アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「とりあえず、クエストボードだけでも見ておくか」
「マスター、見てください。ねこさんです」
雄二がクエストボードに行こうとしたとき、既にセニアはその前でとある項目を見ていた。
「ねこ? へぇ、迷子の猫探しか。セニアって探すの得意だったりする?」
「……。はい。この島に張り巡らされているネットワークを使い、監視カメラやSNSなどありとあらゆるところから情報を集めて照合すれば見つけることは簡単です」
果たしてセニアの言ったことは簡単という枠に収まるのだろうか。
アンドロイド基準ではこれぐらい朝飯前ということか?
「じゃあ、探しにいくか。っとその前にクエストを受けて……」
クエストボードはタッチパネルになっているため、クエストを受けるときは端末で受けたいクエストをタップするだけだ。
掲示板サイズの上まで届かない、そんな人のために踏み台まで用意されていたりする。
雄二は端末でタップして迷子の猫探しのクエストを受ける。
「よし、それじゃあ手分けして探すわけだが、どうする? 美海たちも呼ぶか?」
「その必要はありません。先程照合した結果、対象を発見しました。ここから約5km離れたところにあるショッピングモールの1階南西フロアです」
「もう見つけたのか!? アンドロイドってスゲーな」
「……? 行かないのですか?」
「了解。ちゃちゃっと片付けて、ついでに昼飯にするか」
ショッピングモールには行ったことがないが、道はセニアが案内してくれる……よな?
「とりあえず坂を下って住宅街まで行くか」
「あの、マスター? 歩いていくのですか?」
先に歩き出していた雄二はその言葉に思わず振り返った。
セニアはモービルに跨がってキョトンとしていた。
なるほど。それがあれば歩いていくのかと聞きたくなるよな。
「こいつは何処から持ってきたんだ?」
「現在、私は高速移動モード中ですので装備もそれ仕様なんです。さぁ、マスター」
セニアに急かされて雄二はモービルのシートに跨がった。
「……なぁ、セニア。乗ったのはいいけど何処を掴めばいいんだ? 何も掴む場所がないんだが」
「……? 私の腰に手を回せばいいのでは?」
きっとセニアはなんの疑問も抱いていないのだろう。いや、どうしてそうしないのか疑問に思っていそうだな。
チームの風紀委員的ポジションである沙織がこの場にいなくて良かった。
この状況だとどう言い繕っても俺が抱きついているようにしか見えないからな。
「こう、か?」
「マスター、もう少し強くつかんでください。それでは振り落とされてしまいます」
「ふむ……。よし、行こうか。くれぐれも安全運転だぞ?」
セニアの体は普通の人間のように温もりがあり、それでいて程よい弾力の柔らかさだ。
しかし、アンドロイド故の固さ、頑丈さが抱き締めていて伝わってくる。
「了解です。発進します」
発進した瞬間、そんな感覚は景色と一緒に置き去りにされたのだった。
二人は無事にショッピングモールに到着した。
雄二は途中の景色は覚えていない。
「マスター、早くねこさんを捕獲しに行きましょう」
「セニア……、端末貸すから先に行っててくれ。俺はもう少し、ベンチで休んでるから」
「了解です。行ってきます、マスター」
……なるほど、やっと理解した。
妙に張り切っていると思ったら目的は猫だったのか。
今この現状では猫を優先すべきなのは確かだが……。
「猫に、負けた……」
「ねこ? というか雄二はベンチを占領して何してるの? ダメだよ、他の人に迷惑かけちゃ」
「美海。お前にその言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
「え? あ! ごめん、雄二。クリームが顔に落ちてたんだね。はい、ハンカチ」
ベンチで寝ている雄二の顔を覗き込むようにして話しかけていた美海は手に持っていたクレープからクリームが落ちたことに気づいてなかったのだ。
雄二は起き上がって受け取ったハンカチでクリームを拭き取った。
「お前、そんなにクレープ好きだったっけ? よく放課後も売店に売ってあるやつを食べてるよな。そんなに美味いのか?」
「この島に来たとき、このモールで売ってるクレープを食べて好きになったの。売店に売ってるのも美味しいけど、ここのクレープが一番だよ~♪」
幸せそうにクレープを頬張る美海。
俺も、食べたくなってきた……。
「あ、でも、ここのクレープ屋さんは数量限定だから今から行っても買えないと思うよ?」
ベンチから腰を上げようとしたのを見て、美海は雄二の行動を見抜いた。
「ぐっ……、じゃあそれは俺への嫌がらせか? そんな美味そうに食いやがって」
「美味そう、じゃなくて美味しいんだも~ん。食べたいなら食べたいって、くださいーって言えばいいじゃん」
「別に、くれとは言ってないだろ」
「もう、素直じゃないな~。残りはあげるから雄二が食べていいよ」
雄二の隣に腰を下ろして食べかけのクレープを美海は雄二に差し出した。
目の前でちらつかされて、仄かに甘い匂いが雄二の嗅覚を刺激する。
「いただきます。っ……」
「えへへへ、どう? 美味しい?」
「お前のそのだらけきった顔が目の前になかったらもっと美味しく感じただろうな。……まぁ、お前が絶賛するのも頷ける」
「でしょ~♪」
雄二が食べ終わるまで美海は終始にこやかだった。
好きなものが褒められたことが嬉しいんだろうな。
「あれ? 雄二、さん?」
「あ、沙織ちゃん。おかえり~」
「ん? 沙織か。すごい偶然だな。美海と買い物中だったのか?」
「はい。チーム結成記念とセニアさんの歓迎会を兼ねてパーティーをしようって美海ちゃんが言い出したのでその買い出しに。雄二さんも参加しますよね?」
「そりゃあ参加したいけど、場所は寮だろ? 男は入れないんじゃないのか?」
「違うよ? 雄二の家でパーティーするんだよ?」
『え?』
何故か話を聞いているはずの沙織と雄二の声が重なった。
雄二はチラリと沙織の方を見る。
口を開けたり閉じたりしている沙織の様子からして美海の思いつきのようだな……。
「み、みみ美海ちゃん!? 学食でするんじゃなかったの!?」
「えぇー、沙織ちゃんは雄二の家に行きたくないの? 私は行きたいな~」
「そ、そんなこと……ない、けど」
『けど?』
モジモジとして顔を赤くする沙織の姿を前に今度は美海と声が重なった。
「ゆ、雄二さんはいいんですか? その、突然お邪魔しても」
沙織は不安そうに雄二を見つめる。
答えは決まっているのだが、雄二は考える仕草をした。
自分の無表情さに感謝だ。そうじゃなければ美海のように笑いを我慢して頬がひきつっていただろうからな。
「別にいいぞ、うちを使っても。ただ、少し片付けなきゃいけないだろうけどな」
「ありがございます! あっ、いえ、その……」
今日の沙織はコロコロと表情が変わる。
いつものお嬢様っぽさは何処へ行ったのか、今は普通の女の子だ。
「少し片付けるぐらいでいいの? 向こうにいたときは全部千尋ちゃんがしてくれてたから洗濯物とか貯まってるんじゃない?」
「ふん、いつまでも妹に任せっきりの兄ではないんだよ。ちゃんと電話で指示をもらってるから大丈夫だ」
「結局面倒みられてるじゃん……」
「雄二さんの妹さんって何歳ぐらいなんですか?」
「中学3年生で俺と1つ違いの妹だ。炊事洗濯掃除、その他家事全般こなせるどこに出しても恥ずかしくない妹だ」
まぁ、どこにも出す気はないけどな。
中学卒業したらこっちにくるとかこの前電話で言ってたけど、本気でくるつもりなのだろうか。
冗談だと思いたい、いやきっと冗談に違いない。
「千尋ちゃんって学校の成績も優秀だし、お兄ちゃんは勝ち目ゼロだね♪」
「いいんだよ、それだけアイツが頑張ったって証なんだから」
「仲が良いんですね、妹さんと。あ、そういえば、さっきセニアさんを見かけましたよ」
「セニア? へぇ、セニアもショッピングモールにくるんだなぁ……? あっ」
先に行かせたセニアのことをすっかり忘れていた雄二は慌ててセニアが居るだろう方向へ走り出した。
しかし、走り出してすぐに柱の影でしゃがみこむセニアを見つけた。
「セニア、すまん。猫は見つかったか?」
「ねこさん、とても可愛いです」
セニアは完全に猫に夢中だった。
邪魔するのも悪いし、もうしばらく美海たちのいるベンチで待つとするかな。
セニアの意識が猫から戻ってきたのはそれから約30分後だった。
「マスター、ねこさんは無事捕獲しました。これでクエストクリアです」
「端末でちゃんと確認したか?」
「もちろんです。迷子の猫で間違いありません」
「よし、それならそいつを飼い主のところに届けにいくか。あ、美海たちの買い物はもう終わってるのか?」
「いえ、むしろこれからです。雄二さんとセニアさんがその子を届けに行っている間に済ませておきますね」
「何も心配いらないよ~」
むしろその発言で心配になったんだが。
ここはお嬢様に任せるしかないな。
「じゃあ、行ってくる。沙織、頼んだぞ」
「はい♪」
「え、私は!?」
美海が何やら騒いでいるが気にしたらキリがない。
早くも準備万端なセニアのモービルに雄二は猫を抱えて乗り込んだ。
「セニア、猫がいるんだから慎重に進むんだぞ? 間違ってもスピードは出しすぎるなよ?」
「承知しています、マスター。ねこさんは必ず安全に飼い主のところに連れていきます」
「それならいいけどっ──」
急発進したモービル。
雄二は慌ててセニアを抱きしめる。
いつの間にか抱えていた猫が雄二の制服の上着の中に潜り込んで身を守っていた。
問題だったのは最初だけで、その後は横を自転車が並走するレベルでのんびりと進んでいた。
無事に飼い主のところに着いたときには雄二の迷子の猫との間に不思議な絆が結ばれていた……。
第27話につづく