アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
レミエルは一人、森の中を歩いていた。
「うぅ、ユージさんの所に行くためとはいえ、一人というのは怖いですよぉ……」
時間は少し遡る──
「別件……?」
大天使ガブリエラの言葉にレミエルはきょとんとしていた。
「ああ。レミエル、お前は青の世界に行きたいそうだな」
「ど、どうしてそれを!?」
「そう驚くことでもないだろう。お前がここ最近、
ビクッと肩を震わせるレミエル。
ユラはそんなレミエルをじーっと見つめていた。
「レミエル、そこまで……」
「ち、違うのユラちゃん! それは無意識なの!」
「その方が重症じゃないの……」
「そ、そんなことっ」
「コホン。話は終わっていないのだが」
ガブリエラはわざとらしく咳払いをした。
鋭い睨みを向けられた二人は、背筋を伸ばして会話をやめる。
「再度確認する。レミエル、青の世界に行きたいか?」
「は、はい。青の世界に、行きたい、です」
レミエルはたじたじになりながらもガブリエラの目を見て答える。
「……そうか。ならば、条件を出す。それを見事達成した暁には青の世界に行くことを許可しよう」
「条件、ですか……?」
「そうだ。条件と言っても難しくはない。この封書を森の向こうにある
レミエルはガブリエラの言葉に困惑していた。
と、届けに行くだけ? でも、どうしてそれが条件になるのでしょう?
じ、実はすごく危険なことが待ってるとか!?
「あ、あの、それだけ……ですか?」
「簡単だろう? ただし、レミエルだけで届けに行くのだ」
ひ、一人で!?
レミエルは自然とユラに視線を向けていた。
ユラはレミエルの向けた視線の意味を理解して力強く頷く。
だが、勢いよく目の前に突き出された鋼色に思わず縮こまってしまう。
「女神ユラよ。いくらレミエルの友と言えど、この件に関与することは見逃せない。手出し無用だ」
「は、はい! わ、わわ、わかりましたです!」
首をカクカクと縦に振るユラを見て、ガブリエラは剣を下げる。
女神の方が立場的に上とは言え、ユラはまだ新人。
大天使の前では無力だった。
「レミエル。この程度、人に頼ることなく乗り越えられぬようであれば、青の世界に行っても無駄に終わるぞ」
「っ、……私一人でもやれるって証明します!」
私は青の世界に遊びに行くんじゃない。
ユージさんを助けに行くんだもん!
自分の力で乗り越えなきゃっ!
「その意気だ。さあ、行ってこい。前に私が連れていったことがあるが、本部の場所は覚えているか?」
レミエルは暫し記憶を探る。
森を抜けた先、広大な草原にある建物に心当たりがあった。
「大丈夫、です。いってきます!」
ガブリエラから封書を受け取って、腕で抱き締めたレミエルは勢いよく走り出す。
「ふむ。頑張るのだぞ、レミエルよ……」
レミエルの背中にはうっすらと光の翼が出現していた。
「あぅ、迷いました。迷っちゃいましたよぉ」
レミエルはガブリエラに連れられて戦乙女の本部に訪れたことがある。
だがそれは、ガブリエラに背負われてのことだ。
つまり、空からの訪問だった。
「森の中は分かりません……」
レミエルにとって森の中は未知の世界だった。
それでもレミエルは足を止めない。
絶対にユージさんのところへ行くんです。
こんなところで止まっているわけには行きません!
と、その時。
今まで闇雲に歩いていたレミエルは森のなかに踏み固められて出来た道を見つけた。
「これを辿れば、もしかしたら到着できる、かも!」
レミエルは走り出す。
しかし、暫くするとスタミナが持たずに息を切らせながら歩き始めてしまった。
「や、やっぱり、体力を、つけないと、ダメ……ですね」
道をトテトテと歩いていると突然、傍の茂みが音を立てて揺れ出す。
「ひぃ!? な、なんですか! なんなんですか!? 私は食べても美味しくないです! やめてぇ、襲わないでぇ!」
レミエルはその場にしゃがみこみ、パニックを起こしてしまう。
間もなくして茂みから出てきたのは一匹の野うさぎだった。
な、なんだぁ。うさぎさんだったんだ……。
レミエルがホッとして立ち上がろうとしたとき、うさぎが出てきた茂みの向こうから一本の矢が飛来し、目の前のうさぎに深々と突き刺さった。
「ひぃ!?」
突然目の前でスプラッタなことが起きたレミエルは腰を抜かして後退りしようとする。
「ふぅ、無事に仕留められたわね」
「きゃああ!? 殺さないで殺さないでぇ! わた、わたしは美味しくないよ! 美味しくないですからぁ!」
茂みから出てきた人物はうさぎに処置を施そうとして、レミエルの叫び声によって手を止めた。
「何よ煩いわね。このうさぎは私が狩ったのよ。文句はないでしょ……、って天使? こんなところに?」
「きゃああ!? って、ディアンナ様!?」
「あら、私を知っているの? なかなか見所あるじゃない。あなたは? こんなところで何をしているのかしら?」
「あ、あの、私はガブリエラ様の手伝いをして、している天使のレミエル、です。きょ、今日はこの封書を戦乙女の、ほ、本部へ届けにっ」
「ふーん。天使なら空からいけばいいのに」
ディアンナは足元に転がるうさぎの死体の血抜きをしながら横目でレミエルを見た。
「い、いえ、あの、私は、片翼しかない、から、その……」
「片翼の天使? 変わった天使もいるのね」
なんだか、この子。弱々しくて小動物みたい。うずうずしてくるわね……。
レミエルはディアンナの視線に妙な寒気を感じてソロソロと立ち上がった。
「ねぇ、レミエルと言ったかしら? 私が本部ってところまで案内してあげる。この森は私の庭みたいなもの、その周りに何があるかも知っているわ」
「ほ、ホントですか!? ありがとうございます、ありがとうございます!」
迷子になっていたレミエルにとってディアンナの提案は渡りに船だった。
しかし、その船が普通であるとは限らない。
「さぁ、私の矢から逃げてみなさい! 後ろから案内してあげるから!」
「ひぃ!? どうして普通に案内してくれないんですかー!!」
レミエルは慌てて駆け出す。
ディアンナはまだ弓を構えていない。
逃げ出すなら今なのだ。
「だってそれじゃあ私が面白くないじゃない。あなた、小動物みたいだから狩りたくなったのよ。ほらほら、本部はそっちじゃないわよ~」
必死に走っていたレミエルの真横を通り抜けて進行方向にあった木に深々と矢が突き刺さる。
「逃げないと当たっちゃうわよー」
「ひぃ!? こんなの、全然簡単じゃないですよ、ガブリエラ様ぁ!!」
レミエルの叫びが森に木霊する。
ディアンナの思い付きで道案内兼追いかけっこが始まったのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ! でぃ、ディアンナ様、少し、休憩をっ」
森の中という悪路を一時間近く走り続けているレミエルのスタミナは既に底をついていた。
「別に止まってもいいのよ? その時はあなたの片翼が残念なことになるかもね」
「それ、だけは……いやっ!」
レミエルは止まれない。
止まれば楽になれるという誘惑に負けそうになり、スピードを落とせばディアンナの放つ矢が見透かしたようにすれすれを通過していく。
もう、ダメ……。足が、重いよ……。
スタミナが尽きた状態で走り続けていたレミエルはふらふらになりながらも足を動かす。
「あっ──」
その爪先が、道の脇から延びていた木の根にひっかかってしまう。
疲れが極限まで溜まっていたレミエルは受け身をとれずに地面に倒れてしまった。
でも、封書は守りました……。
しかし、封書を大事に抱えて汚れないように、破れないように、身を呈して守ったのだ。
「これで終わりよっ」
ディアンナはレミエルの見せている隙を見逃すわけがなく、渾身の一撃を与えようと矢を放つ。
あ、しまった、これは狩りじゃなくて遊びだった!
その事を思い出したディアンナだが時既に遅し。
青い光の軌跡を描きながら森を突き抜ける矢がレミエルの片翼を的確に射抜こうとするが──
「レミエル殿、ご無事か?」
「ふぇ?」
ガキンッという音が森に響く。
森の悪路をもろともせず、地面に倒れるレミエルの前に素早く割り込んだ騎士は、銀色に煌めく十字の盾を構えてレミエルを護った。
「あの、あなた、は?」
レミエルは颯爽と現れて身を守ってくれた人物に心当たりがなかった。
「私の名はヴァレリア。戦乙女で騎士を務めている者だ」
「あら、ヴァレリアじゃない。久しぶりね。一週間ぶりかしら?」
「いいえ、ディアンナ様。2ヶ月ぶりです。青の世界にて行われた交流戦以来ですので」
「細かいことはいいのよ。それより、その子を助けてくれてありがとね。つい、手が滑っちゃって」
「手が滑る? とてもそのような威力ではなかったのですが」
「あら、女神を疑うの?」
ディアンナはスッと弓を構えてヴァレリアに向ける。
だが、ヴァレリアは盾を構えない。
レミエルはヴァレリアの後ろで状況がわからずにオロオロとしていた。
こ、この状況は一体……、ぐすっ、私は封書を届けに来ただけなのに。
「女神ならきちんと定例会議にご出席ください。それと、狩りをするのも程々にお願いします」
「私は狩りの女神なのよ! 仕方ないじゃない、うずうずするんだから! それに、会議にはちゃんと参加してるじゃない」
「参加しているのは最初だけですぐにグラディーサ様と闘技場で戦い始める。そう聞き及んでますが?」
戦いの女神グラディーサと狩りの女神ディアンナは退屈な会議を顔だけ見せてすぐに脱走する。
お互いに血の気が多い女神だからか、すぐに戦おうとするのだ。
「うぐっ、……まぁいいわ。あとはあなたが戦乙女の本部まで案内しなさい。私は帰るから」
「承りました。以後、天使を的にしようなどとは思わないよう気を付けてください」
「わかってるわよ。じゃあね、ヴァレリア。それとレミエルも」
「は、はい」
ディアンナは弓を下ろして森の奥へと入っていく。
その姿が見えなくなってもレミエルは状況がいまいち理解できていなかった。
第3話につづく