聖ガラードワース学園、第3食堂にて……
「葉山くん、序列16位に昇格おめでとう!」
『おめでとう!』
ガラードワースの生徒の3割の人間ーーー葉山グループの人間は食堂を貸し切り、グループのリーダーである葉山隼人を飲み物の入ったカップを高らかに上げて祝福していた。
理由は葉山の序列が上がって冒頭の十二人ーーー銀翼騎士団一歩手前まで辿り着いたからだ。
「ありがとう皆。これも皆の協力があったからだよ」
『きゃぁぁぁぁぁぁっ!』
『うぉぉぉぉぉっ!』
葉山がニッコリ笑いながら礼を言うと女子からは黄色い声が上がり、男子からは力強い歓声が上がる。
葉山はそんな皆を見ながらマイクを持って口を開ける。
「だがまだだ。俺達の目標は序列を上げる事ではなく比企谷によって汚されたガラードワースを元の姿に戻すことなのだから」
その言葉と共に葉山グループのメンバーが顔を引き締めて、リーダーの葉山を見る。
「第1目標としては俺達の誰かが序列1位になって比企谷に洗脳されたエリオット会長を辞めさせて、洗脳を解きながらガラードワースを元に戻す事だ。その為にも公式序列戦で会長に挑む権利のある人は積極的に挑んでくれ」
『了解!』
葉山の意見に食堂にいる全員が了解の返事をする。数百人の生徒をここまで従わせられるのは葉山のカリスマ性があってこそである。使い方については完全に間違っているが。
「もしもそれが無理なら第2目標ーーー王竜星武祭で比企谷を叩き潰してエリオット会長やノエルちゃんにした洗脳を解かせる事にしよう。真っ向勝負なら俺達が負けるわけはないけど油断しないように。奴がどんな卑怯な手を使ってくるかわからないからね?」
『了解!』
またしても食堂にいる全員が了解の返事をする。既に葉山グループの中で八幡は『雑魚なのに卑怯な手を使って2位にいて、ガラードワースを支配しようとしている屑』と評価されていた。
「なら良い。ガラードワースの未来は俺達の手にかかっている。皆、正義を成す為に俺に付いてきてくれ!」
葉山が右手を高らかに挙げる。同時に食堂が再度盛り上がる。
「きゃー!葉山君格好良い!」
「流石俺達の希望だ!」
「ガラードワースの平和を取り戻して!」
「葉山くんならあんな卑怯者瞬殺だよ!!」
「会長達の目を覚ましてやってくれ!」
『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』
『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』
『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』
食堂は隼人コールが起こる。それはまるで星武祭の会場で生まれる歓声によく似ていた。
(比企谷。俺はガラードワースいや……アスタリスクで1番努力して強くなった。ガラードワースはお前みたいな卑怯者の好きにはさせない。俺が皆を守ってみせる……!)
葉山は手を振って皆に応えながらそんなことを考えていたのだった。
同時刻、ガラードワースの冒頭の十二人専用のトレーニングルームにて……
「まさか、そんな……」
「ノエル……ここまで強くなっているなんて……」
部屋の隅に立つレティシア・ブランシャールとエリオット・フォースターは驚愕の表情を浮かべながら部屋の中心にある光景を見ている。
2人の視線の先には……
「ははっ……凄いよノエル。ここまで強くなるとは思わなかったよ」
「はぁ、はぁ……あ、ありがぐっ……!ありがとう、ござ、います……」
元序列1位のアーネスト・フェアクロフとノエル・メスメルがステージ中央にいた。
アーネストは苦笑しながら立っていて、ノエルは疲労困憊の状態で床に倒れていた。ノエルは息も絶え絶えで腕も変な方向に曲がっているなど見るからにボロボロであった。
しかし2人が驚いているのは、ノエルの状態ではない。正確にいうとノエルの状態についても驚いているが、それ以上に驚いた事があるのだ。
それは……
「……まさか一騎打ちでアーネストの校章を破壊するとは思いませんでしたわ」
レティシアの言うようにアーネストの校章は粉々になって、床に倒れ臥すノエルの頭の横に落ちていた。それはつまりノエルが模擬戦でアーネストに勝った事を意味している。
「僕もですよ。しかしノエルのあの技はなんなんでしょう?」
エリオットは先の試合を思い出す。序盤にノエルが茨でアーネストを足止めして、ある程度したらステージに展開された茨を纏って聖狼修羅鎧を使ってアーネストと接近戦を仕掛けた。その結果ある程度は打ち合えたが地力の差から徐々にアーネストが推し始めた。
そして後一歩でアーネストが鎧を破壊しようとした瞬間、ノエルが鎧に大量の星辰力を込めて、自身が纏っている茨を凝縮して更に強い鎧を生み出した。
その後、ノエルはアーネストの攻撃を全て弾き飛ばして捨て身で攻め続けた結果、アーネストの校章を破壊した。
しかし反動は大きくらしく、ノエルは床に倒れてまま一歩も動けずにいた。
「大方魎山泊で身につけた技でしょう」
「ですよね……」
2人の予想は当たっている。ノエルは八幡と星露の戦いを見て、八幡が使う『影神の終焉神装』を使えるようになりたいと思って、努力の末に自身の能力の極致となる技を会得した。
最も反動は桁違いに大きく、一度使うと暫くマトモに動けなく代物であるが。
「ともあれ、彼女を見る限り身体に強い負担がかかる技なのでしょう。保健委員を呼びますわよ」
言いながらレティシアは空間ウィンドウを開き保健委員に連絡を入れだす。それを確認したエリオットはノエルとアーネストの元に駆け寄る。
「お疲れ様でした」
「うん。それにしてもノエルは本当に強くなったよ。自分で言うのもなんだけど、負けるとは思わなかった」
アーネストは惜しみない賞賛を送るがエリオットも同感だった。ノエルが強くなっているのはエリオットも知っていたが、公式序列戦ではエリオットに譲った一戦以外は無敗、獅鷲星武祭を二連覇したアーネストにはまだ勝てないと思っていた。
にもかかわらずノエルはアーネストに勝利した。ノエルが最後に見せた神の様な容姿、アレは壁を越えた人間にも届くとエリオットは思った。
(やれやれ……ノエルにはお兄ちゃんと言われているが、普通に僕より数段強いだろ)
内心そう呟くエリオットの頭には、最低月に一度は必ず顔を合わせる幼女と腐った目をした男の顔が浮かんでいた。
クインヴェール第2トレーニングステージ……
「よう、待たせたなシルヴィアちゃん」
トレーニングステージに入ってきたのはクインヴェールの教師である『狼王』比企谷涼子だった。
「いえ。お義母さんが忙しいのは知っていますから」
笑顔で首を横に振るのは涼子の義娘にしてクインヴェール序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムだった。
「いんや、世界の歌姫に比べたらそうでもないさ。んで?トレーニングステージに呼んだって事は模擬戦か?」
「はい……ただ今回は全力で戦ってくれませんか?」
シルヴィアの提案に涼子は目を細める。涼子はクインヴェールの教師なので生徒とは毎日鍛える為に戦っている。もちろんシルヴィアとも戦っているが、基本的に6割から8割の力で戦っていて全力は出していない。
「別に良いけど何で?言っちゃアレだけど今のシルヴィアちゃんじゃ本気の私に勝つのは厳しいと思うよ」
涼子は全力なら負けないと言っているが、シルヴィアはそれを侮辱と思わなかった。今までに何十回と模擬戦をやったが、多少手を抜いた涼子相手に負け越しているのだから。
しかし……
「実は昨日、新しい曲が……八幡君との戦いに備えた曲が出来たので試してみたいんです」
「へぇ……」
途端に涼子は餓狼の如く獰猛な笑みを浮かべる、根っからの戦闘狂である涼子からしたら、今の話は充分にテンションを上げる話であった。
「良いよ。そんな事情があるなら……本気でやってやんよ」
言うなり、涼子から圧倒的な星辰力とプレッシャーが湧き上がる。ありとあらゆるものをすり潰すとばかりの力がシルヴィアに向けられる。
そして涼子はポケットから緑色のマナダイトがはめ込まれた指ぬきグローブーーー鉤爪型煌式武装の狼牙を取り出して自身の両手に装着して、それと同時に指ぬきグローブから光の刃が左右からそれぞれ3本、計6本の光の刃が虚空から伸びる。
「っ……流石ですねお義母さん……!」
それに対してシルヴィアは引き攣った笑みを浮かべながらも自身が愛用する銃剣型煌式武装フォールクヴァングを起動して斬撃モードにする。
「さて……んじゃやろうか。歌うなら待っててやるからさっさと歌いな」
「良いんですか?」
「これが星武祭本番なら歌う前に潰すけど、今回は新曲のチェックが目的だろ?歌わなくてどうする?」
涼子が手をヒラヒラしながらそう言うので。シルヴィアも落ち着いて歌える。
「わかりました……では」
シルヴィアはそう言ってから一度大きく息を吸い込み。、かっと目を見開き……
「私は纏う、愛する者を守る為、支える為、共に戦う為」
自身の体内から膨大な星辰力を膨れ上がらせて、大気中の万応素を変換させる。そしてシルヴィアの周囲に光が生まれ出す。
1年前、シルヴィアの愛する者ーーー八幡が左手を切り落とされてから作り出した新曲。誰よりも強くなろうと考えた曲。
それが1年の時を経て漸く完成してそれが今、初めて披露される。
「纏いて私は動き出す、誰よりも強く、誰よりも速く、愛する者を奪おうとする敵を討ち滅ぼす為に……!」
次の瞬間、第2トレーニングステージは光に包まれた。
それから5分後……
ドゴォォォォォォンッ
「うわあっ!」
「な、何事ですの!」
「ば、爆発っ!」
「な、何が起こっているの?」
第1トレーニングステージにて鍛錬をしていた元序列35位『拳忍不抜』若宮美奈兎、現35位『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグ、40位『爆犬の魔女』由比ヶ浜結衣、14位『氷烈の魔女』雪ノ下雪乃は突如、トレーニングステージの壁が轟音と共に吹き飛んだ事に対して驚愕の表情を浮かべる。
驚いている中、第1トレーニングステージの中央に影が転がってきた。それが何かと言うと……
「はっ……!はーはっはっ!最高!最高だよシルヴィアちゃん!実に面白いっ!」
『比企谷先生!?』
4人は影の正体を見て驚愕の声をあげる。影の正体ーーー涼子は全身から血を流しながらも心底楽しそうに笑っているが、美奈兎達4人からしたら信じられない光景だった。
美奈兎達も涼子に稽古を付けられた事があるが、涼子の実力は最近になって4人がかりでマトモにダメージを与えられるようになるなど桁違いである事を知っている。
しかし目の前にいる涼子はテンションは高いが明らかにボロボロになっていた。そんな事が出来る人間がクインヴェールにいるとするなら……
「一応、今の私の最大技だったんですけど……その程度のダメージだとショックですね」
壊れた壁からやって来たのはシルヴィアだった。それを見た美奈兎達はシルヴィアなら……と納得すると同時に驚愕の表情に変わる。
シルヴィアが纏っているものを見たからだ。シルヴィアはクインヴェールの制服を纏っておらず、光の衣を身に纏っていた。加えて手には圧倒的な星辰力を感じる剣、背中には大天使を模した神々しい翼が12枚生えていた。
4人が絶句してシルヴィアを見ているとシルヴィアも美奈兎達に気付いて両手を合わせて頭を軽く下げる。
「あ、修行中に壁を壊して邪魔しちゃってごめんね」
「い、いえ……」
美奈兎は驚きながらも首を横に振る。美奈兎以外のヴァイオレット達3人も絶句はしているが怒りの感情はない。
「いやー、今のは面白かったぜー。んじゃ続きを『pipipi』……ちっ。もしもし、どうしたペトラちゃん?」
涼子が続きをやろうとした直後、ポケットの端末が鳴り出したので舌打ち混じりに空間ウィンドウを開くとクインヴェールの理事長のペトラ・キヴィレフトのげんなりした表情が映る。
『どうしたではないでしょう。たった今第2トレーニングステージの壁が壊れたと報告が来ました。どのような事があって壊れたのですか?』
「んー?シルヴィアちゃんの新技が受けたら背後にあった壁が吹き飛んだ」
涼子がそう言うとシルヴィアはあちゃーと言った表情を浮かべて、額をピシャリと叩く。
『……とりあえず話はわかりました。記録は今から確認しますが、とりあえず貴女とシルヴィアは今すぐ私の所に来てください。状況によってはトレーニングステージの禁止も考えないといけないので』
「えー!禁止にするほどじゃないだろ?」
『貴女達の使った第2トレーニングステージは我が学園の所有するトレーニングステージではトップクラスの頑丈さです。そのステージを壊せるとなると危険過ぎます。とにかく今すぐ来なさい』
同時に通話が切られるので涼子はため息を吐きながらシルヴィアを見る。
「って訳でシルヴィアちゃん、行こうぜ」
「あ、はい」
シルヴィアがそう返すと、身体に纏っていた光の衣や12枚の翼は消え去ってクインヴェールの制服を着たシルヴィアが現れる。
「んじゃトレーニングの邪魔して悪かった。詫びとして今度焼肉奢ってやるよ」
「4人ともごめんね。今度私からもお詫びするから」
涼子とシルヴィアはそう言って美奈兎達に頭を下げると、理事長室に向かって歩き出した。
それを見送ると……
「えーっと、今日は休みにしよっか」
美奈兎の問いにボロボロになったトレーニングステージにいる3人は首を縦に振ったのだった。
板張りの大広間、そこはこの世界とは異なる世界であり、見渡す限り壁が見えない不思議な部屋であった。
そんな不思議な部屋には柱以外何もなく普段なら静寂しか存在しないが……
「くくくっ!良いぞ八幡よ!もっともっと儂を滾らせるが良い!」
「煩ぇよ。テメェマジでくたばれ!」
今は俺と星露がぶつかる事で生まれる打撃音によって騒々しくなっていた。
既に俺は影神の終焉神装を装備して拳を放ち、星露は初代『万有天羅』が残した伝説の仙具の業煉杵を嬉々として振り回し衝撃波を放ってきている。拳と衝撃波がぶつかると辺りに新しい衝撃が生まれ周囲の柱や板張りの床が吹き飛ぶ。
今日は魎山泊がある日ではない。では何故星露と戦っているのかというと……
①生徒会長の仕事として中央区にある施政庁に行く
②遣いが終わった後に、残りの仕事をやるべくレヴォルフに戻ろうとしたら生徒会室の緑茶が切れかけているのを思い出す
③茶の葉を買いに行ったら店で星露と鉢合わせ
④捕まって気がついたら星露の作った異世界にいる
⑤勝負を挑まれる
……って、感じだ。仕事が残っていたので断りたかったが余りに執拗に挑んできたので受けたのだ。しかしいきなり戦うことになるとは思わなかったわ。
今の所拮抗しているが、直ぐに崩れるだろう。俺の影神の終焉神装の時間切れで。
だからそうなる前にケリをつけるしかない。
そう判断した俺は星露に裏拳を放ち吹き飛ばす。もちろんこの程度で星露が倒せるはずもなく、直ぐに戻ってくるだろう。
しかし僅かにだが時間はある。リスクは高いがアレで仕留める。
そう思いながら俺は脚部に星辰力を込める。虎峰が得意とする爆発的な加速をやるつもりだ。既にある程度こなせるようになったが、生身の状態で影狼夜叉衣と同等の速度を出せるのだ。影神の終焉神装を使っている時に決まれば星露ですら反応出来ないと思う。
だから俺は星辰力を込めながら地面を蹴るも……
「ぐはぁっ!」
星辰力のコントロールに失敗して近くの柱に激突。生身でも10回に3回失敗する技術だ。影神の終焉神装を使っている時に兼任して使う難しさは言うまでもないだろう。
慌てて柱から顔を上げると、丁度時間切れとなり影神の終焉神装が解けて……
「がはっ!」
星露の一撃をモロに受けてしまった。わかっていたことだが、糞痛ぇ……
「くそっ……今日も勝てなかった。やっぱり能力を使ってる時に加速力を爆発的に上げるのは難しいな」
試合が終わって俺は仰向けになりやがらも愚痴る。起きたいのは山々だが、星露の一撃が予想以上に痛くて起きれない。
「まあ当然じゃろう。ちなみに影神の終焉神装抜きなら出来るのかえ?」
「10回やって3回失敗するな」
「ふむ……八幡よ、暫く影神の終焉神装を使ってる状態で加速力を高めるのは止めい」
「身体に負担が掛かるからか?」
「うむ。先ずは生身の状態で確実に加速力を爆発的に高めるようになるのじゃ。さもなくば肉体に悪影響が出て日常生活に支障が出るじゃろう。全力のお主と殺し合いたい儂としてはそれは避けたいのじゃ」
理由が私的すぎだろ……てか殺し合いたいって言いやがったよこいつ。俺こんな若さで死ぬとか絶対に嫌なんですけど?
「……はいよ。気をつける」
「うむ。しかし八幡よ、暇ならばもう一戦やらんかえ?」
「悪いがパスだ、まだ仕事が残ってんだよ」
てか魎山泊のない日星露に挑まれるとか予想外過ぎだわ。マジでサボりたい
「むぅ……ならば仕方ないのう」
「悪いな。てか戦いたいなら界龍に戻って梅小路とか雪ノ下陽乃あたりに挑め」
「八幡が無理であるならそうするのじゃ。ではの」
星露がパチンと指を鳴らすと、茶の葉を売っている店の前に戻る。つくづく規格外な存在だな。しかも星露の姿も見えないし。
(ま、魎山泊以外で星露と戦えたのは良かったな……)
星露との戦いはガチでキツイが一戦ごとに強くなるのが理解出来る。今から王竜星武祭まで続ければ優勝できる可能性は大きく上がるだろう。
そんな事を考えながらも俺はレヴォルフに向けて歩き出した。