツインテール。
それに加えて青蘭学園の制服を着ているから彼女たちは沙織と美海で間違いなかった。
「雄二さーん!」
「雄二~!」
こちらとの距離が縮まったにも関わらず彼女たちがスピードを緩める気配はない。ま、まさか飛び込んでくるつもりなのか?
「こんの、バカアルドラ!」
「ぐはぁっ!?」
「雄二さん!? きゃっ!」
俺は突然背中に襲ってきた衝撃で吹き飛ばされて前方にいた沙織の胸へと飛び込んでしまう。
「ぐっ……なんだよ、一体……」
意識が遠退くなかで後ろを見た俺の目に映ったのは、琥珀色の長い髪を持つフローリアぐらいの小さな妖精の姿だった。
第15話につづく