少し長くなってしまいましたが、ご容赦!
手頃な切り株の上に座り込む士郎。空を見上げると、僅かな星と雲が見えた。しばらくそのままでいるとつい数時間前に一緒に空を見ていた相手のことを思い出す。
あの後、彼女が後から来ることはなかった。それはつまり、そういうことなのだろう。ジークフリートは無事に解呪できた。これで明日の決戦の勝機は大きくなっただろう。この戦いに勝つためには、最善を尽くした、はずだ。けれども、
「『誰も死なせないようにと願いながら、多くを救うために、一人に死んでもらった』か。あいつの言ってた通りになっちまったな、俺」
かつてある人物が自分にそう言った。いずれ自分が自己矛盾に押しつぶされ、絶望すると。自分はその言葉を受け、その現実を見せられ、それでもなお後悔しないと、そう言い放った。後悔はしていない、してはいけない。それは、彼女の覚悟を、約束を、蔑ろにしてしまう行為だから。でも、
「あいつは、これを何度も経験したんだろうな」
その果てに彼は、自分の理想に絶望したのだ。心が摩耗し、大切なものを忘れてしまい、彼は自らを「過ち」と称した。それ故に自らの存在を消そうとした。自分は、本当にあいつに追いつくことはない、そう言い切れる自信が、ほんの少しだけ、揺らいでいた。
「シロウ、どうかしたのですか?」
「ジャンヌか」
士郎の隣に腰を下ろすジャンヌ。ジャンヌもまた、マリーと特に親しかった。何があったか聞いた時、一瞬悲しそうな顔をしたものの、彼女は士郎に笑顔で「お疲れ様でした」と言った。友達になれてあんなに喜んでいたのだ、泣いても、士郎を責めても文句は言えない。それでも、彼女はそうしなかった。
「少し、考え事をしていただけだよ。ジャンヌは?」
「私も明日のことを。それから、士郎のことが気になったので。あなたは、マリーを置いてくるしかなかったことを、悔いているのですか?」
「・・・あの時、竜の魔女に勝つための最善の方法がなんなのか、いっぱい考えた。けど、あれしか思いつかなかったんだ。もっと何かあったんじゃないかって、少しは思う」
あれはマリーが自分で決めたことだ。その決断は確かに尊重しなければならないだろう。けれども、
「多くを救うために一人を切り捨てる。前に俺にそう言った奴がいてさ、その時の俺はそれを受け入れることができなかった。だって誰も悲しまなくていいようにする、俺が目指していた正義の味方ってのは、みんなを救う存在だったから。俺の手の届く範囲の中で、誰にも泣いて欲しくはなかった。けど、マリーさんを犠牲にすることで、ジークフリート、そこからフランスを助ける。これは、俺の否定したことと、どう違うんだろうな」
例えば、彼は直接手を下していなかったこと。例えば、彼女が自ら進んでその役割を買って出たこと。些細なことをあげてみたら、それは多くあるかもしれない。でも、果たしてそれは、あの男が言っていたことと、どう違う?無力なままだった頃の俺と、どう違う?
「マリーは、泣いていたのですか?」
「えっ?」
空を見つめたまま、ジャンヌは士郎に問いかけた。士郎の視線を感じ、ジャンヌは士郎へと視線を向け、また問いかける。
「あの時、マリーは泣いていましたか?」
「・・・いや。最後まで、笑っていたよ」
「そうですか。何か言っていましたか?」
「とても楽しかった、ってさ。後、また楽しいことを一緒にしようって言ってたな」
「そう、ですか」
「だったら、大丈夫ですよ」
「えっ?」
「あなたは、あなたの手の届く範囲で、誰も泣かせていないじゃないですか」
彼にもらった勇気と、立ち上がるための強い心。今度は自分が、彼に立ち上がる力を分け与えたい。そんな気持ちを込めて、ジャンヌは言葉を続ける。
「あなたはマリーにとって、希望だったんだと思います。だからあなたに任せることにしたんです、彼女の愛した国を。私は見ていなかったのでわかりませんが、マリーの笑顔は無理して作ったものでしたか?」
「・・・いや、違ったと思う。あれは、そう、心から笑ってた感じがする」
「なら、きっとそれは正しい選択だったのでしょう。だって、その選択から、マリーの笑顔が生まれたのですから」
「そう、だな」
マリーの笑顔を思い出してみる。そう、本当に綺麗な笑顔だった。それは養父や所長と同じく、希望を見つけたような、悲しみなんてないような、そんな笑顔。全く、こんなことじゃ、アーチャーのやつになんて言われるか。それ見たことかとバカにされるかもしれない。それに、マリーの約束も、こんな様では守れなくなってしまう。ふっ、と笑みが漏れる。迷いはない。今度は自分が助けられてしまった。
「ありがとう、ジャンヌ。もう大丈夫だ。迷いはないよ」
「いえ、私も助けてもらいましたから、おあいこですよ」
「あ、そういえばジャンヌによろしくって、最後に・・・」
「シロウ?」
ふと思い出してしまったのは、別れの言葉の前のこと。あの時、確かに自分はマリーに、
「どうかしましたか?」
「えっ?」
無意識のうちに、口元へ手を持っていってしまっていた。思わず顔が赤くなる。その様子に疑問を持ったジャンヌから洗いざらい話させられ、ジャンヌの機嫌が少し悪くなったり、それを直してもらうのに士郎が苦労したりと大変なこともあったとか。
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時を同じくして、マシュはアマデウスと共にいた。どうしても気になっていたことがあったのだ。
「それで、どうしたんだい?」
「いえ、その。マリーさんのことなのですが、その、すみません」
「何を謝るんだ?」
「いえ、だって、私たちはマリーさんを置いて」
「そうするように彼女に言われたんだろ?心配ないよ。彼女のしそうなことくらいわかってるさ」
「その、悲しくはないんですか?」
「悲しいは悲しいさ。けど、それ以上にマリアとまた会えてよかったと思ってる。もう2度と会えないとしても、僕としても楽しい時間を過ごさせてもらったからね」
「ですが、サーヴァントならまたどこかで会えるのでは?」
「英霊だけで星の数もいるんだ。仮に運良く召喚されたとしてもお互いに殺し合わなければならなくなるしね。今回みたいなのは、そうだね、奇跡みたいなものだよ」
強がっている様子もなく、アマデウスは淡々と話す。マシュには、理解できない。アマデウスにとってマリーは、きっと特別だった。その相手を失っても今まで通りだ。
「マシュ、君は人間をどう思う?」
「人間、ですか?私は、とても素晴らしい生き物、だと思います。特に、先輩のような方はなおさら」
「まぁ確かに彼は普通の人と比べると確実に違うね。良くも悪くもだけど」
「アマデウスさんは、確か人間は醜いものだと言ってました。私にはわかりません」
「人間が醜いのは当然さ。そこがまた、人間のいいところな時もあるんだけどね。君はそうだね、無色な感じだね。まだ多くを見てない」
「はい、お恥ずかしながら」
「いろんなものを見ることから始めるといい。シロウに連れて行ってもらいたまえ」
「先輩に、ですか?」
「あぁ。彼から色々と教わるといい。彼は君によく似ているからね」
「・・・はい」
「さて、そのためにもこの戦いは負けられないな」
「はい。私も精一杯頑張ります!だって私は、先輩のサーヴァントですから」
夜は更け、士郎が眠りにつく。サーヴァントたちは決戦のために士気を高め、あたりは風の音しかしなくなった。決戦の時は、近い。
「ファヴニールの回復はまだ終わらないのですか?」
「申し訳ありません、ジャンヌ。どうやら呪いの類のようで、この傷が癒えることはないかと。この傷をつけたサーヴァントを倒せば良いのですが、」
「ちっ、だから早々に逃げたというわけね。忌々しいあのアーチャー。何が『私の役目は十分に果たした。さて、君と決着をつけるのはあの小僧に譲るとしよう』、よ」
「してジャンヌ?いかがいたしますかな?」
「どうもこうもありません。不完全でも戦場に出す他ないでしょう。手傷があれど、ファヴニールなら大抵のサーヴァントを殺せます。例えあのジークフリートでも簡単には倒せません」
「承知しました。では私めは他の竜を招集し続けますゆえ、ジャンヌはどうかお休みください」
「えぇ、そうするわね。明日、全てを終わらせる」
第一特異点、決戦前の夜は過ぎて行く