アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
黒の世界『ダークネス・エンブレイス』は中世ヨーロッパ風でファンタジーのような世界だ。
常に闇に覆われており、空には血のように赤い月が浮かんでいて、鬱蒼とした森と岩山、荘厳な城、石造りの村や街が立ち並んでいる。世界を統べるのは、魔女王と呼ばれる、卓越した能力を持つ魔女。彼女は黒の世界のトップでありながら、かの名高き天才『理深き黒魔女 ソフィーナ』を擁する、世界接続と異変の原因を探るチームの指揮者でもある。そのことはニュースで取り上げられたこともあり、全世界の人が知っていると言っても過言ではない。
黒の世界に転移した誠也は転移門のある広場からでも見える城、
黒枢城は魔女王が住まう闇の城だ。人族の都である『黒姫の都』に存在しており、許されたものしか入城は許されない。黒を基調として壮麗な装飾が施されていて、黒の世界のシンボルとして他世界でも有名である。
「何度見ても空飛ぶクラゲには慣れないな」
誠也は歩きながら空を見上げていた。
その視線の先には人を一人ぐらいなら乗せられそうな大きさの鮮やかなピンク色をしたクラゲがいた。それも数匹が列をなして飛んでいる。
誠也が慣れていないのは空飛ぶクラゲだけではなかった。地球で言うところのタクシーの役割を果たす巨大なカエル。路地裏からたまに飛び出してくる緑のスライム。
そういった動物とは違う『モンスター』という生物が黒の世界には多数存在している。
世界が変わるとそこは非日常だらけなのだ。
石造り街並みの中をしばらく行くと黒枢城に着いた。
「すみませーん、門番さーん。ここ開けてくださーい」
「あら、随分と遅かったじゃない。私が手紙を送ってからどれだけ経ってると思ってるの?」
誠也の声に応えたのは少女だった。門に面した二階の窓際でくつろぐ彼女はチラリと誠也に視線を向ける。誠也も声のした方向を向いていた。
「お、ソフィーナちゃん! 僕も会いたかったよ。遅れたことは謝るから、とりあえずここを開けてくれないかな? さっきから門番さんがこっちを睨んでいるんだ」
「ふん、こっちは早く仕事を進めたいの。早く工房へ来なさい!」
「そんなこと言いつつ、僕を待っていたんだよね。いつもはそんな所でティータイムを楽しんだりしないし」
「う、うるさいわね! いいから早く来なさいよ!」
顔を真っ赤にしてソフィーナは奥に行ってしまう。誠也もソフィーナの発言を聞いた門番によって開けられた門から城の敷地に入る。
そしてソフィーナの待つ工房へ向かうのだった。
誠也が理深き黒魔女として名高いソフィーナと出会ったのは中学3年生の時だ。
初めて訪れた黒の世界で誠也は銀髪の人形を抱えて歩いていた。
「えっと、君がご主人様とはぐれたのってこの辺? え、ああ。そこのベンチに置いて行かれてたのか」
誠也が語り掛けると人形はそれに答えるよう道の傍にあったベンチを指さしていた。
「でもなんで僕が見つけた時には別の場所にいたんだ? 誰かに持ち運ばれたとか?」
人形は誠也の腕の中で身じろぎすると地面に飛び降りてしまう。
『違う。私は自分で動けるし、話せるの。貴方はご主人様を探して歩き疲れた私を見つけてくれたの』
「あ、そういえば君は自分で動けるんだったね。さて、君がご主人様とはぐれた場所は分かったけど、どうしてはぐれたのかな?」
『それは、その……。ご主人様とのんびりしてたらいつの間にか寝ちゃってて。起きたらどこにもいなかったの』
「なるほどなるほど、ってやっぱりこの世界の言葉はまだわからないな。ごめん、君が言っていることは伝わってないんだ」
誠也の言葉にショックを受ける人形。
『そうだった。人形の私には言語は関係ないけど貴方たちには関係があるのよね』
すると人形は身振り手振りで説明をし始めた。
「うん? ここで、寝てたら、いなくなってた? ああ。そういうことならここで待っている方が得策かもしれないな。無闇に探しても見つけられる可能性は低いだろうし、君のご主人様もこの周辺を探しているはずだよ」
その説明で何故か意味を理解する誠也。誠也は人形をベンチに座らせ、その隣に座った。
『一緒に待ってくれるの?』
「僕はこの世界に来たばかりでさ、右も左も分からないんだ。よかったら待っている間に教えてくれないかい?」
伝わらないか、と肩を落とす人形は渋々頷いた。
『仕方がないですね。待っている間だけですよ』
二人はなんとか意思疎通をしていた。
人形に語り掛ける少年とそれに応える人形は黒の世界の住人にとっても珍しい光景だ。
ベンチの周りには遠巻きに人が集まり、二人を見ていた。そのおかげか少年と話す人形の噂を聞き付けた一人の少女がその場に駆けつけてきた。二人も気付いたのかその少女に視線を向ける。
「あ、君がこの子のご主人様かな?」
『いえ、あの、私は別に喋る人形に興味があってきたとかそんなんじゃないんだから!』
「……?」
突然何かを言ってそっぽを向いた少女の反応に誠也は首をかしげた。チラチラと視線で助けを求められた人形は恐る恐る駆けつけた少女に声をかけた。
『えっと、もしかして貴女はソフィーナ様ですの? 理深き黒魔女の』
『そ、そうよ! 私は理深き黒魔女、ソフィーナ。ソフィーナ、と呼んでくれて構わないわ』
ふふん、と胸を張るソフィーナ。
「なんて可愛い子なんだ! この世界の美少女も素晴らしいな。小柄な体躯、黒いゴスロリ服、長髪をツインテールに結ぶ大きなリボン、ちょこんと突き出る尖った角。どれも可愛さを引き立てている!」
『な、なによ。ふん、褒めても何も出ないわよ! というか急に何なのよ。人の話を聞いているの?』
少女、ソフィーナもまた少年の豹変ぶりに驚き、引いていた。
そんなソフィーナに人形が状況を説明する。
『なるほどね。どうりで通じないわけだわ』
んっ、んっ、と咳払いをするとソフィーナは少年に話しかけた。
「ねぇあなた。私の言葉、聞き取れるかしら? 一応青の世界の言葉で話しかけているのだけど」
「お、おお! 聞こえる。聞き取れるよ! えっと、僕は十河誠也。君は?」
「私は理深き黒魔女、ソフィーナよ。ソフィーナ、と呼んでくれて構わないわ」
「ソフィーナちゃんか。いい名前だね。あ、そうそう。この子のご主人様を知らないかな? はぐれちゃったみたいで」
「この騒ぎだもの、すぐに来ると思うわ。っとほら、言ってる傍から」
ソフィーナの視線の先を誠也も見るとソフィーナよりまだ小さく幼い女の子が息を乱しながらやってきていた。
『ありがとう、セーヤ。貴方のおかげでまたご主人様と会えたわ。私の名前はアイリーン。また会う機会があれば、その時はまた散歩しましょう』
言葉のわからない誠也のためにソフィーナが通訳をする。
その言葉を聞いて、誠也は笑顔でアイリーンとそのご主人様の女の子を見送るのだった。
「それで、ソフィーナちゃん。よかったら僕と少し散歩しない?」
「……はぁ、いいわ。今日は暇だもの。その誘いに乗ってあげる。言葉のわかる私を使って案内をさせようってことでしょ。これも何かの縁だし、この世界のこと教えてあげる。この私に教えてもらえること、光栄に思いなさい!」
「ありがとう、ソフィーナちゃん。やっぱり君は優しいね」
「は、はあ!? いいから行くわよ! 『ダークネス・エンブレイス』の魅力、とことん教えてあげるわ!」
その後、誠也はソフィーナに連れられて各地を訪れた。
転移門のある人族の都『黒姫の都』、街を出てすぐにある錬金術や薬術で使われる多くの素材が採れる鬱蒼とした森、鉱石が豊富に産出される岩山、下位種のドラゴンを頂点に数多くのモンスターが生息する山脈といった場所を案内し、言語、歴史、モンスターの情報、素材の取り方といった知識も教えていた。
連休を利用して黒の世界に来ていた誠也はソフィーナに招かれて、黒枢城のソフィーナの工房に泊まり込み、仕事を手伝わされる程になっていた。
「ねぇ、セーヤ。今度はあの、く、蜘蛛の素材を採ってきてもらえないかしら」
「えっと、この世界の蜘蛛って二メートルぐらいなかったっけ?」
いつか読んだ魔物図鑑の内容を思い出しながら誠也は答える。この世界で一般的に知られている蜘蛛は全長約二メートルで毒は持っていない。もちろん一般的に知られていない蜘蛛も存在するが、それらが生息しているのは森の奥地や洞窟の奥深く等のあまり人のいない場所だ。
……毒持ちの方だと面倒だなぁ。
「αドライバーなんでしょ。く、蜘蛛ごとき何とかしなさいよ! 何のためにその力の使い方を教えてあげてると思ってるの」
「それならソフィーナちゃんもついてきてよ。αドライバーはプログレスなしだとちょっと打たれ強い一般人程度なんだからさ。あ、それとも蜘蛛が怖かったり? 意外だなぁ」
「馬鹿言わないで、くく、蜘蛛なんて平気よ……わ、私は魔女よ!?」
「よし、じゃあ行こうか」
二人が素材を採りに行った先で大規模な山火事が起こり、山の一角が炭化した。
そのことを知っている人はあまりいない。
「いい!? 絶対に秘密よ、秘密にしなさい!」
「わかってるよ。ソフィーナちゃんが木の上から落ちてきた蜘蛛に驚いて大魔法を放った結果、山の一部が大変なことになった。なんて誰にも言わないよ?」
「ニヤニヤしてる! その顔は言うつもりでしょ!」
こうして誠也はソフィーナと知り合った。
誠也が卒業する約3ヶ月前の出来事だ。
第8話につづく