アンジュ・ヴィエルジュ-もしもの世界の物語- 作:Kuroya
「せ、セーヤ。あなたを私の助手にしてあげるわ」
工房に着いた誠也は、振り返ったソフィーナにそう言われた。
しかしそんなことお構いなしに誠也はソフィーナの紅茶を用意していた。
そんな誠也の反応を待っているのかソフィーナは誠也の後ろをうろうろとしたり、チラチラと見たり、とても落ち着きがない。
「今まで助手じゃなかったの? 今更じゃない?」
色々と仕事をこなしてきた誠也は既に助手にされているのだと思っていた。
しかし、ソフィーナは顔を赤らめながら違うと言う。
「今までは助手見習いよ。それを助手に昇格させてあげるって言ってるの!」
「見習い……。その割にはいろんな世界の調査を頼まれたりしたけど? 見習いっていうのはちょっと苦しくない?」
「う、うるさいわね! 助手にしてあげるんだからありがたく思いなさいよ!」
「そっか。ありがとう、ソフィーナちゃん! お礼に今度デートしようね」
飲んだ紅茶が気管に入ったのか盛大にむせるソフィーナ。
「ゴホッ、ゴホッ……、でも、そう簡単に私の助手になんてなれないわ。条件をクリアしないとダメなの」
「へぇ、その条件ってのは難しそうだね。どんなのなの?」
ソフィーナは立ち上がり、机の引き出しから丁寧に折り畳まれた紙を取り出してきて誠也に渡した。そこには条件が箇条書きで記されている。
・私に美味しい紅茶とお菓子を用意する。
・異変調査をこなすことができる。
・各世界を行き来できる。
・αドライバーまたはプログレスである。
・私に負けない知識を身に付けている。
・エナジーを最低でも四つ持ってくる。
「以上を助手採用条件とする、って色々と聞きたいことがあるんだけど」
「なにかしら?」
ソフィーナは椅子に座り直し、紅茶を飲み始める。
「まず一つ目の条件、これは必要なの?」
「必要よ。ティータイムは欠かせないもの。それに仕事の疲れを解してくれるから」
「なるほど。じゃあ次。異変調査とか行き来できるとかはソフィーナちゃんの仕事内容から分かるけど、αドライバーまたはプログレスってのは?」
はぁ、と溜め息をついてソフィーナは答える。
「あのね、少しは考えなさいよ。私の仕事は機密情報とかも扱うし危険区域に行きことだってあるのよ? αドライバーやプログレスじゃないと危険すぎるわ」
「確かに危険ばかりだったよ。巨大蜘蛛とか暴走した魔獣の鎮静化とか、よく生き残れたよね」
「く、蜘蛛はもういいのよ。それにちゃんと危なくなったら助けてあげたでしょ」
蜘蛛のときは大災害を引き起こしたが助けられたのは確かだ。
誠也は何となく雄二が良くしていたことを思い出し、ソフィーナの頭を撫でていた。
「きゅ、急に何よ。それで、もう質問は終わりかしら?」
「感謝の気持ちだよ。よく友人がこうしていたのを思い出してね。まだ聞きたいことはあるよ。この、ソフィーナちゃんに負けない知識を身に付けているってこの世界の書物を読破してるソフィーナちゃんに敵う人っているの?」
満更でもないのか大人しく撫でられ続けるソフィーナはボソボソと答える。
「セーヤは大丈夫よ。私が直々に教えたんだもの。そうじゃなきゃ困るわ」
「まぁ、そこそこ知識はあるつもりだけど。じゃあ、最後。エナジーを最低四つ持ってくるってのは? エナジーってあのフワフワ漂ってるやつだよね」
「はぁ、ちゃんと教えたはずでしょ。エナジーっていうのはまだ解明されていない高エネルギー体のこと。四つの世界全てでそれぞれの色をしたエナジーが確認されてるわ。今のところ世界水晶から漏れ出したエネルギーだと言う説が有力だわ。で、発生した場所は毎回アルスメルが作ったエナジー発見器で分かるから、それを集めてきて調査、研究するからそのために必要なの」
エナジーを集めるのは簡単ではない。エナジー自体危険で取り扱いが難しいのだ。
「あれをまた集めるのかー、大変だなぁ。あ、ソフィーナちゃんは手伝ってくれるの?」
「手伝うわけないでしょ。それに、セーヤは既に三つ集めてきてるからあと一つでいいわ」
ソフィーナは工房の奥から三つのエナジーを腕に抱えて持ってくる。
「青、赤、白。全く、よくこれだけも集めたものよね。しかも他世界で。一人でこれだけできるんだから、助けなんていらないでしょ? それに、助手になる条件なのに雇い主が手伝ってどうするのよ」
誠也はテーブルの上に置かれたエナジーを指でつつく。
本来エナジーは触れることができないが、特殊物質で包めばただの球体として持ち運べる。かなりの強度があり、専用の装置でしか開けることはできない。
特殊物質自体は透明なため、中のエナジーを見ることができる。
薄暗い工房で三つのエナジーが幻想的に輝いていた。
「じゃあ、集めたことがないのはこの世界のエナジーだけか。因みに、今発生してる場所はある?」
「えっと、って自分で見なさいよ。ほら!」
ソフィーナは手に持っていた端末を投げ渡す。誠也は危なげなく受け取ると画面を注視した。
「……ここって下位種のドラゴンがトップにいる山脈だったかな。流石に危険でしょ」
「そうね……、でも誰かに手伝ってもらうと言ってもアイツしかいないし……」
「アイツってもしかしてリゼリッタ? 僕は全然オッケー、むしろウェルカム!」
「なによ、いきなりデレデレして! あんなのただの脂肪の塊、誘惑に負けちゃダメよ!」
顔を真っ赤にして怒るソフィーナを落ち着けながら誠也はどうするか考えていた。
下位とはいえドラゴンを相手にするかもしれないのだ。αドライバー1人で挑むのは危険すぎる。
αドライバーはプログレスがいなければ一般人と変わらないのだから。
「なら、可愛いプログレスの子を見つけて回収に向かうよ。それなら問題ないよね?」
「し、仕方がないわね。私がついて行ってあげる! 異論は認めないからね!」
「……ソフィーナちゃんがそれでいいって言うならいいけどね。それじゃあ、行こうか」
二人は工房を出て、下位種のドラゴンがいる山脈へ向かった。
道中、しばらくソフィーナはこれでよかったのかと頭を抱えていたが目的地に着くころには切り替えていた。
しばらく山道を歩いていた二人の視界が突然開けた。
視界には山の一角が更地になり、辺りには黒々と炭化した木々が転がっていた。
「ここって、ソフィーナちゃんの魔法が炸裂した所だよね」
「うっ、あれは、あそこまで威力があると分からなかったし、必死だったのよ!」
「僕たちの初めてだもんね。激しかったなぁソフィーナちゃん」
「へ、変なこと言わないの! そういうのじゃないんだからっ!」
真っ赤にして否定するソフィーナを温かい目で見ていた誠也は、ふと発見器が反応していることに気がついた。
「ねえ、ソフィーナちゃん。どうやらこの近くらしいよ。すぐそばに反応がある」
「近くって言っても炭化した木ぐらいしか……あっ! あったわ! ほら、あそこ!」
ソフィーナの指差す方向を見てみると確かにエナジーがある。
しかし、すぐそばには別のものをいた。
「いやいや、あったけど。あったけどドラゴンまでいるじゃん!?」
「しーっ、ワイバーンが気づいちゃうでしょ。食事中に邪魔されたら物凄く怒るのよ」
「その忠告はちょーっと遅かったかなー。完全に頭に血が昇ってるみたい」
食事中だったドラゴン、ワイバーンは血走った目を誠也たちに向けていた。
『──────ッ!!!!』
ワイバーンの甲高い咆哮が辺りに響き渡る。
「こうなったら仕方ないわね。セーヤ、やるわよ」
「じゃあ、ソフィーナちゃんはしばらくあのワイバーンの相手をお願い。僕はそっちに気が向いている隙にエナジーを回収する!」
「わかったわ! さぁ、来なさいドラゴンもどき! あなたに理深き黒魔女ソフィーナの力、見せてあげるわ!」
ワイバーンは翼をはばたかせて空に舞い上がると、急降下して翼にある鉤爪でソフィーナに切りかかる。ソフィーナはそれを転がるようにして避けると直ぐに立ち上がり、ワイバーンの顔めがけて炎の球を発射した。
「本業は研究だけど、攻撃魔法も嗜み程度には使えるのよ?」
飛んできた炎を回避しようとしたワイバーンだったが右翼に直撃し、もがきながら墜落してくる。
「飛べないドラゴンなんて蜥蜴も同然、ってセーヤ! 避けなさい!」
ワイバーンが墜落しようとしている先は今まさにエナジー回収の準備をしている誠也のすぐ側だ。
「うわっ、ソフィーナちゃん、落とすなら別の場所にしてよ!」
「仕方ないでしょ、攻撃魔法は練習中なの! それより早くそこから離れなさい!」
誠也とソフィーナが言い合っている中、墜落したワイバーンは起き上がろうとしていた。
「あと少しで準備ができる。なんとかソイツを押さえていて!」
「あーもう、火傷しても知らないからね!」
ソフィーナは起き上がろうとするワイバーンの頭上に炎の塊を召喚し、勢いよく落下させる。
ワイバーンの背中に当たった炎は全身を覆うように燃え広がり、ワイバーンの周りから酸素を奪っていく。全身を焼かれ、呼吸困難にされたワイバーンはしばらく足掻いていたが長くは続かなかった。
「よし、エナジー確保! ソフィーナちゃん早くここから──」
「もう終わったわよ。今回のやつは弱かったからよかったけど、エナジーなんか放っておいて逃げなさいよ!」
ソフィーナは誠也に詰め寄る。
「ごめん。でも、エナジーは絶対に確保したかったんだ」
「なんでよ、αドライバーは誰かがダメージを負担してくれるわけじゃないのよ!?」
「それはわかってるよ。でも、ここで手に入れてないと誰かがソフィーナちゃんの助手になってしまうかもしれない。それは嫌なんだ」
誠也はソフィーナの頭に手を乗せて、そっと動かす。
「ごめんね。ソフィーナちゃん」
「……次、やったら許さないから」
誠也の胸に頭を預けるようにしてボソボソと答えるソフィーナの顔がどうなっているのか誠也には見えなかった。ただ耳が赤くなっていることから恥ずかしがっているのだろうとだけ分かった。
二人は工房に戻った。
ヘトヘトに疲れているなか、誠也は晴れてソフィーナの助手になったのだった。
「ところで、あのワイバーンはどこに発送してたの?」
「ドラゴンの肉って珍しいのよ? 私の分は取って、残りは青蘭島に送ったわ」
「え、僕の分は?」
「ちゃんとあるわよ。だから今日はドラゴンのステーキね」
ソフィーナが倒したドラゴンから取れた肉は青蘭島に送られて入学式当日、破格の値段のカツサンドとなって購買に並ぶことになる。
誠也は助手としてソフィーナの屋敷に寝泊まりし、春休みの大半を黒の世界で過ごしていた。
「ごめん、ソフィーナちゃん。明日から学校に行くからここには来れないかも」
再度、ごめんと言って申し訳なさそうにする誠也を一瞥したソフィーナはすぐに視線を手元の書類に戻した。
「……ソフィーナちゃん?」
「別に、助手だからってずっといなさいなんて言わないわ。私だって鬼じゃないもの」
「悪魔だもんね」
「う、うっさいわね! 茶化すんじゃないわよ! そ、それに、私も……」
顔を伏せて言い淀むソフィーナを見て、誠也は首をかしげた。そこでソフィーナのティーカップが空だと気付いて慌てて用意をし始めた。
念のために機嫌取りのクッキーを添えておこうかな。
「何よこれ。いつもは紅茶だけなのに」
「今日は念のためにクッキーも一緒にと思ってね」
「ふん、なかなか気が利くじゃない。って話の腰を折らない!」
「ごめんごめん。それで、なんの話だっけ?」
「だから、私も青蘭学園に用があるから一緒に行くって言ってるでしょ」
「え、いつも屋敷の自室か薄暗い工房にいて寝ても覚めても研究のことばかり考えてるソフィーナちゃんが青の世界に?」
「ば、バカにしないでよ! それじゃあ私が引きこもりみたいじゃないの!」
「みたいっていうか、引きこもってるよね? 研究のためだからってこんな薄暗いところに籠ってばかりだと体に悪いと思うけど」
「ぐっ、今日はやけに突っ込んでくるわね……」
ソフィーナは乾いた喉を紅茶で潤す。そのおかげで少し気持ちが落ち着いた。
やっぱり紅茶を助手の項目から外さなくてよかったわ。
「コホン、それはそれよ。それに、これからは青蘭島で過ごすことになるのだから問題ないでしょ?」
「ハハハ、そんなに拗ねないでよ。お詫びに青蘭島を案内するから機嫌を直して、ね?」
「す、拗ねてないわ! でも……、そうね。きっちり案内しなさい! セーヤってば集中して覚えたこと以外はすぐに忘れちゃうもの」
「……入学式の日付とか」とソフィーナは何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。
入学式? そういえばそろそろそんな時期だったような……。
「あっ! 入学式って今日じゃん!」
「それじゃあ、セーヤ。案内、楽しみにしてるわね。今日はもう寝るわ、学生の朝というのは早いと聞くし。あなたも早く支度して寝なさいよ?」
おやすみなさい。そう言ってソフィーナは寝床に向かった。
「入学式、サボっちゃった……」
優等生として通すつもりだった高校生活が、早くも根底から崩れ去った。
十河誠也の高校生活は本人の意識しないうちに始まっていたのだった――
第6~8話は誠也がメインのお話でした。
この小説のメイン主人公は雄二です。そこは変わりません。
ただ、このように雄二以外にスポットを当てたお話も入ってきます。