アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
青蘭島中央広場。通称転移門広場。
青蘭島の中央に存在するその広場には他の広場とは大きく違う点がある。
それは青蘭島上空に浮かぶ光の渦、
唯一
転移門を使わずとも上空に浮かぶ門から直接各世界に行くことができるが警備のアンドロイドやドローンが監視しているため、無断通過はほぼ不可能だ。
「久しぶりにこの島来たけど、何度見ても転移門は上空の門と同じぐらい綺麗だ」
転移門の内側は対応している各世界の色の光が渦巻いていて、その美しさから観光名所にもなっている。そして、広場で黒の世界へ通じる転移門を見つめる一人の少年がいた。
「父さんが許可を取ってくれて良かったよ。こうして自由に各世界を回れるんだから」
少年の名前は
「さ、数か月ぶりの黒の世界だ。またあの子に会えるかな?」
誠也は門をくぐる。転移は一瞬で終わり、彼は懐かしい黒の世界『ダークネス・エンブレイス』の地に立っていた。
十河誠也は一般人ではない。
母は誠也が幼い頃に亡くなっており、父は現役のカメラマンだ。
父は世界接続が起こってからは政府公認で各世界を巡り、写真を撮っている。
中学生になった頃、誠也は父に連れられて青蘭島を訪れた。
病院のようなところに連れて行かれた誠也は何かの検査を受けた。検査結果が出るのを廊下のソファーに座りながら待っていた誠也のもとに父親が歩いてくる。
「いいか、誠也。お前は検査で力が認められた。その意味、わかるか?」
誠也の父は息子の肩を掴み、語り掛ける。そんな父の姿に戸惑いながらも誠也は答えた。
「αドライバーに、なる。だから青蘭学園に編入するってこと?」
「普通ならそうだ。お前にはαドライバーの素質があると分かったんだ。だから学園に入学するのは妥当なところだ。だが、お前に選択肢をやる」
「……選択肢?」
普通ならばαドライバーの素質が見つかった時点で入学が義務付けられている。数少ないαドライバーを保護、育成するためには仕方のないことであり、多少の猶予期間が与えられることはあっても拒否権はない。しかし――
「父さんが学園に掛け合ってきた。だからお前に選択肢をやる。一つは義務に従って今すぐ学園に入学することだ。そしてもう一つは、高等部から入学することだ」
ただし後者には条件がある。父はそう言って話を続けた。
「条件は俺と共に世界を巡ることだ。共にと言ってもずっと一緒に巡るわけじゃない。中学に通いながら、たまに同行するぐらいでいい。そうしながら各世界を知り、知識や経験を蓄えて高等部に入学する。これに同意すると言うのなら高等部から入学することを許可する、らしい」
「……父さん。僕は後者を選びます。父さんが作ってくれた選択を無駄にしたくない」
「誠也。それでいいんだな?」
いつも鋭く相手を射抜いていた眼光に少し躊躇いの色が混じっていた。
だが、誠也はそれを見て、尚更決意を固めた。
「いいよ。僕は高等部から入学する方を選ぶ。それに、僕を思ってこんなことをしたって分かるから。それを選ばないって選択をするつもりはなかったよ」
青蘭島から戻った誠也が雄二や美海と知り合うのはもう少し後のことである――。
誠也が黒の世界に行く4日前。卒業式前日。
卒業式のリハーサルが終わり、クラスメイトが帰った教室に誠也と雄二は残っていた。
窓際の雄二の机にはA4サイズのコピー紙が置かれている。
「これは? 急に時間をくれって、どうしたんだ?」
雄二はいつもと変わらない無表情な顔で誠也に聞く。雄二を教室に残らせて紙を渡した誠也は真剣な表情でじっと窓の外を見ていた。
「とにかく見てくれ。それは雄二の役に立つはずだ」
「はぁ、わかったよ」
溜め息交じりに紙に書かれていることを読み進めていた雄二は思わず目を見開いた。
「……おい、これ。なんで俺にこんなのを!」
誠也は視線を雄二に向ける。
「αドライバーの素質調査の日程だよ。それを受けて素質が見つかれば雄二は青蘭島に行ける」
「だから、それがどうし――」
「日向のところに行けるんだ。言われなくても気付いていたのだろう? 雄二は日向が転校してからボーッとすることが多くなってる。今だってそうだ。分かっているのに答えから目を逸らそうとしてる」
雄二の無表情にヒビが入った。誠也はそれを見逃さず続ける。
「幼馴染みの子がいなくなって寂しいんじゃないのか? ついていきたいと思って――」
誠也の言葉は雄二に遮られた。首元を掴まれ、窓に叩きつけられたのだ。
「ごほっ、ごほっ……。な、何をするんだ、雄二」
「勝手なことを言うなよ、誠也。お前に何がわかる! 美海がエクシードを使って登校してきたとき、どんなことを思った。お前らクラスのやつらはどんな思いを持って、美海を見たんだ!」
「どんなって……」
誠也は答えられなかった。自身はαドライバーであり、各世界を巡っているから非日常をよく知っている。そんな自分が思ったことが一般人と同じだとは思えなかったのだ。
「お前らは倒れこむ俺と美海を見て、怖がってたんだよ! 今までクラスメイトとして過ごしてきた友達相手に、だ。そのことを俺はともかく美海が気付かないわけないだろ!」
「美海は……、美海はその反応を見て、傷ついていた。泣きそうな顔してたんだよ……!」
怒りながらも雄二は無表情のままだった。しかし、声だけは怒気を帯びている。
「美海はそんなやつらと離れ離れになるのが辛くて涙を零したんだぞ。それなのにお前らは、いなくなると分かった途端ホッとしやがって」
「雄二……」
「ああ、そうだよ。誠也の言う通りだ。寂しかったさ。ついていきたかったさ。でも、美海はクラスメイトに傷つけられたんだ。たとえ調査で素質があったとしても、クラスメイトだった俺は合わせる顔がない。思い出してしまうかもしれないから。また、傷つけてしまうかもしれないから……」
雄二の声から怒気が消え、どんどん小さくなっていた。
「雄二。あの時クラスメイト達が恐怖を抱いたのは仕方のないことなんだよ。いきなり非日常が文字通り飛び込んできたんだ。驚愕し、恐れるのは当たり前だろう?」
「そんなことッ……」
「でも、君は違った。あの時君は日向を恐れてなんていなかったよ。それにさ、雄二。君はクラスメイトの前に幼馴染みだ。合わせる顔がないなんてことはない! 君が今まで見てきた幼馴染みはそんな弱いやつだったか?! 違うだろ、日向はもっと強い子だ。たった三年君らと過ごしてきた僕でさえそう思うんだ。雄二が分からないなんてことないよね?」
誠也は雄二の眼をじっと見つめた。吸い込まれそうなほど黒いその眼から何かを読み取ることは誠也にはできない。
だからといって何も考えていないわけじゃないと信じてその眼を見続ける。
「でも、そんな……。俺は、アイツを弱いと決めつけて悩んでいた俺は……」
「君は思い違いをしていただけだ。これからやり直せばいい。幸い調査が来るまで日がある。もう一度考え直す時間ぐらいはあるさ」
「誠也。その、すまなかった。怒鳴ったり叩きつけたり、本当にすまん。それと、ありがとう。目が覚めた。俺は、受けるよ。素質がなくても誠也の父さんのように青蘭島に行けるよう頑張るさ」
「君は絶対に合格する。そうしたら胸を張って日向と会えばいいんだよ」
「はは、誠也がそう言うなら合格できる気がする」
しばらく笑いあった二人は話を再開した。
「そういえば、誠也は卒業したらどうするんだ? やっぱり他の世界を回るのか?」
「うん。そうするつもりだよ。黒の世界で可愛い魔女に会ってくるよ。先日その子から仕事を手伝えって手紙が届いたし」
「またその話か? 妄想の話……、ではないようだな。ホント、爆発すればいいのに」
「ちょっと!? 最後だけトーン落として言わないでくれよ! 本気みたいじゃないか」
「…………」
「え、まさか、本気で言ったのか?」
雄二はそれに応えることなく鞄を持って教室のドアまで歩いていく。
「ほら、帰ろうぜ。誠也のおかげですっきりした。明日の卒業式、気持ちよく参加できそうだ」
「ま、待ってくれ。まだ話したいことが」
「そんなもの、また今度でいいだろ。時間ならたっぷりあるんだ。のんびり行こうぜ」
雄二はそう言うと教室を出て行った。誠也は慌てて荷物をまとめて後を追いかける。
「今まさに置いて行こうとしてる雄二に言われたくない!」
結局誠也は話そうとしていたことを話せなかった。
自分がαドライバーだという事。青蘭学園に高等部から入学するという事を。
そして迎えた卒業式。雄二は相変わらずの無表情だが、どこか生き生きとしていた。その姿を見た誠也は打ち明けなくてもいいかと思っていた。
雄二はαドライバーになる。そう感じるのは誠也の中の素質が反応しているのかもしれない。その答えを教えてくれる人は誠也の周りにはまだ居なかった。
こうして十河誠也は中学三年間に幕を閉じ、すぐに青蘭島へ向かうのだった。
また三人でやっていけるという確信を胸に、誠也は青蘭島行きの船に乗り込んだ。
第7話につづく