「所長・・・っ!」
消えた所長のことを考えている暇もなく、士郎とマシュは臨戦態勢に入った。それ程までに、レフという男が危険だと、本能的にわかったのだ。
「48人目のマスター適性者、衛宮士郎。お粗末な魔術の持ち主だから見逃してみれば、まさかここまで厄介な存在とはな」
「あんたも、初見じゃ普通の魔術師って感じだったけどな。何か隠してる気はしてたけど、まさかこんなことをするとはな。見当違いはお互い様ってことだな」
「ふむ、では改めて自己紹介を。私は、レフ・ライノール・フラウロス。君たち人類を焼却するために遣わされた、この時代の担当者だ」
「じゃあ俺も一応しておくよ。衛宮士郎、ただの魔術使いだ」
「魔術師ではなく、魔術使いと来たか。なるほど。さて、今も聞いているな、ロマニ?」
『・・・レフ教授』
「そう警戒するな。かつて同じ魔導の道を学んだものとして忠告してやろうと思っただけだ。私自身の仕事は終わったのでね、何も今ここで彼らを攻撃するつもりはないさ」
嘘をついている様子はないが、彼らは警戒心を解かなかった。やろうと思えば、彼は確かに自分たちを殺すことはできるだろう。
「未来は消失したのではない。焼却されたのだ。カルデアスの形成する磁場のおかげでそこは無事だろうが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」
『つまり、外界と連絡が取れないのは通信の故障なんかじゃない。受け取る相手が誰一人としていなくなっているから、そういうことですか?』
「その通り。流石に理解が早くて助かるよ。お前たちが滅びるのは進化の衰退でも、交戦でも、災害でもない。その無意味さゆえに、無能さゆえに、我らが王の寵愛を失ったがゆえに、紙くず同然に、燃え尽きるのだ!」
レフのその言葉に反応したのか、周囲が崩れ始めた。天井から瓦礫が降り注ぎ、大地はひび割れていく。
「この特異点も限界のようだな。セイバーめ、聖杯を与えられながらこの時代を維持しようなどと。そういえば君と知った仲のようだったな、衛宮士郎」
「セイバーが、この時代を?じゃあやっぱり、あいつ」
「ふん、まぁいい。私はそろそろ帰るとしよう。こう見えても私は忙しい身だからね。さらばだロマニ、マシュ、そして衛宮士郎よ」
「な、待て!」
レフの体が宙に浮かぶ。同時にカルデアとの時空の穴も小さくなっていく。穴が完全に塞がると同時に、レフは姿を消した。
『まずい!その特異点が崩壊しそうだ!』
「ドクター、急いでレイシフトを!」
『わかってる!でもごめん、そっちの崩壊の方が早いかもしれない!意識だけはしっかり持っておけばあとで、サルベージが、・・・』
通信が途絶え、あたりの崩壊が激しさを増す。突然跳ね上がった地面に、士郎とマシュは宙に投げ出されてしまう。瓦礫が降り注ぐ中、士郎は手を伸ばしマシュの手を握った。
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目覚めると、そこは見たことがあるような天井だった。背中の感じから、自分がベットの上に寝かされているのがわかる。蛍光灯の光が眩しい。と、ここで士郎の思考が覚醒し始めた。
蛍光灯の光、つまり電気の通っている建物の中だということ。そしてそれは文明が存在している証拠。ここはおそらく、カルデア。
「戻ってこれたのか?」
「そうだね、体に異常は何もなし。五体満足でしっかり戻って来てるよ」
呟きに対する返事を予想していなかった士郎はガバッと上半身を起こす。隣には一人の女性とリスのような生き物がいた。
後者は知っている。マシュと出会った時も、レイシフト先にもいたからだ。通称フォウ、カルデア内を自由に駆け巡る謎の生き物だ。普段人には懐かないらしく、マシュ以外の前に現れることすら稀らしい。しかし、初対面の士郎にやたらと懐いていたのは何故なのだろうか。今も女性の膝から飛び降り、士郎の膝の上で丸くなっている。とりあえず撫でながら女性の方へ目を向けた。
どこかで見たことがありそうな顔立ち。しかしこんな人に会っていたら忘れそうもないような服装。そして何より、人間ではなさそうだ。
「えっと、あんたは?」
「ん?私かい?私はダヴィンチちゃん、カルデアの召喚成功例3番目さ。まぁ、改めての自己紹介はまた今度にしよう。今の君には、会いに行くべき人がいるからね」
「そうだ、マシュは!?マシュは無事ですか?それに、遠坂や他のマスター適性者たちは?」
「どうどう、落ち着きたまえよ。残りの47人のマスター適性者たちならコールドスリープ状態だ。傷が治るわけじゃないけど、生命維持はできている」
「そうですか」
「それからマシュに関しては、直接本人に会うといいよ。ほら、あの子もそう言ってる」
いつの間にか扉のところにフォウは移動していた。ついて来るようにと言わんばかりに士郎の方を見ている。カルデアで支給された服に着替えた士郎はフォウの後を追いかけ、部屋を飛び出した。
「衛宮士郎君、ここからは君が物語を紡ぐんだ」
「他の誰でもない、英雄でもない、君が」
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フォウに連れられた士郎がやって来たのは管制室だった。そこにはロマニとマシュが立っていた。
「先輩!」
「おはよう、マシュ。無事でよかった」
「先輩こそ。元気そうで何よりです」
「Dr.ロマンも、ありがとう」
「いやいや、むしろお礼を言うのは僕たちの方だ。さて、ここでお疲れ様会をしたいところではあるけど、先に話さなければいけないことがあるからね」
真剣そうな表情になるロマニにつられて士郎とマシュも表情を引き締める。
「まずは生還おめでとう。士郎君のおかげでマシュもカルデアも救われた」
「所長は?」
「残念だけど、所長が生存している可能性は限りなくゼロだ」
「そうか」
期待はしていなかった。けれども改めてもうあの人はいないと思い知らされる。最後の最後に見せたあの笑顔。もしかしたら、あれが彼女の本当の素だったのかもしれない。
「それから報告がある。確かに冬木の特異点は消滅した。これも君たちのおかげだ。だが、新たに7つの特異点が発見されたんだ。冬木のそれとは比べ物にならない時空の歪みだ。おそらく、その全てに聖杯がある」
依然として赤く燃えるカルデアスの中、7つの光り輝く部分が見て取れた。それらがおそらく、特異点の地理的な場所。それがどんな時代かはまだ想像もつかない。
「7つの、特異点・・・」
「この7つの特異点へレイシフトし、時空の歪みを正す。それが人類を救済する、唯一の方法だ。だが、マスター適性者は君以外は眠っていて、所持してるサーヴァントは現時点ではマシュだけ。この状況でこの話をするのは、強制にも近いとわかってる」
一呼吸開けて、ロマニは士郎の目を見てこう言った。
「君に、君のサーヴァントとともに人類の未来を背負う覚悟はあるかい?」
その言葉を受け止め、一度目を伏せる士郎。思い出すのは二つの顔。雲ひとつない月の夜、一人の男が笑顔を見せた。とても安心しきった笑顔だった。赤く燃える太陽のようなものを背に、一人の女性が笑顔を見せた。あんな状況なのに、とても嬉しそうだった。
『あぁ、安心した』
『そう。なら、安心ね』
続いて浮かぶのは二人の少女。一人は自分の剣として戦うことを誓ってくれ、自分との戦いを見届けてくれた。もう一人は自分の夢を知りながら、それを助けようとしてくれ、多くを教えてくれた。
『シロウ』
『士郎!』
最後に隣にいる少女を見る。自分をマスターと呼び、命懸けの戦いをともに潜り抜けた彼女。きっと彼女は戦おうとするのだろう。それを見てるだけができるか?そんなの聞くまでもない。
「任されたんだ」
「えっ?」
「先輩?」
「親父に、所長に。応援されたんだ。セイバーに、遠坂に。そして何より、俺はマシュのマスターだ。俺がやるべきことが何かはわかってる。なら、それを全力でやるだけだ」
その言葉にロマニは安堵したような表情をし、マシュは嬉しそうに微笑んだ。
「君たちの敵は、歴史そのものになる。きっと多くの英雄達が、立ちはだかることになる。とても辛い戦いになるだろうけど、それしかないんだ。作戦名は、人理守護指定、"
衛宮士郎の長い間成し遂げたかったこと、全人類の救済。強大な敵に新しいサーヴァント。今の彼らでは勝ち目は薄いだろう。しかしそれでも、士郎は諦めるつもりはなかった。
「これから長い付き合いになりそうだな」
「はい。一緒に頑張りましょう。先輩!」
さてさて、ここからが大変だぞ!
特異点はまだまだあるからなぉ
とりあえず記録を見返して頑張ります、はい