アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
背中に衝撃を受けて少しの間意識が飛んでいた雄二は徐々に意識がハッキリとしてきていた。
そして、それにつられて後頭部の柔らかい感触と腹の上に何かが乗っている重さを感じていた。
今仰向けになってるのか? それにしても……この感触、気持ちいいな。癖になりそうだ。
「あの、雄二さん。あまり動かれると、その、くすぐったいです」
「さ、沙織ちゃん。そろそろ代わろうか? 足、痺れちゃうでしょ?」
「大丈夫ですよ、美海ちゃん。正座には慣れてますから」
「むぅ、……それなら、いいけど」
沙織や美海の声が上から聞こえてくる。あれ、もしかしてこれって膝枕? 今、沙織に膝枕してもらってるのか!?
「ふぅーん、あんたたちってコイツに甲斐甲斐しいのね。……で、いつまで寝たふりをしてるつもり?」
お腹を撫でられる。すると、撫でられた箇所が徐々に熱を帯びて──
「熱っ!? なんだ今の!」
雄二は飛び起きて確認してみるが制服には焦げ跡一つ付いていなかった。それどころか起きたときには感じていた熱は跡形もなく消えていた。
「雄二さん、具合はいかがですか。どこか痛みませんか?」
「あー、いや、大丈夫。どこも痛くない。むしろ調子がいいみたいだ」
「雄二。他に言うことがあるんじゃないの? どれだけ私たちが心配したと思って──」
「すまん。心配かけた。俺はこの通り無事だ。この埋め合わせは必ずする。本当にすまなかった」
雄二は美海の言葉に重ねるようにして謝罪をする。
そして青蘭島でクレープを奢ると約束した途端、美海の怒りは治まったようだ。
「で、もしかしてこの子がアンバーか?」
「随分な態度ね、バカアルドラのくせに。そうよ、私はアンバー。琥珀の妖精よ」
アンバーは腕を組んで胸を反らした。
雄二は思った。
誠也がそんな態度をすれば多少苛立つが、小さな妖精がすると苛立つということもないな……。むしろ場が和んでるし。
「なによ、どーせ琥珀の妖精だからって地味だと思ってるんでしょ!」
「違うって、可愛いなと思ってただけだ」
「か、かわっ!? あ、当たり前じゃない、私は妖精だもの。嬉しいけど、お姉さんなんだからキレイって言ってほしいわね!」
「姉が可愛いくてもいいと思うけど。なあ、美海」
「うーん、私は一人っ子だしなぁ。でも、アンバーちゃんがお姉さんなら大歓迎だよ~。沙織ちゃんも確か一人っ子だっけ?」
「はい、私もです。アンバーちゃんは森で迷った見ず知らずの雄二さんを率先して探してくれる優しい心の持ち主ですから、きっと素敵なお姉さんなんですね」
三人からベタ褒めされたアンバーは照れくさそうにそっぽを向くと、何かを探して周りを見回していた。
「あれ? フローリアはいないの?」
「そういえばフローリアちゃんがいないね。まだ森のなかにいるのかな?」
「あのー、フローリアちゃんという方ならあそこにいますよ。多分」
今まで俺たちから距離を取っていたユラが近づいてきてフローリアがいるだろう場所を指差した。その指先が指していたのは雄二たちが今いる場所から見える木の枝の上だ。
「あれってもしかして……寝てるのか?」
「バカアルドラの言う通りね。そりゃあもうぐっすりと。まったく、誰に似たんだか」
アンバーは肩をすくめると背中の羽を羽ばたかせてフローリアの眠る枝まで飛んでいく。
「なあ、二人とも。俺のせいで時間を無駄にしたわけだけど、これからどうする? 宿も探さないといけないだろ」
「ん~、ずっと明るいから実感がないけど、地球時間だともう夕方の5時ぐらいだもんね。そろそろ見つけないとダメかなぁ」
「アウロラさんはずっとガーデンにいるようですし、ディアンナさんやヴァレリアさんはどこにいるか分からないから頼れないですね」
「あのー」
雄二が肩をつつかれて振り返ると、ユラは少し俯きながらモジモジしていた。
トイレでも我慢してるんだろうか?
「ぜーったい、雄二が考えてるようなことじゃないよ」
「なんで考えてることがわかるんだ。それに、違うかどうか聞いてみたいとわからないだろ」
「あの、雄二さんと美海ちゃんは何の話をしているんですか? あの子がずっと待ってるようですけど」
「も、申し遅れました。新人女神のユラって言います。それで、ですね。皆さんは宿をお探しなんですよね? よければその……案内しますよ」
「ほら違ったでしょ。えっと、ユラちゃん。案内してもらうのは嬉しいんだけど、いいの?」
「はい! だって困っている人を助けるのも女神の仕事ですから」
「あれ~? みんなどこかにいくの?」
ヒラヒラと不規則な軌道を描いて上から降りてきたフローリアは手で目を擦って雄二の肩に座った。
目覚めたようだが、まだ眠そうである。
「よく眠れたみたいだな、フローリア。その、すまん。折角案内しようとしてくれてたのに」
「ううん、いいよ~。それにね、面白い石を見つけたの」
フローリアはどこに隠し持っていたのか彼女の手のひらサイズの石を取り出して俺に渡してくる。
つまみ上げて手のひらの上で転がす。
「へぇ、赤く光る石か。この世界にも似たような石があるんだな」
「わぁ、キレイ……。光ったり消えたり、まるで息してるみたい」
「落ちてたときは真っ赤なだけだったのに、拾ったらチカチカし始めたの。アルドラの人は何か知ってるー?」
「うーん、俺には心当たりがないな。でも、コイツから僅かだけどエネルギーを感じる。もしかしたら、俺たちに反応して──」
赤く明滅するその小さな石は一瞬強く光ると形を崩し跡形もなく消えてしまった。
その場は沈黙で包まれ、降りてきたアンバーが何事かと俺たちを窺っていた。
「バカアルドラ、何したのよ。フローリアが泣きそうじゃない。女の子を泣かせるなんてとんでもないクズね。自分に非があるならさっさと謝りなさいよね」
「アンバー……、石が、消えちゃった……」
フローリアは雄二の肩から飛び立ってアンバーの胸へと飛び込み、アンバーに抱きとめられる。
「おー、よしよし。よくわかんないけど大丈夫よー。きっとバカアルドラが代わりの石をくれるから。ね?」
ギロリ。そういった効果音が似合いそうな鋭い眼光を向けられて雄二は慌ててポケットやカバンの中を探った。
あの睨みは妖精と言うより鬼だろ。
「ゆ、雄二。石どこにやったの? 手品? なんでもいいけど早く返した方がいいよ」
「違うと思います、美海ちゃん。手品とかそういうのじゃなくて、エネルギーを放出して自壊した。そんな感じがします」
「沙織ちゃん……」
「あった! フローリア、代わりになるか分からないが、この石で許してくれないか」
俺はカバンの底にあった出し忘れた黒の世界の土産を取り出して、アンバーに抱きついているフローリアの前まで持っていく。
長く光に当たっていなかったせいなのか、暗く淀んでいた石は天から降り注ぐ優しい日の光を浴びて徐々に青く、そしてはっきりと輝き出す。
「青色の石だ! チカチカしてないけど、これほしい! 貰ってもいいの?」
俺が頷くとフローリアは文字通り飛び付いて石を受け取った。日の光にかざして石を光らせる彼女はとても嬉しそうだ。
「で、あんたたちはこれからどうするの?」
「あのね、これからユラちゃんの案内で今日泊まる宿に行くんだよ」
「宿に荷物を置いたら観光して回るつもりです。色々なところを見ておきたいですから」
「そう。観光するのはいいけど、悪さはしないようにね。それじゃあ私たちは帰るわ。くれぐれも女神様や天使に失礼の無いように、わかった?」
アンバーは一頻り忠告した後、もらった石で遊んでいるフローリアを引っ張って森へと帰ろうとする。
「アンバー、俺の名前は成瀬雄二。バカアルドラでもいいけど、一応教えとく」
「ふん、妖精を泣かせるようなやつはバカアルドラで十分よ」
「あはは。そうだよな。また遊びに来るから、その時はもっと話そうぜ。じゃあ、またな」
「またね~! 私も遊びに来るからね♪」
「私もまたお話をしに来ますね」
「それじゃあ、皆さん。行きましょうか。アンバーさん、フローリアさん。急に呼び出して申し訳ありませんでした。それでは」
雄二たちは妖精たちと別れ、女神につれられて街へと足を進める。
……一時はどうなるかと思ったが無事に戻ってこれて一安心だ。
「またね……ユージ」
「ん~? アンバー、何か言った~?」
「な、何でもないわよ! ほら、早く戻らないとルビーが騒ぎ出すわ。あの子が帰ってくる前に食事の支度をするわよ」
「は~い。あ。アウロラも連れてこなきゃ! ちょっと迎えにいってくる!」
「ちょっ、……はぁ、今日は忙しい1日だったわ。これ以上問題はいらないわね……」
「ねぇ、ユラちゃん。ユラちゃんは何の女神なの?」
「あー、いえ、私はまだ新人の女神ですから役職は得ていないんです。今は師匠のもとで勉強中です」
「へぇ。女神にも役職なんてあるのか。確か、ディアンナは狩りの女神だったか」
「ディアンナ様を知ってるんですか!?」
すごい食いつきようだな、おい。
「ディアンナ様は月と狩りの女神で、滅多に森から出てこなくて有名な方です。いつも定例会議には出ないのでまだ会ったことはないんです。どんなお方ですか?」
「それより案内、案内。あの人の話をすると後ろから射抜かれそうで怖いから、早く宿に行こう」
「えぇー、気になりますぅ!」
ユラはその後しばらく騒いでいた。
「女神様だけじゃないですよ? 大天使の方にも素晴らしい方がいてですね。あ、ここが目的地の宿です」
「急に冷静になったな。んー、RPGによく出てきそうな普通の宿屋だな」
ユラに連れられて中に入ると一階は食事処になっているようでテーブルとイスが並べられていた。何人かの客がユラに気づいて手を振っている。
ユラと彼らは常連客というやつなのか?
「それでは手続きをしますのでこちらへ。といっても名前を書いて鍵を渡すだけですけどね。あ、お金は先払いです」
「いくらだ? というかユラは何故店員ポジションなんだよ」
「えっと、一泊食事代込みで一人3600リシェですね。あれ? 言ってませんでしたっけ? 私、ここで働いてるんです。女神にお給金はないですから、こうでもしないと新人は生きていけませんので」
「一泊、しかも食事代込みで3600ってのは安いのか俺にはわからんが、二人はそれでいいか?」
「いいよ~、ユラちゃんが薦めてくれたんだもん、つまり女神のお告げってやつだね♪」
「そうですね♪ こういった所に泊まるのは初めてですけど安心できます」
「皆さん……、ありがとうございます。えっと、空きは……すみません。一部屋しか空きがないみたいです。その、三人は寝れるぐらいベッドは大きいですよー、なんて。あははは」
この女神、今笑って誤魔化そうとしたぞ。
さらっと爆弾を投下してくるとは本当に女神なのだろうか。
「えぇえええ!? ゆ、ゆゆゆ、雄二さんと一緒に……はぅううう」
「沙織ちゃーん、私もいるよー」
「み、美海ちゃん! なんでそんなに冷静なの、男の人と同じ部屋の、同じベッドで寝るなんて、そんな! そんな……!」
「どうどう、落ち着いて。男の人って言っても雄二だし。よく一緒に寝てたし、別に気にすることないよ~。でしょ?」
「そこで俺に話を振るな。それに寝てたと言っても小さい頃だろ。美海はもう少し警戒をしろ、警戒を」
「というわけで、はいこれ。さ、お部屋にゴー!」
この世界の宿屋に似つかわしくない妙にハイテクな機械に端末をかざすとピッという電子音が鳴った。
コードレスの会計端末と言ったところで、白の世界の技術力の賜物であり、こうして各世界に様々な機器が提供されている。
美海に続いて雄二、そして美海に手を掴まれた沙織が会計を済ませた。
首まで真っ赤にして固まる沙織の背中を押して気まずそうに案内するユラの後ろをついていく。
食事中だった客の茶化すような視線の集中砲火を浴びて雄二は慌てて彼女らに続いた。
第16話につづく