アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「……っ」
「…………」
やっとフリーズから戻ってきた沙織はベッドの端に腰かけて雄二をチラチラと横目で見ている。
そんな状況が5分以上続いていた。
ユラの言っていた通り、雄二たち三人が寝ても十分余裕のあるベッドが部屋に鎮座していて、女子二人がそこに腰かけているのに対し、雄二は部屋にあったソファーに腰を下ろしている。
「ねぇー、いつまでゆっくりしてるのー? そろそろ観光にいこーよ~」
「え、あ、はい! そろそろ外に出ましょうか。えっと、始めは闘技場ですか?」
「ん~、とりあえずはそこかなぁ。雄二は行きたいとこある?」
「んー、教科書に載ってた虹の宮殿か、黄金色の海だな。ただ、時間や距離的に行くなら宮殿の方だろうな」
「では闘技場に行ったあと、虹の宮殿の近くまで行くということで。街の中なら万が一はぐれてもマップを使えば位置情報で分かるので安心ですね」
「うぐっ、……早く行くぞ」
雄二はそそくさと部屋を出る。
沙織まで俺を弄りだしたのはびっくりしたが、できればこれ以上美海に染まらないでほしいな……。
「沙織ちゃんも段々雄二のからかい方を身につけてきたみたいだね~。あ、でも、あんまりからかってると拗ねちゃうから程ほどにね? よーし、私たちも行こっか」
「え、そんなつもりは! あの、違うんですー!」
階段を降りて一階に来るとユラがテーブルの食器を片付けていた。
「あ、ユージさん。お出掛けですか?」
「ちょっと観光にな。闘技場と宮殿を見てくるつもりだ。食事はいつまで出るんだ?」
「そうですね……、あと三時間は大丈夫ですよ。もしかしたら闘技場で私の師匠に会えるかもしれませんね」
「へぇ、師匠か。やっぱり役職持ちの女神なのか?」
「はい! 私の師匠、グラディーサ様は剣と戦いの女神でよく闘技場で一人稽古をしているんです。たまに私もお供させてもらうんですけど、まだまだついていくのも精一杯で。とてもお強いんですよ!」
「剣と戦いの女神か。戦いとは無縁そうなこの世界にもそういう女神はいるんだな」
「グラディーサ様と数名ぐらいですよ、好戦的な女神は。ですから、ちょっかいをかけないようにしてくださいね?」
「了解。美海たちも来たようだし、行ってくる」
「ユラちゃん、バイバーイ♪ ねぇ雄二、何の話してたの?」
「それでは行ってきます。って、二人とも置いていかないでください~!」
「ふふ、面白い人たちですね。さーてと、お仕事頑張らなきゃっ」
雄二たちは宿屋から出ると大通りを通って闘技場へ向かった。
闘技場が大きいおかげで大通りからでも目印になるので地図に頼る必要はない。
「闘技場に行くのはいいんだけど、何しにいくの?」
「それをお前が言うのか、美海。闘技場だから戦ったりするつもりなのかと思ってたぞ」
「私もそういうつもりなんだろうなーって」
「そうなの!? 確かにちょっぴり戦ってみたい気もするけど、誰かいるのかなぁ」
「それならユラの師匠がよくいるらしい。剣と戦いの女神らしいから戦って貰えるんじゃないか?」
「だといいなぁ。あ、入り口が見えてきたよ!」
雄二たちは話しているうちに近くまで来ていた。
まだ距離があるにも関わらず戦闘音が聞こえるほどかなり盛大に戦っているようである。
「観戦席の方に行くか。戦っている最中ならそっちの方がいいはずだ」
二人は同意をし、雄二たちは観戦席へと向かった。
闘技場の入り口から中に入り、左右にある階段を上って二階に出る。
教科書通りなら闘技場の二階部分は観戦席になっているはずだ。
「観戦席には誰もいないか。確か、学園の闘技場はここを参考に造られたんだよな」
「ゆ、雄二。そんなことよりあれ……、バトルエリアの方見て」
「……? っ、嘘だろ、なんでこんなにエナジーがバトルエリアにあるんだよ。一体何が──」
滅多に見ることがないはずのエナジー。それが二種類もバトルエリアに混在している光景に雄二は気を取られていた。
その瞬間、轟音と共に土煙が立ち上ぼり、突然の揺れが雄二たちを襲った。
「雄二さん危ないッ!」
咄嗟に雄二の前に出てきた沙織は自らのエクシードを発動させ、飛来物がぶつかるのを防ぐ。
一瞬の出来事に固まっていた雄二はようやく動きだし、展開されている沙織のシールドを見て状況を把握した。
「大丈夫ですか、雄二さん」
「沙織のおかげで怪我ひとつない。美海は大丈夫か?」
「な、なんとかね。飛んできた瓦礫は剣で弾いたから大丈夫だよ」
なんと美海はエクシードで発現させたレイピアを使って飛来物から身を守っていた。
「それで、一体何が起きたんだ? これはいくらなんでも激しすぎる」
「雄二。さっき見えたんだけど今戦っているのは学園の生徒だよ」
「俺たちと同じ目的でここにきたやつってことか。それなら問題はなさそうだな」
「いいえ、雄二さん。なんだか様子がおかしいです。学園は通常授業のはずなのに今ここにいるということは私たちと同じ一年生のはず。でも、一年生にしては強すぎます」
エクシーズに参加している一年生のチームは雄二たちだけである。個人的に先輩と組んで参加している子は限りなく少ない。
そうすると現状を説明できない。
だから沙織は様子がおかしいと言ったのだった。
「沙織ちゃん、雄二を守ってね。はぁあああ!!」
「……この風、美海がやってるのか?」
風を操るエクシードを持つ美海は強風を発生させてバトルエリアを覆う土煙を吹き飛ばした。そのおかげでバトルエリアで戦っている人達の姿がはっきりを見えてきた。
「やっぱりだ……、あの後ろにいる人って垣内君だよ。仮面を付けてるプログレスの方は誰だろう?」
「それじゃあ、仮面のプログレスと戦ってるあの人がグラディーサ様か? この世界の女神とは思えないほど嬉々として戦っているようだが」
「雄二さん、今気づくべきなのはそこじゃないですよ。見てください、あの仮面。それに、垣内君の表情がアルドラとして戦っているようには見えません、何か必死で、焦っている……そんな感じの表情です」
おいおい、表情まで見えるのかよ。視力、良すぎだろ。
「バトルで追い詰められてるだけかもしれないだろ?」
「雄二~? 私たちは反対しないよ。だって私たちのリーダーは雄二だもん。自信を持って、自分の正しいと思ったことを貫こうよ」
「そうですよ。間違っていたときは一緒に謝りますから」
危険だ。雄二はそう感じてこの場から遠ざかろうと、美海たちを離れさせようとしたが、チームメイトにはお見通しだった。
「ったく、もう少し悩むとか躊躇いはないのかよ。どうなっても知らないからな。ただ、手を出すなら全力でいくぞっ!」
『了解っ!』
一階に降りた雄二たちはバトルエリアへ飛び出した。飛来してくる氷塊をできるだけ回避し、無理な軌道のものは沙織のエクシードで防ぎながら巧がいるところへと進んでいく。
どうやら俺たちはターゲットにされたらしいな。
「巧っ! これはどういう状況なんだっ」
「雄二か?! ここは危険だ。早く避難してくれっ!」
「違う、助けに来たんだ! ただ事じゃなさそうだったからな。なにか手伝えることはないか?」
「そうか……。説明は戦いながらする。とにかくあの仮面の子を止めてくれ!」
「了解した。よっしゃ、俺たちチームαの実力見せてやろうぜ! 美海は赤髪の方を頼む。相手は多分女神だ、油断するなよ。沙織はシールドで仮面の子の動きを止めるぞ!」
「りょーかい。よーし、いっくよぉ~!」
レイピアを構えて仮面のプログレスが召喚した氷壁を切り崩そうとしているところへ飛び込んでいく。
「せいっ! 飛び入り参加はオッケーかなっ?」
「っ!? 同じ服装……。ふーん、仲間の登場ってわけだね。全然いいよ、こういう展開も、大好きだからっ!」
風を味方につけた美海は変幻自在に動きまわり、相手を翻弄することを得意としている。
先輩相手のエクシーズでもそれだけは破られなかったが──
「甘いよっ!」
「ぐっ、……完全に見破られてるっ」
「剣の女神である私に剣で挑んできたことは褒めてあげる。でも、甘い甘い。そんな攻撃なら目を閉じてても避けられるよ?」
──剣の女神には通じなかった。
美海の受けたダメージが流れ込み、雄二は思わず顔をしかめる。一撃もらっただけで一瞬だが意識が飛びかけたのだ。
ちっ、もしαフィールドを展開してなかったらと思うとゾッとするぞ。
『美海っ、ダメージなんて気にせず思った通りにやれ! お前へのダメージは俺が引き受けてやるから!』
「うん! じゃあ、リンクしよ! 私、この戦いを全力でやりたい!」
言ったそばから思いきったことを言うやつだな。でもそれでこそ俺の幼馴染み、日向美海だ。
昔のように幼馴染みのわがままを叶えてやろうじゃないか。
意識を集中させろ。何度も感じた感覚だ、リンクするのに時間なんていらないっ。
「そう、この感覚……なんだか落ち着くなぁ。この状態ならやれる。さあ勝負だよ! たぁああああっ!!」
初バトルの時のような翼は発現しないか。
だが、それでも美海のステータスは飛躍している。
「巧、見とれてないで説明をしてくれ。時間はないぞ」
「す、すまない。えっと、どこから話したらいいのやら。そうだな……、俺が風紀委員に入ったことは知ってるだろ? その仕事である案件を捜査してたんだ」
『ある案件?』
雄二と岸部の声が重なる。
「ああ。最近不審者が目撃され、襲撃にあう事件が増えているんだ。そしてそれと同時期に青蘭学園のプログレスが複数行方不明になっている。あの仮面の子はその行方不明者の一人だ」
「名前は? 一年生なのか?」
「彼女の名前はユリア・ロマノフスカ。ロシア出身で高等部3年生だよ。端末の位置情報で確認したから本人で間違いないはずだ。彼女をたまたまこの世界で見つけて後をつけてきたらグラディーサって女神と戦いを始めたから慌ててアルドラとして補助しようとしたんだ。でも……」
「なにか、おかしな点があるんですよね?」
「岸部さんの言う通りだよ。彼女にαフィールドが効かないんだ。女神の方にかけようとしても彼女の近くにいるとかけられない」
αフィールドが効かない。それはプログレスにとって死活問題である。αフィールドによるダメージ逆流がないということはつまり──。
「生身で戦ってるのと同じじゃないか」
「それだけじゃない。雄二、αフィールドの感覚を広げて彼女を探ってみてくれ。そうすればもうひとつの異変に気がつく」
雄二は頷いてαフィールドの展開と同じように感覚を研ぎ澄ましていく。美海、沙織を覆うαフィールドは機能している。
ユリア先輩は? 彼女がαフィールドを無効化しているのなら何も感じないはずだ。
「おい、巧。なんで先輩からαフィールドと似た力を感じるんだよ。先輩はプログレスなんだろ?」
「それだ。それが一番の疑問なんだ。何故か独自のフィールドを展開して、しかもそのフィールドは俺たちのαフィールドを上書きしてしまう。だからあまり日向さんを近づけない方がいいぞ」
「そういうのはもっと早く言えよな! 美海、聞こえたか? 仮面のやつには近づくなよ!」
『りょーかい!』
戦闘中の会話は端末の無線モードを使ってするのが便利である。
戦闘音に紛れず、距離が離れていても会話できるのだから。
「ゆ、雄二さん。私はどうしたらいいですか。あまり長くは持ちません!」
「沙織、もう少し我慢してくれ。なにか、なにか打開策を考えるからそれまで頼む」
「わかりました。雄二さん、垣内君。必ず先輩を救いましょうね!」
雄二と巧は強く頷き返す。
ユリア先輩の放つ氷の攻撃は強力だ、いくら沙織のシールドが強固とはいえダメージがないわけではない。
いずれシールドは蓄積されたダメージによって瓦解しまう。
だからそれまでに考えなければならないんだ。
考えろ、考えろ、考えろ──っ!
「……なぁ、巧。今、先輩って自分を見失ってるというか操られてる感じだよな」
「あ、ああ。ときどき何もないところへ攻撃しているからそう言えなくもない。でも急にどうしたんだ?」
雄二は操られてるプログレスと既に遭遇したことがある。
……あの時と御影の時と同じような状況なんだ。
「解決法、思い付いたぞ! でも、誰かもう一人戦えるプログレスがいてくれれば……」
「……と、これ以上の……」
なんだ……? 今何か聞こえたような。
巧や沙織も聞こえたのかキョロキョロと周りを見回している。
「なんだ、あの子。……天使?」
巧の視線の先にいたのはバトルエリアの入り口付近で純白の片翼を羽ばたかせ、あたふたとする天使だった。
「えっと、これ以上の過剰な戦闘は周辺に被害を及ぼしますぅ! 直ちに戦闘を止めてくださーい!」
光を受けて煌めく金髪。
蒼い瞳をした片翼の天使。
俺の知っている天使は一人だけ、つまりあの子しかいない。
「レミエルっ!」
「ひゃあっ!? え、あれ、なんでユージさんがここに?」
「いいところに来てくれた! レミエル、お前の力を貸してくれ!」
「え? えぇえええ!?」
レミエルが来たことにより欠けていた最後のピースは揃った。
……あとは上手くやるだけだ。
第17話につづく