いや、まぁなんとなくわかってた人もいるとは思いますけど、一応ね
フランスから帰還して二日目の朝、初の大戦からの帰還ということもあり、次の特異点へのレイシフトは明日からの予定になっている。一分一秒さえ惜しいと士郎は思うものの、万全の体制でなければ特異点の修復がいかに無謀なことかは理解していたため、その時間を訓練などに活用していた。
「ってことがあったんだ。なんか、あいつが遠坂に自分の真名を教えなかったこととか、なんとなくわかる気がするな。遠坂も、リリィに会ったら驚くだろうしなぁ」
眠り続ける遠坂に語りかける士郎。フランスでの激しい戦いのこと、出会ったサーヴァントたちのこと、ここの職員のこと。語ることは尽きなかった。
「遠坂。俺、頑張るからな。あいつは一緒にいてくれる奴がいなかったけど、俺には遠坂がいた。今はマシュやリリィもいてくれる。必ず、世界を救ってみせるよ」
その時の彼の笑顔は、あの弓兵が彼女に見せた最後の笑顔、それにそっくりだった。
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遠坂の眠る部屋から出た士郎は、もう一人会わなければならないと思っていた相手の部屋へと向かった。小さく息を吐き、気合いを入れる。部屋のドアをノックする。
「…誰?」
「あー、俺だ。入ってもいいか?」
「……好きにしたらどう?」
部屋の主の了承らしいものを得た彼は中に入った。自分の使っている部屋とほぼ同じその部屋。その部屋の中にあるベッドの上に彼女は腰掛けていた。
黒い装束はその髪と肌の色の白さを強調するかのようで、全体的に特異点の冬木で剣を交えた彼女とよく似ている気がした。酷いしかめっ面でこちらを睨んで来ている。
「気がついたってダ・ヴィンチから聞いたから、様子を見に来た。体の調子はどうなんだ?」
「何をしに来たかと思えば。ええ、問題はありません。あなたの無茶によってクラスが変わっていること以外はですが」
「そ、そうか」
ふんっ、と鼻で笑う彼女、竜の魔女ことジャンヌ・ダルク・オルタは歪んだような笑顔を見せていた。そのことから、この状況を理解はしていても、受け入れたわけではないことは明白だ。
「一応わかってるとは思うけど、今ジャンヌは俺のサーヴァントということになってる。基本的にここにいるということは、俺たちの人理修復に協力してもらうことになる」
「まぁ、そうなるでしょうね。はっ。マスターにとってはサーヴァントたる私の意志は、「けど俺はそうしなくてもいいと思う」は?」
皮肉げな笑みから、何を言ってるんだこいつ、と言わんばかりの表情に変わる。サーヴァントとしてこのカルデアにいるのであれば、マスターとともに人理修復に協力するのが使命。だというのに、士郎はそうしなくてもいいと言った。
「あなた、それはどういう意味で言ってるのかしら?」
「もし、ジャンヌが俺と一緒に戦いたくないっていうなら、それでもいいと思う。無理矢理従ってもらうってのは、嫌だしな」
「それは気遣いのつもり?それはどうも。サーヴァントにその役目を果たさせないだなんて、随分といいマスターね」
皮肉たっぷりな笑みに声。どこまでも士郎のことを嫌っていると態度で示している。アーチャーの何倍も上を行く皮肉っぷりで、捻くれっぷりを見せられながらも、士郎は表情を崩さない。
「それは正式に召喚に応じて、合意の上で契約した場合だろ?ジャンヌの場合は、俺が無理矢理契約しちゃったわけだから、」
「そもそも、私と契約したのも、戦力を増やそうとしたのでしょう?戦うための駒が必要だったのでしょう?なら、何を善人ぶっているのかしら?素直に従えと命じればいいものを」
「だって、サーヴァントとマスターって、そういう関係じゃないだろ?」
「はぁ?」
「サーヴァントとマスターは、基本的には対等のはずだ。どちらかがいないと、戦うことはできない。いや、どちらかといえば、サーヴァントの方が格的には上なんだろうけど、それでも戦う時はパートナーだろ。なら、相手の意思を無視することはできない」
腹が立つ、そうジャンヌ・オルタは思った。何が腹立たしいって、士郎が本気でそう言っているのが見ていてわかったからだ。だからこそわからない。
「じゃあ、あなたは一体何のためにわざわざ私と契約したのかしら?あの聖女様の贋作であり、偽物であって、幾度となくあなた達を殺そうとした私と。消えゆく私に同情でもしたのかしら?だったらいい迷惑、偽善ここに極まれりね」
「偽善、か。確かに、そんな風に思われるかもしれない。でも、俺はあの時、ジャンヌを助けたいって思った」
空っぽの心に、借り物の信念。ただひたすらに、それを与えてくれた人の成そうとしたことを、成さなければならない。そう自身を駆り立て、戦ってきた。あいつも、そして目の前の彼女も。どちらも自分の過去とも言える相手と戦い、どちらも敗れた。ただ、その中であいつは答えを見つけたのに対し、彼女は答えを見失った。理由はどうであれ、その原因は自分にもある。だから、
「あの特異点でのことは確かに許せないと思った。けど、だからといって助けない理由にはならないだろ。俺は竜の魔女としてだけじゃなく、ジャンヌ・ダルクの別側面というだけじゃなく、一人のサーヴァントとして、ジャンヌが答えを見つけられるように、協力したいんだ」
まるであの時の自分の心を見透かしていたかのようなその発言に、ジャンヌは黙り込んでしまった。馬鹿な男だと思った。少しでも体裁を取り繕うためだけに言ってたのであれば何とでも切り返せる。だというのにこの男は、本気も本気、大真面目にそんな馬鹿みたいなことを言っているのだ。
「明日の10時から次の特異点へのレイシフトがある。もし力を貸してくれるなら、その時に管制室に来てくれ。それから、良かったら食堂にも来てくれ。口に合うかはわからないけど、ジャンヌの御飯も作るからさ」
「…そう…用はそれだけかしら?」
「あぁ。じゃあまた明日な。後で部屋に食事は運んどくから、食べてみてくれ」
それだけ言って、士郎は部屋から出ていった。部屋に残されたジャンヌは、暫くの間、考え込んだまま動かなかった。
結局、その日のうちに士郎がジャンヌともう一度会うことはなかった。
理屈を説明するとですね、聖杯と繋がってたことで現界し、体を維持していたジャンヌ・オルタが消えようとしていた時に、士郎がルルブレって、魔力のパスを聖杯から自分へと強引に切り替えたわけですね
その結果としてジャンヌ・オルタはサーヴァントとしてとどまれたのですが、無茶苦茶な方法でやらかしたので、ルーラーからアヴェンジャーのクラスになってしまった、みたいな感じでお願いします