アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「ここがDr.ミハイルのラボです」
「なんか、普通の研究所って感じだな。もっとこう、煙突がバンバン立ってて薄暗い感じの場所かと思ってたけど」
セニアは雄二の言葉に首を横に振る。
「ここでは研究を主に行っていますから、一般の建物と外見に違いはありません。ですが、開発を主に行っているラボではマスターのイメージ通りかもしれません」
「雄二のイメージってマッドな研究者のラボだよね~。ドラマの見すぎじゃない?」
さっき似たような感想を言っていた美海には言われたくない。沙織も顔を背けていても笑ってるの分かるからな。
話が進まないから言わないけど。
「さぁ、中に入りましょう。この時間なら起きているはずです」
「まだ朝の8時ぐらいだもんな。ちょっと訪問するには早すぎたか?」
「その心配はいりません。Dr.ミハイルもマスターに会いたがっていましたから。歓迎してくれます」
「雄二って意外と有名人? ということは私は有名人の幼馴染み?」
雄二は後ろで盛り上がっている二人は放置しようと心に決める。
関わると余計な傷を負いそうだ。
ラボの中は流石科学が発展した世界だと感心させられる作りだった。音もなく静かに開く自動ドア。ライトが埋め込まれている様には見えないのに明るい廊下。
挙げていけばキリがない。
「ここが研究室です。Dr.ミハイル、ただいま戻りました。アルドラ1名とプログレス2名を連れてきました」
「セニアか。入ってきていいぞ」
スッとスライドしたドアを抜けて、雄二たちは研究室に入っていく。
コンピュータや投影スクリーン、タッチパネル、何かのパラメータを写し出している大型モニターが見事に配置されていた。
「彼らがセニアの連れてきたお客さんたちかい?」
「はい。αドライバーの成瀬雄二、プログレスの日向美海、岸部沙織の三名です」
「どうも、雄二です。で、コイツが美海。そっちが沙織です。すみません、朝早くに」
「いいや、構わないさ。セニアが誰かを招待するなるんて初めてだからね。歓迎するよ。と言ってももてなすものは何もないのだがね。好きにラボを見学してくるといい。ああ、アルドラの君は少し残ってくれ」
「え、俺だけ?」
「じゃあまたね、雄二。美人のお姉さんだからって手を出したらダメだからね~」
「雄二さん、絶対ですよ? 絶対ですからね」
沙織は何でそんなに必死なんだ、というかあんなキャラだったっけ?
もっとおしとやかな感じだったような……。
「さて、君に残ってもらったのには訳がある。おおよそ見当はついているのではないか?」
「いや、全くもって心当たりは……」
「む、君は鋭いのか鈍いのかわからないやつだな。君のことはいつもゼシカから報告を受けていたよ、黒の世界でのことも赤の世界でのこともね」
「ゼシカから? まさか……」
俺はポケットにいれていた端末を取り出してスリープモードを解除する。すると画面の端からチラリとこちらを窺うようにゼシカが見ていた。
「最近電池の減りが早いと思ったら、ゼシカがいたからか」
「ちょっと、私はそんな大食いじゃないわよ! もっと省エネで少食よ! というか気にするのはそこじゃないでしょ。監視されてたことについて何も思わないの?」
「別に。どこまで監視されてたかは気になるけどな」
「そんなにずっと見てたわけじゃないわよ。私はミハイルに依頼されてあんたの戦闘データを収集していただけ。プライベートには触れてないわ」
「ふむ、随分と仲が良いんだね君たちは。そういうわけだ、君のデータは見せてもらった。そこで君に頼みがあるんだが、是非測定させてもらえないだろうか」
おいおい、初対面の相手にいきなり過ぎないか、この白衣美人の博士。もう少し説明とか順序ってものがあるだろ。
同意を求めるようにセニアへ視線を向けた雄二だったが、彼女は何故か目を輝かせていた。
「ま、待ってくれ! もう少し詳しい説明がほしい。そもそも何で俺なんだ、アルドラなら他にもいるだろ」
「ふむ、それもそうだな。少し配慮が足りなかったようだ。説明は任せたよ、ゼシカ。私はその間に装置の準備をしておく」
ミハイルはそう言って隣の部屋に消えていった。
「ちょっと!? 肝心なところでしょ、自分で……。はぁ、しょうがないわね。私が説明すればいいんでしょ」
ゼシカは一旦画面から消えると直ぐにホログラムとなって部屋に現れる。なんだかんだ言って面倒見がいいからミハイルも頼んだんだろうな。
「まず、Dr.ミハイルがあんたに目をつけたのは学園で先月行われた検査で協力を頼まれたからよ」
「検査? ああ、そういえばそんなこと言ってた気がする」
もうあれから一ヶ月経ったんだなぁ。
「その検査でのリンク適合率は覚えているかしら?」
「えーっと、確か──」
「90.35%です、マスター」
「──そうそう、それぐらいの……っておかしいだろ。たしかその時はわからないって言われた。というか美海たちと一緒に行かなかったんだな」
雄二はあまりに静かだったために、セニアは居ないのかと思っていた。
……ステルス性能高すぎじゃあないですかね?
「マスター、ひどいです。私はマスターの傍に居たいのに」
「あー、すまんすまん。居てもいいから、だから落ち込むな」
雄二は落ち込んだセニアの頭を優しく撫でる。
なんだか妹を相手にしている時と同じ感じがする。
「マスター、私は落ち込んでいるのですか?」
「いや、まぁ、なんとなくそんな気がしたんだが」
「そう、ですか……。そうですね、私は落ち込んでいたようです」
「コホン、いくら私がホログラムだからって人前でイチャつかないでくれない? それと、話を進めたいんだけど。いいかしら?」
俺はセニアと同じようにコクリと頷いた。
ゼシカはそれを見て満足したのか話を再開した。
「あんたは90%って数値が低いとか思ってるかもしれないけど、一般的なアルドラのリンク適合率は6%から10%、15%に届けば上出来なほどよ。何故ブルーミングバトルにおいてフィールドに出るのが四人までと定められているか分かる?」
「……リンク適合率が低いから?」
「そうよ。適合率が低いからそれ以上のプログレスが出てもまともに戦えないのよ。でも、あんたは一般的な数値を遥かに上回る適合率を叩き出した。そんな異質な存在にミハイルは目をつけたってわけ。周りの反応とかで自覚はあったんじゃないの?」
赤の世界で美海とリンクした。その後に繋げた状態のままレミエルともリンクできた。それに先輩とも……。
「あの時は出来ると思った。いや、確信してた。俺ならやれるって」
「マスター?」
考えが声に出ていたらしく、セニアが不思議そうに俺を見上げてくる。
「ああ、テラ・ルビリ・アウロラでの戦闘の時ね。あの時は私も端末からデータを見てて驚いたわ。まさか、三人と同時にリンクするんだもの、まだ目覚めたばかりなのにね。適合率を知っていても目を疑ったわ」
「流石、マスターです」
「そんなわけだから、今回何をするか見当はついたでしょ。前に検査して1ヶ月たった現在の数値はどれくらいなのか、このイベントを機会に再検査しようってわけよ。学園が使っているデータベースのものじゃなくて、この世界の誇るデータベースでね」
「マスター、行きましょう。Dr.ミハイルの準備も終わっているはずです」
雄二はセニアに手を引かれて隣の部屋に連れていかれる。
隣の部屋ではミハイルが優雅にコーヒーを嗜んでいた。
再検査は一時間と経たずに終わった。
「測定は以上だ。コーヒーでも飲んで寛いでくれ」
「お疲れ様です、Dr.ミハイル。コーヒーは入れておきました」
「ありがとう、セニア。私は今回のデータから何か今後の参考になることがないか調べるとするよ」
「お疲れ~、私の任務はこれで完了かしら?」
「ああ。これで君も歌姫としての仕事に戻れるな」
「なっ!? な、なんで知ってるのよ!」
ふふふ、と笑いながらミハイルは別の部屋へ消えていく。
ゼシカも秘密が暴露されて恥ずかしくなったのかホログラムを消して何処かへ行った。
雄二が端末を確認しても彼女がいる気配はない。
「マスターもお疲れ様です。これを」
「あ、ああ。……ありがとう、セニア」
「マスター。私はマスターを選んでよかったです。これほどの数値を出せるのはマスターだけだと推測します」
セニアはモニターに写し出された数値を見て瞳を輝かせる。
モニターには大きな文字で検査結果の数値が表示されている。
「リンク適合率、97.52%……。過去最高数値、か」
「……マスター? どうかしましたか?」
「す、すまん。嬉しくてな。込み上げてくる衝動を抑えきれそうにないんだ、だから少し耳を塞いでいてくれ」
「……? わかりました」
雄二はセニアが耳を手で塞いだのを目視すると大きく息を吸って、衝動に任せて声を出した。
「ぁああああ、よっしゃあああ!!! これなら、もっと戦えるようにだって……っ!」
歓喜する雄二はふと気づいてしまう。
適合率の高さが示す意味を。その危険性を……。
そして、その考えは底無し沼のように雄二を捕らえる。
「……マスター」
「……え? あっ、どうした? 今は機嫌がいいからな、何でも言ってくれ」
「どうして、そんなにも怯えた目をしているのですか?」
セニアのその言葉が雄二をドロリとした思考へと引きずり戻しかける。
「な、何言ってるんだよ。俺は、こんなにも喜んでいるじゃないか」
「はい。ですが、マスターの瞳には怯えが見られます」
セニアに悪気は欠片もない。
ただ、気になったから聞いただけである。
「…………セニア。少しの間だけでいい、俺を一人にしてくれ」
「わかりました。三十分後、ラボ内を探索している二人と共に迎えに来ます。……マスター」
「ああ、それまでには……いつも通りになってる」
セニアは小さく頷くと部屋から出ていく。
ドアが閉じた途端、雄二は立っていられなくなり、尻餅をついてしまう。
「くそっ、何でだよ。なんで、震えてるんだ。アイツらは仲間だろ、なのに……なんで──」
──今になって、こんなにも彼女たちとのリンクが怖いのだろうか。
そう簡単に底無し沼からは抜け出せない。
雄二の思考はまだ捕らわれている……。
第20話につづく