アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語-   作:Kuroya

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レミエル 第3話 合格と旅立ち

ヴァレリアに助けられた位置は戦乙女の本部と目と鼻の先だった。

そして今、レミエルは隊長へ封書を渡しに行ったヴァレリアの帰りを待っている。

「ヴァレリアさん、遅いですね……」

もしかして、破れてた……とか?

な、何か失敗してたのかも!?

「待たせてすまない、レミエル殿。確かに受け取った、とのことだ」

「はふぅ、良かったです」

「それで、レミエル殿。貴殿はこれからどうするのですか? 体を休まれるというのでしたらベッドへご案内しますが」

「いえ、あの、封書を渡したので私は帰ります」

レミエルは机に手をついて椅子から立ち上がる。

だが、その足はガクガクと震えてまともに歩ける状態ではなかった。

「しかしその足では……」

「ち、違うんです。これはえっと、む、武者震い? というやつです!」

自分の言葉に疑問を感じながらも、ゆっくりと足を進める。

その姿を見てヴァレリアは何か手伝えないかと考えていた。

私が抱えて町まで走るか? いや、それでは時間がかかりすぎるかもしれない。

もっと早く着くには……。

「……そうだ! 私がレミエル殿を町まで送ろう」

「え? あの、それはヴァレリアさんに悪いですよ」

「なに、気にすることではない。天使を見送らずに帰す方が戦乙女としては問題だ。それに、早く町へ戻りたいのだろう?」

「それはそう、ですけど……いいんですか?」

ヴァレリアは頷く。

うーん、早く戻りたいけどヴァレリアさんに申し訳ないです。でも、いいって言ってくれてるし……。

「……あの、よろしくお願いします」

レミエルは悩んだ末に送ってもらう方を選んだ。

そこからのヴァレリアの動きは早かった。

馬小屋に行き、戦乙女にとって欠かせないペガサスを一頭持ち出して飛び乗り、レミエルを後ろに乗せて天空へ舞った。

「ひゃああ!! そ、そそ、空飛んでます! 馬なのに! 馬なのにぃ!」

「レミエル殿は天使なのに空を飛ぶのに慣れていないのか? それにペガサスは馬といっても幻獣に当たる生物です。そこらの馬とは違います。翼だってありますし」

「ご、ごめんなさい。私あまり飛んだことがなくて……。その、ペガサスさんもごめんね」

ペガサスはレミエルに気にするなとでも言うように更に加速する。

レミエルが一時間以上掛けて抜けた森をあっという間に置き去りにして町は目の前に迫っていた。

 

町の手前で下ろしてもらったレミエルはヴァレリアとそのパートナーのペガサスにお礼を言ってその場を後にした。

向かった先はユラが働く宿だ。

早くガブリエラにきちんと届けたということを知らせたい、という気持ちがレミエルに疲れを忘れさせてその足を動かす。

「が、ガブリエラ様! 荷物、届けまし、た!」

「ご苦労だったな、レミエル。よくやった。女神ユラ、レミエルに水でも出してやってくれ」

「は、はい! レミエルちゃん、お疲れ様。とりあえずここに座ってて」

ユラは一目散に厨房へ駆け込む。

「そこまで急ぐことではないと思うのだが……」

「あははは……」

不思議そうに首を傾げるガブリエラにレミエルは苦笑いを浮かべるしかない。

きっとユラちゃんはガブリエラ様が怖かったですね。

ガブリエラ様は、その、厳しい雰囲気がありますもんね……。

レミエルが厨房へ視線を向けるとお盆を持ったユラがチラリと顔を覗かせていた。

「……はい、レミエルちゃん」

「あ、ありがとう、ユラちゃ、ユラ様」

「二人とも、私の前だからとそう固くならなくてもいいだろう? これから大事な話をするのだ。気を緩めなさい」

『は、はい!』

ガブリエラの言葉は気を緩めるどころか逆効果だった。

「レミエル。条件達成、おめでとう」

「ありがとう、ございますっ。あの、これで私は──」

「まぁ、そう急かすな。約束は覚えている。そこで、お前にピッタリの任務を与えようと思っている」

任務と聞いて、浮かれていたレミエルの気分は目に見えて落ちてしまう。

に、任務があったらユージさんのところに行けないかも……。

 

『天使レミエルに青の世界、地球の調査を命ずる。現時刻をもって通常の仕事を中止し、調査に向かうように。また、この任務は、ガブリエラが期限を決めるものとする』

 

「会いたい、力になりたい人がいるのだろう? この任務は私からの贈り物だ。辛くなくても、会いたくなったら帰ってくるんだぞ。大切な人を立派に、天使として導いてこい。……いいな?」

ガブリエラはレミエルの頭を撫でる。

初めてです。ガブリエラ様にこうして撫でられたのは……。

いつもの厳しい姿からは想像できない優しい表情でレミエルの頭を撫でるガブリエラは女神のようだった。

「あぁ、私って女神なのにガブリエラ様より女神してない……」

ユラは一人、お盆を抱えて落ち込んでいた。

 

「レミエル~、まだ準備できないの?」

「ま、待ってください! えと、あの、あと少しだけ!」

レミエルは自室にて青の世界に行く準備をしていた。

条件を見事達成し、ガブリエラからフリーな状態で行けるように計らってもらったのだ。

しかし、大慌てで自室に戻ったはいいものの、何を持っていけばいいのか分かっていなかった。

は、初めての異世界です。

失敗しないように万全の準備で望まなくてはなりません。

でも、どうしましょう……。

「こういうとき、ユージさんならどうするでしょうか」

レミエルは想像してみた。

『どうしよう、雄二! 準備終わってないよぉ!』

『何やってだよ、美海。仕方ねぇ、手伝ってやるか』

『ありがとー!』

だが、思い浮かぶのは何故か美海の慌てる姿だった。

ユージさんはしっかりとしている感じがします。

私も、準備ぐらい落ち着いて一人でやれなければ、ユージさんの隣には立てないです。

「よしっ、しっかりと準備してきちんとご挨拶するんです」

そうだ、お土産を買うのもいいかもしれません。

ユージさんは怪我をしてあまり観光できなかったはずですし。

「えっと、お金は……。こ、これぐらいあれば大丈夫だよね」

「何が大丈夫なの?」

「ひぃ!? もう、急にお部屋に入ってこないでください!」

ユラはいくら待っても出てこないレミエルを迎えに部屋へと入ってきたのだ。

「準備は順調……って、言えるレベルではないわね」

「え?」

「周りを見てみなさいよ。まるで嵐にあったみたいにぐちゃぐちゃじゃない!」

ユラに言われて周りを見たレミエルは唖然としてしまう。気づかぬうちに部屋の中が見るも無惨に散らかっていたのだ。

きちんと整理整頓されていたキレイな部屋だったレミエルの自室は今や見る影もない。

「い、いつの間にこんなことに……。ど、どうしよう、ユラちゃん!」

「仕方ないなぁ、片付けるの手伝うから早く準備しましょ? 手土産を選ぶ時間もいるんじゃない?」

「ですよね! やっぱりお土産は必要ですよね~。うーん、ユージさんには何がいいでしょうか。ミウミちゃんとサオリちゃんは果物の詰め合わせをあげようかなって」

「んー、ユージもそれでいいんじゃない? 彼は物よりも食べ物の方が喜びそうだし」

「ええー、ユージさんですよ。もっとこう、お守りみたいなものがあってる気がします」

「お守りか~。確かにユージはよく怪我をしている印象があるわね。あ、じゃあ、天使の羽で作ったブレスレットなんてどう? ご利益ありそうじゃない?」

「て、天使の羽、ブレスレット……はぅ!」

わ、私の羽で作ったブレスレットをユージさんがいつも身につけて、ということは私の一部がユージさんのお側に!?

は、恥ずかしすぎますよ!

「ゆ、ユラちゃん! ハレンチですよ!」

「ハレンチって、何を考えたのよ。でも一時期ラッキーアイテムとして流行ってたでしょ。祈りを込めてそれを渡したら思いが通じるって」

「思いが、通じる……。ちょっと、いいかも」

「ふーん、やっぱり会いに行くのはそういうことなんだぁ」

ユラはニヤニヤとしながらレミエルを見る。

「ち、ちがっ、あの、その、えっと……」

レミエルは否定しようとするが、顔が赤くなるだけで思うように言葉が出てこない。

ユラは友人の初々しい面を見て、ますますにやけが止まらなくなっていた。

あぁ、レミエルは本当に天使してるなぁ。すごく可愛い!

 

結局、二人が部屋を片付け終えたのは22時だった。

そのため、レミエルの出発は翌日ということになったのだ。

「レミエル、いよいよね。忘れ物はない? お土産は持った?」

「大丈夫です、ユラちゃん。全部バッチリです」

赤の世界の転移門広場にて二人は肩を並べて立っていた。

その視線の先には青色の光が渦巻いている転移門がある。

「レミエル、たまには戻ってきてよね」

「うん……」

「ユージに何か嫌なことされたらすぐに戻ってくるのよ。私が、成敗してあげるから」

「ユージさんですよ。そんなことしません。……でも、その時はユラちゃんに助けてもらおうかな、なんて」

「任せなさい。なんたって私は女神だもの」

「うん。…………じゃあ、そろそろ行くね」

「ま、待って!」

「な、なに?」

歩き出そうとしたレミエルの服を摘まんで、ユラは顔を伏せていた。

「……約束、しよ」

「……。いいですよ」

約束。その言葉は二人にとって大切なものだ。

かつて友であり続けると誓い合った時から、ずっと……。

「お互いに」

「成長した姿で」

『また会おうね』

そして二人は約束を交わす。

離れ離れになっても、鍛練に励み、成長して、再び会うための約束を。

これが、最後の別れにならないように。

レミエルは荷物を一度地面に置いて、未だ顔を伏せたままのユラを抱き締める。

「……いってらっしゃい。レミエル」

「いってきます。ユラちゃん」

レミエルは上擦った声のユラをなだめるように背中を撫でた。

これからは滅多に会えないかもしれません。

ですから、今この瞬間のことを私は絶対に忘れません。

またね、ユラちゃん。

ユラから腕を離して再び荷物を抱える。

門に向かう片翼の天使に迷いはなかった。

こうしてレミエルは傍にいたいと願い、憧れていた人たちのいる青の世界へと旅立っていった。




というわけで、三話完結のレミエルがメインの旅立つまでの話をお送りしました!
分かりにくかったかもしれませんが、この話の時間軸は第2章で雄二たちが赤の世界を去ってから2か月後となっています。

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