ep.16「各々は」
ギルバート・マクレインは死神見習いである。
見習い、というか、彼は死神を目指す学生である、と言った方が正しいだろう。
彼が真央霊術院に通い始めてからはや五年。一年の飛び級を経て、彼はもうじき卒業する、という時期に差し掛かっていた。
そんな彼は一人、霊術院の隅で鍛錬をしている。実直に鍛錬に取り組む彼の周囲には誰もいない。見た目年齢からして、他の学生よりも年上にみられることと、恐らくは頬の傷が原因だろう。生前は「黙っていると誤解されるぞ」とよく言われた。
が、ギルは敢えて交友関係に積極的にならず、自ら一人でいることをよしとした。その方が鍛錬も捗り、いち早く技術が磨かれるため――ではない。一人のほうが動きやすいからだ。一人ならば、彼女を――井塚のしていることを知ることが出来るし、追いかけることもできる。
井塚が何かしているのを、ギルはここ数年感じ取っていた。数年前に隊長格の大半が除籍となった事件。恐らくは、それに関して調べているのだろう。だが、彼女はそれらを海燕にも、自分にも漏らしていない。ばれていないと思っているのだろうが、こちとらそう言った手合いは生前で何度か見ている。恐らくは海燕も薄々気づいているだろう。
ふと、生前彼女の同期の少年、藤木 コウタが言っていたことを思い出す。
「あいつ、最近どんどん遠い所に行ってる気がするんだよな」
極東支部初の新型神機使いにして、一年足らずで最前線と言われた極東のトップ集団に喰いつき、とんでもない逸話をこれでもかと残した彼女。
噂程度でしか、生前はその人となりを知らなかったが、それだけでも彼女の異常さは際立っていた。
曰く、平原地帯でヴァジュラ四体を相手に一人で戦い、これを討伐した。
曰く、山ほどもあるアラガミ――ウロボロスを、初見でたった一人で討伐した。
曰く――
そして、あの頃は独立支援部隊・クレイドルの任務のために、単独で欧州を中心に活動していた彼女。
噂を聞くたび、どんな化け物なんだと思ったことがある。むしろ、生き急いでいるのではないかと、思ったこともある。
それをコウタや、これまた彼女と同年代のアリサ・イリーニチナ・アミエーラに零したときは否定できない、と言われたこともあっただろうか。
「あの人は、全部ひとりで背負い込むんです。私たちにもたまには頼ってほしいって言うんですけどね……」
「俺それ前に言ったら「頼ってるから隊長を譲ったんだよ」だぜ?いやなんか違う、なんて言えばいいか分かんないけどなんか違うっての」
「ほんと、ソーマといい、ミクイといい、一人で抱え込まないでほしいんですけど……」
「……今思い返してみれば、何か抱え込んでたりするやつ、い過ぎじゃないか?」
「止めましょうこれ以上は不毛な気がします」
はぁ、と二人で溜息を吐いていた様子が、何故かありありと思い出される。
「遠くに行ってしまう、か……」
ぶん、と刀を振り下ろす。まだ始解もできてない浅打は、間合いが神機よりかなり短くて、今でも違和感を感じてしまう。
「あの人にとって、周囲の人間は頼るべき人間じゃないんだろうか」
いやむしろ、守るべき人間という考えが先行しているんだろうか。本人でもないギルには、その真意は分からない。だが、頼られないというのは、寂しいものである。
生前、ついに助けられなかった自身の隊長――ジュリウス・ヴィスコンティの姿が脳裏に浮かぶ。結局彼も、頼ることがないまま、一人で駆け抜けて、彼女に――総ての元凶のラケル・クラウディウスに利用されてしまった。彼の事を止められなかった後悔は、今も心に焼き付いている。
今度こそ、あんな事態は引き起こさない。ギルは強い決意のもと、刀をまた振り下ろす。
その重さは、握ってから数年たった今でも、やはり違和感が残るものだった。
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志波 海燕は十三番隊の副隊長だ。数年前のあの騒動の後、自分から折れる形で副隊長になった。不測の事態の時に、浮竹一人では対応できないだろうという懸念から――でもあるが、他にも理由がある。
「あのバカ……何やってるんだ」
そう、彼の妹分ともいえる存在、井塚 実灰が秘密裏に行っているであろうことについて、探りを入れるためだ。
あの日、浦原達が捕らえられ、後に脱走した日の事。彼女だけが、突然隊長室に呼ばれた時、海燕は何か嫌な予感がしていた。また何か、彼女が抱え込んでしまうのではないか、と。
出会ってからもう、恐らくは十年以上の月日が経っているが、彼女の行動は危うさが抜けきっていない。
初の討伐任務の時もそうだった。大虚という手に負えない相手を前に、仕方ないとはいえ無理をして六十番台を詠唱したと聞いたときは冷や汗ものだった。六十番台だとしても、その死神の技術によっては完全詠唱だとしても現状の実力の割に合わず、拒絶反応を起こしてしまう場合がある。彼女は鬼道がどちらかと言えば得意ではなかったことは海燕も知っていたので、気が気ではなかった。
その後、無事に回復した後に説教したものの、別の任務の時にも無茶をしたと聞いたときは頭を抱えたものだ。
死ぬつもりはない、が、死にかけるのには慣れている。学生時代、そう彼女は言っていた。今の彼女は、その通りに動いているのだろう。一見無鉄砲に飛び出しはするものの、絶対に生きて帰ってくる。
が、彼女は知っているのだろうか。怪我を増やして帰ってくるごとに、隊の者たちが心配そうに、まれに得体のしれないものを見るように見つめていることを。
知っているのだろうか。海燕はおろか、ギルにも、何か隠していることを知られていることに。
そして、海燕が、それが浮竹との何かだということに気づいていることに。
「気づいていないんだろうな……」
「何に気づいていないんですか?」
「空木」
ひょっこり、と顔を出したのは空木 都五席。海燕が副隊長に就任して少し後に、席官になった女死神だ。その昇進の速度は男所帯と言われる護廷十三隊の中でもかなりの速さで、あと十数年したら副隊長にとってかわられるんじゃないかと、海燕は思ったこともあったくらいだ。そのくらい、彼女は優秀だった。
「かわいい妹分が、何か抱えてるんじゃないかと思ってな」
そう言って海燕が見つめる先を、都も見る。そこには、いつものように死神と鍛錬をする井塚の姿があった。この光景も、最早十三番隊の人間には見慣れた風景となっている。
「確かに彼女、色々と抱えてそうですよね。こう、一人でいなくなって、何も明かしてくれずに逝ってしまいそう」
「空木もそう思うか……」
「もう少し、無茶をしないようにしてくれたらいいんですけど」
はぁ、と二人で溜息を吐く。同じ悩みを持つ者は、やはりいたらしい。なまじ彼女の行動のお陰で助かった死神や一般人もいるから、強く言い切れない部分があるのだ。
「でも……」
と、ふと思い出した、といった様子で都が口を開く。
「そういえば彼女、最近よく浮竹隊長と話し込んでますね」
「そうだな、最近は頻度が多くなった」
入隊当初からそれとなく気にかけられていたのは見ていたが、最近はふと見かけると二人が一緒にいることが多い。ここ最近ようやく八席に昇進した彼女と隊長が頻繁にいるということで、年の差の恋愛とか女性死神たちがひそかに騒いでいたのを海燕は知っている。というかそれについての質問を振られた。その二人が元だと分かる人間には分かる創作冊子を謝礼としてもらった。海燕が間に入っていた、何故だ。
だが、彼らの密会自体は、数年前のあの日から始まっていたことを、海燕は知っている。あの日、彼女だけが呼ばれた上に、その前の日に、井塚は浮竹を追って出かけていったのだ。何かあると邪推しない方がどうかしている。
だが、恐らくは彼女は話してくれないだろう。この数年一度もそれに関することは言わなかったのだ、これからも、きっとない。
ならば、自分ができることは何だろうか。一人で抱え続け、いつか消えてしまいそうな彼女にできることは。
「副隊長」
「ん、なんだ空木」
考え込む海燕に、都は笑みを浮かべてまた話しかける。
「彼女について、私と一緒に考えます?」
「お前とか?」
はい、と頷く都。確かに、これを相談できる相手を探してはいたが、まさか彼女が名乗り挙げるとは思わず、海燕は怪訝そうな表情を浮かべる。
「お前、そんなにあいつと親しかったか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
気まずそうに頭を掻く都。しばらくして、ぽつりと話し出した。
「あの子、なんだか放っておけなくて。なんでしょうね、見守りたいと言いますか、いつの間にか、姉のような感覚で見てしまうんですよ」
なんででしょう、と笑う彼女。その表情は確かに、どこか妹や娘を見るような、そんな表情に思える。
そんな都に、海燕もくしゃり、と漸く相貌を崩した。
「んじゃ、今日は飲みながらあのバカについて考えるとするか!」
「はい!」
二人の明るい声は、隊舎の空気に柔らかく溶け込んでいった。
一人で行動する人たちと、誰かと共に考える人たち
そんな感じのないようです
調べても都さんと海燕先生の結婚時期や出会いの時期が見つからなかったので、とりあえずこの時期はまだ同じ隊の人間位にしてみました
苗字はGEアニメ見てた方なら知ってると思いますが彼らのものを使用しています
深い意味はないです