アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語-   作:Kuroya

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第4話 美海の力

青蘭学園の購買を初めて訪れた人は皆が口を揃えたかのように同じことを言う。

「広い。多い。安い」

この三つのフレーズはこの購買部の売りでもあり、信念なのだ。

そして、皆が常連となる。

今まさに雄二もそのフレーズに心を掴まれたのだった。

「ふふっ、雄二ってば子供みたい」

「し、仕方ないだろ! 見ろよこれ! 肉がこんなに安いぞ! うおお、なんだあれ!? なんで飲料売り場に輸血パックがあるんだよ」

「……でもちょっと騒ぎすぎかなぁ。気持ちはわからなくはないけど」

「おい、美海! 水晶も置いてあるぞ!」

雄二はあっちこっちと忙しそうに動きまわっていろんな商品を発見しては驚いている。

しかし、表情はないままだ。目を閉じて声だけ聴けばとても楽しそうなのに、目を開ければ雄二の表情には何も写っていない。

美海は大きく深呼吸して騒めく気持ちを落ち着かせる。

「あんまり動きまわってたら迷子になるよ~!」

うろうろしている自覚のない方向音痴くんに追いついて隣を歩く。

「なぁ、この水晶って何に使うんだ? やっぱり占いか?」

「うーん、どうなんだろうね。多分そうだと思うよ。友達が使ってたもん」

「友達ねぇ。俺はこの学園で友達なんかできる気がしないな」

時々、雄二は後ろ向きなことを言う。いつもは前向きなのに、ふとした瞬間には後ろを向いてる時がある。昔からこうだったわけではない。きっかけがあったのだ。

「どうしてそう思うの? 高校生活は始まったばかりだよ?」

そのきっかけについて美海は漠然としたものしか知らない。それは雄二にとって辛いものだから。

知らないけれど、知らないからこそ、美海は優しくいつものように変わらずに今までの自分で雄二と接するのだ。

「……美海。俺にはαドライバーの適性があった」

「だからここにいる」

「ああ。適性があったから来た。また、美海と楽しく過ごせるってそれだけしか頭になかった」

「そっか。嬉しいなぁ~、雄二が素直にそんなこと言ってくれるなんて滅多にないもん」

「でも、俺はαドライバーなんだよ。プログレスじゃない。ここに来る前、αドライバーはプログレスを指揮し、戦わせる役目だって説明を受けた。そのときは何も思わなかったさ。いざプログレスを目の前にするまでは軽い気持ちでいた」

雄二は水晶を抱えたまま淡々と語る。まるで何かがそうさせるかのように。

あれ? 水晶が光ってる。これって……。

黒く鈍い光を灯す水晶を見た美海は考えるよりも先に体が動いていた。

「雄二っ、それ、棚に戻して!」

「俺は女の子たちを戦わせて指揮を執るだけの役目なんだ。そんなやつに友達なんて出来はしない」

「あーもう! はい、ネガティブタイムはこれでおしまいっ!」

雄二の抱えていた水晶を奪って棚に戻した美海はホッと息をついた。

水晶がなくなったことで雄二の語りは止まった。

「あ、れ? 俺は何をしていたんだっけ?」

「……覚えてないの? 何も?」

「水晶を覗いていたところまでは覚えているんだが……、そこから先はぼんやりしていて覚えてないな」

「そっか。でも、雄二は私が話しかけても気付かないぐらい、じーっと水晶を見てただけだったよ。それよりも、お昼買おうよ~。何がいいかなぁ。雄二は~、カツサンドなんていいんじゃない?」

覚えてないならその方が都合がいい。美海は咄嗟に判断して誤魔化した。

早くここから離れなきゃ……。

「お、おい、そんなに押すなって。それに腹は空いて……」

「ん~? そんなに大きなお腹の音鳴ってるに何言ってるの。さあ早くいこ~!」

あの水晶は雄二と相性が悪すぎる。

『ネガティブ水晶』というその商品は本来パーティーグッズとして用いられるネタ道具であり、持った人に少しだけネガティブな発言をさせる効果が込められている。

雄二の場合、その効果が強く効きすぎてしまったのだ。

やっぱり幼馴染みの私が傍に居てあげないと危なっかしい。

雄二を面倒見るのも幼馴染みの義務。

美海は決して口には出さないが、そのことを再認識した。

 

二人は購買で買ったものを食べながら少し離れた場所にある闘技場を目指して歩いていた。

「このカツサンド、もっと買っておけばよかった……」

「もう、まだ食べるの? それで五つ目でしょ。あんまり食べると胸焼けしてきちゃうよ」

「これはいくら食べても平気な気がする。すごく美味いし」

「でもすごく高かったんでしょ? 一個700リシェぐらいだっけ」

「いや、1200だ。合計で6000リシェだな」

「ご、豪快すぎるよ……。そんなに使って大丈夫なの? というか購買で一番高いやつじゃん」

「おかげで財布が凄く軽い。ハハハ……、どうしよう」

美海は雄二の豪快なお金の使い方に妙な懐かしさが込み上げてきていた。

いつもはため込むだけで滅多にお金を使わないのに、使うときは一気に使ってしまうのは雄二の治らない癖の一つなのだ。

「そういえば、今回は止めなかったな」

「ん~? あー、うん。雄二はこの島に来たばかりだし、今回は見逃してあげようかなぁってね。初回サービスっていうのかな?」

いつもそんな雄二のストッパーになっていたのは美海や雄二の妹だ。

「そこは止めてくれよ……。あんなに高いとは思わなかったんだよ」

「まぁまぁ。買ったこと後悔してる?」

「してない! 美味かった! それでよし。お金のことは千尋に相談する」

「だよねー」

千尋ちゃん、怒るだろうなぁ。もう、こんなに無駄遣いして! っていう姿が想像できちゃうよ。

 

まもなくして闘技場に到着した二人に立ちはだかったのは透明なドアだ。

「え、えっと、開いてないね」

「ああ。開いてないな。この状態でどうやって案内するんだ?」

「そ、そうだ! 今日は仕方ないからこれでおしまい! そういうことにして寮に行こー!」

美海は、おー! っと拳を上げてスタスタと闘技場の前から立ち去ろうとする。

「あ? 説明してくれないのか? 闘技場のこと何も知らないんだけど」

「だ、だって、開いてないのに説明しても面白くないよ! うぅ、本当は私のエクシードを見てもらいたかったのに」

頭を抱えてうずくまってしまった美海。

美海のエクシードか。一体どんな能力なんだろう?

雄二は美海がここに来ることになったきっかけであるその能力をずっと気になっていたのだ。

そのチャンスが潰れたのだ。表情にこそでないもののその落ち込みは大きかった。

そこでうずくまっていた美海が勢いよく立ち上がった。

「そうだっ、いいこと思いついたよ!」

「いいこと?」

「うん! 私の力、みせてあげる」

そう言って美海は雄二の手を握った。

力強く握られた手を見て、雄二は嫌な予感しかしなかった。

「お、おい、何を――」

「いっくよ~! はああああ!!」

二人の周りに風が集まるように吹き始め、美海のツインテールが尻尾のように揺れている。

雄二は握られた手を通じて流れてくる何かを感じた。

一緒に飛びたい! そう願う美海の思いが流れ込んでくる。

その願いに答えたい。

雄二の思いは無意識に自分のαドライバーとしての力を活性化させていく。

そして――

「うぉお!? 体が、浮いた!?」

「っ、うまく、できたぁ。なんだかいつもより飛びやすいかも。ふふ、これも雄二のおかげかな?」

「これが、美海のエクシード、か」

「うん。私のエクシードは風を操る力なの。いつか雄二とこうやって飛びたいって思っていっぱい頑張ったんだから」

十数センチ程度浮いていただけだったが、また流れてきたときにはぐんぐんと地面との距離が広がっていく。校舎を越えて、そして闘技場さえも越えたところで空中に停滞した。

「美海。お前って凄いな」

「えへへ、今日は素直だね」

「初めて飛ぶなんて経験したからな。初回サービスってやつだ」

「そっか。ふふっ、今日はありがとね。私の案内に付き合ってくれて」

「いまさらだな。それに、お礼を言うのは俺の方だ。空を飛べるなんて普通じゃ味わえない体験できたんだ。……ありがとな」

 

「ねえ、雄二。空を飛ぶのって気持ちいいでしょ?」

「ああ。こんなに気持ちいいことを美海はいつでも味わえるなんてすげー羨ましい」

「初めて飛んだ時も今日みたいに教室で雄二にぶつかっちゃったよね。あの後、雄二がおうちに来た時私はすっごく辛かったよ。だって、今まで一緒にいた、家族みたいな雄二と離れちゃうって思ったら、すごく寂しかったの」

時刻はすでに夕暮れ。太陽は水平線の向こうへと沈みかけている。

「でも。でもね、またこうして一緒に過ごせるようになって、今までの寂しさなんて吹っ飛んじゃった」

「俺だって平気だったわけじゃない。お前がいなくなってから少し荒れてたぐらいだ」

「えー、雄二が荒れてるの? 見たかったなぁ、すごくレアだし」

「そ、そのことはもういいんだよ。えっと、つまりだな、俺も美海と再会できて嬉しいってことだ」

「っ、あ、や、その、雄二はさ! 寮に住むことになるんだよね? 場所は分かる? い、今から案内してあげるね!」

美海は雄二の手を引いて学生寮の方向へと降下していく。

チラリと見えたその横顔は夕陽に照らされて赤く染まっていた。

 

「でも、俺は寮生じゃないぞ? 千尋もいるし」

「ええ!? じゃあ千尋ちゃんと同棲!? うらやま……駄目だよそんなの!」

「そう言われても決まったことだしなぁ。あ、でも千尋は置いてきた。あいつは俺たちみたいな異能は持ってないし、ここに連れてくるのも可哀想だろ?」

「え、それはそれで可哀想だよ……。じゃあ雄二は一人暮らし?」

「そういうことだな。少なくともあいつが中学を卒業するまでは一人だろうな」

「そっかー。あ、じゃあ、今から遊びに行っていい? 暇だし」

「それはいいけど、まだ何もないぞ? って、荷物の受け取り忘れてた!」

「大変じゃん! じゃあこのまま飛んでいこうよ! その方が早いよ」

「だな。このままたの――」

「どーん!」

「――せめて最後まで言ってからにしろぉおお!!」

太陽という主役が消えた空は数多の星々が瞬き、三つの『門』は爛々と黒い夜空に輝いていた。




第5話につづく
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